【2663】 天使の罠  (さおだけ 2008-06-28 00:45:57)


はじめて投稿しようとして、「一発目で決定!」とリロードせずなんとか。
と、とても散文で、また一話で終わるようなテーマじゃありませんでした。
もしも宜しければ続けさせて頂こうと思います。
(注)話しが進むとダークになってきますので注意してください><
いつも皆様のSSを楽しませて貰っているので、少しでも恩返しになりますように。




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薄暗い部屋で、2つの陰が浮かび上がっている。
独りはソファに座ったまま。目の前の女性を見ている少女。
その顔は見えないながらも暗く、盛大な溜息を吐いているのが見て取れる。
もぅ一方の女性がまた異様で、背中に3対の羽を持っていた。
立ったまま、女性は少女に話しかけている。

「予定がちょっと早まったらしい。秋からじゃなくて夏の終わり頃からだって」

「なんでまた……それだけ【夢魔】が膨張してるって事なのね……」

「そうね。どうする?」

「どうするもこうするも、する事はひとつでしょう?」

少女は立ち上がり、女性に向かって諦めたような微妙な表情を見せる。
その立ち姿には、さっきまでながった3対の羽が新たに浮かび上がっていた。

「この世界を守る。それは願望で、私達の義務なのよ」











リリアン女学園高等部2年、白薔薇こと藤堂志摩子は夏休みを満喫していた。
シスターを将来の夢とする志摩子は、最近できた大切な妹と街を歩いている。
妹の名前は二条乃梨子。
首で切りそろえられた髪型をしている日本人形のように綺麗な少女だ。
白い雲がただただ広がる昼下がり、志摩子は乃梨子と買い物に来ていた。

「志摩子さん、これからどうするの?」

「そうね……乃梨子はどこか行きたいところでもある?」

「う〜ん」

お目当てであったものも変えたし、志摩子としては付き合ってくれた乃梨子に付き合いたい。
というわけで乃梨子に聞いてみたのだが、如何せん思い浮かばないらしい。
そんなわけで行くあてもなく彷徨う、というかお店をみながらぶらついていた。

「でもさ、なんだか今日はやけに雲が多くない?」

「そう……かしら?でもそういえばそうよね」

乃梨子は空を見ながら感想を言う。
白い雲。白すぎる雲が雨雲のように空を覆っていた。
昼過ぎで強い日差しが白い雲を余計に引き立たせているのだろう。
まるで白い雲が光って地上を照らしているかのような印象を持たせた。
志摩子は白い空、と形容してもよいくらいの空を見ながら考える。
コレだけの雲があって、雨が降らないだなんて可笑しいわ、と。

「不思議な空だわ……」

「………今日はさっさと帰ろっか。雨が降っても嫌だし」

「そうね……」

乃梨子は複雑そうな顔をして、自然な手つきで志摩子の手を取り歩き出した。
手を繋いで歩くことはどう珍しい事でもないし、志摩子も抵抗しない。
だけど、なんだか嫌な予感がする。
もしかしたら乃梨子もそんな気がして帰ろうと言ったのかもしれない。
どっちにしろ今日は早く帰ろうと思い、志摩子は乃梨子の手を握り返した。



  ■ ■ ■



世界が壊れ始めたのは、何時からだっただろうか。

四大天使のアウリエルという称号を持つ7代目は空を見ながら考えていた。
アウリエル7代目はどこか高いビルの屋上から、低く白い空を見つめている。
その背には天使の象徴ともいえる白い羽が3対広げられていた。
6枚の羽はアウリエル自身よりも大きく、純白で、真剣な目をしたその様は神々しいまでに【天使】。
頭に光の環を持っていない当たりがイメージとは少々異なっているが。

