【2625】 愛のままにわがままに  (楓野 2008-05-26 02:43:21)


注:)このSSには独自設定が入っており、さらにオリキャラが乃梨子の彼氏です。
注2:)このSSは【No:1731】→【No:1733】の続編です。今回で完結です。

〜前回のあらすじ〜
ごきげんようったらごきげんよう、松平瞳子です。
とある日の放課後、校門前に乃梨子さんの彼氏と名乗る方が参られて校内は大騒ぎ。
駆け出した乃梨子さんを追って来てみれば、そこにいたのは乃梨子さんの彼氏『九字則宗』さん。
あちこち失礼な方でしたが、話してみればユーモアにあふれた正直な方。
訊ねれば何でも応えていただけるとのこと。
うふふふふ。乃梨子さんのアレやらコレやら根掘り葉掘り聞き出しますわよ!!


「涅槃へ行けぃ!!!」
ゴスッ、と重い音を立てて乃梨子さんの拳が則宗さんに突き刺さります。
しかしそれをものともせずに再び起き上がる則宗さん。
呆れるほどに耐久力に優れた方ですわね……。
「……それにしても」
私と同じく呆れたように二人のどつき漫才を眺めていた可南子さんが不意に口を開きました。
「あそこまで殴られているのにどうしてまだ付き合っているのかしらね」
「確かにそうですわね」
普通なら別れるどころか裁判沙汰にもなりそうなものですけど。
まあ、則宗さんは普通の方ではありません(主に言動)けれども……。
「則宗さん」
「ん?なんだ、何か聞きたいのか?」
カラカラと笑う則宗さんは、まったくダメージを受けていないようでした。
先ほど、思いっきり鳩尾を強打されていたと思うのですが。
「乃梨子さんとお付き合いをしている理由というのはなんなのでしょう?」
あんなにボコボコにされてまで、という台詞は口にいたしませんけども。
「そんなもん一つっきゃねえさ」
「と言いますと……?」
「俺はリコが好きだし、リコは俺が好き。なら傍にいるのが自然ってもんだろ」
むぎゅっ、と後ろから乃梨子さんを抱きすくめる則宗さん。
………ここまで臆面もなく言われると呆れを通り越して尊敬いたしますわ。
乃梨子さんなんて顔を真っ赤にして俯いておりますし。
「それに、趣味も合うんだなこれが」
「ご趣味が……」
「合う?」
私の脳裏には唯一つの単語が浮かんでおります。
おそらく可南子さんも同じ状態なのでしょう。
即ち。
『この人も仏像マニアか……?』
しかし則宗さんが仏像好きというのは……ハッキリ言って似合いませんわね。
むしろ音楽とかストリートダンスとかそういったものの方がお似合いなのですが。
そんな風にぐるぐると考え込んでいた、その時でした。
「乃梨子」
私たちの背後から聞こえる、鈴を鳴らしたような声。
「志摩子さん」
振り返れば、乃梨子さんの言葉通り、白薔薇さまこと志摩子さまがいつの間にかいらしておりました。
「どうしたのかしら、こんな所で……あら?」
志摩子さんの視線が、則宗さんに向けられたまま止まりました。
そして、
「ご無沙汰しております、則宗さん」
「いや、俺の方こそ悪いな。春しか顔ださねーで」
親しげに挨拶をするお二人の姿がありました。
「今度は秋にも是非いらしてください。家で取れた銀杏料理をご馳走させていただきますので……」
「おお、そりゃ美味そうだ。リコと一緒に食いに行こう」
楽しそうに会話する則宗さんと白薔薇さま、そして横で頭を抱える乃梨子さん。
しかも会話から察するに則宗さんは白薔薇さまのお宅にお邪魔したことがあるような素振り。
「乃梨子さん、お二人はお知り合いなんですの?」
「みたい。しかも私が志摩子さんに合うよりも前に知り合ってたらしいし」
こっそりと乃梨子さんに尋ねてみると、乃梨子さんも小声で答えてくれます。
それに気づいたのか、お二人がこちらに向き直りました。
「春になると、桜見せてもらうんだな」
「……桜?」
「あそこは桜スゲェんだよ。俺の祖父さんちが小寓寺の檀家で、その縁でな」
「何度か、乃梨子と一緒にいらしたこともあるの」
則宗さんの後を次いで、今度は白薔薇さまが口を開きます。
「その時は、乃梨子が仏像を見ている間中、ずっと桜や空を見上げていらしたわね」
「好きなんだよ。桜とか、空とか見上げんのがな」
それで納得がいきましたわ。
則宗さんと乃梨子さんの趣味が合うというのは、そういうこと。
乃梨子さんは仏像を、そして則宗さんはその周辺にある木々や空を見に行かれるのですわね。
「ま、仏像も嫌いじゃないけどな」
そう言ってまた子供のような笑み。
……やっぱり似た者同士ですわね。
「ところで志摩子さん、今から帰るの?」
「ああ、忘れていたわ。実は新聞部と蔦子さんが―――」

パシャッ!!!

