【2405】 大きすぎたその想い床に落ちてます  (海風 2007-11-16 10:40:50)


微妙なミステリー仕立てになっています。
本当に微妙なので、多大な期待はしないでください。
たぶんミステリーになってると思いますが……







 日に日に卒業が現実味を帯びてくる三学期の終了間際、私は大変珍しいものを見てしまった。

「……、ごきげんよう」

 放課後、会議室には由乃さまと祐巳さまがいた。
 だが、二人の位置は、普段とはまったく違うものだった。挨拶の言葉が一瞬詰まるくらいには異常だった。

「ああ乃梨子ちゃん、ごきげんよう」
「……ごきげんよう」

 偉そうに腕とか足とか組んで座る由乃さまに対し。
 祐巳さまは、なぜか床に正座していたから。




「…………あの、何を?」

 とりあえず挨拶はしたものの、今まで見たことのない光景に聞かずには居られなかった。

「こっちは気にしないで。――じゃあ祐巳さん、続けようか」
「は、はい……」

 どうやら外野は黙ってろ、ということのようだ。……まあ新しい遊びでも前衛的なプレイでも、志摩子さんが絡まないならなんでもいいか。
 私は紅茶を煎れるべく、鞄を置いて流しへと移動した。 

「ねえ祐巳さん」
「は、はい」
「ちょっと妹ができたからって調子に乗ってるんじゃないの?」
「いえ、そういうことはないかと……」
「調子に乗ってるよね?」
「……すみません、乗ってます」

 乗ってないでしょ祐巳さまは。なんだこれ? いじめか? 由乃さまのひがみか?

「だよねー。じゃないとおかしいもんねー」

 怒りが見え隠れする、凄味の利いた笑顔を浮かべた由乃さま。
 まるで身体を小さく折りたたんだかのように、背中を丸めてやけに小さく見える祐巳さま。
 聞いた話だけで分析すると、祐巳さまが由乃さまに何やらやらかした、ということだけはなんとなくわかる。
 ……わかるけど、あの祐巳さまが正座させられるほどのことをするとは思えないが。
 逆ならともかく。

「ねえ祐巳さん、なんか言い訳してよ?」
「い、言い訳?」
「そう。私に許そうかなーって思わせるような言い訳をしてみてよ?」
「は、はあ……」

 ああ、やっぱりいじめかな。私には次に由乃さまが何を言うかの検討がつくから。

「あ、あのね、実は――」
「言い訳をするなーーーー!!!」
「ええーっ」

 ほらね。

「やっぱり祐巳さん調子に乗ってるよね!? 素直に謝るなら許そうって気にもなるのに、この後に及んで言い訳なんて! マリア様が見てるのに恥ずかしくないの!?」
「……ええー…………す、すみません……」

 恥ずかしいのは由乃さまだと思うけど。マリア様が見てるのに何やってるんだ。……あ、お湯沸いたかな?

「あ、あのう、由乃さん」
「何よ」
「あの……そろそろ瞳子も来るので……その、こういう姉の威厳が転げ落ちるような構図は、ちょっと……」

 ああ、確かに。さすがに自分の妹には見せたくないな、これ。できたての妹には殊更見せたくないな。

「大丈夫よ」
「な、何が?」
「元々瞳子ちゃん、祐巳さんに威厳とか感じてないから。どうせこれ見たって新しい遊びか前衛的なプレイかって思うだけよ」
「…………」
「だから大丈夫。大人しく座ってなさい」
「……はい」

 笑顔で太鼓判を押す由乃さまに、祐巳さまはうなずくしかなかった。
 それにしても由乃さまはひどいな……あの人は鬼か。あ、紅茶そろそろいいかな?

「……ふう……どうしたものやら……」

 由乃さまはわざとらしい溜息を漏らす。

「私だっていつまでもグチグチ文句なんて言いたくないしさ……なんかさ、これで許すって感じのきっかけがあればさ」

 それは……ちょっとわかる。でもグチグチ文句言うのは由乃さま絶対楽しんでいると思うけど。

「あ、あのう」

 祐巳さまは媚びへつらうような愛想笑いを浮かべ、ごそごそとスカートのポケットから何かを出した。

「なんとかこれで、一つ穏便に……」
「ん? 何?」

 祐巳さまの差し出す袖の下を、由乃さまは受け取った。
 黄色い包みの飴玉だった。まあ高校生の女の子がすぐ渡せるようなワイロなんて、こんなもんだろう。

「ふうん……」

 ピリピリっと包装紙を破って、由乃さまは口の中に黄色の飴を放り込んだ。

「……でさ、祐巳さん」
「は、はい」

 由乃さまは、テーブルに乗っていた……なんかの小さなビンの容器を右手に、左手に今食べた飴の包装紙を持って、

「右手のビンと左手のゴミ、祐巳さんどっちが気になる?」
「…………」

 右ですね。あのビンなんだ。あれがこのプレイの原因?

