【2374】 傷ついた天使達夜光鈴の最後の輝きに  (クゥ〜 2007-09-13 22:30:05)


 ARIAクロス、今回は灯里視点で進みます。


【No:1328】【No:1342】【No:1346】【No:1373】【No:1424】【No:1473】【No:1670】【No:2044】【No:2190】―今回

 まつのめさま―【No:2079】




 これは小さく、大きな話。

 彼女と出会った奇跡のお話。

 灯里は窓の外を見る。
 秋も深まったとは言っても、今日は夜に成っても少し暑い。
 窓を開け、夜風を取り入れるのが心地よい。
 「すぴーすぴー」
 灯里の横では、アリア社長がお腹を出して眠っている。
 灯里はそっと自分の毛布をアリア社長のお腹にかけ、その横に目をやる。
 そこに寝ているのは、奇妙としか言えない偶然で出会った彼女が眠っている。
 福沢祐巳ちゃん。
 遥か過去から来たと思われる少女。
 その真偽は分からないが、祐巳ちゃんは大事な人たちと離れることさえ疑問に思っていないままに、離れることに成ってしまった。
 灯里だって、そんなのはイヤだ。
 今、突然、アリシアさんやアリア社長、そして祐巳ちゃんや友人達と離れるなど考えたくも無い。
 だが、確かに祐巳ちゃんは、大事な人たちから離された。
 「……お姉さま」
 祐巳ちゃんの寝言。
 たまに聞ける言葉。
 その人は祐巳ちゃんにとって誰よりも大事な人。
 少し羨ましい。
 そう思うくらいは許して欲しいと思う。
 「良いでしょう?祥子さん」
 灯里は、夜空に向かって呟く。
 小笠原祥子さん。
 祐巳ちゃんの通っていた学園での姉妹。
 少し不思議で素敵な伝統。
 その伝統での祐巳ちゃんのお姉さま。
 永遠に灯里が手に入れられない場所。
 祥子さんにとっては、今の灯里の方が幸福なのだと言いたいだろう。
 何故なら、祥子さんにしてみれば、祐巳ちゃんが居なくなったことに成るから。
 祐巳ちゃんはココにいるから。
 ただ、灯里は祐巳ちゃんが戻れるなら戻って欲しいとも思う。
 矛盾した想い。
 ココは奇跡の星AQUA。
 奇跡は何度も起こらないと言うけれど、それは奇跡を望まないから、だから、素敵な奇跡なら何度でも望みたいと思う。
 ――リリー、リリーン。
 鈴虫の声。
 夏は終わり秋に成っているんだと良く分かり。もうすぐ秋の最大のお祭りが開かれる。
 お祭りはヴォガ・ロンガ。
 このネオ・ヴェネツィア中のゴンドラが集まり。レースをおこなうを楽しいお祭りだ。

