【2651】 それぞれの思惑  (若杉奈留美 2008-06-13 10:27:55)


「激闘!マナーの鉄娘」シリーズ。
【No:2644】より続きます。


「ごきげんよう。ただいま私は都内の某ホテルに来ております。
旧世代のお姉さま方が、次世代山百合会に挑戦状をたたきつけるという前代未聞の大事件。
ご存じのとおり、次世代の皆様方はそれぞれに個性とカリスマ性を兼ね備えた方々ばかりですが、
ことマナーや家事能力に対しては旧世代に見劣りするところはまったくなく、勝負の行く末を見届けようとわがリリアンの生徒たちが続々と集まっています。
あっ、皆さん、落ち着いて、カメラふさがないで、キャーッ!」

放送部の名物リポーターが興奮気味に話すが、それ以上に興奮した生徒たちが叫び声をあげてカメラマンの前に殺到し、止めることもままならない。
とうとうリポーターは生徒たちに押しつぶされてしまった。


そのころ次世代、旧世代はそれぞれ別の部屋で戦いの時を待っていた。
次世代の部屋では重い沈黙がメンバーたちを包み込んでいる。
日頃からちあきに特訓を受けて、マナーならどこへ出ても恥ずかしくないレベルだという自負があるし、
家事能力なら下手な主婦よりはるかに高いはずである。
その次世代が頼りになるお姉さま方として慕い、信頼してきたのが旧世代。
挑戦状を出してくるなど、誰も想像しなかった。

(お姉さま方の真意がまったく見えない…)

これまでの人生で身につけた能力が、はたして役に立つのか。
ちあきは今までに抱いたことのない不安におびえていた。

(ちょっとひまつぶしにしちゃ冗談きついよね…)

いつもとはまったく違う緊張感に、真里菜の精神力は限界に近い。
軟派で通る真里菜だが、基本はビビリなのだ。

(なかなか刺激的じゃない?剣道とは勝手が違いそうだけど、正座は得意だし、和室のマナーならなんとかなるかも)

菜々は自分に言い聞かせるが、手足の震えをどうすることもできない。

(お菓子の問題が出ますように、お菓子の問題が出ますように…!)

純子はひたすらそればかり願っている。

(こんなのシラフでやれなんて無理ー!誰かワイン持ってきてー!)

心のうちで叫ぶしかない智子。
しかし酔えばますますダメぶりを露呈するだけだ。

(まあやれるだけやってみましょう)

さゆみは他のメンバーよりは冷静だが、それでも先ほどから一言も言葉を発していない。
美咲と理沙も、ひたすら資料に目を通し、何かぶつぶつ言いながらそのあたりを歩いている。
そんな中で涼子はひとり余裕。
あっさりと凍りついた空気を破ってしまった。

「そんな気にすることありませんよ、お姉さまたち」
「涼子、あんたは大丈夫なの?」
「俺には俺流のマナーってやつがありますから」

(相手が聖ならぶっつぶす!令さまは基本ヘタ令だし、由乃さまはもしかしたら突然キレて自滅かも。
紅薔薇は…祥子さまとか蓉子さまとか瞳子さまは強そうだな。
祐巳さまは…悪いがマナーなんてガラじゃないし、志摩子さまと乃梨子さまなら
いい勝負ができるかもしれねぇな)


そのころ旧世代の控え室では。

「さすが次世代。受けてくると思ってたわ」

うれしそうに笑うのは江利子。
心なしか額部分の光が増しているような気がする。

「あんたもワルなんだから」

蓉子はメイクを整えながら言う。
そう、この勝負は江利子の発案なのだ。
ある意味全員江利子のひまつぶしに付き合わされたともいえる。

「そう言いつつノリノリじゃない」

聖もこれから起こることを楽しむ気マンマンだ。

「祐巳、あなたも一応旧世代なんだから、粗相のないようにね」
「一応は余計です、お姉さま」

相変わらずの祥子と祐巳。

「今日はおさげじゃないほうがいいかもね」
「じゃあ三つ編みにしてからアップかな。令ちゃん、きれいにやんないと許さないからね」
「分かった、分かった」

令と由乃もまったく変わっていない。
志摩子は自信があるのか、それとも別の理由があるのか、優雅に聖書など読んでいる。
その横に乃梨子も寄り添う。

そんな親友やお姉さま方をよそに、ひとり瞳子は物思いにふけっていた。

(もしかしたらちあきと戦うことになるのかしら…)

今の瞳子が身につけた家事能力は、みんな妹のちあきに教えてもらったものだ。
相手が目上とはいえその厳しさは変わりなく、何度喧嘩になっただろう。
もう嫌だとちあきがその場を飛び出し、必死に探しまわったこともあった。
その甲斐あって、今ではひととおりの家事とマナーを身につけることができた。
ちあきには感謝こそすれ、憎いなどと思ったことは一度もない。
そんな相手と戦うなんて…。

どれだけの時間が流れただろうか。

「まもなく時間です」

スタッフがドアを開けた。

次世代、旧世代。
それぞれの思いを胸に秘め、乙女たちは歩き出した。
戦場へ向かう兵士のように。



次回から本格的に勝負が始まります。


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