「そりゃそうよね、右が気になるわよね」

 祐巳さまは何も答えないが、視線が右の方を気にしているのが丸わかりだ。

「飴玉くらいで買収されると思ったら大間違いよ!!」

 いや由乃さま、口の中で飴コロコロさせながら言っても。許さないなら食べちゃダメでしょ。……よし、紅茶完成。
 さてと。
 そろそろこの二人の妙な遊びを止めておこうかな。そろそろ潮時だろう。今日も仕事あるんだし。

「由乃さま、もういいんじゃないですか?」
「無関係の人は黙ってなさい!」

 いやだから、飴食べながら怒られても。

「この場で起こったことなら、白薔薇のつぼみとして無関係じゃないです。もしそれでも無関係だと主張するのなら、別の場所でしていただけませんか? これから仕事もありますから」

 由乃さまはものすごく敵意に満ちた目で睨んできたが、すぐに「そうね」と感情と一緒に息を吐いた。




「祐巳さんが私のプリン食べたの」

 理由を聞いてみると、そういうことだった。

「お昼に食べようと思って朝から冷蔵庫に入れておいたんだけど、食べそびれちゃって。それで放課後食べようと思っていたら――」
「すでに祐巳さまが食べちゃっていた、と」
「そういうこと」

 なるほどね。だから祐巳さまは大人しく理不尽にネチネチいびられていたわけか。

「ただのプリンならここまで怒らないわよ。でもこれ、駅前のあのお店のプリンよ?」

 駅前の? ……ああ、確か限定生産のすごくおいしいプリンだって噂は聞いたことがある。由乃さまは「令ちゃんに買って来させたの」と偉そうに語るが、姉をパシリに使うのはどうかと思う。

「プ○チンプリンとか三個100円の着色料バリバリのとはモノが違うのよ! それを、それをこの祐巳めがっ……!」

 呼び捨てしたよ。かなり怒ってるな、これ。

「でも持ってくる方も悪いですよ」
「なんですって!」
「だって、自分の分だけ持ってきて。私たちに見せびらかして食べる気だったんですか?」

 だとしたら、リリアン生としても淑女としても先輩としても友達としても正直腹が立つ。

「本当は全員分買うつもりだったけど、一つしか買えなかったの! だからどんなものかとみんなで味見しようと思って持ってきたの!」

 ……あれ? みんなで?

「全員で、味見?」
「そう。試してみておいしかったら、今度こそ令ちゃんに三時間くらい並ばせて人数分買って来させようと思ってたの。噂なんてしょせん噂なんだから、実際食べてみてあんまりおいしくないってこともあるでしょ? そして一つの舌より五つの舌で確かめた方が正確でしょ?」

 並ぶだけの価値があるのかどうか試してみようと思ったわけよ、と低い声で由乃さまは続けた。

「それをこのタヌキ面した祐巳めが、雑食動物さながらの嗜好で食べちゃったのよ」

 タヌキ面とか言っちゃったよ、真正面から。
 でも、個人的に風向きが変わってきたのは確かだ。

「ここのところ仕事続きで慌しいしみんな疲れてきてるし、今度最年長になる現二年生が下級生をねぎらって差し入れしてもいいと思わない?」
「それは思います」
「令ちゃんに相談したら、上級生らしい余裕が出てきたねって涙ぐまれたし」

 それはそちら様の姉妹方の問題で、今は関係ないかと。
 いや、しかし。
 理不尽に怒っているかと思えば、由乃さまの主張は筋が通ってしまった。

「言っておくけど、私は志摩子さんや乃梨子ちゃんたちの分まで怒ってるつもりよ? 私一人が被害者ならここまでしつこく怒らないわよ」
「私たちの分まで?」
「乃梨子ちゃんが無関係で居てくれたら、事情も話すつもりはなかったし」