 祐巳ちゃんも楽しんで欲しい。



 「灯里さん……これは緊張しますね」
 祐巳ちゃんが練習用のゴンドラに立ち、いつもよりも緊張している様子。
 祐巳ちゃんは片手袋=シングル。
 手袋なし=プリマが同乗していればお客さんも乗せられ、何度か経験も積んでいるし。最近は、渡し舟=トラゲットにも参加しているので問題は考えられないが……。
 「祐巳ちゃん、もしかして噂を聞いた?」
 「噂ですか?」
 「そう、このヴォガ・ロンガの噂」
 灯里は周囲を見渡す。
 毎年の事ながら、海はゴンドラで溢れている。去年までは灯里が自分で漕いで参加していたが、今年は祐巳ちゃんのサポートに回った。
 「……え〜とですね」
 「聞いた?」
 「はい」
 祐巳ちゃんは頷いた。
 ヴォガ・ロンガの噂。
 これは水先案内人=ウンディーネにだけある噂だが、実はこのヴォガ・ロンガでウンディーネの昇格試験がおこなわれると言われている。
 勿論、ただの噂。
 ウンディーネの昇格試験には、ゴンドラ操作も確かに重要だが、それ以上にお客さまを楽しませる事が重要でそれだけで昇格が決まることは無い。
 「そんなぁ」
 「そうかぁ、それで最近の練習がハードだったわけだ」
 祐巳ちゃんは最近何時も以上に練習に励んでいた。
 「だから、今日のお祭りは楽しもうよ。ゆっくり、一日かけてね」
 「ぷいにゅ」
 一緒に祐巳ちゃんのゴンドラに乗船しているアリア社長も賛成のようだ。
 ヴォガ・ロンガは約32キロもの長距離レース。
 早いゴンドラでも四時間ほどかかり、遅いゴンドラだと一日。今の祐巳ちゃんなら、五時間ほどかな?
 でも、そんな時間など気にせずに楽しんで欲しい。
 「……そうですね」
 祐巳ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
 お祭りは楽しむもの、それが一番。
 見物の人たちが小さな旗を振っていて、スタート。
 一斉に海を覆い尽くすゴンドラが動き出す。
 「うわぁ」
 祐巳ちゃんがその光景に感嘆の声を上げている。
 「灯里さん、何だかウキウキします」
 「じゃ、楽しもう」
 「はい!!」
 祐巳ちゃんが操るゴンドラはゆっくりと進んでいく。その速度はけして速くは無い。
 「ぷいにゅう」
 水面に描かれるいくつもの波。
 少し揺れる。
 花びらのように色とりどりの紙吹雪が舞い落ちてくる。
 舞い落ちた紙吹雪は海を彩り、そのまま海に溶けて消える。
 「お〜い、灯里ちゃん!!」
 「?」
 「灯里さん呼ばれていますよ?」
 祐巳ちゃんにも言われ見てみればフルーツ屋さんのオバちゃんが手を振っていた。
 祐巳ちゃんはゴンドラをオバちゃんの方に向けてくれる。
 「灯里ちゃんは今年は漕いでいないんだね」
 「あは、今年は後輩ちゃんが漕いでますよ」
 「あぁ、ARIAカンパニーに入った新人さん」
 「あっ、はい!!祐巳って言います。どうぞよろしく」
 フルーツ屋さんのオバちゃんに見つめられ、祐巳ちゃんは緊張した様子。
 「あぁ、そんなに緊張しないで、私はたまに荷物を運んでもらっているだけだから」
 その荷物は主に灯里が運んでいる。
 「それじゃ、大事なお客さんじゃないですか!!」
 「あはは、たまに頼むくらいだから、そんなに大げさに言うことでもないよ。そうだ、ほらコレを持っていきな」
 そう言って、フルーツ屋のオバちゃんはオレンジを紙袋に入れ渡してくる。
 「えっ、あの」
 「いいから持っていきな。断ると逆に失礼だよ」
 オバちゃんは豪快に笑いながら、結局、オレンジを押し付け。
 灯里と祐巳ちゃんは、オバちゃんにお礼を言ってレースに戻った。
 「オレンジ美味しそうですね」
 「そうだね、お礼に今度祐巳ちゃんが荷物運んであげるといいよ」
 「えっ?私がですか」
 「うん」
 祐巳ちゃんはビックリしているが、今の祐巳ちゃんになら任せても良いと思う。
 少しでも練習でない仕事をするのは、練習以上の練習になる。
 「やってみる気は?」
 「あ、あります!!」
 祐巳ちゃんは嬉しそうに笑った。
 祐巳ちゃんの操るゴンドラはゆっくりとネオ・ヴェネツィアの中を進んでいく。
 沿岸には多くの観戦者が、小さな旗を持って声援を送っている。
 自分で操りながらこの声の中を進むのも素敵だが、こうして祐巳ちゃんのゴンドラに揺られながら進むのもまた素敵だ。
 「くすくす」
 「灯里さん、どうしました?」
 「うん?何か素敵だなって思ってね」
 「あは、灯里さんもそうですか?そうですよね!!」
 祐巳ちゃんも同じ気持ちだったようだ。
 「この声援はこのままずっと漕いでいたい気持ちに成ります」
 「そうだね」
 祐巳ちゃんはゆっくりとレースを楽しんでいるようだ、いつの間にか、祐巳ちゃんは舟謳=カンツォーネを口ずさんでいた。
 ……本当にそうだ。
 祐巳ちゃんが操るゴンドラがゆっくりと水面を滑っていき、人々の暖かい声援と祐巳ちゃんのカンツォーネが子守唄のように聞こえてくるのだから。
 なんとも楽しい。

