※【No:2360】からの続きとなります。
【前回のあらすじ】
新しい年度をひかえ、祐巳に(全く縁の無いような)カリスマ性を与えるために、彼女のビジュアル的な強化を目的に発足した“プロジェクトYUMI”。
だが、発案者である由乃すらプロジェクトの活動内容を何も考えていなかったために、プロジェクトは早くも暗礁に乗り上げていた・・・
「 え〜と・・・・・・ 由乃、とりあえず祐巳ちゃんの髪型でも変えてみる? 」
由乃の無限無軌道に最初の方向を示したのは、山百合会の良心、令だった。
「 そうね、まずはその辺からかしら 」
令から出た無難な意見には、特に反対意見もあがらないかと思われたが、ここで意外にも祐巳自身が不満を述べた。
「 私の髪って結構クセがあるから、広がらないようにまとめられて、しかも毎日自分で結える髪形っていうと、コレが精一杯だと思うんだけど 」
自分のツインテールをいじりながら言う祐巳だったが、由乃はそんな祐巳に逆に問いかけた。
「 祐巳さんて、手先は器用なほう? 」
「 え? ・・・いや、そんなには・・・・・ 」
自身無さげに言う祐巳を、由乃は問い詰める。
「 じゃあ、更なる可能性を追求するべきじゃない? 」
「 更なる可能性? 」
「 そうよ! ここには祐巳さん以外に4人もいるんだから、何か新しい髪形が生まれるかも知れないわ! 」
「 え・・・ そうかな? でも、私が自分でできないと意味無いんじゃない? 毎朝誰かに髪を結ってもらう訳にもいかないだろうし・・・ 」
「 そこは祐巳さんに頑張ってもらうしかないわね 」
「 え〜? できるかなぁ・・・ 」
いまいち乗り気でない祐巳の耳元に、由乃は悪魔の如く囁く。
「 想像して祐巳さん。来年度、薔薇さまとして登校してくる自分を 」
「 来年度の私・・・ 」
「 そこにいるのは、新しい髪形でグっと大人っぽくなった祐巳さん 」
「 大人っぽい私・・・ 」
「 祐巳さんがまとうカリスマ的オーラで、新1年生はこう囁きあうの 」
「 カリスマ的な私・・・ 」
「 “ あれはどなたかしら? ” “ あれは今年度の紅薔薇さまよ ” “ まあ、なんて素敵なのかしら・・・ ” 」
「 素敵な私・・・ 」
由乃の囁きに、段々とうっとりした顔になってくる祐巳。
「 由乃さん! 私、頑張ってみるよ! 」
「 その意気よ! 祐巳さん! 」
アッサリと由乃の口車に乗ってしまった祐巳を見て、何だか近い将来、簡単に詐欺に引っかかりそうな気がした乃梨子は、後で祐巳に消費者相談センターの電話番号を教えておこうと決意した。
「 じゃあ、とりあえず少し髪をいじってみようか 」
そう言って、令がブラシを準備する。
「 ・・・なんだか令さま嬉しそうですね 」
不思議そうに問う祐巳に、令は笑顔で答える。
「 そうね、基本的に誰かの髪をいじるが好きだから 」
令の場合、髪をいじるのが好きと言うよりも、誰かの世話をするのが好きなのだ。
しかも、その対象となっていた由乃が最近あまり令に世話を焼かせてくれないので、久しぶりに誰かの髪を結える機会に恵まれた令は、上機嫌だった。
「 まとめ方を変えてみる? 少しラフな感じのポニーテールとか、思い切ってシニョンにしてみるとか 」
そう言いながら、手際良く祐巳のリボンをほどく令。
「 ヘアクリップなら私持ってるわよ、令ちゃん 」
「 私、ヘアピンなら何本か持ってます 」
由乃と志摩子がそう申し出ると、令は「 ありがとう 」と言ってそれらを受け取る。
「 え〜と・・・ この辺でまとめてみようかな? 」
髪を梳かしながら、まずはクリップをあてがってみる令。
「 ・・・・・・・・・・これは・・・ 意外に難しいかも・・・ 」
なかなか上手くいかない様子な令。
実際に触って解かったのだが、子狸の毛皮は予想以上のボリュームとクセがあり、一つにまとめようとすると、綺麗に頭のラインが出ず、やたらともっさりした仕上がりになってしまうのだ。
祐巳がツインテールにしていたのも、このボリュームを分散させて、少しでも頭を小さく綺麗に見せる工夫だったようである。
「 う〜ん・・・ じゃあ、いっそ結うのはやめて、髪を降ろしてみようか 」
祐巳の髪をまとめるのを諦めた令は、そう言って今度は丁寧に祐巳の髪を梳き始める。