 そ、そうか……止めようと入ったことが、逆に祐巳さまの立場を悪くすることになっちゃったのか。ほら、実際怒ってる人が増えたわけだし。ここに。

「祐巳さま」

 まだ正座している祐巳さまに、私は話し掛けてみた。

「おいしかったですか?」
「う、うん……」
「すごく?」
「う、うん……」
「――許せません」

 プリン。
 駅前のあのお店の限定プリン。
 一時間は並ばないと買えないという、まっとうな学生が手に入れるには難度が高すぎる限定数量のプリン。
 それが、私の口にも入る予定だったのだ。期待してなかった分だけサプライズも利いている嬉しい差し入れが、なくなってしまった。
 こうして正座しているタヌキ面の先輩が食べてしまったのだ。
 それは私も怒るというものだ。仮に私の物ではないにしても、由乃さまのご厚意(と令さまのがんばり)で私の口にも入るはずだったのだから。

「祐巳さま、わかってますか? ○ッチンプリンとか三個100円のスーパーですぐ買えるものとはモノが違うんですよ? ビン入りですよ、ビン入り? 限定生産のプリンですよ?」
「す、すみませんでした……」
「おいしかったんですよね?」
「……え……?」
「おいしかったんですよねっ?」
「は、はい、おいしかったです……」
「コクがあってまったりしてでも後味すっきりでしつこくない甘みが新鮮なタマゴの風味を活かしてすごくおいしかったんですよねっ?」
「あ、え、あ、はぁ……」
「――絶対許せませんっ」

 このタヌキめっ、祐巳めっ。プリンを……プリンを……!

「……う……由乃さまぁ!」

 堪え切れない熱いモノが込み上げてきて、私はわっと由乃さまにすがりついた。

「気持ちはわかる! 気持ちはわかる!」

 そんな私を、由乃さまは激しく同意して受け止めてくれた。

「祐巳さんはわかってるの!? 乃梨子ちゃんを泣かせたのはあなたなのよ!?」

 いや本気で泣いちゃいませんけどね。

「え、え……ご、ごめんなさい……」
「許しません!」

 こうして二人でネチネチいびること数分。




 だが、事態は思いも寄らぬ方向へと変わるのだった。




「……な、何事?」
「どうしたんですか、これ……?」

 志摩子さんと瞳子がやってきた。
 片や正座中で反省する祐巳さま、片や由乃さまと、由乃さまにすがりついている私。
 この異常な光景を前に、ただただ驚いている。

「まさか新しい遊びなの?」
「前衛的なプレイの一環ですか? まったくお姉さまはマゾなんだから……」

 志摩子さんは首を傾げ、瞳子は重苦しい溜息をつき。
 そして私は。

「し、志摩子さん! 聞いてよ志摩子さん! 祐巳さまがひどいの!」

 私は由乃さまという古巣を捨て、新しくてふわふわで真っ白で温かで優しい巣へと飛び立った。えへへ、志摩子さーん。

「え? どうしたの? 何かあったの?」
「実は――」

 これこれしかじか、と、由乃さまが祐巳さまの悪逆非道の行為を説明した。

「……え? プリン?」

 ……ん?
 ふと志摩子さんの顔を覗き込んでみる、と……あれ? なんか気まずい感じ……?

「プリンって、ビン入りの? 蓋が青いプラスチックの……?」
「そう、それそれ! みんなで味見しようと思って持ってきたんだけど、祐巳さんが全部食べちゃったのよ!」

 持ってきた私が一口も食べられなかったなんておかしくない、と由乃さまが憤慨した時だった。

「ちょっと待った! ――あぁあぁぁ……!?」

 待ったを掛けた祐巳さまは立ち上がろうとして、足がしびれたのか情けない悲鳴を上げながらペタンと床に座り込んだ。

「ちょ、ちょっと待って由乃さん!」

 だが座り込んだまま、祐巳さまは言った。

「私が食べたのは一口だけだよ!?」

 ……え?

