【2435】 志摩子さんがいっぱいただ焼き肉を食べる  (柊雅史 2008-01-10 21:42:46)


「ミノ・タン・ロース、上カルビに骨付きカルビに豚トロ、あとレバーもお願いしようかしら? 5人前ずつ」

 祥子さま主催の焼肉パーティーの冒頭、志摩子さんがおっとりと注文した。
 指折り数えて7品、35皿。
 本日のお会計は祥子さま(実質、小笠原家。支払いは黒いカードだし)なので、会計上の問題はないのだろうけど、物量的に問題ありではないだろうか。
 同じことを考えたのか、同席した山百合会メンバーと元メンバー……祥子さまに祐巳さま、瞳子に由乃さまに令さまも、乃梨子と同じようにメニューから顔を上げて、にこにことメニューを指でなぞっている志摩子さんを見る。

「……まぁ、7人いるんだし、そのくらいは大丈夫よね」

 令さまが苦笑してメニューを閉じる。他の面々も自分と他人の食べる量を類推しつつ、同じように微妙な表情でメニューを閉じた。

「それにしても、意外ね。志摩子がこういう場で仕切る性格なんて」

 祥子さまが意外な発見、と志摩子さんを見る。確かに、普段はおっとりのんびり慎ましやかに、執務室に佇む薔薇の妖精か女神様のごとく、たおやかに控えている志摩子さんにしては珍しい自己主張。乃梨子も知らない一面だった。志摩子さんが焼肉奉行だったなんて。

「あ、コブクロもあるのね。センマイも。こちらも5人前ずつお願いするわ」

 まだ頼むのかよ、と無言のツッコミが入る雰囲気を感じる。乃梨子も危うく裏平手を見舞うところだった。

「45皿を7人だから、えーと、一人当たり……?」
「約6皿半ですわ、お姉さま」

 半ば思考停止に陥ったのか、祐巳さまが指折り数え始めたところで、瞳子がすかさずフォローする。

「ですけど、お姉さま。瞳子はそんなに食べられませんわ。レバーとか、ホルモン系は苦手ですし」
「大丈夫だよ、瞳子。瞳子が苦手なのは私が食べてあげるから」

 瞳子が甘えるような声で言うと、祐巳さまがここぞとばかりにまかせて、と胸を張った。熱々で結構なことだけど、祐巳さま、瞳子の分まで食べるつもりなのか。

「祐巳。私もホルモンは嫌いなのだけど?」
「う……も、もちろん、お姉さまのもお任せ下さい……」

 しかもすかさず祥子さまが、瞳子に対抗するかのように声を掛けた。祐巳さま、頑張れ。

「じゃあ、ひとまずそんな感じで良いかな?」

 令さまがそう店員に告げたところで、熱心にメニューを眺めていた志摩子さんが、「え?」と顔を上げた。

「みんなは、頼まないんですか?」

「「「「「「全部自分の分かよ!?」」」」」」



 志摩子さんが食べる。食べまくる。肉を。肉を食べまくる。
 3つある網の一つを占拠し、全面に並べたお肉を、焼ける傍から口に運んでいく。
「乃梨子も食べたかったら良いわよ?」とか、最初に言ってた気もするけれど、箸を伸ばす隙もない。決してがっつくような素振りはないけれど、あくまでも優雅な所作なのだけど、流れるような箸捌きで、頃合にまで焼けたお肉を的確にすくい上げていく。
 その圧倒的な食欲と肉食獣のごとき俊敏な動きは、見惚れるを通り越して「見てはいけないモノ」と判断したのか、乃梨子を除く面々は、1網を1薔薇家族ずつ使用して、乃梨子と志摩子さんに背中を向けていた。

「祐巳、このお肉が焼けていてよ?」
「あ、そうですね。ハイ、瞳子。サンチュで巻く?」
「はい、お姉さま。ありがとうございます」
「ゆ、祐巳……」

 乃梨子の横では、紅薔薇一家が修羅場(祥子さまにとっての)を展開し、

「令ちゃん、カルビ焼いて」
「うん、由乃」
「ウーロン茶持ってきて」
「了解」
「あ、お肉焦げてるじゃない、令ちゃんのバカ!」
「ご、ごめんよ、由乃……」

 紅薔薇一家の向こうでは、いつものように令さまがこき使われている。
 いつも見る、平和な日常風景の中で。
 乃梨子の目の前の、白薔薇一家の網だけが異様だった。

「まぁ、乃梨子。見て、このファミリーセット。こっちの方がお得みたいなの。乃梨子も食べる?」
「は、はい……」
「じゃあ、このファミリーセット。10皿お願いします」

 ……5つずつ頼んでいた志摩子さんが、10皿を頼みやがった――もとい、頼んだ。
 乃梨子のノルマはファミリーセットを5皿らしい。

『ファミリーセット(4〜5人前)』の記述をメニューに見付け、絶望感を覚える乃梨子の隣で。
 ただひたすらに、志摩子さんが焼肉を食べて続けていた……。







タイトル通り、ただ志摩子さんがいっぱい焼肉を食べるだけのお話でした。
何の捻りもなくてすいません。


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