【2603】 ロボットみたい真実の想い  (朝生行幸 2008-04-19 00:18:05)


 コンコン、と、ノックの音がした。
「はい、どうぞー」
 ここ薔薇の館を訪れて、わざわざノックするのは、山百合会──リリアン女学園高等部の、他校で言う所のいわゆる生徒会──関係者以外しかあり得ない。
 なので、当然室内にいる誰かが返事をしないといけないわけで。
 その声に応じて、おずおずと姿を現したのは、あからさまに動揺を隠せずにいる、やたらオドオドした態度の一人の生徒。
「あ、あ、あ、あの、あのあのあのあの、ご、ご、ご、ごごごごごごごご」
「ごきげんよう。ようこそ薔薇の館へ。何か御用でしょうか?」
 彼女のどもりまくりの言葉を気にすることも無く、ごく自然にエスコートするのは、紅薔薇のつぼみの妹、松平瞳子。
「ごごごごきげ、んよう。あのあのあのあの、ゆゆゆゆゆゆゆ」
「あぁ、祐巳さまに御用なのですね。お姉さま?」
 どこかで見たことあるなぁと思いつつ、瞳子は姉を呼んだ。
「あー、はいはい。ごきげんよう」
「ごごごごごごごごご」
「それはいいから、ちょっと落ち着こうね?」
「はい、申し訳ありません」
 紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳に諭された?彼女は、まだ若干の緊張は残しているものの、とりあえずどもることは無くなったようだ。
「それで、ご用件……ってあれ? あなた、確か……」
「祐巳さん、お知り合い?」
 何かに気付いた祐巳に、黄薔薇のつぼみ島津由乃が問い掛ける。
「うん、去年の体育祭だったっけかな? 一緒にフォークダンスを踊ったんだよね」
 こくこくと頷くその生徒は、照れているのか恥ずかしいからなのか、顔が真っ赤になっていた。
「そ、それで、本日は、ご挨拶に伺わせていただきました」
「ご挨拶? それはまたご挨拶だね」
「祐巳さん、使い方を間違っているわ」
 穏やかにツッコミを入れるのは、白薔薇さま藤堂志摩子。
「わ、私、来年度から、親の仕事の都合で海外に移住することになりまして、今年度いっぱいで、リリアンを去らないといけなくなりました」
 これには、流石にノーテンキな祐巳もビックリ。
「え? 何処に移住するの?」
「は、はい、マサチューセッツです。アメリカの」
「あぁ、マサチューチェッチュね」
「お姉さま、言えてませんわよ」
 瞳子が姉を嗜める。
「あれ? マチャトゥーチェッシュ?」
「違うでしょ、マサチューセッチュよ」
 由乃も指摘するが、アンタも言えとらんな。
「それも違います。マサチューセッツです」
 見かねて白薔薇のつぼみ二条乃梨子が、正しく指摘したところ。
「違いますわ乃梨子さん、マシャチュー……いえ、合ってましたわ失礼」
 途中で間違えながら、間違いに気付く瞳子。
「それにしても、マサチューセッツと摩擦熱って似てるわね」
「いや志摩子さん、そこ関係ないから」
 二人を放っぽっといて、変な方向で盛り上がる外野衆。
「そ、そうなんだ……。せっかく知り合えたのに、残念だね」
 聞こえないフリしている祐巳に向かって、ふるふると首を振る生徒。
「そこで、祐巳さまには、本当のことを知っていただきたくて」
「本当のこと?」
 相手には悪いが、“本当のこと”なんて大した興味はないけれど、お別れになると言うのであれば、聞いてあげて気持ちよく旅立ってもらいたいものだ。
「はい。実は……」
「実は?」
「私、ロボットなんです」


『………』
 この部屋にいる全員──もちろん、件の生徒は除く──が、一斉に沈黙した。
 現在この部屋には、祐巳、由乃、志摩子、瞳子、乃梨子の五人がいる。
 思いはそれぞれだが、大方は「何言ってんだコイツ?」といった雰囲気を漂わせていた。
「……えーと?」
 若干頬を引き攣らせて、何か言いたそうな祐巳。
「ええ、簡単に信じていただけるとは思っていません。だから、証拠をお見せします」
 言うなり彼女は、左手の小指を外して見せた。

 ──横にした左手の甲を見せて小指を曲げ、同じく曲げた右手の小指の第二関節に親指をあてがい、左手と右手の曲げた小指の関節を隠した状態でくっ付けたり離したり──。

『………』
 再び沈黙する一同。
「え、まだ信じていただけませんか? じゃぁもう一つ……」
 彼女は、左手の親指を外して見せた。

 ──横にした左手の甲を見せて親指を曲げ、同じく曲げた右手の親指の第一関節に人差し指と中指をあてがい、左手と右手の曲げた親指の関節隠した状態でくっ付けたり離したり──。

「どうです? これで信じていただけたでしょう?」
 なぜか自信満々の彼女だったが、相変わらず沈黙が続いている。
「……あのねぇ、そんな小学生低学年レベルの手品もどきを見せて、これがロボットの証拠です、なんて言ったところで、誰が信じるって言うの?」
 よっぽど呆れたのか、疲れた口調で由乃が責めた。
「指が外れたんですよ? しかも二本も!」
 何か、間違った方向で力説する彼女だったが。
「分かりました。もっと凄い証拠をお見せしましょう。これなら、皆さん信じていただけるハズ!」
 言いつつ、廊下に隠しておいたのか、青い色のポリバケツ──ホームセンター等で普通に売っている、見慣れたタイプ──を取り出し、頭にカポリと被った。
 そのバケツの側面には、四角い穴が開いており、丁度彼女の顔だけが見えるようになっていて。
「首が360度水平に回転します!」
 まるで、ナポ○オンズがやる例のアレの如く、確かに首がグルグル回転しているようには見える。
「どうですか!?」
 最初のしんみり感も何処へやら。
 なんだか、宴会で三流マジックショーを無理矢理見せられているような気分だ。
 祐巳は困った顔ながらも一応微笑んではいるが、他は一様に眉を顰めて首を振っている始末。
「うーん、何と言えばいいのか……」
「まだ信じて下さらない!? それじゃぁ、膝が左右入れ替わるネタを……」
「ああああ、もういいよ。もういいから」
 祐巳は、「おいおい、ネタって言っちゃったよ」と思いつつ、彼女を止めた。
 このままでは、際限なく手品──と呼んでいいのかどうか──を見せられかねない。
「そうですか……。どうやら皆様には信じていただけなかったようですが、私は本当にロボットで、思い込みでも妄想でもありません。もし、新聞やニュース等で、ロボットの話題が出たら、私を一瞬でもいいから思い出していただければ、これに勝る幸せはありませんから」
 彼女は、ロボットらしからぬ動きで、ロボットらしからぬ涙を流しながら、
「それでは祐巳さま、皆様、ごきげんようさようなら。またいつかお会いできる日を、楽しみにしております」
 と、深々と一礼した次の瞬間。

 ゴトリ。

 彼女の首が外れ、床に転がった。

「あ、取れちゃいました」


 祐巳たちは驚きのあまり、首を小脇に抱えて立ち去る彼女──通称ロボ子──の姿を、絶句したまま見送ることしか出来なかった。


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