白薔薇さまの言葉をさえぎるかのように、シャッターの音が響きました。
「うん、なかなかいい構図。あ、そのままでもう何枚か」
「久しぶりの特ダネみたいね」
音の出所を辿ってみれば、そこには新聞部部長の真美さまと写真部エースの蔦子さま。
お二人とも、満面の笑みを浮かべていらっしゃいます。
「乃梨子たちのことを聞きつけたみたい、と言おうとしたんだけれど……」
「志摩子さん……遅いよ」
申し訳なさそうに言う白薔薇さまに、乃梨子さんは泣きそうな顔で言うのでした。
それを尻目に、則宗さんに対する取材攻勢が始まりました。
「リリアン高等部新聞部部長の山口真美と申します。もしよろしければ少々取材をよろしいでしょうか」
「おう、別に構わねェぞ」
「同じく写真部の武嶋蔦子です。よろしければピンで写真を何枚か」
「お、いいねえ。ビシッとクールに撮ってくれよ?」
新聞部と写真部の取材にノリノリで答え始めました。
「いくつか質問をよろしいでしょうか?」
「姓名誕生日から乃梨子のホクロの数まで何でも聞きな」
「ナイス!!ご協力、感謝します!」
「あ、乃梨子さんとのツーショットもできれば」
「はっはっは。なんなら焼き増しして全校生徒に配っちまえ」
「実に素晴らしい心意気ですね」
ひょい、と乃梨子さんの肩に手を回して抱き寄せる則宗さん。
乃梨子さん、もう完熟トマトのように真っ赤になってそっぽ向いてますわね。
あんなに真っ赤になって恥ずかしがる乃梨子さんは初めてですわ。
白薔薇さまは微笑ましそうに乃梨子さんと則宗さんを眺めていらっしゃいますし。
それにしても、凄まじい勢いで乃梨子さんへのベタ惚れっぷりが暴露されていきますわね。
しかも乃梨子さんのホクロの数、把握しているんですの則宗さんは?
「どうでしょう、次回のリリアン瓦版で特集を組むというのは!」
「そりゃいいな。歴史に残るくらいの注目っぷりで頼む」
「見出しは何がいいでしょうかね。オーソドックスですが『白薔薇のつぼみ、熱愛発覚』とか」
「いや、則宗と乃梨子だからな、『ノリノリカップルメーター全開!!』てのはどうだ?」
「いいですね。センスは置いといてインパクトは抜群ですよ!」
どんどん加熱していく則宗さんと真美さま。
その間にも蔦子さまはバシバシ写真を撮ってらっしゃいますし。
乃梨子さんは……なんだか目が虚ろになっているような。
そしてお三方の熱狂が最高潮に達した瞬間、

「……別れようか?」

「過去五分間の発言内容を全て撤回させていただこう」
『『『『『弱ッ!!!!!!!』』』』』
ボソッ、と呟いた乃梨子さんの言葉に則宗さんは速攻で陥落しました。
普段大声を出さない白薔薇さままでもが、思わずツッコむほどの速さでしたわ。
「スマンな。乃梨子が許可すれば掲載してもかまわねェけど」
乃梨子さんを片手で抱いたまま、もう片方の手でまた『ワリィ』と謝ります。
「「乃梨子さん!いえ、乃梨子大照権現さま!!」」
「嫌です」
真美さまと蔦子さまの思いっきりへりくだった懇願を、光の速さで却下する乃梨子さん。
「……特ダネだったのに」
「……いい表情だったのに」
がっくりと肩を落としてトボトボと校舎内に戻ってゆくお二人。
何気に悲惨な姿ですわね。
それにしても……
「愛されてますわね、乃梨子さん」
「ええ、まったく」
のろけコントを眺めながら、しみじみと呟く私と可南子さん。
おそらく乃梨子さんのためなら則宗さんは世界ともケンカできるのでしょうね。
本気で。
「つきあってどのくらいになるの?」
可南子さんの問いに、指折り数え始める則宗さん。
「俺が高3の時の5月だったからな。3年……半とちょいか」
「「え゛!?」」
返ってきた答えに思わず固まる私と可南子さん。
「……乃梨子さん、誕生日いつですの?」
「9月だけど」
つまり5月の時点では誕生日前なわけですわよね。
今年の5月、乃梨子さんはまだ16歳。
16−3=13歳。
「則宗さん……」
「ロリコンですの?」
「いや、リコは外見3年半前から変わってねーから。乳以外」
中学2年の頃からこの外見……
「乃梨子さん、成長してないんですの?」
「いや、成長早かっただけだから!身長は少しだけど伸びてるし!」
「それ以前にどうして則宗さんが乃梨子さんの胸の成長具合を把握しているのかしら」
「そりゃお前あれだ、俺がこの手で成長を促s「黙れェ!!!」」

