【2568】 子供の頃一瞬テンションが  (海風 2008-03-15 03:24:08)




真「人間には強迫観念というものがあるわ。広い意味では不安、裏を返せば期待。その不安あるいは期待に駆られ、しなくていいこと、考えなくていいことを考えてしまう。これは日常に密接したピンから、人の命を脅かすキリまである」
蔦「……うん、まあ、だいたい話はわかった」
真「…………(モグモグモグ)」
蔦「…………(ムシャムシャムシャムシャ)」
真「……飲み物が欲しいわね」
蔦「……そうね」

 二人が食べているのは、バナナだった。

真「蔦子さん、もしあなたの行く道にバナナの皮が落ちていたらどうする?」
蔦「校内でなら拾って捨てるし、校外だったら無視する、かな」
真「そこに『ああ、これはバナナの皮で滑って転ぶ人生最初で最後のチャンスでは? 周囲の笑いを独り占めする絶好のチャンスでは?』とは思わない?」
蔦「……ちょっと思うかも」

 バナナの皮で滑って転ぶチャンス。
 よくよく考えれば、バナナの皮が行く道に落ちていることすら、宝くじで百万円当てるくらい低い確率なのだ。

真「そう。誰か一人くらい、生涯最初で最後かもしれない行く道の先のバナナの皮で滑って転ぶチャンスを掴もうという人も、いるかも知れないわ」
蔦「山百合会に?」
真「ええ、そう」
蔦「……それは正直どうかと思うけれど、それぞれ反応は面白そうだから、付き合うわよ」





 ケース1  藤堂志摩子

「さあ蔦子さん、来たわよ!」
「はいはい……でも、たぶん志摩子さんなら、拾って捨てると思うわよ」

 廊下の向こうから、志摩子さんがやってくる。
 静かな足取りはゆったりと余裕があり、膝下のスカートは揺れもしない。

 志摩子さんの足が止まった。
 目の前に落ちている物を見て。

「……失敗ね」
「うん」

 志摩子さんは優雅にしゃがみ込むと、落ちていたバナナの皮を拾って去っていった。




 ケース2  小笠原祥子

「祥子さまが来たわ!」
「はいはい。一応カメラの準備はできてるって」

 廊下の向こうから、祥子さまがやってくる。
 志摩子さんと同じくらい無駄のない歩みに、ピンと伸びた背筋に堂々とした姿勢は、高潔なものを感じずにはいられない。

 祥子さまの足が止まった。
 目の前に落ちている物を見て。

「…………」
「…………こわ」

 祥子さまはさも汚いものを見たかのように冷ややかにそれを見下すと、不快ですという雰囲気を発しながらハンカチ越しにバナナの皮を拾って去っていった。




 ケース3  島津由乃

「由乃さんが来たわ。ある意味本命よね」
「冗談がわかるからね。もしかしたら……」

 廊下の向こうから、由乃さんがやってくる。
 ごきげんなのか、鼻歌交じりに軽やかで、楽しそうに二つの細い三つ編みがぴょこぴょこ踊っている。

 由乃さんの足は止まらない。
 目の前に落ちている物に気付きもしない。

「あっ」
「そう来たか」

 由乃さんは落ちているバナナの皮に気付かず、そのまま去っていった。




 ケース4  支倉令

「令さまが来たわっ」
「普通に拾うと思うけど」

 廊下の向こうから、令さまがやってくる。
 普段は情けない噂しか届かないが、こうして見ているだけなら、とても凛々しくかっこいい。

 令さまの足が止まった。
 目の前に落ちている物を見て。

「…? なんか……笑ってる?」
「バナナを使ったお菓子でも作ろうかな、って考えてるんじゃない?」

 令さまは落ちているバナナの皮を拾い上げ、少しばかりフフフと笑って去っていった。




 ケース5  松平瞳子

「瞳子ちゃんが来たわよ」
「なんとなく瞳子ちゃんって好奇心が強そうに見えるし、もしかしたらもしかするかもね」

 廊下の向こうから、瞳子ちゃんがやってくる。
 口を開けばツンデレだが、印象的な縦ロールを揺らし、古風なリリアンの制服で足音もなく静かに歩むその姿は、生粋のお嬢様だ。