「駅前のあのお店の限定プリンだってわかって、どうしても我慢できなくて食べちゃったのは本当! あとで持ち主に謝ろうとも思ってたけど……でも一口だけよ!? どんな味か確かめただけだよ!?」

 半ばキレ気味に弁解する祐巳さま。
 私は志摩子さんから離れて、由乃さまを見た。

「……祐巳さんは嘘をついても顔に出るし、この顔を見る限り嘘じゃなさそうね」

 ええ、私もそう思います。もう必死だし、ちょっと怒ってるような感じだし。祐巳さまは逆ギレなんかしないだろうし。

「由乃さま、そのビンってどこにあったんですか?」
「冷蔵庫になかったから探してみたら、流しに洗って置いてあった」

 ということは?

「まさか由乃さま……」

 本当に「まさか」とは思うが、この人、まさか自分で食べちゃったんじゃ……

「第一発見者を疑うのは基本よね。でも私は違う。そもそも私、祐巳さんと一緒に来たのよ? 食べる間なんてなかったわ」

 自信満々で言い切る由乃さま。

「……あの」

 と、志摩子さんが小さく手を上げた。

「ごめんなさい……そのプリンなら、私と瞳子ちゃんで食べてしまったの……」
「「……え!?」」

 私と由乃さまと祐巳さまの声が綺麗にハモッた。




「ちょっ、ちょっと待った!」

 今度は由乃さまが、手を上げて待ったを掛けた。

「乃梨子ちゃんも憶えてるでしょ? 昼休みに最後まで残ったのは祐巳さんだったわ。祐巳さんじゃなくて乃梨子ちゃんと一緒に教室に帰ったから特に印象に残ったのよ」

 今の時期、私たちはデスクワークの他にも、方々を走り回っている。一年生も二年生も。

「だから私は、祐巳さんを疑った。そしたら『食べた』って言うから……」
「『一口だけ』ね」

 憮然とした顔で祐巳さまは一口を強調した。

「でも、だったら、志摩子さんたちいつ食べたの? まさか五時間目が終わった直後?」
「いいえ、昼休みよ」

 え……?

「ちょ、ちょっと待った!」

 今度の待ったは、私だ。

「今日の昼休み、私はずっといましたよ? 由乃さまも前半はいましたよね?」
「そうそう。それから最後の方にもう一度帰って来て、お弁当箱を持って教室に戻ったわ」
「でも、私は終始ずっといたんです」

 問題の志摩子さんと瞳子も、出たり入ったりはしていたものの、由乃さまと同じく半分か、それ以上はここにいた。
 そして。

「祐巳さまも中盤に少し抜けましたけど、それ以外は最後までずっと私と一緒にいましたよね?」
「うん」

 「今日は私が洗い物をするから、乃梨子ちゃんは先に行っていいよ」と言われたので、弁当箱を取りに来た由乃さまと一緒に失礼させてもらったのだ。最近はずっと最初に来て最後に帰るから、たまには自分がやる、と。
 だから祐巳さまが最後まで居たのは、私も証言できる。

「志摩子さんたちがプリン食べてるところ、見ました?」
「ううん」

 それは私と一緒で見ていない、と。

「……え? じゃあ、本当にいつ?」

 由乃さまの頭の上にクエスチョンマークが見える。たぶん私の頭の上にも浮かんでいるだろう。
 いつ、食べたのか?
 ずっと一緒にいた私と祐巳さまが気づかない間に食べるなんて、そんなことが可能なのか?
 しかも「二人で食べた」なんて……なんで志摩子さん、瞳子と一緒になんて……なんで私と一緒に食べっ……いや、今問題はそこじゃない。
 とにかく。
 冷蔵庫の開閉なんて逐一憶えてはいないし気にもしていないけど、二人も冷蔵庫付近にいるのを見れば(それも片方は志摩子さんなら)、私は絶対に気づく。祐巳さまはボケッとしてるからちょっとあやしいけど、でも私の目を盗んで二人でプリンを食べるのは不可能なのでは? 単独でも不可能に近いはずなのに、二人でだなんて。
 まあ、だからクエスチョンマークなわけだけど。

「実は……」
「待った!」

 告白しようとした志摩子さんを、由乃さまは止めた。

「この謎、私が必ず解いてみせる……じっちゃんの名に掛けて!」

 あなたのじっちゃん誰ですか?




