※【No:2271】から続く?山百合会孤島物語です。
令ちゃんが見た空は、とても……。
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<1日目/支倉令/別荘への道>
クルーザーの帰る音を背中に受けながら、私たちは小笠原の別荘を目指して歩いていた。
「天気は大丈夫なのかなぁ」
私が小さく言うと、お姉さまが答えてくれた。
「島の天気は変わりやすいというわね。大きく崩れなければいいのだけど」
そう言いながら上を向いた。私もつられて上を向く。
天気は快晴そのもので、しばらくは心配いらないと思った。
「どうやら、それは杞憂なのかもね」
お姉さまはそう言うと、ふふっ、と笑った。
「空は落ちてこないわ。大丈夫よ」
「そうみたいですね」
二人で笑っていると、後ろから祥子が「どうしたの?」と話しかけてきた。
「天気が崩れるのを心配したんだけど、心配ないみたいね」
「だって天気予報とにらめっこしたのよ?」
祥子の発言もなかなか面白いものだった。それでまたお姉さまが笑う。
「祥子が天気予報とにらめっこ……、くっくっく、うふふふっ」
「もう江利子さまったら、笑いすぎですわ」
笑いは伝染する。
後ろに続く祐巳ちゃんや志摩子たちも、色々な話をしていて笑っている。
天気と同じ。暖かな雰囲気は、私たちを包んでいる。
だから大丈夫。
このバカンスは、きっと、楽しいまま終わるよ。
私はこのときは、そう信じていて疑わなかった。
***
<1日目/小笠原祥子/森の入り口>
「……あら?」
私の呟きを聞いて、祐巳が小首をかしげる。
「どうしたんですか、お姉さま」
「いえ、この森、こんなに広かったかしら?」
「かしら? って言われても、私たちはわかんないよ」
聖さまが苦笑しつつそう言う。
しかし、私は本当に覚えがないのだ。この森は、こんなところに入り口はなかったはずだ。
本来なら、桟橋から真っ直ぐ進むと、森に続く道と館へ続く道の分岐がある。だから、真っ直ぐ歩いてきたこの道に、森があるのはおかしいのだ。
上がった場所を間違えた? いや、それは違う。桟橋は一箇所しかないのだから。海岸を歩き、ぐるりと反対側までいけば道はあるが、そっちだって館の裏手に続くのだから。
「祥子?」
お姉さまの声に、思考の海に潜っていた私は我に返った。
「い、いえ。……行きましょう」
なぜここで私たちは引き返さなかったのか。
私は死ぬまで、この決断を悔いていくことになるのだ。
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<1日目/佐藤聖/森の中>
「結構歩くんだねぇ」
私はのんびり言う。少し汗ばんでいるが、ほどよい疲れだ。
「え、ええ……、もう少しで着きますから……」
祥子はさっきから歯切れが悪い。
道に迷ったとか……? でもずっと一本道だしなぁ。もし迷ってても、戻れば済むことだ。
「ねぇ、こんな話、知ってる?」
そんなとき、江利子が変なことを言ってきた。
「んー?」
後で思った。
江利子の話を、聞かないほうがよかった、と。
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<1日目/鳥居江利子/森の中での会話>
──ある豪華客船が沈んで、8人の乗員と乗客が1隻の救命艇に乗っていたの。
その救命艇の周囲には濃い霧が立ち込めていて、数メートル先は全く見えない。
そんな時、乗り合わせていた占い師がこう言うのよ。
「この船には、死神が乗っている。その死神を追い出さない限り、霧は晴れず、助けは来ない」
最初は乗っている人は、誰もその占い師の話に耳を貸さなかった。
その内、怪我をしていた男が死んだ。
食料を独り占めしていた男は、もみ合いの末に海に落ちた。
だんだんと皆は疑心暗鬼に陥ってきた。
そしてついに……殺し合いが始まるの。
「こいつが死神だ」
「こいつを殺せ」
狂った思考に支配された人々は、占い師を殺し、海に落とした。
しかし、霧は晴れない。
じゃあ、こいつだ。次の人を殺しても、海に落としても、霧は晴れない。
そして最後は、誰も残らなかった。
霧は晴れない。誰も助からない。
死神は、その船に乗っていた全員の心に宿っていた悪しき心だったのよ──
***
<1日目/島津由乃/森の中>
「江利子さま、それって昔の漫画のやつでしょー」
私はそう言って笑い飛ばした。すると、デコを光らせて、
「あ、やっぱり由乃ちゃんは知ってたかー」
なんて言ってカラカラ笑っている。
まったくもう。このデコは。
でも……怖い。
もし、本当にそうなら、嫌なんてもんじゃない。
うーん。面白い、とは思えないなー。
私の発言で、深刻そうな皆の顔が和らいだ。
皆で「このデコ」「デコが」と言って江利子さまのデコをペチペチ叩いている。
ま、大丈夫でしょう。この皆なら、明るく済ませれるでしょう。
迷ったって大丈夫。絶対に、いいバカンスになる。
そう思っていたのに……。
あんなことに、なるなんて……。
やっぱり私は、このデコのことを、許せそうにない。
<つづく……かも?w>