※このSSは、瞳子が祐巳の妹になった後、祥子達の卒業直前あたりという設定でお送りします。
※後編に続きます。
2月末日。
受験生達の戦いも、バレンタインの喧騒も終わり、なんとなく学園全体がふっと一休みのような空気に包まれている、そんな冬のある日。
そんな穏やかな夕暮れどきに、三つ編みのおさげを揺らしつつ、ずんずんと薔薇の館の階段を登る人影が一つ。
その人影は、階段を登る勢いをそのままに、ビスケット扉を開いた。
『 ごきげん・・・ 』
「 今のままじゃダメなのよ!! 」
扉の中からかけられた挨拶の言葉も無視し、唐突に放たれた由乃の主張に、放課後の薔薇の館は静寂に包まれた。
その時、薔薇の館にいた山百合会の面々(令、祐巳、志摩子、乃梨子)は、由乃の大声に一瞬驚いた顔になったが、すぐに「 ああ、また何か暴走し始めたな・・・ 」という諦めの顔へとスムーズに移行。そして、このまま放置すると勝手に不機嫌になると予測した令が、とりあえず由乃に話しかける。
「 由乃、そんなに心配しなくても、いつかはその胸も成長すると思うから・・・ 」
ご す っ !!
「 ・・・・・・誰が胸の話をしたのよ 」
余計なお世話な一言を不用意に放つ姉を、見事な右ストレートで沈黙させた由乃。
テンプルに突き刺さった一撃に、令は椅子に座ったままダウン寸前のボクサーよろしくフラフラと頭を揺らすが、いつものことなので山百合会の一同はスルー。
次にこの暴走特急の進路を確かめるのは誰? といった感じに絡み合う視線の中、今度は志摩子が由乃に話しかけてみた。
「 ええと・・・ 由乃さんの粗暴なところ、私、そんなにダメだとは思わないし・・・ むしろ嫌いじゃないわよ? 」
「 ・・・・・・・・・・・・誰が粗暴ですって? 」
天然で失礼な白薔薇さまの爆弾発言だったが、とりあえず令を殴ってスッキリしたのか、由乃はギロリとにらむだけに留めた。
由乃ににらまれてもキョトンとした顔の志摩子の隣りで、何故か代わりににらみ返す乃梨子。おおかた「 粗暴なのは事実じゃないですか 」とでも言いたいのだろう。彼女は相変わらず上級生相手でも引くことを知らない。
そんな乃梨子を「番犬みたいだな」などと思いつつ、由乃は「 私の言いたいのはそんなことじゃないわよ 」と不機嫌に言い放つ。
「 ・・・じゃあ、何が“今のままじゃダメ”なの? 」
こういう状態の由乃にはあまり積極的に係わりたくなかった祐巳だが、他に由乃に話しかけて状況を打開してくれそうな人もいないので、渋々問いかけてみた。
すると、由乃は急にツカツカと祐巳に歩み寄ってきた。
祐巳が思わずファイティングポーズで迎撃準備をしてみたり、乃梨子がそれを見て「 こんな弱そうなファイティングポーズも珍しいな 」などと思ったりしていると、由乃は祐巳のすぐそばでピタリと止まり、祐巳をスッと指差した。
「 ダメなのはアナタよ! 」
「 何で?! 」
イキナリのご指名に、驚きと共にちょっと泣きそうになる祐巳。
まあ、いきなり理由も無しにダメ出しされれば、泣きたくもなるだろう。
「 理由を話してくれないと意味が解からないよ、由乃 」
いつのまにか何ごとも無かったかのように復活した令の言葉に、由乃は「 そうね 」と呟く。
「 私が“今のままじゃダメ”だと思ったのは、他でもない、私達のことなの 」
『 私“達”? 』
さきほど祐巳を名指しでダメ出ししたのに、私“達”の問題とはどういうことなのか? 思わず全員が問い返していた。
一同の顔に疑問符が浮かぶ中、由乃はかまわず説明を続ける。
「 まず思い出して欲しいのは、先々代の薔薇さま達・・・ 蓉子さま達よ 」
由乃の言葉に、一同の脳裏に蓉子、聖、江利子の顔が浮かぶ。