「 クセっ毛でも、上手く梳かせばソバージュ風に大人っぽくまとまると思うのよね・・・ 」
髪を梳かされるのが気持ち良いのか、祐巳もうっとりとされるがままになっている。
そして数分後。
「 ・・・・・・・・・・・・こ、こんな感じでどうかな? 」
『 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 』
自信無さげに問う令に、何故か答える声は無かった。
「 え? ど、どうなったの? て言うか何でみんな黙ってるの? ねえ、由乃さん、どう? 」
鏡が無いため自分の髪形が解からない祐巳は、何故か微妙な視線で自分を見つめる由乃に問いかけた。
「 え・・・ いや・・・ なんて言うか、その・・・ 」
口ごもる由乃に、祐巳の不安は益々膨らんだ。
「 ちょっと?! 何? 今どうなってるの? 私! 」
「 大丈夫よ祐巳さん。とてもかわいいわ 」
由乃の代わりに祐巳の問いに答えたのは、志摩子だった。
「 かわいい? ホントに? 良かっ・・・・・・・・ あれ? かわいいとは違う方向を目指してたんじゃなかったっけ? 」
何かがおかしいと気付き不安になる祐巳だったが、そんなことはお構いなしに、志摩子は嬉しそうに祐巳を誉める。
「 とてもかわいいわよ? 祐巳さん 」
祐巳も誉められて悪い気はしなかったが、続いて志摩子の口から出た言葉は、あまり人の髪形を誉める時に使うセリフではなかった。
「 ふわふわしてて、ポメラニアンみたいで凄くかわいいわ 」
子狸、ポメラニアンに化ける。
「 ポ、ポメラニアン?! 」
驚いている祐巳に、今度は由乃が口を開く。
「 ポメラニアンって言うか・・・ 何かのヒナみたい 」
今度は哺乳類から鳥類に化けたようだ。
「 ヒナ?! ヒナって何の?!」
「 だから“何か”の 」
由乃のアバウトな感想に不安になり、祐巳は恐る恐る自分の髪に触れてみた。
「 ああっ?! なんかほわほわ膨らんでる!! 」
そう、祐巳の髪は全体的にほわほわと膨らみ、結果として子狸だかポメラニアンだか何かのヒナだか解からない存在になっていた。
祐巳の髪のボリュームとクセは、本人の性格とは裏腹に、かなり自己主張の強い存在だったらしく、整髪料が持ち込み禁止なリリアンでは、令の器用さを持ってしてもそのボリュームを押さえ込むことができなかったらしい。
いや、むしろ令が丁寧に髪を梳いたせいで、クセっ毛1本1本の持つボリュームが解放されてしまったようである。
「 令さま?! 」
「 ゴメン祐巳ちゃん、私にはもうどうしようもない 」
気まずそうに祐巳から目をそらす令。彼女も頑張ってはいたのだが・・・
「 そ、そんな!! 」
「 とりあえず、インパクトはあるんじゃないかな 」
「 いりません!! こんな謎の生物みたいなインパクト!! 」
令のフォローにマジ切れ寸前の祐巳。まあ、誰だって髪形を評されている時に、何かの生き物しか例えに出てこないのでは切れたくもなるだろう。
「 しょうがないわね。じゃあ髪形についてはこの辺で終わりにしといて・・・ 」
「 ええっ?! 私の髪、このままフォロー無しなの?! 」
「 次にいってみましょうか 」
「 ちょっと由乃さん! とりあえず元に戻そうよ!! 」
「 誰か他に何か良い案は無い? 」
「 人の話し聞こうよ!! ねえ! 何で誰も目を合わせてくれないの?! 」
誰も祐巳と目を合わせない理由。それは、今のほわほわな祐巳と目を合わせたら、思わず笑ってしまうからだった。
「 うう・・・ こんなんで放置なんて酷すぎるよ 」
「 祐巳さん、本当にかわいいのに・・・ 」
「 え? 」
「 元に戻してしまうの? 」
「 ・・・・・・志摩子さん? 」
いや、どうやら志摩子だけは、本気で祐巳の髪形が気に入り、元に戻させたくないらしい。
彼女のツボは、一般とは少し離れたところに存在するようだ。
「 あの、由乃さま 」
「 何? 乃梨子ちゃん。何か良い案が? 」
遠慮がちな乃梨子の声に、全員の視線が集まる。
「 校則違反にならない範囲で、軽くメイクしてみてはいかがですか? 」
「 メイク? 」
「 ええ。実は1年生の間でこんなものが流行ってまして・・・ 」
そう言いながら乃梨子が鞄から取り出したのは、リップクリームだった。
