【2627】 私を誰だと思ってる!  (篠原 2008-05-27 04:32:12)


 彼女は一人彷徨っていた。

 どうして
 どうしてこんな
 私達が何をしたっていうの?

 繰り返し同じ言葉が頭の中を巡っていたが、彼女の問いに応えるものはいなかった。
 その少女の名は………………………………



 『真・マリア転生 リリアン黙示録』【No:2581】から続きます。(今回はちょっと番外っぽく)



 天使の粛清と、それに続く黄薔薇殲滅戦。
 どちらか一方だけでも絶望的な気分になれること受けあいなその2つの厄災を、彼女はほとんど無傷でくぐりぬけてきた。
 多少なりとも事情に詳しいものなら、それがどれ程大変なことだったか、そしてどれ程稀有なことなのかはすぐに察せられるだろう。
 それを可能としたのは、彼女自身の持つ特殊能力によるところが大きかった。
 レアスキル『存在感皆無』。
 それは蔦子の潜伏時の気配遮断能力並の効果があるとも言われる強力なスキルである。
 但し、対象無差別の自動発生型であり、本人にも制御できないという欠点もあった。
 自動発生型ということは本人の意思とは無関係に発動してしまうということであり、しかも敵味方無差別に発動する為、HELPを出しても誰にも気付いてもらえなかったり、敵と一緒に味方に攻撃されたりと、なかなか悲惨なことにもなりかねない諸刃の剣でもある。
 とはいえ、彼女が無事に2つの災厄を切り抜けられたのは間違いなくこの能力のおかげだったろう。本人がその能力に無自覚なのが厄介なところではあったが。
 あの時あの場に一緒にいて散り散りになった人達のどれだけが無事に逃げ延びられたのかはわからない。運よく逃げ出せたと思っていた彼女はそれ以上どうしていいのかわかず、ただふらふらとあてもなく彷徨っていた。
 そんなおり、彼女はそれを見つけた。視界の端に写る奇異な物体。
「………でっかいボロ雑巾です」
 思わず呟いた言葉には別にさしたる意味は無い。
 彼女が目にしていたのは、どうしたらこんな有様になるのか不思議な程ぼろぼろになっていた大柄な少女。文字通り、ボロ雑巾のようにずたぼろなでっかい少女だった。
 ああ、人が倒れてる。いったいどれだけこんなことがあるんだろう。
 ぼんやりとそんなことを思いつつも、彼女は彼女なりに普通に善良な人間でもあったので、とりあえず近寄って声をかけてみた。
「ねえ、あなた。大丈夫?」
 返事がない。ただのしかば………って不謹慎過ぎるからっ!
「あれ? この子って………」
 そこでふと気付く。よくよく見れば、見覚えのある少女だった。
 それまでぼうっとしていた彼女の思考がようやく人並みに働きだす。
「ええと、」
 だからといって、普通の人であるところの彼女に何ができるというわけでもなかったが。
「………どうしよう」
 そして少女は途方に暮れる。





