※マリみてSSではありません。
「なぁ」
『七瀬』と書かれた表札が掛かる、夕暮れのとある一軒家にて。
ふすまを開けて、電話の子機と財布を片手に持ち、タウン○ージを抱えた一人の少女が、部屋に足を踏み入れました。
「夕飯どうする?」
その声の主、由崎多汰美(ゆざきたたみ)は、炬燵の中でのんびりしている同い年の友人二人に、広島訛りで問い掛けたのです。
「あー、そう言えば、今日はおばさん帰らへん言うとったな」
多汰美と同じ年頃の、雑誌に目を通していた眼鏡の少女が、大阪弁バリバリで顔を上げました。
「なぁ、八重ちゃん?」
彼女、青野真紀子(あおのまきし)は、対面に寝転がるもう一人の少女に尋ねたのですが。
「……むぅ?」
「なんや、寝てたんかいな」
「まぁ、眠たくなるのも分からんでもないけど」
苦笑いで、身を起こす八重と呼ばれた少女を見やる真紀子と多汰美。
「で、なんですって?」
目を擦りながら問い返すのは、ここ七瀬家の長女、七瀬八重(ななせやえ)。
異様にボリュームのある長い髪の毛に、友人たちと同年齢とは思えない幼い顔立ちと身体つきが特徴です。
多汰美と真紀子の二人は、学校の都合上、現在七瀬家に下宿しているのですが、その娘八重とは、同居人や友人と言うよりは、もはや姉妹と言っても良い関係でした。
「おばさんがおらへんから、夕飯どないしよって話」
八重の母であり家主でもある七瀬幸江は、家を留守にしており、今晩は帰って来ないということです。
「出前でも取る? そう思て電話と電話帳持って来たんやけど」
「あの、でしたら私作りますけど」
「んーでも、たまには八重ちゃんに楽させたりたいし」
「せや、久しぶりに外食するんもええな」
何かを思い出したのか、新聞に挟まれた広告を取り出して、真紀子が炬燵の上に広げたのは、ちょっと前に近場に出来た回転寿司屋のチラシ。
「おぉ、それええねぇ」
「な? ここやったら全皿105円やし、サイドメニューのうどんやら茶碗蒸しやら赤だし頼んでも、一人千円ぐらいで済む思うわ。しかも、今は丁度キャンペーン中やしな」
「どうする?」
八重に確認する多汰美。
「そうですねぇ、予算内に納まりそうですし、いいんじゃないですか」
「ほな、早速行こか。平日やからそんなに混んでないと思うけど、早めに行った方がええやろうし」
「じゃぁ、支度を……」
ピンポーン
八重が立ち上がりかけたその時、インターホンが鳴りました。
「はーい」
こんな時間に誰だろうと思いつつ、玄関をそっと開けて外を窺えば。
「こんばんわー」
「にわちゃん!?」
なんとそこには、八重たちのクラスメイトにして友人の、潦景子(にわたずみけいこ)が立っていたのです。
「どうしたんですか? こんな時間に」
「いやホラ、今日おばさんが外出して家にいないって言ってたじゃない。七瀬一人だと心配で心配で」
「真紀子さんと多汰美さんもいるんですけど」
「そんなことより、夕飯どうするの?」
あっさりスルーされた上、それが目当てか、とも思いましたが、八重を心配しているのも本心だと分かっているため、特に気にすることもなく。
「それについてなんですけど、まぁお上がり下さい」
景子を伴って、部屋に戻ります。
「なんや、にわやったんか」
「にわちゃん、どないしたん?」
ちなみに、にわ(ちゃん)は景子のニックネームです。
「七瀬のことが心配だから、様子を見に来たのよ」
別に歓迎する風でもなく、だからと言って迷惑そうでもなく応じる二人に、やはり建前を口にしたところ。
「……まぁええけどな」
「そういうことにしといたろ」
「あによ」
どうやら二人には、景子の目的が分かっているようで、ニヤニヤした笑みが浮かんでいました。
「それで夕飯なんですけど、たまには外食も良いなと言うことで、こないだ出来たお寿司屋さんに行ってみようかと」
チラシを指し示す八重の指に応じて、景子も目を向けました。
「にわも行くか?」
「行く」
即答でした。
「ほな支度するから、にわちゃんはちょっと待っとってな」
三人は、外出着に着替えるため、それぞれ自室に戻って行きました。
やって来たのは、自宅から歩いて15分ほどの場所にある回転寿司屋、“海王”。
なかなか盛況のようで、七割ほどの席が既に埋まっていました。
空いているボックス席に、多汰美と景子がレーン側で、それぞれ真紀子と八重が腰を下ろします。
「やぁ、寿司屋来るんも久しぶりやな」
「滅多に来んもんな」
流れる皿に目移りしながらも、割り箸やお茶を準備します。
「あたしも久しぶりだわ」
「なんや、しょっちゅう来てるんちゃうんかいな」
にわかに信じられないといった風情の真紀子の言葉に景子は。
「回転寿司なんて、本当に随分と久しぶりよ。いつもは回らない寿司屋ばっかりだし」
『ブルジョワか!?』
思わず突っ込んだ真紀子らの声が、見事にハモりました。
気を取り直して、さてどれにしようかと早速選び始めたところで。
「なぁ、みんな幾ら持って来てる?」
多汰美が、ある場所を凝視したまま、イキナリ皆に問い掛けました。
「私は、お母さんから預かったお金と手持ちで、四千円ほどです」
「ウチは二千円ぐらいや」
「あたしは一万円ちょっと持ってるけど」
「流石は金持ちやな。それで、どうかしたんか?」
真紀子の問いに、多汰美が無言で指し示す先には。
“海王スペシャルメニュー! ヂャンボ海鮮ドンブリ『ポセイ丼』! 特別価格壱万円にてご提供!”
