【2554】 もし成功しちゃったらいつだって真っ白なキス  (ノシリマコ 2008-03-04 02:00:34)


山百合会の集まりが終り薔薇の館を出ると、いつも私は校門まで志摩子さんと
並んで歩く。

マリア様の像の前で両手を合わせ、目を閉じて静かにお祈りをする志摩子さんの
柔らかい髪が夕暮れにそよぐ様子を見守ったり、穏やかに話す志摩子さんの
声の暖かさを感じたりしながら、二人きりで居ることを確認する道のりは、
私にとっては大切な大切な時間なのだ。

だけど、本当はそれだけじゃなくて、ふとした拍子に除く首筋の白さに目を
奪われそうになったり、ささやくような志摩子さんの口元の艶かしさに
視線を逸らせなくなったり。そんなとき、私は間違いなく志摩子さんのことを・・・
そう、間違いなく私は志摩子さんに欲情していて――

こんな私の内心を万が一でも見透かされるのが怖くて必死に取り繕うけれども、
少し意識が飛んでいて、私はたぶん志摩子さんの話を聞き飛ばして、生返事を
している。

そして、そんな時、志摩子さんは何も言わず私を見つめて、そして
「どうしたの?乃梨子?」と心配そうに顔を覗き込んでくる。

そのやさしい瞳で。私を罪悪感で一杯にさせるマリア様の瞳で。



私の気持ちを見透かしてしまいそうな透明な志摩子さんの瞳が怖くて、
時々私は斜め下を向いて照れ隠しのような笑いでごまかす。

本当の気持ちを知られてしまってこの大切な時間が壊れてしまうよりは、
私の気持ちはずっと奥底に隠しておくべきだから・・・。


でも、志摩子さんへの気持ちを何時も何時も誤魔化して取り繕うこと自体に、
最近疲れている自分がいる。
本当のことを言ったら、志摩子さんはどんな顔をするだろう。
たぶん、私には想像ができる。
でもそんな顔、やっぱり私は見たくない。

見たくない。でも、でも、私の気持ちをもし少しでも受け入れてくれたら。。。
そんな無視のいい話がある分けないけど、だけど。。。




「乃梨子、ねえ、乃梨子?」
「えっ、な、何? どうしたの志摩子さん?」
「どうしたの、って。それは私の台詞よ?またぼおっとして。」
 
――不意に自分の名前を呼ばれて、いつにもまして焦った私は、何時もの様に
適当に取り繕おうと言い訳を考える。

「ええとさ、あの・・・」
「――乃梨子。」
けれど、どうしてか今日はいつになく断固とした口調で私の言い訳はさえぎられた。


「――乃梨子。。。あのね。私は乃梨子とスールになって本当に幸せだわ。それは
 本当なの。」
「志摩子さん、あの」
「私は今のあなたとの関係をとても心地よく思っていた。これが私にとっても
あなたにとっても、一番いい距離なのかなって思っていたの。でも、もしかしたら、
本当は。。。乃梨子?あなたがもし私と一緒にいることを負担に思っているのなら」

「志摩子さん?それは違うよ。そうじゃなくて」
そうじゃないよ。そんなことないのに。
「スールという形にとらわれていないほうが楽だと言うなら私は……」
「志摩子さん!!」

――ああ、私は何をしてるんだろう。何時も志摩子さんに心を奪われて、
それを隠そうとして、でも志摩子さんは私が余所余所しいと心配して・・・
だったら・・・いっそ・・・

「あの、あのさ、志摩子さんの肌があんまり綺麗だから見とれてたんだよ。
だから志摩子さんの声も聞こえなかったんだ。」
「・・乃、乃梨子?」
「それに志摩子さんって本当に柔らかそうな髪してるんだもん。なんだかさ、
もう私、志摩子さんの隣にいると、つい志摩子さんのこと抱きしめたくてっさ」

いったん言葉が口をついて出たあとは、もう私は自棄になってきた。

「さっき私に、負担に思ってるんじゃないかって言ったよね、志摩子さん。
 たしかにそうなのかも。私、志摩子さんのことが好き。大好きだから、平気な
 ふりするの、もう疲れちゃった。はは」

乾いた笑い声を上げながら、ふと私は涙を流していた。でも、志摩子さんの
顔をまともに見なくてすむからいいや。だって、どんな顔をしてるのかわかるから。
そんな顔、私は見たくない。だからもう――

「結局私、志摩子さんの妹には相応しくなかったってことだよ。でも平気。大体
 私なんかもともと」

その先の言葉を言う前に、唇が柔らかい感触とともに動かなくなった。
「・・・!!」

白い接吻。沸騰して何がなんだか分からなくなって行く私の意識の中で、
その言葉がふと浮かんだ。

「乃梨子?私、いつでも貴方にキスをしたいとおもっていたのよ?」

近くでささやかれたはずなのに遠くから聞こえてきたような志摩子さんの声に、
私は「マリア様の声みたいだ」と思った。
真っ白な接吻を。何時でも私に。

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