 さて、とある少女が途方に暮れることになる少し前のこと。
 由乃はふと、何かに気付いたように動きを止めた。
「また別口みたいね」
 ほぼ同時に、菜々が立ち位置を変えようとするのを手で制す。
「由乃さま?」
 問いかける菜々には応えず、由乃は視線をついと横にずらす。
「出てきたら? 蔦子さん」
 少しの間をおいて、傍らの茂みからがさがさと音をたてて蔦子が現れた。もちろん手には当然のようにカメラがあった。
「ごきげんよう、黄薔薇さま、黄薔薇のつぼみ」
「ごきげんよう、蔦子さん」
「………ごきげんよう」
 いまだ警戒心を残す菜々に対し、まるで気にしていないものもいた。
「ごきげんよう!!!」
「あら、ピクシーちゃんも、ごきげんよう」
 笑って、蔦子はその妖精にも挨拶を返す。「ゴキゲンヨウ!ゴキゲンヨウ!」「ちょっと静かにしていなさい!」なんてやっているピクシーと菜々を微笑ましく横目に見ながらスルーして、蔦子と由乃は会話を始めた。
「鋭くなったねえ、由乃さん」
「それで、何? カオスに参加する気にでもなったの? だったら歓迎するけれど?」
「私は単なるカメラマン。どこかに属する気は無いわ」
 その応えに、由乃は面白そうに笑った。興が乗った、そんな顔だ。
「ふうん? 私の前に出てきてそう言うの? 新聞部のこと、忘れたわけじゃないでしょ?」
 新聞部がカオスの勢力に襲撃され(というか、ほぼ黄薔薇さまの独壇場だった)、壊滅したのはまだ記憶に新しい。
「ええ。それでも、私の答えは変わらないわね」
「それはそれで蔦子さんらしいけど。じゃあ、何しにきたの?」
「私はカメラマンだと言ったでしょう。写真を撮ってただけよ」
 ひょいとカメラを肩のあたりまで持ち上げて見せる蔦子。
「だったらわざわざ姿を現す必要はないでしょう?」
 その通りです、由乃さん。ホントに鋭くなっちゃって。でも今のところはまだ好奇心が勝ってる。
「ちょっと聞きたいことがあったので。ついでに」
「何かしら?」
「由乃さん、本気で祐巳さんと戦う気?」
「まさか」
 何を言うのって感じ。
「もちろん祐巳さんには仲間になってもらうつもりよ」
 それにしては、由乃さんも容赦ないといいますか。
「志摩子さんもたぶんそのつもりなんだろうけど、選ばれた人以外を粛清してまわるロウに加担するなんてありえないでしょ」
 それは由乃さんの中では当たり前の、確定事項のようだった。
「最初から救われる人が決まってて、同じロウでもそれ以外は労働で使い潰してるって噂もあるし。ありえないわよね。蔦子さんもそう思うでしょ?」
「でも祐巳さんが、人が悪魔に襲われている現状をそのまま受け入れるとも思えないけどねえ」
「悪魔の脅威があるなら排除すればいいだけじゃない。私だって、悪魔が襲ってきたら潰すよ。それがカオスだろうとロウだろうとね。自らの手で未来をつかみ取るのが生きてるってことじゃない?」
「まあ、別に私は由乃さんと問答をしにきたわけじゃないんだけど。ただどうする気なのか聞いてみただけ」
「聞いてどうするの」
「別に。友達としての、単なる好奇心かな」
「好奇心ねえ」
 かすかに、気配が変わる。
「そういえば、好奇心は猫をも殺すって言葉、あったよね」
 言いながら、右足をわずかに足跡一個分ほど前に出す由乃。
 由乃さんがそれを言いますか。そう苦笑しつつも、警戒態勢を上げる蔦子。
 由乃の動きは実にさりげないものだったが、視界を常に構図として捉える蔦子にとってはそれだけでも違和感を感じるには充分だった。たとえばの話、首の傾きが10度異なるだけでも絵的に受ける印象は結構違うものだ。
「さて、そろそろお暇しようと思うのだけど、その前に一枚いいかしら」
 そう言いながらカメラを構えて見せる。
「いいわよ。撮れたら、ね」
 シャッターを切るのと、わずかに視線を下げながら由乃が踏み込んでくるのはほぼ同時だった。
 直後、足元に何かを放り出すようにして蔦子は後ろに跳んだ。空中で反転、由乃に背中を見せる。だってカメラが大事だから。こういうのは自分のジャンルじゃないんだけどな。そんなことを思いつつ着地した蔦子の後ろで、空気が破裂した。