「 クールビューティーな蓉子さま。日本人離れした美貌の聖さま。あのデコっぱちですら、気だるそうな雰囲気ではあるものの、かなりの美人だったわ 」
「 由・・・ 何でもない 」
一瞬、江利子を“デコっぱち”呼ばわりしたことをとがめようとした令だったが、由乃のひとにらみで沈黙。さすがに2発目の鉄拳を回避すべく、防衛本能が働いたようだ。
「 さらに先代。女王の名がはまりそうな美貌の祥子さま。フランス人形と称されるほどの、ある種人形めいた美しさを持つ志摩子さん。ついでに“ミスター”とは呼ばれているけど、一応美形なことは美形な・・・ 言わば“宝塚男役的美形”のウチのお姉さま 」
自分の姉を“ついで”扱いはどうかと思うが、みんな由乃の言わんとするところが解かってきたらしく、一同の視線がある一人の人物に集まりだす。
・・・視線を独り占めしている誰かさんはまだ自覚が無いようで、キョトンとしていたが。
「 そして当代。志摩子さんは言うに及ばず、“可憐で儚げな美少女”“妹にしたい生徒ナンバーワン”の名を欲しいままにする私 」
「 それは“過去の栄光”では・・・ 」
とりあえず乃梨子は突っ込んでみたが、予想どおりスルーされた。
「 いずれも薔薇の名に恥じない美しさを誇っているわ 」
とりあえず自分で美しいと言い切ることは恥じないのかな? と思う一同を無視して、由乃の演説っぽいものは続く。
「 なのに!! 」
ここで由乃はびしっ! と祐巳を指さした。
「 薔薇の中に一人、たんぽぽみたいなのが混じってる! 」
「 ・・・・・・ごめんね、その辺の野原でも見かけそうなふつうの顔で 」
由乃の暴言とも言える言葉に反論できない自分が悲しくて、祐巳はどんよりと呟いた。
「 少なくともここ2年は“薔薇さまと言えば美形揃い”だったのに、当代になんか一人、ほよよんとしたのが混じってる!! 」
「 ほよよんとしたのって・・・ 」
由乃の言葉に、益々どんよりと沈む祐巳。
落ち込む祐巳を可哀そうだと思ったのか、志摩子がフォローしようと口を開く。
「 酷いわ由乃さん。祐巳さんの顔が“こう”なのは、祐巳さんのせいじゃないわ 」
フォローだかトドメだか解からない志摩子の一言は、見事祐巳の心に突き刺さった。
「 顔が“こう”って・・・ 志摩子さんのほうがヒドいよ・・・ 」
もはや机に突っ伏して泣くしかない祐巳だった。
「 それは解かってるわよ志摩子さん。でも、祐巳さんをこのまま放っておく訳にもいかないわ 」
「 人の顔を環境問題みたいに言うし・・・ 」
由乃の追い討ちに、祐巳はやはりシクシクと泣くしか無かった。
さすがに見かねた令がフォローに入る。
「 祐巳ちゃん、人間は顔が全てじゃないよ。祐巳ちゃんには他に良いところがいっぱいあるじゃない! 」
明るく優しくなだめる令の言葉に、笑顔を取り戻しかけた祐巳だったが、ふと一瞬考えた後、じとっとした目で令に問い返した。
「 ・・・・・・それって逆に言うと、顔のことは諦めろという意味ですか? 」
「 それは・・・ 」
「 目をそらされたぁぁぁぁ!! 」
嘘の吐けない令から“自分を救助しようと駆けつけた救急車に後ろから轢かれちゃったかのようなダメージ”を負わされ、泣き崩れる祐巳。
もはや、どんなフォローでも彼女の笑顔は取り戻せそうに無かった。
「 で、でも由乃。別に薔薇さまだからって美形じゃなけりゃいけない訳じゃないでしょう? そもそも祐巳ちゃんの容姿は別に酷いって訳じゃないし、むしろ親しみを覚える柔和な顔は、蓉子さまの悲願でもあった“開かれた山百合会”を実現するには有利なんじゃないの? 」
慌てて別の方向から祐巳をフォローする令。確かに彼女の言うとおり、祐巳の“一般的な顔”は、むしろ山百合会と一般の生徒を近づける良い材料になりそうである。