この世界は、いくつもの可能性を秘めていた。
天使というものは本来、人間であった魂がその輪廻から外されたことで生まれる存在である。
だから、この空を見つめるアウリエルにも肉体という細胞の塊は所有していない。
光の錯覚から生まれる蜃気楼のような存在。それが、天使として人間の認識できるもの。
しかしこのアウリエル7代目は、とある空間からやってきた、いわば使者である。
この世界が、壊れないように、と。
その為に暫くこの地上に居座り、居座る為に力を集めた【身体】を所有している。
人間と同等までの存在になっているアウリエル7代目は、全てを把握している。

世界が壊れるに至った理由。

世界という世界のつながり。

そして、自分の為すべきこと。

しかしどうして、【天使】は【人間】であったものだったか。
苦痛を強いるために天使は前世という人間であった頃の記憶を忘れる事なく、憶えている。
どうして天使に成り下がったのか。それは、罰。
天使は前世で行った【罪】を反省し、心より来世で同じ轍を踏まないと誓わせる制度を持つ。

喜び、感謝し、尊敬し、親しみ、憧れ、そして大切な人を愛した記憶。
恐怖して軽蔑して怨んで悲しんで怒って嫉妬して、自ら自己嫌悪に走った記憶。

私は絶望した。 大切な人を守れなかった事で。
私は憎悪した。 全てを壊したいと願った。
私は嫌悪した。 とても、無力だった自分を。
私は恐怖した。 また、置いていかれるのかと思って。

そして最後には―――ただの空虚が残った。

アウリエルは地上を見下ろしながら泣きそうなまでに顔を歪める。
この世界は【私のいた世界】ではないけれど、それでも掛け替えの無い大切な世界なのだ。
空虚だった自分はもぅいない。壊れた自分は、強制的に治されたから。
溜息を吐く。
天使として感じた苦痛は多々あれど、やはり自分は【消滅】しなくてよかった。
大切な人が存在するこの輪廻の舞台を、今の私は守る事ができるのだから。
手を握り締めた。
間もなく、舞台は幕を開ける。
開け放たれた舞台で踊るのは、一体誰なのか。

アウリエル7代目は【輪廻の敵】である【罪】に向かって飛び立った。



  ■ ■ ■



志摩子は走っていた。
後を幾度も振り返っては観察している妹の手を引いて。
乃梨子の背後にはドス黒い、生理的にとても避けたくなる気配を持った【それ】がいた。

ドス黒い【それ】は、志摩子と乃梨子が帰路についた時に何処からともなく現れた。
白い雲の合間から現れたので、最初は陰かと思い捨て置いた。
しかしそれはだんだん降下してくると、志摩子達の近くの公園へと降り立った。
降りた?いや、【それ】は落ちてきた。
どれが顔でどれが口でどれが何で何がなんなのかすら分からない【それ】は、恐怖だけを志摩子に植えつけた。
反射的に乃梨子と繋いでいた手を固く握った。反射的に私は駆け出していた。
荒い息を整える事無く走り続ける2人の背後には、【それ】がついてきていた。

「の、乃梨子―――」

「…………」

乃梨子は答えない。
【それ】を凝視しながらなにやら考え込んでいた。
もっと走って。しかし乃梨子は引き摺られるまま。
体力の限界を感じたところで、乃梨子が足を止めた。

「志摩子さん、ちょっとだけ、目を瞑ってて貰ってもいい?」

「え……?」

乃梨子は【それ】と対峙した。
正体も分からない、それどころかなんて形容していいのかすら分からない存在相手に、である。
恐怖を超えた志摩子は混乱に陥り、乃梨子の手を握る事しか出来ない。
ここで悲鳴を上げなかったのは、普段から志摩子の穏やかな生活態度が反映されての事だろう。