「えーと、ちょっと待てよ」
テーブルの隅にある特別メニューを見れば、確かに『ポセイ丼』が載っています。
「“当店でお出しするネタ全てを用いたこの豪華特別丼は、約五人前の御飯に……”って無理や無理、絶対食べ切れん」
「あー、確かにあたしらじゃ、半分行かないかも。全部で10人分ぐらいありそう」
「残してしまうと勿体無いですよね」
「オマケに一万円って! 食べ切れんモンに、一万円も払う気ないわ」
非難轟々でした。
「はは。でも、いっぺん食べてみたいと思わん?」
「思わんこともないけど、援軍が必要や。ウチらの他に、あと5〜6人はおらんとな」
まぁ、多汰美も冗談で言っただけなのですが、みんな食いつきが良過ぎるのは、やはり空腹だからでしょうか。
ですが、幸江がいれば意外と全部食べてしまえるのではないかと、真紀子が半分本気で思ってしまったのは秘密です。
「七瀬、好きなの言ってね。取ってあげるから」
「はい」
「マキちーも、言うてくれたら取ったるけぇ」
「うん」
「あ、でも、おうどんも食べたいですねぇ」
「頼めばいいじゃない」
「一人で一杯は多いかなと」
「じゃぁ、半分コする? あたしもちょっと食べたいし」
「多汰美、ウチらも半分するか?」
「そうやね。じゃぁ、うどん二つで」
レーン側の多汰美や景子が、好きな皿をチョイスしている中。
「にわちゃん、タマゴ取ってください」
「はい」
「にわちゃん、カッパマキを……」
「うん」
「にわちゃん、ミートボールを……」
「はいさ」
「……なぁ、八重ちゃん」
結構調子よく皿を取ってもらっている八重に、苦笑いの真紀子が声をかけました。
「はい?」
「せっかく寿司屋に来てんねんから、魚食べたらどないや?」
言われてみれば、先ほどから八重は、魚貝を全然食べていません。
「いえ、なんだか勿体無い気がして」
「どれも値段一緒やねんから、そっちの方が勿体無いわ」
確かに、寿司屋で魚貝以外の寿司を食べると、損したような気分になりますね。
「まぁええやん。好きなん食べたらええねん」
「そりゃ、せやけど」
宥めに入る多汰美。
「まぁええわ。ほな多汰美、イクラ取って」
「ほい」
「ウニ取ってぇな」
「はいな」
「カズノコ取って」
「ほりゃさ」
「……そう言う青野だって、魚卵ばっかり」
からかうような目付きで景子は、真紀子を見ました。
「はっ」
「そう言うにわちゃんは?」
「あたしは満遍なく食べてるわよ? ハマチ、アナゴ、タイ、イカ、エビ、ホタテ……」
「まぁ、普通やな」
「そりゃそうよ。で、アンタは?」
景子は、多汰美に問い返します。
「アカミ、中トロ、ネギトロ、ビントロ、大トロ……。まったく普通じゃけぇ」
「鮪ばっかりやないか!」
真紀子、本日二度目のツッコミが、多汰美に炸裂しました。
「えー。ホラ、近い内にマグロが食べられへんようになるかもって、ニュースとかで言うてたけぇ」
「そういや、そんなことも言うとったな。最近全然聞かんようになったけど」
「一時、かなり深刻そうな報道してたわね」
「え? そんな話初耳ですが」
八重が、少し驚いたような顔をしてます。
「いや、八重ちゃんニュースになると大概寝てるし」
「バラエティ以外になると、即座に落ちるもんな」
「もうちょっと、世の中に興味持った方がいいわよ?」
「でも、自分すら持て余している私が、世間に目を向けられると思います?」
八重の、自爆に近い発言に一同は、
『思わない』
「即答!?」
近いどころか、まともに自爆してしまいました。
ちゃっかりデザートも腹に収めて(「甘いモンは別腹や(真紀子)」、「また太るわよ(景子)」、「うっ(真紀子)」)、満腹の帰り道。
「それにしても、たまには外食も良いものですねぇ」
「せやな、今度はおばさんも一緒に行かんとな」
「次行くなら、何がええやろ」
「焼肉とか?」
「焼肉は、前にいっぺん行っとるからなぁ」
「あ、じゃぁお好み焼きなんてどうでしょう?」
「……なぁ八重ちゃん」
「はい?」
「ウチら、大阪人と広島人やってこと、忘れとうやろ」
「はっ!?」
「でもさぁ、アンタらにまともに作れるの?」
『ギャー!!』
実は料理下手な多汰美と真紀子は、景子の辛辣な問いに思わず叫んでしまい、その声が夜空に高らかと鳴り響いてしまいましたとさ。
終わり
※後書き
多分がちゃS初の(またかよ)、“トリコロ”二次創作に挑戦。
出来るだけ原作のまったりのんびり風を再現するために、ですます調で書いてみましたが、慣れない文体なのか、やたら台詞が多くなってしまいました。
広島弁はよく知らないので、多汰美のセリフと真紀子のセリフが区別し難いかも。
ちなみに朝生は、きらら版のトリコロしか読んだことが無いので、設定はそれに準じています。
電撃版は未見ですので、もし同じような話があったとしても、それはまったくの偶然です(ってあれ? どこかで同じこと書いたような)。
次回は、“ねこきっさ”の予定(あくまで予定なので、期待しないように)。