「 “開かれた山百合会”のことなら私も考えてるわ。確かに祐巳さんの温和な顔はそれに一役買ってくれそうだと思う。でも、それについてはむしろ、祐巳さんの容姿じゃなく、性格と言うか人徳からくる人気みたいなものが大きく関わってくると思うけどね 」
どうやら由乃も蓉子の悲願は覚えていたようだ。そして、悲願達成には、祐巳の容姿ではなく性格からくるものが大きく関わってきそうだということも解かっているようだ。
「 じゃあ、祐巳ちゃんの容姿についてはもう・・・ 」
これでこの話題を終わらせられる。そう思い笑顔を浮かべた令を、由乃は一言でバッサリ斬り捨てた。
「 甘いわ令ちゃん! 」
由乃は偉そうにふんぞり返りながら続ける。
「 例えば令ちゃんがお見合いしたとします。花婿候補は二人、二人は互いに性格も体力も収入も申し分無いくらいの良い人です。ただし! 片方は見た目がジャニーズの滝沢君。もう片方は見た目が漫画家の蛭子能収です。さあ、令ちゃんの選ぶのはどっち? 」
「 滝沢君(回答まで0.1秒)」
思わず素直に答える令に、由乃は「 そうでしょう? 」と言いながらフッと笑ってみせる。
「 つまり・・・ 所詮、人間はいくら中味が良くっても、結局は顔が良いほうが得だってことよ! 」
拳を握りながら、そんな普通なら思っててもあまり口には出さないようなことをぶっちゃける由乃。
・・・まあ、誰も否定はできない意見ではあろうけれど。
「 ええと・・・ それで由乃さまは具体的に何をどうしようと? 」
早々に祐巳のフォローを諦めた乃梨子が、由乃に話の続きをうながす。
彼女も地味な印象ながら“市松人形”と称されるくらいなので、十分美人の部類に入る。
つまり、所詮は他人事な話題だから、とっとと終わらせてしまいたいのだ。
「 良く聞いてくれたわ乃梨子ちゃん! 」
乃梨子の質問に、我が意を得たりとばかりに勢い込む由乃。
「 とりあえず、祐巳さんの顔はもうどうにもならないと思うの 」
「 どうにもならない・・・ ふふっ、どうにもならないかぁ・・・・・・ 」
すでに涙も枯れ、窓の外を遠い目で眺め、薄ら笑いすら浮かべながら呟く祐巳。もはや人格崩壊一歩手前といった感じである。
「 ちょっと祐巳さん、聞いてる? 」
窓を眺めて、魂が抜けかけたかのような空ろな目をした祐巳に、由乃が問い掛ける。
「 はいはい、ブサイクさん聞いてますよーだ 」
やけっぱちな祐巳の一言に、今度は由乃がキョトンとした顔になる。
「 は? 誰がブサイクなのよ? 」
「 ・・・え? 」
由乃の不思議そうな一言に、今度は祐巳が不思議そうな顔になる。
「 今までの話の流れって、私の顔がブサイクだってことじゃなかったの? 」
「 ・・・・・・誰が祐巳さんをブサイクだなんて言ったのよ 」
言ってない。確かに誰も祐巳をブサイクだなんて言ってはいなかった。
・・・・・・それに近い扱いであったような気がしないでもないが。
「 だって由乃さん、私のこと“美人の中に一人、例外がいる”みたいなこと言ってたじゃない・・・ 」
「 当たり前じゃない。祐巳さんは美人じゃないんだから 」
この人はもしかして、私を怒らせたいんだろうか? 由乃の顔を見ながら、祐巳はふとそんなことを思った。
「 やっぱりブサイク扱いしてるじゃ・・・ 」
さすがにムっとした祐巳が反論しようとすると、由乃は「 そうじゃなくて 」と言い返してきた。
「 祐巳さんは“美人”とか“綺麗”ってカテゴリーじゃなくて、“かわいい”ってカテゴリーに入ってるってことよ 」
「 え? そ、そうかな・・・ 」
かわいいと言われ、急に笑顔が戻る祐巳。
どうやら小狸脳は、改めて“美人じゃない”と断言されたことはもう忘れているらしい。