「おっと?」
 目の前の地面が弾け、土煙を上げるのを見て由乃は足を止めた。と同時に、反射的に振り抜かれた木刀が土煙を切り裂く。
 本気で倒すつもりならそのまま突っ込んでいただろうが、面白半分にちょっかい出してみただけの今の由乃は巻き上げられた土煙の中へ飛び込むことに躊躇した。だって服が汚れるし。
「逃げた………か」
「なんというか、意外に甘いですよね。由乃さまって」
「いやいや、さすがは蔦子さんってことでしょ」
「追いますか?」
「無駄よ。菜々、気配さぐってごらん」
「………」
 目を閉じて気配を探っていた菜々は、少し驚いた表情で目を開けると、首を横に振った。
「そういうことよ。蔦子さんが本気で隠れたら、ちょっと捕捉するのは難しいわね」
 さして気にした様子もなくそう言って、由乃は笑った。
「にしても、フラッシュで目潰しでもかけてくるかとは思ったけど……」
「本当に写真撮りたかっただけなんでしょうか?」
「さあ、どうだろ。けど何あれ? 爆弾?」
「魔力を感じました。それに今のは爆発というより衝撃系の魔法を地面に叩きつけて土煙を立てただけのように見えましたが」
「何か投げたように見えたけど、魔法だったの?」
「あるいは、それに類するアイテムかと」
「魔法効果のあるアイテム? そんなものあるの?」
「あるようですね。あまり表では見かけませんでしたが………」
「あるよー」
 突然話に割って入ったのはピクシーだった。
「……写真部や新聞部の残党は地下に潜ったらしいですし、そっち方面で手に入れたのかもしれませんね」
 無視して話を続ける菜々。
「悪魔でも持ってるやつたまにいるしぃ」
 こちらはこちらで、今度は由乃の肩にぺたっと張り付いて続けるピクシー。お互い、相手を無視して直接由乃に話しかけている。
「リリアンの地下には大迷宮が広がっているという噂もありますし………今度探してみませんか?」
 突然、表情を変えた菜々が身を乗り出すように言う。
「ど、どしたの突然」
「だって大迷宮ですよ? 他のひとだってもう探索してるかもしれないですし、白薔薇さまなんて博識だからきっとドロップアイテムでウハウハですよ? もし本当にあるなら、これはもう、探検しないと!」
「いや、それたぶんゲームが違う。ていうかウハウハって……」
 時々、菜々のセンスは独特だと思う。後ろではピクシーが「ナナってマゾ?」と呟いていた。
「まあいいか。とりあえず一旦戻るよ、菜々」
 手にした木刀をドンッと一振りして、由乃は菜々を促した。
「いいんでしょうか?」
「いいんじゃない?」
「やっぱり少し甘いと思います」
「別に面白ければいいでしょ」
「まあ、そうなんですが」
 肯定するし。
「それで、大迷宮は?」
「暇があったらね」
 その期待するような眼に、由乃は苦笑した。こんな風におねだりする菜々は、ちょっとかわいいと思う。内容はともかく。


「見逃してくれたか」
 一方で、蔦子はほっと一息付いた。
「蔦子さまが本気で隠れたら由乃さまでもわからないんじゃないですか?」
 とは、後で話を聞いた笙子の言葉だ。
 本気で隠れるってなんだと苦笑しながらも蔦子は言った。
「由乃さんが金色の破壊神と呼ばれているのは伊達じゃないわよ。黄薔薇さまがその気になれば、あたり一帯消し飛ぶわ」
「………」
 絶句する笙子。
「まさか、そんな」
「事実よ」
 薔薇さまの戦闘力は、無敵を通り越して異常だ。
 そう無闇矢鱈と暴れまわることはないだろうが……………、ないと思うが………、ないよね、由乃さん。
 話は通じるが融通のきかない志摩子に対して、状況を面白がっている由乃はある意味で話しやすくはある。ただ、舌先三寸でどうとでもできそうな一方で、気まぐれに左右されて理屈が意味を持たないこともある。そういう意味では博打に近い部分はあった。
 むう。思っていたよりヤバイ状況だったのかも?
「蔦子さま?」
「ああ、なんでもない。そういえば、アイテム使っちゃったけど」
「お役に立ちましたか?」
「おかげで助かったわ。ありがとう」
「どういたしまして。お役に立ったのならよかったです」
 そう言って笙子は嬉しそうに笑った。
 地下迷宮に落ちながら自力で生還を果たした笙子は、その時に大量のアイテムを持ち帰っていた。
 余談だが、アイテムマスターにして2丁拳銃の魔銃(まがん)使い、ガンナー笙子などとごくごく一部で名を馳せたりなんかもしていた。実際には大量の幸運とイベントキャラに助けられ、なおかつ戦闘は仲魔とアイテム頼りでの帰還ではあったが、そのへんの話は本編に関係無いので割愛する。
 それよりも、大きかったのは地下へのルートをある程度確保していたことだろう。地下に潜ることになった写真部や新聞部残党の為にその知識が大いに役立ったのは言うまでもない。
「何か必要なものがあったら言ってくださいね」
「ええ。ありがとう、笙子ちゃん」
 以前と変わりなく見える屈託の無い笑顔の裏にどれ程の苦難があったのか、蔦子にはわからない。だからただ、感謝と親愛を込めた笑顔を返すだけだった。





 ああ、そういえば。
 途方に暮れていた少女がどうなったかというと。
「………重い、無理、こんなの運べない」
 まだ、途方に暮れていた。


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