「 乃梨子ちゃん、私、リップならもう塗ってるんだけど・・・ 」
祐巳は少し申し訳無さそうにそう言った。冬場なので、唇の乾燥を防ぐために祐巳もリップクリームは常に塗っているのだ。
「 いえ祐巳さま、これはグロス効果の高いものでして・・・ 」
「 グロス効果って、あのツヤツヤ輝くやつのこと? 」
「 はい。あ、校則違反にはならないように、色はついてませんけど 」
「 そっか・・・ あれ?でも乃梨子ちゃんの唇、ツヤツヤしてないよ? 」
「 いや・・・ まわりがみんな持ってるんで、思わず自分でも買っちゃったんですけど、いざこういう目立つモノを塗るとなると恥ずかしくて・・・ 」
乃梨子は照れ臭そうに答えた。
良く見れば、乃梨子の持つリップクリームは未開封だった。
「 なるほど、瑞々しい唇でセクシーさをアピールって訳ね。よし! じゃあ、とりあえずリップつけてみましょうか! 」
「 とりあえずって由乃さん・・・ そんな勢いまかせなノリで・・・ 」
「 何言ってるのよ祐巳さん、こういうのは勢いが大事なんじゃない! 」
「 そうかなぁ・・・・・・ 」
「 そうよ! ホラホラ乃梨子ちゃん、とにかくガーっと塗ってみて! 」
「 ・・・・・・“ガーっと”って、絶対リップクリームを塗る時の擬音じゃないと思うな 」
何を言っても聞いてくれそうにない由乃の暴走ぶりに、祐巳は静かに涙した。
「 じゃあ塗ってみますね。・・・え〜と、祐巳さま、塗りやすいように座っていただけますか? 」
「 あ、うん 」
素直に椅子に座った祐巳に、乃梨子が近付く。
左手でそっと祐巳のあごを持ち、リップを塗りやすいようにクイっと祐巳のあごを持ち上げた乃梨子は、唇からリップがはみ出していないか見やすいように自分の顔を近付ける。
二人の少女がそんな体制になると、このままキスでもしそうなシーンに見えて、他の3人はなんとなく黙り込んで二人を見つめていた。
薔薇の館は、つかのま妙な緊張感に包まれる。
「 ・・・・・・・・・祐巳さま、目を閉じてもらえますか? 」
「 あ、ゴメン 」
どうやら真正面から祐巳に見つめられるのが恥ずかしいらしい。
祐巳は言われるままに目を閉じる。
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すいません、やっぱり目を開いてもらえますか 」
「 ふえ? 」
目を閉じて唇を突き出す祐巳と向かい合うのは、もっと恥ずかしかったようだ。
「 乃梨子ちゃん 」
「 何ですか? 由乃さま 」
「 乃梨子ちゃんがそういうやり取りしてると妙に生々しいから、さっさと塗っちゃってもらえない? 」
「 な! 何で私だと生々しいんですか!! 」
「 いや、なんかそのままキスしかねないような雰囲気が・・・ 」
「 しませんよ!! 私をなんだと思ってるんですか!! 」
「 正直に言って良い? 」
「 ・・・・・・聞いたら殴りたくなりそうだから、正直に言わなくて良いです 」
「 ・・・私はいつまでこうしてれば良いのかな? 」
「 ああ、すいません祐巳さま。 今塗りますんで 」
由乃の余計な突っ込みに軽く切れた乃梨子だったが、おかげで変な緊張感は薄れたらしい。右手でリップを構えると、唇からはみ出さないよう慎重に塗り始めた。
「 ・・・・・・できた 」
リップを塗り終えた乃梨子が、ふうと息を吐きながら祐巳から離れる。
「 どうかな? おかしくない? 」
『 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 』
祐巳の問い掛けに、またも沈黙する一同。
「 ・・・何かイヤなデジャヴを感じるんだけど。由乃さん? 」
すでに諦めの境地で祐巳が聞くと、由乃はキッパリと答えた。
「 天婦羅食べた直後みたい 」
「 やっぱり・・・ 」
やはり、セクシーには程遠い評価だった。
今の祐巳の姿を的確に表すと、「 天婦羅を食べた直後のほわほわした謎生物 」となるのだろうか。
「 くっ・・・ ここまでやってダメだなんて、手強いわね 」
なんだか強大な敵と戦うようなノリで呟く由乃。確かプロジェクトYUMIは祐巳のビジュアル面強化が目標だったはずなのだが、彼女は何と戦っているつもりなのだろうか?