「状況を整理しよう」

 本当はこんなことをしている時間はないのだが、由乃さまは難しい顔を作って実に楽しそうに語り出した。

「昼休み、まず一番最初に来た人は?」
「はい」

 手を上げたのは祐巳さま。そうそう、私と瞳子より先に祐巳さまが来ていた。

「ちなみにプリンを食べたのはその時ね?」
「う、うん……ごめんね」
「許さない。それで――」

 いやそこはもう許しましょうよ、由乃さま。ほら、祐巳さままた落ち込んでますって。

「次に来たのは、乃梨子ちゃんと犯人である瞳子ちゃんね?」
「そうです」
「あの……瞳子が悪かったと認めますし、素直に白状もしますので、そろそろ仕事に掛か」
「悪いと思うなら黙れ。プリンも買って来い」
「…………」

 反省している瞳子を瞬殺。ダメだ、エンジンが掛かってきた由乃さまは瞳子には止められない。
 こうなってしまうと、さっさと回答を導き出すしかない。

「それから私と、犯人である志摩子さんが来た」

 ふむ……
 プリンを開けた祐巳さま、私と瞳子、最後に由乃さまと志摩子さん。これが来た順番か。

「で、お弁当食べて、すぐに志摩子さんが仕事で出たわよね?」
「ええ」

 すぐに志摩子さんが席を外したから、由乃さまは昼休みに全員で食べようと思っていたプリンを出さなかった。

「それから瞳子ちゃんが出て」
「はい」
「次に私が。で、薔薇の館の前で志摩子さんと入れ違った」

 この時点で、薔薇の館には、私と祐巳さまと志摩子さんがいることになる。

「で……その後のことは私にはわからないけど」

 では、続きは私が。

「祐巳さまが出て行った後に志摩子さんが戻ってきました。それから瞳子。すぐに祐巳さまも戻ってきて、あとは終盤まで四人一緒でした。
 終わり頃にお客さまが来てまた志摩子さんと瞳子が別々に出て行って、二人はそのまま帰ってきませんでした。
 瞳子が出て行った後に由乃さまが戻ってきて、私と一緒に出ましたよね。で、祐巳さまが最後に帰ったはずです」

 これが大まかな出入りの流れだ。おかしなところも、プリンを食べている間もないはずだ。


 薔薇の館に来た順は 祐巳さま(プリン開けた) → 私と瞳子 → 志摩子さんと由乃さま


 志摩子さんたちの「私が犯人です」を疑う気は、というか志摩子さんの言葉を疑う根拠こそ髪の毛一本分もありはしないが、祐巳さまが「プリンを開封した」という証言で、朝から昼休みまでの間に誰かが食べたという説はなくなる。
 それから、出入りが少しややこしいけど。


 全員揃って昼食
  ↓
 志摩子さんが出て行く
  ↓
 瞳子が出て行く
  ↓
 由乃さまが出て行く(と同時に志摩子さんと出入り口で擦れ違う)
  ↓
 祐巳さまが出て行く 
  ↓
 志摩子さんが会議室に戻ってくる
  ↓
 瞳子が会議室に戻ってくる
  ↓
 祐巳さまが戻ってくる
  ↓
 志摩子さんが出て行く(戻ってこなかった)
  ↓
 瞳子が出て行く(戻ってこなかった)
  ↓
 由乃さまが戻ってきて、私と一緒に教室に戻る(戻らなかった)
  ↓
 最後に祐巳さまが薔薇の館を出た


 ……ということになる、けど。

「あ」

 祐巳さまが声を上げた。

「わかった。どうやって食べたのか、わかっちゃった」

 え? 祐巳さまわかったの?

「うそ? ほんと?」
「うん」

 ……なぜ祐巳さまがわかるんだろう。なぜ……なぜ? なぜ祐巳さまが?

「あ、そうか」

 自然に考えたら、それしかないんだ。

「え、なに? 乃梨子ちゃんもわかったの?」
「あ、はい。たぶんですけど」

 でも、あれしか方法はないと思う。 

「……ヒントは?」
「欲しいんですか?」

 あまり難しくない、というか、ミステリーとしては三流以下だと思う。

「いや私は別に欲しくないし、まあうっすら答えもわかってるけど、他のわからない人のために親切設計しないとアレじゃない!」

 なんか意味不明なことを言い出した。きっと祐巳さまにわかって自分にわからないのが悔しいんだろう。
 でも仕事もあるので、こんなことで時間を潰している場合じゃない。

「ヒントは祐巳さまです」
「祐巳さん?」
「そうです。祐巳さまの行動こそ、ヒントというかもはや答えです」
「行動……?」

 ヒント、出しすぎたかな? というかもう答えに等しいし。

「問題は、『いつ』『どうやって二人で食べた』のか。この二つです」
「う、うーん……」

 由乃さまは焦りすら滲ませた難しい顔で、唸り出した。













 回答編



「あ、そうか」

 由乃さまは、持ちっぱなしで忘れていた右手のビンを見た。

「これが答えか」

 それです。それが答えです。

「何もここで食べる必要はない、ってわけね」

 そう、最初はここ「会議室で食べた」という先入観があったものの、冷静に考えるとプリンは容器に入っていて持ち運びできるから「ここじゃなくても食べられる」のだ。
 つまり。