「 ただね、祐巳さん。私達薔薇さまみたいに、人を導いて行かなければならない立場の場合、“かわいい”よりも“綺麗”なほうが何て言うか・・・ カリスマ性みたいなものを感じさせやすいじゃない? 」
「 ああ、それはなんとなく解かる 」
祐巳もようやく機嫌が治り、由乃の話をまともに聞く体勢になったようで、由乃の主張に素直にうなずく。
「 でも、祐巳さんの顔はもうどうにもしようが無いから・・・ 」
「 ・・・やっぱりその言い方は引っ掛かるんだけど 」
由乃の言葉に再び表情の曇る祐巳だったが・・・
「 それ以上かわいくはできないってことよ 」
「 え? や、やだ由乃さんたら! そ、そんなにかわいいなんて・・・ 」
由乃のおだてにアッサリとまた笑顔に戻った小狸。それを冷静に観察していた乃梨子は、少しだけ祐巳の将来が心配になった。
「 で、結局由乃はどうしたいの? 」
令の言葉に、由乃は改めてみんなのほうに向き直る。
「 簡単に言うとね、私は祐巳さんに薔薇さまらしいカリスマ性を持って欲しいのよ 」
『 カリスマ性? 』
由乃の言葉に、一同は思わず祐巳の顔を見る。
( ・・・・・・・・・似合わない )
とりあえず、心の中で祐巳の顔と由乃から発せられた言葉を照らし合わせた時の、全員の一致した意見がそれであった。
まあ、野に咲くたんぽぽのようにほよよんとした容姿と、隣にいるのが自然に思えるような親しみ易さを合わせ持つ祐巳とカリスマ性というものは、対極に位置する存在と言っても過言ではない関係だろう。
「 祐巳さんにカリスマ性をプラスする。そう、仮に“プロジェクトYUMI”とでも名付けましょうか 」
とりあえずプロジェクト名という形から入ろうとする由乃に、率直な意見が飛んできた。
「 ・・・・・・・・・・・・無理なんじゃないですか? 」
思わずそうぶっちゃけたのは、乃梨子だった。
正直過ぎる一言だったが、その辺は本人も自覚しているらしく、祐巳は特に反応を見せなかった。
「 無理だと諦めていたら、できることもできなくなるわ! とにかくやってみるというチャレンジ精神も時には大事なのよ! 」
由乃の主張は、ちょっと聞くと良い言葉にも聞こえるが、要は「 いいからヤレよ! 」と同義語である。まさにイケイケ青信号の本領発揮といったところだ。
「 でも・・・ カリスマ性とは言っても、どうすれば良いのかしら? 」
志摩子の疑問はもっともなものだ。“祐巳”と“カリスマ性”というあまりにもかけ離れたものを前に、誰もが行く先を見通せていない。
「 とりあえず、見た目で人を引きつける部分が欲しいわね。ビジュアル的に訴えかける部分があれば、注目も集めやすいでしょう? 何かインパクトのあるビジュアル的な特徴が欲しいわ! 」
先程さんざん容姿について語っていただけに、由乃はまず祐巳のビジュアル面を強化する気なようだ。
「 インパクトのあるビジュアル的特徴ですか・・・ でも由乃さま、具体的には何をしようと? 」
一同は、由乃の持つビジョンが聞きたいらしく、彼女に注目する。
「 それはね・・・ 」
果たして、由乃の持つビジョンとは?
「 やりながら探っていけば良いのよ!! 」
・・・どうやら、そんなものは存在しなかったようである。
「 さあ! 誰か良い案は無いの?! 」
しかも、最初っから人まかせなようだ。
祐巳を含めた全員の視線が、自然と冷たいものになる。
だが由乃は、そんな冷めた視線をものともせずに、さらにアクセルを踏み込む。
「 もう! 何で誰も良い案を出せないのよ!! そんなことじゃあ、プロジェクトYUMIは成功しなわよ?! 」
そもそも発案者すらプロジェクトの方向性が見えてないというのに、いったい何をどうしろと言うのだろうか?
全員が突っ込みたくて突っ込みたくて仕方ない雰囲気の中、プロジェクトYUMIは、不安過ぎるスタートを切ったのであった。