「乃梨子!!」

「……大丈夫、初めてだからちょっと怖いけど」

そして、乃梨子は志摩子と繋がっていた手を離した。
【それ】は乃梨子を飲み込む勢いで突貫して来て、志摩子は恐怖から目を瞑った。

「大丈夫。今度こそ……志摩子さんを守るから」

乃梨子の呟きは、【それ】に包まれる形で聞こえなくなった。
暗い視界の中で志摩子は、恐怖とは違った形で心を奮わせる事となった。



開けられた瞼の向こう側で、志摩子は愛しい存在の有無を確認できた。
でも―――違った。それは、乃梨子ではなかった。

「ぁ………」

「平気?志摩子さん」

こちらに首を向けて、ちょっとはにかんだ形で声を掛けてくれた乃梨子の背中には、1対の翼が。
黒い、それはまるでカラスのように漆黒で、両手を広げたくらいの大きさだった。
悪魔の翼ともとれるその翼を見て、志摩子は乃梨子を【天使】だと思った。
神々しい。そんな言葉が合うような。
乃梨子は片手で【それ】を抑えると、向き直って、【消滅】させた。
どういう原理で?そもそも【それ】はなんだったのか。
そんな事は後回しにして、志摩子はただ愛しい存在をきつく抱きしめた。

「い、痛いよ、志摩子さん……」

照れ隠しのように文句をいう姿には、すでにあの神々しさはない。
だけどそれが、今の志摩子をとても安心させた。



  ■ ■ ■



「それで、乃梨子は天使なの?」

「う〜ん、そうとも言えるけど違うと言えば違うよ」

私は乃梨子の手を離さないようにと意識的に手を握り締めて歩いていた。
乃梨子の背中には、既に黒い翼は存在していない。
隣にいるのはいつもどおりの愛しい妹で、さっきのような興奮は収まっていた。

「天使っていうのは人間が作り上げた想像上の存在なの」

「……ということは、乃梨子は何なの?」

「それがややこしいんだけど……人間が天使と思っている以上は天使なの」

「?」

乃梨子は困ったように首を傾げてコンクリートを見つめる。
今は何故か私の家に向かって歩いている。乃梨子も疑問視すらしていない。
暫く考える素振りを見せると、乃梨子はなんとか答えを見つけたというように私を見つめた。

「人間も天使も、肉体の有無以外は同じなの。だから、天使も人間と同じように天使として見てるの」

「なら、天使であっているのではないの?」

「う〜ん、イメージは共通だけど、実際は違うって事かな」

「ちょっと待って、今『肉体の有無』って言わなかったかしら」

「うん。志摩子さんは相変わらずだね」

褒めているのか褒められていないのか、乃梨子は可笑しそうに笑った。
でもきっと褒めてはいないわよね。そんな事より、私には聞かなくちゃいけない事があるのだったわ。
私が真剣に聞く為に足を止めると、乃梨子も止まる。
手を繋いでいるから当然と言えば当然の結果なのだが。

「乃梨子は……」

「…うん。肉体がない。こうして触れているのも、力を物体化させたから」

「【力】?」

なんだか話しがだんだん見えなくなってきたわ。
とにかく、乃梨子は天使で、身体を持っていないという前提を持つ必要があるわね。
乃梨子はまた困った顔をして繋いでいない方の手をグーパーさせた。
話しは変わるけど、どうしてグーとかパーって言うのかしら?

「力は、いわば超能力みたいなものかなぁ…?」

「念力とか、透視とか?」

「ちょっと違うけど……まぁそんな感じで」

「そう……」

乃梨子が歩き出して、私も歩き出した。
住宅地なのに他には人も見当たらない。どうした事だろうか?

「志摩子さん」

「なぁに?」

「家まで送るから、今日は家でのんびりしててね」

「しててねって、乃梨子は?」

「私はほら、天使らしくお仕事があるから」

「そうなの……」

天使というのも大変なのね。
なら私は邪魔をしないように乃梨子の言う通り家で大人しくしていましょうか。

乃梨子と一緒に歩いた道には、やっぱり他の第三者はいなかった。
不謹慎だけど、これなら甘えられるかしら?なんて呟いて、乃梨子が小さく笑う。
そんな穏やかな時間が、とても楽しかった。
【あれ】の存在を今だけでも忘れて、私は今を満喫したかった。








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