「『どうやって二人で食べた』の答え半分は、恐らく『一階の倉庫でこっそりと』でしょうね」

 答えを求めるように瞳子を見ると、その通りだと言わんばかりにうなずく。

「ええ、そうです。昼休み、瞳子が最初に出て行く時にプリンを持ち出しました。氷を使うつもりで冷蔵庫を開けたんですけれど、これ見よがしにプリンの口が開いていたんだもの。私だって有名店のプリンを食べたかったんです。誰が持ってきたのかは知りませんけれど、後で謝ればいいと思って」

 ということらしい。さすがにプリンを食べるためだけに外へ行くとは考えづらいからね。

「それで、プリンを持って一階に移動して、推測通り倉庫へ入り堪能しました――と言っても半分も食べてませんわよ!? さすがに全部はまずいと思って残しましたわ!」

 そして半分残したプリンをまた冷蔵庫に戻そうと思った。この時、由乃さまが薔薇の館から出て行ったはずだ。
 で。

「倉庫からプリンを持って出てくる瞳子ちゃんと、外から戻った私が鉢合わせたの」

 志摩子さんが告白を引き継いだ。そうだろう。そうじゃないと「二人で食べる」のが不可能だ。

「瞳子ちゃんはすごく焦ってあたふたして、無言で頭を下げてプリンを私に差し出したの。そして外へ飛び出して行ったわ」

 恐らく瞳子は、プリンの持ち主は志摩子さん……もしくは、志摩子さんはプリンの持ち主を知っている、と勘違いしたんだ。怒られると思って逃げちゃったんだろう。

「私は、受け取ったプリンを瞳子ちゃんからのおすそ分けだと思ってその場で食べてしまった……というわけなの。さすがにこの時期、お客さまがいつ来ないとも限らないから、瞳子ちゃんと同じく倉庫に入って。そんなに量も残っていなかったし」

 本当は違ったのね、と、志摩子さんは、さっき由乃さまにこれこれしかじかと説明されてようやく気づいたのだった。
 これで「どうやって二人で食べた」の答えが完成だ。

 「一階の倉庫でこっそりと、瞳子が持ち出して半分食べ、それから手渡された志摩子さんが完食」と。

 そうよ、そうよね。志摩子さんが私と一緒に食べないなんて、ありえないもんね!

「そっか、『二人で食べた』ってのは、偶然の結果だったんだ」

 そうですよ由乃さま! なんで志摩子さんが瞳子なんかと二人で仲睦まじくプリン食べる理由があるっていうんですか! 私という存在がありながら!

「で、……前後逆になったけど、今度は『いつ』か」

 志摩子さんが倉庫に隠れていた時に、祐巳さまが外に出て行ったはずだ。
 つまり、「いつ」「どうやって二人で食べた」の「いつ」は――


 全員揃って昼食
  ↓
 志摩子さんが出て行く
  ↓
 瞳子が出て行くが、外には行かず倉庫へ。この時点でプリン確保
  ↓
 由乃さまが出て行く(と同時に志摩子さんと出入り口で擦れ違う)
  ↓
 「倉庫から出てきた瞳子が志摩子さんと鉢合わせ。志摩子さんにプリンを渡す。瞳子は薔薇の館を出て、志摩子さんは倉庫に入ってプリンを食べた」
  ↓
 祐巳さまが出て行く 
  ↓
 倉庫から出てきた志摩子さんが、空のビンを持って会議室に戻ってくる。そして流しに置いた
  ↓
 瞳子が会議室に戻ってくる
  ↓
 祐巳さまが戻ってくる
  ↓
 志摩子さんが出て行く(戻ってこなかった)
  ↓
 瞳子が出て行く(戻ってこなかった)
  ↓
 由乃さまが戻ってきて、私と一緒に教室に戻る(戻らなかった)
  ↓
 最後に祐巳さまが「プリンの容器を洗ってから」薔薇の館を出た


