祥子が悪いレイニーブルー
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桜の季節から梅雨にかけるこの時期。
私はとても物憂げな気持ちになる。
だからか、かわいいはずの妹、祐巳のことが重たく感じてしまう。
自ら約束した遊園地。にも関わらず、私はそれを反古している。
お祖母さまのこともあるけれど、それ以上に、行きたくない気持ちが約束を破る。
それに、瞳子ちゃん。
瞳子ちゃんの存在が、さらに祐巳を遠ざけてしまう。
彼女は私の親戚。
幼い頃から付き合いがあるため、気心が知れている。
彼女の側は居心地が良い。
祐巳には言えないお祖母さまのことも、瞳子ちゃんは知っている。
さりげない気遣いが嬉しかった。
志摩子の姉妹問題にお節介を焼いた後、私は祐巳と二人きりになった。
気まずさのあまり、いそいそと帰り支度を始めてしまう。
そんな時。
「お姉さまは、意外に世話焼きなんですね」
窓を閉めながら、祐巳は言った。
その言葉の真意をを図りかね、私は祐巳に聞き返す。
「世話焼き?」
「さっきの。志摩子さんが乃梨子ちゃんを妹にするきっかけを作られたんでしょう」
「さあどうかしら」
そっけなく答えてしまう。今は祐巳とは話したくない。
しかし、祐巳はそれを許してはくれなかった。
「次の約束をください」
「次?」
「一緒に遊園地へ行ってくださるって、そうおっしゃったじゃないですか」
ごめんなさい。あなたとは行く気になれないの。
そうハッキリと言う方がお互いのためになるかも知れない。
けれど、私にはそんな勇気はなかった。
他の山百合会メンバーや、卒業されたお姉さま方にどう思われるかが気になった。
「約束できないわ。また反古してしまうかも知れないもの」
そう言うのが精一杯だった。
「それでも!約束をもらえれば、その日までは安心していられますから。
駄目になってもいいんです。約束をしてもらえたなら、その日までは私―――」
驚いた。
祐巳はずっと聞き分けのいい子でいたのに。
もしかしたら、祐巳は私の気持ちに気が付いているのかもしれない。
強くなってきた雨音の中、二人の間に沈黙が訪れる。
互いに相手の言葉を待っていたその時、階段を登ってくる足音が聞こえてきた。
「祥子お姉さま!」
ノックもなしに入ってきたのは、瞳子ちゃんだった。
正直なところ、瞳子ちゃんの存在はとてもありがたかった。
私はそろそろ沈黙に耐えられなくなっていた。どう切り出そうか考えあぐねていた。
「お祖母さまの容態が・・・校門まで迎えが来ています。早く病院に参りませんと」
そう耳打ちをしてくれる瞳子ちゃん。
衝撃的なことだったけれど、それでも、この場から離れられることに私は胸をなでおろした。
「お姉さま。まだ、話が途中です」
それは、瞳子ちゃんと共に部屋から出て行こうとした時だった。
まさか祐巳が呼び止めるなどとは思ってもみなかった。
とりあえず私は、瞳子ちゃんに階下で待っているように伝えた。
祐巳とのやり取りを聞かれたくなかった。
「今は予定がたたないから、あなたと約束することはできないわ」
瞳子ちゃんが階下に行ったことを確認した私は、やっとの思いでその言葉を口にした。
「じゃあ、いつだったら」
「それはわからないわ」
私は俯いて答えた。
祐巳の顔を見ていられなかった。
「紅薔薇さま!」
階下から聞こえる、瞳子ちゃんの急かすような声。
もうここにはいられない。
その声に従うかのように、私は部屋を後にしようとした。
「私より瞳子ちゃんの方を選ぶんですね!」
叫ぶ祐巳の声に驚いて、思わず立ち止まった。
確かに私は祐巳を疎ましく思っていた。
けれど何故か、祐巳にそういわれたことがショックだった。
同時に、祐巳のことを手放したくない気持ちで一杯になった。
その気持ちを祐巳に悟られたくはなかった。だから。
「・・・・・・怒るわよ」
それだけ言い残すと、私は足早に瞳子ちゃんの元へと向かった。
次の日、私は学校を休んだ。
お祖母さまの容態は安定したのだから、学校を休むことなどなかったのに。
祐巳にどんな顔をして合えばいいのかわからなかった。
あの放課後の出来事から、私の頭は祐巳で一杯だった。
祐巳のことが気になって仕方がない。
あんなに祐巳のことを煩わしく思っていたのに、いざ祐巳に別れを突きつけられるのかと思うと堪らない気持ちになる。
週明けには必ず学校へ行こう。
そして祐巳に謝らないと。お祖母さまのことも伝えよう。
また初めから姉妹の関係を築けばいい。
この後起こる出来事など思いもよらなかった私は、安易にそう思っていた。