【2644】 挑戦状と受け取った  (若杉奈留美 2008-06-09 17:23:41)


ある日の放課後。
いつものように薔薇の館の掃除をしていたちあき。

(なべて世はこともなし、か)

薔薇の館は何一つ変化はない。
カップも椅子もテーブルも、すべてがあるべき場所におさまっている。
ほっと息をつきながら、床掃除を終えてテーブルを拭き始めたときだった。

(ん…?)

かすかなる違和感。
よほど注意しなければ分からないような感覚。
その正体を探ろうとあたりを見回す。
すると、やがて視界に白い物体が飛び込んできた。

(…手紙?)

違和感の正体をつかんだちあきは、迷うことなくその手紙を手に取った。
宛名は「次世代山百合会 御中」。
消印は昨日で、地元の郵便局から出されたようだ。
その差出人は「旧世代山百合会一同」。
崩れることも丸くなることもまったくない、ひたすらにかっちりした手書き文字。
おそらく筆ペンで書かれているのだろうが、筆ペンどころか本物の筆の扱い方を知りつくした書き手であろうことが、その文字から読み取れる。

(これはきっと祥子さまか蓉子さま…)

うっすらと脳裏に漂う、嫌な予感。
旧世代のお姉さま方が手紙という形で連絡をとってきた。
もちろんイニG退治のミッションではない。
(もしそうなら個人名義のメールで届くはずだ)

「どうなさったんですか?ちあきさま」

心配そうな美咲の声に、はっと我に返ったちあき。
知らないうちに眉間にしわが寄っていたようだ。

「今すぐ山百合会全メンバーをここに呼びなさい」
「かしこまりました」

どうやら帰ってしまったメンバーはいなかったらしく、全員すぐに集まった。

「悪いけどあまり時間がないから、手短にしてちょうだい」

菜々は少しいらだっているようである。
それもそのはず、部活の真っただ中にいきなり呼び出されたのだから。

「安心しなさい。剣道部にはあとでユーゲントを差し向けるから」

その言葉を聞いた瞬間、菜々はこれ以上の反論は無意味だと悟った。
改めてちあきの実行力の強さと人使いのうまさに納得し、同時にかすかな恐怖も覚えた。
菜々や他の仲間の心情を知ってか知らずか、ちあきは張りのある声で告げた。

「先日極めて重要なお手紙が旧世代のお姉さま方から届きました。
今から読み上げますので皆さん心して聞いてください」

『ごきげんよう、次世代山百合会の皆様方。
先日放送された「マナーの女王様選手権」はもうご覧になりましたか?
私どもも拝見いたしましたが、大変面白い企画だと思いました。
そこで、かわいい次世代の妹達のマナーと家事事情はどうなのか、
一度本当のところを知りたいと考えました。
つきましては下記の日時にお待ちしております』

本文と場所を読み上げるちあきの声に、次第に震えが出てきた。
事情を察した山百合会メンバーの表情に緊張がみなぎる。

「どういうおつもりかしら、お姉さま方」

ようやくちあきが一言発した。

「面白いじゃないですか」

腕組みしつつニヤリと笑う涼子。

「罠かもしれませんよ…?」

本気でおびえる理沙。

「どうせ散るなら潔く散りましょう。不戦敗なんて文字は山百合会の辞書にはないわ」

ぽんと理沙の肩をたたく菜々。
どうやら彼女は勝てると思っていないらしい。

「何をおっしゃいますか、菜々さま。我々の紅薔薇チームは最強ですよ?」
「あら、純子。それなら智子はどうなるの?」
「それは…」

言葉に窮した純子がちらりと智子のほうを見るが、
見られた智子はバツが悪そうに視線をそらしてしまった。

(そういえば智ちんはマナーとか礼儀作法とかが超苦手だったな…)

「…まぁでも、私たちでカバーすればいいことです」

なんとかフォローに成功し、純子はほっと胸をなでおろした。

「がんばりましょう」
「私たちは負けたりしません」
「相手がお姉さま方なら不足はないわ」

上からさゆみ、美咲、真里菜。
美咲はおもむろに智子の方を向くと、その目をしっかりと見据えた。

「お姉さまももちろんOKですわよね?」

この状況で拒否が許されないことは、さしもの智子にも察しがついた。
というより、ここで断れば全員から袋叩きだ。

「えっ?う、うん、そりゃもう」
「ではお受けするとお返事していいのね?」

ぐるりと仲間たちの顔を見回すちあき。
力強くうなずく仲間たちと、首振り人形のようにカクカクと首を動かす智子。

「お受けいたしますわ、お姉さま方…ええ、喜んで」

ちあきの浮かべた笑みには、凄味さえ漂っていた。



長くなりそうなので、連載とさせていただきます。


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