 結局、祐巳ちゃんは夕焼けに海が染まる頃にゴールした。

 「まったく、貴女達は……どこまで大ボケなのよ」
 ゴールにはいつもの面々がそろい待っていてくれ、藍華ちゃんが何だか困っているように笑っていた。
 「でもまぁ、二人ともボケボケですから」
 「そりゃそうだ」
 アリスちゃんも晃さんも笑い。
 その後ろには、小さなパーティの準備がされ、アリシアさんとアテナさんが待っている。
 「さぁ、食事にしよう」
 晃さんの言葉に、皆、今日の祭りを楽しんでいたことが良く現れていた。



 ヴォガ・ロンガが終われば、観光客も減り。ネオ・ヴェネツィアの街は冬支度に入る。
 地球=マンホームでは失われた冬だが、このAQUAでは体感できる。
 「それじゃ、薪を取ってきますね」
 「お願いね、灯里ちゃん」
 ARIAカンパニーも冬支度。
 アリシアさんは、今年も暖炉の掃除を始めた。灯里は、暖炉で燃やす枯れ木を取りにいく。
 「おぉ」
 外に出たとたんに、冷たい風が過ぎていった。
 「あっ、灯里さん、何所に行くのですか?」
 観光シーズンが終わり、時間の空いたアリスちゃんと練習に行っていた祐巳ちゃんが戻ってきた。
 その手には小さな紙袋。
 「暖炉の薪を採りに行くの」
 「薪ですか?」
 祐巳ちゃんは、灯里とドアの間から室内を覗き。アリシアさんが掃除している暖炉を驚いた顔で見ている。
 「あの暖炉って使うんだ」
 「そうだよ、祐巳ちゃんは暖炉は使ったことある?」
 「え〜と、お婆ちゃん家で囲炉裏なら」
 「囲炉裏!?」
 灯里の方が、その言葉に興味を引かれる。
 「あっ、はい……それで薪拾いには今から?」
 祐巳ちゃんが少し体を引いて聞いてくる。
 「うん、そうだよ」
 「それでは私も付き合いますよ」
 そう言った祐巳ちゃんは、そのまま一緒に行こうとする。
 「祐巳ちゃん、一緒に行くのは良いけどその荷物は置いていったら?」
 「あっ、そうですね」
 祐巳ちゃんは手にした袋を思い出したようだ。
 「ところでそれは何を買ってきたの?」
 「あっ、アリスさんと練習中に見つけた煎餅屋さんのネオ・ヴェネツィア煎餅です。焼き立てですよ。帰ったら食べましょう」
 焼きたてのネオ・ヴェネツィア煎餅に少し心引かれる。
 急いで戻ることにしよう。
 寒い中、練習から帰って来たところの祐巳ちゃんにゴンドラを漕がすのも可哀想なので、祐巳ちゃんのゴンドラを借りて祐巳ちゃんとアリア社長を乗せ。薪拾いに向かう。
 「うぉぉぉぉ!!!!」
 「ひょぇぇぇぇ!!!」
 「ぷいにゅうう!!」
 突然、冷たい風が吹き抜けていった。
 灯里は、毎年薪拾いに向かう小島へとゴンゴラを向かわせる。
 ……今年も会えるかな。
 祐巳ちゃんにはナイショだが、そろそろあの子たちが出てくる時期だ。
 「これだけ寒いと早く薪を拾って帰ったほうがよさそうですね」
 小島に着いて、祐巳ちゃんは早速薪を拾い始める。しかし、灯里は周囲を見回していた。
 「何か探しモノですか?」
 祐巳ちゃんが声をかけてくる。
 「う〜ん、この寒さならそろそろ出てきても……あっ」
 「どうしたのですか?」
 灯里の探し物は、拾った薪を持った祐巳ちゃんの頭の上に居た。
 「祐巳ちゃんの頭の上」
 「はい?」
 祐巳ちゃんは、灯里に言われ頭を振る。
 ――ぽわぽわ。
 祐巳ちゃんの頭を離れ、それは灯里の手に飛んでくる。
 「な、なんですかそれ?」
 祐巳ちゃんは、灯里の手に乗った白い綿毛に羽が生え頭にリボンを着けたた生き物を見て驚いていた。
 「雪虫……知らない?」
 祐巳ちゃんは首を小刻みに早く何度も頷く。
 「地球にも居るみたいだけれど、そうか、祐巳ちゃんも知らないのか」
 「す、少なくとも私は知りません…あぁ、でも、お姉さまや志摩子さんなら知っていたのかな?いや、こういうのは案外、令さまの方が……」
 悩んでいる祐巳ちゃん。
 「雪虫はね。トドノネオオワタムシと言って、AQUAの雪虫は地球の雪虫よりも数倍大きいのよ。春はヤダチモの葉の裏、夏はトドマツの根に移って居るから、こうして見れるのは本格的な冬が来るこの頃だけなの」
 以前、アリシアさんから教わった受け売りを、少しだけ得意げに話す。
 「へぇ」
 祐巳ちゃんは感心したように、灯里を見ているので照れてしまう。
 灯里は祐巳ちゃんの感心した表情を見ながら、雪虫のリボンを新しいのに変えてあげる。
 「そのリボンは?」
 「目印かな?」
 「目印?」
 「うん、この子はね。私が初めてであった雪虫さんなんだ。それで、その時にリボンを着けてあげて、毎年、変えてあげているんだよ」
 「可愛いですね」
 「でしょ」
 ――ひゅぅぅぅぅ。
 冷たい風が吹き向けていった。
 「「ううっ!!寒い」」
 今年も雪虫さんと出会えたので、急いで薪を集めARIAカンパニーへと戻ることにする。
 祐巳ちゃんは、雪虫さんを気に入ったのか触ったり転がしたりして遊んでいる。
 「祐巳ちゃん、明日のトラゲットに連れて行っても良いよ」
 「えっ?良いんですか」
 「うん、そのくらい大丈夫だし、そのうちに街中に雪虫が溢れてくるよ」
 「ほぇ〜」
 祐巳ちゃんは、驚いた表情で手に乗せた雪虫さんを見た。
 雪虫さんもついて行く気があるのか、祐巳ちゃんの手のひらで何度も飛び跳ねている。
 まるで連れて行ってと催促しているようだ。 
 もう少しでARIAカンパニーへと辿り着く。
 拾ってきた薪に火を入れ、あの少し熱く暖かい光をアリシアさんと祐巳ちゃん、アリア社長に雪虫さんと囲んで、祐巳ちゃんの買ってきたネオ・ヴェネツィア煎餅を食べながら今日はお喋りを楽しみたい気分だ。