 と、こうなるわけだ。
 ちなみに祐巳さまが真っ先に謎が解けた理由は、「由乃さまと志摩子さんが入れ違ったにも関わらず、祐巳さまは志摩子さんに会っていないし擦れ違ってもいないから」。
 つまり祐巳さまからしたら、志摩子さんは薔薇の館の入り口に入ってから会議室へは向かわず、どこかへと消えた空白の時間が存在するのが明確だからだ。

「それで、志摩子さんが食べ終わったプリンの容器を、流しに置いておいたんだよね?」

 祐巳さまが確認すると、志摩子さんは「そう」とうなずいた。それはちょうど祐巳さまがいない時だった。
 そして、祐巳さまも勘違いした。
 プリンを開けたのは自分だが、本来の持ち主が食べ終わったからここに置いたのだろう、と。だからなんの疑問も持たずに洗ったわけだ。
 で、由乃さまと放課後一緒に薔薇の館に来て、プリンが食べられている事実が発覚。由乃さまは「全部食べた」と疑い、祐巳さまは「一口だけど食べた」という理由で前衛的プレイが始まったわけだ。

「志摩子さまにプリンを渡して思わず逃げちゃったんですけれど、やっぱりちゃんと謝らないといけないと思って、瞳子もすぐに会議室に戻りました」

 出入りの順番からして、それで合っている。

「でも瞳子、そんなこと一言も言わなかったじゃない」

 謝るつもりがあったなら、即座に謝っていただろう。でもそれらしい言動はなかった。

「……ぞっとしたんです」

 語る瞳子に悲痛の念が浮かんだ。

「志摩子さまがこっそり瞳子に『ごちそうさま。とてもとてもおいしかったわ』って言ったから、ああ全部食べたんだな、って思って。そうしたら、ふと、誰が本当の持ち主だったのか気になってしまって。だって志摩子さまがそう言うってことは、『持ち主ではない』し『持ち主を知らない』ということになってしまうから」

 ……あ。
 全員が、由乃さまを見た。
 怒り心頭かと思いきや、由乃さまは無表情だった。
 だけど、だからこそ怖かった。

「お姉さまだったら、昼食が済んですぐデザートに手を伸ばさないのは不自然ですし」

 祐巳さま甘党だからね。でも読みは外れてはいなかったと思う。何せ我慢できずにプリン開けちゃったわけだし。昼食前に。

「志摩子さまは、先に言った理由で持ち主ではないことがわかりましたし」

 そうだね。

「こうなると、乃梨子が一番あやしかったのですけれど……」

 あ、そうなの?

「でも乃梨子なら、すぐに志摩子さまと二人きりになろうとして、二人で一つのスプーンで交互に『あーんして☆』とかやりたがって、そういう妄想が朝から顔に出るから違うだろうと思って。そもそも昼休みまで我慢できないでしょうし」

 おい。
 …………
 …………それ、いいね。
 今度やろう、かな……えへへ……志摩子さん「あーん☆」とかしてくれるかな? えへへ。

「そうしたら、もう、一人しか該当者が思い浮ばなくて……」

 …………

「つまり、何? 私と乃梨子ちゃん以外しっかり食べてたわけだ?」

 由乃さまの静かなる怒りの声に、

「「ごめんなさい」」

 食べちゃった三人は、とにかく謝った。




「……まあいいんだけどさ。当初の狙いの半分は知らずに果たせたわけだから」

 怒り狂うかと思いきや、由乃さまは苦笑いだ。意外な反応かとも思ったが、由乃さまの場合は「一人で食べた」のが許せなかったんだろう。だから祐巳さまをネチネチネチネチネチネチネチネチいじめていたわけだ。

「で、結局プリンはおいしかったの?」
「「ええ、すごく」」
「限定生産の名に恥じないくらい?」
「「ええ、とても」」
「ふうん……味見できなかったのは残念だけど、まあいいや。じゃ、今度は人数分持って来るね」

 というわけで、祐巳さま以外大したお咎めもなく、今日も忙しい放課後が始まった。




 その後、令さまが風邪を引いたとか噂で聞いた。
 なんでも三時間ほど冷たい空気の中に立っていたのが原因らしいが、真相は定かではない。













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