「 もう良いよ由乃さん。なんかやればやるほどダメになっていくような気がするから・・・ 」
「 何言ってるのよ祐巳さん! 諦めたらそこで負けなのよ?! 」
「 負けって・・・ 何に? 」
それはたぶん、本人にも良く解かってないと思われた。
「 仕方ないわね、こうなったら私がなんとかしてやろうじゃない! 」
むしろ言い出しっぺなんだから最初になんとかしろよとか、さっきからダメ出ししてるだけなのに何でそんなに偉そうなんだとか、そもそも“祐巳”と“カリスマ性”という取り合わせはねーよとか、諸々の突っ込みを含めた視線を丸ごと無視し、由乃はおもむろに自分の鞄をあさりだした。
「 これならどうだ!! 」
そう叫びながら由乃が鞄から取り出し、祐巳の前に突き出されたもの。それは・・・
「 あんぱん? 」
そう、それは何の変哲も無いあんぱんだった。
しかも2個。
「 これを胸に詰めてやれば、とりあえずはセクシーに・・・ 」
「 ・・・ご自分で詰めたらどうですか? 」
先程の“生々しい”発言を根に持ったか、はたまた由乃の案があまりにもアホらしいので呆れたのか、やたらと冷たい声でそう突っ込んだのは、乃梨子だった。
「 なんですってぇ!! 」
「 あれ? 聞こえませんでしたか? ご自分で、詰めたら、どうですか? 」
「 聞こえてるわよ!! アンタ喧嘩売る気ね?! 」
声に失笑を含んだ乃梨子の冷徹なあおりに、由乃の暴走蒸気機関は爆発寸前まで熱くなる。
「 別に喧嘩を売る訳じゃありませんよ。私は由乃さまの胸こそ救済が必要だと思って・・・ 」
「 誰の胸に救済が必要なのよ!! 私の胸は恵まれない子か!! 」
「 確かに恵まれてはいないかも・・・ 」
「 お黙り銀杏娘!! ちょっと自分が恵まれてるからって調子に乗るんじゃないわよ!! 」
「 ご、ごめんなさい由乃さん。でも本当に恵まれてないように見えるから・・・ 」
「 本当に恵まれてないとか言うなぁぁぁぁぁ!!! 」
「 やめてください由乃さま! 志摩子さんとアナタの胸がトコトン恵まれてないのは関係無いでしょう! 」
「 うるさい! トコトン恵まれてない言うな!! ちっくしょ〜、こうなったらもう白薔薇家は敵よ! 戦(や)ってやろうじゃない!! 」
もはや白薔薇家VS由乃の舌戦は、肉弾戦への突入が避けられそうにないレベルまでヒートアップしていた。
「 ・・・私もう帰っていいかな。いいよね 」
一方、忘れ去られたうえに放置された祐巳は、相変わらずツヤツヤほわほわしたままで、一人寂しく帰り支度を始めていた。
「 もう、しょうがないなみんな・・・ 」
収拾が付かなくなった薔薇の館をまとめるべく、先代黄薔薇さまは、まだいがみ合っている由乃達に歩み寄る。
令も先代になってしまったとはいえ、黄薔薇さまとして山百合会を牽引してきた自負がある。そんな自信と経験に満ちた声で、二人を叱りつけた。
「 はい、そこまで! 二人ともいい加減やめなさい! 」
『 うるさい!! 』
「 ・・・ごめんなさい 」
叱りつけた令の倍の迫力で、由乃と乃梨子に左右から同時に怒られて、即座に卑屈に謝る令。
そんな令を見ていた祐巳に、「 令さまも帰ったほうがいいんじゃないですか? 」と冷めた口調で言われ、令はさらに深いところまで落ち込んでいった。
ビスケット扉に手をつき、がっくりとうなだれる令をよそに、由乃VS乃梨子の舌戦は、更に加速してゆく。