ゴシャッ!!

乃梨子さんの天を突くようなアッパーが、則宗さんの顎を思いっきり打ち上げました。
抱き寄せられた体勢からよくあんな風に打てますわね。
「おい、舌噛んだらどうする」
「いっぺん食いちぎれっ!!」
そしてやはり平然としている則宗さん。
本当に不死身ですかこの方は。
舌を噛み千切ったとしても死にそうにない気がひしひしといたします。
「う〜〜〜!!!」
真っ赤な顔で、半分涙を浮かべながらサイレンのように唸る乃梨子さん。
少々幼児退行を起こしているようで、ちょっぴり新たな萌えですわ。
そして。

バキ!!

「たわば!!」
裏拳一発、則宗さんを吹っ飛ばし(どこかで聞いたようなやられボイスでしたが)、
「帰る!!私帰る〜!!」
「まあまあお待ちを乃梨子さん」
「免許もないのにバイクに乗ってはいけませんよ」
則宗さんのバイクを強奪しながら叫ぶ乃梨子さんでしたが、
私たち二人にガッチリと肩を捕まえられてそれもままなりません。
ここに来て私と可南子さんのコンビネーションはパーフェクト。
しかし思いもよらない方向から、

「……そろそろ解放してやってくれねーか?」

と、乃梨子さんに助け舟が出されたのでした。
出したのは、つい先ほど乃梨子さんに殴り飛ばされた則宗さん。
コキコキと首を鳴らしながら、バイクに跨ろうとする乃梨子さんに歩み寄っていきました。
「むー、どうして止めるんですの則宗さん?」
「せっかくいいところだったのに……」
「いや、これ以上つつくと正直泣くぞ?」
乃梨子さんの頭に手を載せて苦笑する則宗さん。
そしてまだ半分くらい涙目の乃梨子さん。
……というか。
「泣くんですか」
「いい年して」
けっこうヒドイこといいますわね可南子さん……。
「けっこう芸人気質なんだがな。あんまり弄くると泣き出すから要注意だ」
「ホントに泣いたろかアンタら」
乃梨子さんのドスの利いた声と、据わった目つきがちびりそうなほど怖いです。
「ちなみに、泣き出すと暴れだして手ェつけられなくなるからな……俺ですら入院した」
実感のこもった則宗さんの言葉がさらに恐怖をあおります。
ここは本日二回目となる可南子さんとのアイコンタクトを!!
(どうなさいますの可南子?)
(どうもこうもないでしょうね)
アイコンタクト成功ですわね。
で、私たちが取った行動はというと。