 そして、冬のAQUAの素敵なところを祐巳ちゃんに話してあげたい。

 「灯里ちゃ〜ん、祐巳ちゃ〜ん」
 アリシアさんが寒い中、出迎えに出ている。
 「アリシアさ〜ん」
 祐巳ちゃんも手を振り替えし、雪虫さんが今年もよろしくと言うように飛んでいく。
 「寒かったでしょう、暖かい緑茶を用意しているから早く入りなさい」
 祐巳ちゃんと拾った薪を持って部屋に入り、早速、アリシアさんが掃除してくれた暖炉に薪を並べ。
 火をつける。

 ――ぱちぱち。

 火が弾けながら、徐々に大きくなっていく。

 暖かい空気と光が暖炉を包み。

 部屋に広がっていった。

 祐巳ちゃんも嬉しそうに眺め。

 風の出てきた外を気にすることなく。

 暖かい暖炉の前で、祐巳ちゃんの買ってきた煎餅を食べながら、アリシアさんの用意してくれたお茶を飲み。

 冬のAQUAの楽しさを、祐巳ちゃんにアリシアさんと一緒に話す。


 まだ、今日の夜は長くなりそうだった。










 ごきげんよう。
 本当なら夏休み中にと考えていたのにこんなに遅くなるとは……とほほですが、呼んでくださった方々に感謝。
 今度はもう少し早く書きたいなぁ……(希望)


                          クゥ〜。


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