「 恵まれてない胸は事実でしょう! もし転んだら胸より先にロザリオが地面に激突しそうじゃないですか! 」
「 アホかぁ! どこの世界にロザリオより低い胸があるのよ!! それよりもアンタ、祐巳さんと向かい合ったくらいで変な雰囲気醸し出してんじゃないわよ! だから“白薔薇はガチ”とか陰で噂されるのよ!! 」
「 誰がガチですか! 自分こそ体力の伴なわない暴走っぷりが“ブレーキの壊れた軽自動車”とか陰で言われてるの知らないんですか!! 」
「 なぁんですってぇ!!! 」
「 なんですかぁ!!! 」
互いに暴言の限りを尽くし、もはや戦闘開始かと思われたその時、薔薇の館の混乱を収められる唯一の人物がビスケット扉を開いた。
「 (ゴガンッ!)騒々しいわね、何ごとなの! 」
「 ごきげんよう。・・・・・・・・・どうしたんですか? 令さま。ビスケット扉の影で崩れ落ちて 」
救いの女神は、ビスケット扉で令を撃沈しながら瞳子を伴なって現れた。
「 お姉さま! 瞳子! 」
祥子の姿を見て、祐巳は嬉しそうに駆け寄った。
「 ごきげんよう祐・・・ どうしたの? その髪と唇は 」
祥子も一瞬嬉しそうに祐巳を迎えたが、すぐに祐巳の異変に気付き、心配そうな顔になった。
「 どうしたんですか? お姉さま。なにやらチアリーダーの持つポンポンみたいな頭になってますけど 」
「 ・・・・・・その発想は新しいかな 」
不審そうな瞳子の言葉に、思わずそう言い返す祐巳。
「 で? 何故そんなことに? 」
「 元はと言えば、由乃さんのせいです 」
いいようにいじり倒されてはいたが、内心は腹が立っていたらしい。祥子の問いに、祐巳はアッサリと元凶の名をチクった。
祐巳の言葉を聞き、祥子はゆっくりと由乃に歩み寄る。
「 由乃ちゃん、説明してくれるかしら? 」
「 祥子さま、後にして下さい。今この生意気な女を・・・ 」
未だ乃梨子とにらみ合っていた由乃は、不機嫌な口調で祥子をあしらおうとしたが、そんなことくらいで怯む先代紅薔薇さまではなかった。
由乃の肩に手をかけ、強引に自分のほうへ向かせると、祥子は笑顔でもう一度言った。
「 由乃ちゃん? 今、すぐ、説明してくれるかしら? 」
一言一言に圧力を込めながら言う祥子。
ちなみに目は笑っていなかった。てゆーか目が合ったら石にされそうな眼光だった。
「 ・・・・・・・・・・・・はい 」
いくら暴走しがちとはいえ、さすがに祥子と由乃では役者が違いすぎた。由乃には、素直にうなずく以外、道は残されていなかったのだった。
由乃は、祥子と瞳子に今までの顛末を話した。
「 祐巳にカリスマ性をねぇ・・・ 」
「 これほどお姉さまと相容れない概念もないですわね 」
事の次第が解かると、祥子は特に怒るようなことはしなかった。令は無意識にとはいえ制裁済みだし、乃梨子は由乃に乗せられた形で協力しただけだし。
由乃自身についても、少し暴走気味とはいえ山百合会の未来を案じてのことなので、特に罰などは考えていないようだ。
「 それはそうと・・・ 」
話しがついて落ち着くと、祥子は改めて祐巳(ツヤツヤほわほわ仕様)を見た。
「 カリスマ性はともかく。祐巳を魅力的に見せるなら、私が良い方法を知ってるわよ? 」
祥子は祐巳を見ながら、急にそんなことを言いながらニヤリと笑う。
「 ああ、それなら私にも解かりますわ 」
瞳子もそんなことを言いながら、祥子と同じようにニヤリと笑う。