 瞳子ちゃんの足が止まった。
 目の前に落ちている物を見て。

「……あっ、あれは!」
「来るか!?――ちっ、失敗か……」

 瞳子ちゃんはそれを見た瞬間動きを止め、たっぷり1分ほど身じろぎせず凝視し、急にそわそわしながら周囲を見渡し……廊下の向こうから誰かが来るのが見えると、がっかりと溜息を吐いて、バナナの皮を拾って去っていった。




 ケース6 二条乃梨子

「あ、乃梨子ちゃんだわ。まあ期待は薄いか……」
「……(ムグムグムグ)」

 廊下の向こうから、乃梨子ちゃんがやってくる。
 心なしか頬が緩んでいるのは、これから大好きなお姉さまに会えると思っているからだろう。

 乃梨子ちゃんの足が止まった。
 目の前に落ちている物を見て。

「ちょっと蔦子さん、いつまで食べてるの? バナナの皮の数ならもう足りてるわよ」
「ごめん。ちょっと小腹が空いちゃって」

 乃梨子ちゃんは「なぜこんなところにバナナの皮が?」と言いたげに少し首を傾げると、何事もなかったかのようにバナナの皮を拾って去っていった。




 ケース7 福沢祐巳

「来たわよ蔦子さん! 大本命が!」
「ええ、ようやく来たわね! 祐巳さんなら私たちの期待に答えてくれるはず!」

 廊下の向こうから、乃梨子ちゃんがやってくる。
 あの普段通りの少々気の抜けた瞳、普段通りの油断し切った口元、普段通りの歩調に合わせて跳ねるツインテール、リリアンの天然芸人満を持して登場だ。

 祐巳さんの足は止まらない。
 目の前に落ちている物に気付いていない。

「蔦子さん!」
「フィルム良し! 構え良し! メガネ良し! よーしバッチ来ぉぉぉぉーーーーい!!」








桂「あれ? 蔦子さんたち、何やってるの?」
真「へ!?」
蔦「えっ!?」




祐「ぬぅぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!????」(バナナの皮を踏んで盛大にスッ転ぶ)




真「え、あっ…――きゃぁっ!?」(さっき蔦子の食べたバナナの皮でスッ転ぶ)




蔦「――」(反射的にシャッターを切る)












 本日の成果

    藤堂志摩子  評:山百合会の鑑 文句のつけようもなし

    小笠原祥子  評:冷酷に人を見下すような視線に愛を感じる人なら……

    島津由乃   評:周囲に気を配りましょう 青信号も程々に

    支倉令    評:何か作るならおすそわけしてくれると嬉しいです

    松平瞳子   評:踏みたくはあったらしいが間が悪い

    二条乃梨子  評:趣味で面白いせいか、他の笑いには興味薄

    福沢祐巳   評:おいしい 期待を裏切らない 気付かず踏むなんてすごすぎる

    桂      評:出番がないからって無理やり出てこられても困る

    山口真美   評:ミイラ取りがミイラになった大失態

    武嶋蔦子   評:福沢祐巳のシャッターチャンスは逃すものの、超至近距離による山口真美のパンツは撮影成功



 本日の戦果

    福沢祐巳のパンツ(失敗)×2枚= 0円

    山口真美のブルー&ピンクのストライプ×6枚  太股×3枚  赤面した表情×5枚 = 推定1600円



 本日の損害

    福沢祐巳のお尻の打撲=プライスレス

    山口真美の自腹のバナナ=198円

    調子に乗って写真を取り捲る武嶋蔦子、山口真美に蹴られる×打撲 軽症 = 二日ぐらい痛い












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