「ではごきげんよう乃梨子さん!!」
「おつかれさまでした!!」

人生でも二度とないであろう程の最敬礼でした。
だって仕方ないではないですか!!
則宗さんが入院するような打撃を食らったら死んでしまいますわ!!
てゆーか無理。マジ無理。
思わず現代の若者口調になるほど無理です。
「いや、そこまで畏まられるとこっちも困るんだけど」
頭を上げると、乃梨子さんの困惑したような声。
ま、明日になったら私も可南子さんもケロッと忘れているんでしょうけど。
「じゃあ、まあ帰るけど……」
「乗ってけ。送ってってやる」
見上げる乃梨子さんにヘルメットを渡しつつ、則宗さんはバイクのエンジンをかけました。
断続的な重低音が、すぐにあたりに響き渡ります。
いつの間にか、辺りは夕暮れ。
夕日に照らされて、則宗さんと乃梨子さんが乗ったバイクはオレンジの影に染められています。
「あのさ、二人とも……それと志摩子さんも」
バイクの後ろに腰を下ろした乃梨子さんが、ためらいがちに口を開きます。
「……則宗のことは、内密にってことで」
そう言って、乃梨子さんは照れくさそうに笑って。
その表情は気恥ずかしそうで、でも、とても幸せそうで。
「もちろんですわ、乃梨子」
「ええ、安心していいわ」
「私たちは、何も言わないから」
だから、私と可南子さん、そして志摩子さまの意思は自然と一つになったのでした。
「ありがと。じゃ、ごきげんよう!」
別れ際の挨拶をして、則宗さんの肩をポン、と叩くと、
二人の姿は排気音とともに、あっという間に遠ざかっていったのでした。
「……幸せそうね」
「……そうですわね」
何とはなしに呟いたのでしょう可南子さんの言葉に、私ものんびりと同意していました。
夕暮れに溶けていくようなバイクを見送ったあと、何とはなしに三人で歩き出し。
幸せそうな恋人を話の種に、その日の帰り道は大いに盛り上がったのでした。


で、それで終われば綺麗な恋愛話だったのですが。


翌日、お昼休み。
薔薇の館にて昼食をとっていると。
「ねえ、乃梨子ちゃん」
「はい?」
薔薇さまになっても相変わらずポヤポヤしたお姉さまが、
いらっしゃるや否や、ジュースのストローをくわえた乃梨子さんに声をかけました。
「乃梨子ちゃんも男の人とお付き合いしてたんだね!」
なんと言いますか、シンガポールにあるマーライオンの像みたいでした。
ええ、それはもう見事なくらいに『だぱー』と吹き出しておりました。
「なっ……ななっ……なっ……!!」
「菜々ちゃんはまだ来てないけど?」
口に含んだジュースを全て吐き出した後、乃梨子さんは面白いくらいにうろたえ始め、
言葉にならないその呟きをお姉さまが天然なんだか計算なんだか分からないボケで返します。
「なんでそれ知ってるんですかぁ!?」
「だって、すごい噂だよ?」
「噂って……!?」
愕然と呟き、ガバッと激しく私に振り向く乃梨子さん。
私に話したのかと言いたいのでしょうが、生憎と覚えはありません。
『ノンノンノン』と、両手を挙げて首を横に振りました。
「ちなみに可南子も話してはおりませんわよ?」
二人で一日中聞かれはしましたが、口を割ってはおりません。
「じゃあ誰が……?」
「乃梨子、気づいておりませんの?
 あの時、校門近くには則宗さんを見ようと何人もの人が集まっていたではないですか」
その方たちが乃梨子さんと親しげに話す則宗さんを目撃すれば、
あらまあ簡単、『白薔薇の蕾に恋人が』という噂のできあがりというわけです。
もっとも、噂ではなく真実なのですけどね。
「……そんな……」
精も根も尽き果てたかのようにテーブルに突っ伏し、ゴン、と結構いい音を響かせた乃梨子さん。
『リリアン怖いよぅ……』と、漫画テイストな目の幅涙を流しながら呟いていらっしゃいます。
何を今更。
これでリリアン瓦版に特集されたりしていたらどうなっていたんでしょうか?
などと取りとめもないことを考えていると、
「ごっきげんよー!!乃梨子ちゃんも彼氏持ちだったなんてねー!
 黙ってるなんて人が悪いわねこのこのー!」
やたらとハイテンションな由乃さまが入ってくるなり、
まだ突っ伏したままの乃梨子さんを肘でつんつんとつつき始めました。
ちなみに由乃さま、昨日までは今年度山百合会で唯一の彼氏持ち。
お相手は祐麒さん、つまりお姉さまの弟さんで、去年の学園祭後に付き合い始めたとお聞きしました。
まあ、肝心要の理由はお姉さまにさえ内緒にしているようですが。
「まあ、正直肩身狭くてねー。祐巳さんや菜々に恋愛話するわけにもいかないし」
由乃さまのテンションの高さは仲間が出来たという安心感からだったようです。
「で、どんな人どんな人?」
「それはね、由乃さん」
「言わないで志摩子さーーーん!!」
こうして乃梨子さんは時につつかれ、時に由乃さまの相談に乗るハメになってしまったそうです。
めでたしめでたし。

「めでたくなーい!!本気で泣くぞコンチクショーーーー!!!」


一つ戻る   一つ進む