二人はしばし見つめあうと、互いに微笑みあってから祐巳のほうへと歩き出した。
「 え? いや、あの、私もうこれ以上いじられるのは勘弁して欲しいんですけど・・・ 」
微笑ながら近付いてくる二人に何か恐怖を感じ、祐巳は引きつった笑顔であとずさる。
「 祐巳、おとなしくしなさい 」
祥子がテーブルの上に放置されていた令のブラシを拾いながら祐巳に近付く。
「 そうそう、私達にまかせてくれればいいですから 」
瞳子もなにやら鞄をあさりながら祐巳に近付く。
「 お姉さま? 瞳子? ちょ・・・ 笑顔が怖い! 」
紅薔薇家以外の面々は、妙な迫力のある笑顔でジリジリと祐巳を追い詰める二人を、黙って見送ることしかできなかった。
そして数分後。
『 どうかしら? 』
揃って問う二人の間から、祥子の言うところの“魅力的な祐巳”が姿を現した。
「 ・・・・・・え? 」
その姿を見て、由乃は思わず気の抜けた声を出していた。
「 ・・・いつもの祐巳さまに見えるんですけど 」
そう。乃梨子の言うように、そこにいたのは、ツインテールで唇もツヤツヤしていたりしない、いつもどおりの祐巳だった。
「 ええ、そのとおりよ 」
不審そうな乃梨子の問いに、祥子は自信たっぷりにそう答える。
「 お姉さまは、ありのままのお姉さまだからこそ良いんです 」
瞳子も祥子と同じように、自信たっぷりに断言する。
「 そうね、祐巳が祐巳であることこそが、最大の魅力というところかしら? 」
「 むしろ不自然に飾った姿のお姉さまなんて、もうお姉さまではありませんもの 」
ありのままに、自然体な自分こそが一番魅力的だと、姉も妹も声を揃えて言ってくれる。
しばらくあっけに取られていた祐巳の心に、しだいに嬉しさが込み上げてきた。
「 お姉さま、瞳子 」
「 なあに? 祐巳 」
「 なんですか? お姉さま 」
祐巳は自分を丸ごと愛してくれているこの二人に、どうやって今の気持ちを伝えれば良いのか考えたが、心に浮かんだ言葉は、結局二つの単語だけだった。
「 ありがとう、大好き 」
祐巳の言葉に、二人は揃って微笑みで応える。
「 あ〜・・・ まあ、祐巳さんは祐巳さんらしいのが一番かもね 」
由乃も紅薔薇家の出した結論に納得したようだ。
「 そうね、祐巳さんは元々魅力的だから 」
「 何もしなくても、1年生の間ではもう人気者ですしね 」
白薔薇家にも異論は無いようである。
「 ふふふふ。これにて一件落着ってところかしら? 」
祥子も満足そうだ。
「 じゃあみんな、今日は久しぶりに揃って帰りましょうか 」
『 はい! 』
上機嫌な祥子の誘いに、未来に咲く薔薇達も笑顔で応える。
「 ねえ由乃さん 」
「 何? 祐巳さん 」
「 私、来年度は薔薇さまとして、自分にできることを精一杯やろうと思うの 」
「 うん 」
「 自分に出来ないことは遠慮無く誰かに頼って、自分にあるものは目一杯出し切って 」
「 うん、そうね、それが一番上手くいくのかもね 」
無理に背伸びせず、無い物ねだりもせず、自分のペースで歩いていこう。
祐巳は少しだけ、4月が待ち遠しく思えたのだった。
一方、未来の薔薇達が楽しげに帰宅した後。深夜の薔薇の館にて、過去の薔薇が一輪・・・
「 う・・・・・・ ん? ・・・・・・・・・・・・あれ?! く、暗い?! 嘘! 私だけ置いてきぼり?! 」
未来の薔薇達に忘れ去られていたりしたのは、ほんの些細な出来事である。