【2664】 心理戦神様ひどいよ  (さおだけ 2008-06-28 20:51:42)


連続投下すみません!
【No:2663】の続き。でもなんかギャグになってきた。




世界が忙しくなったと自覚したのは、それから3日ほどが経ってからだった。

全国ニュースで報道されて3日。世界規模で忙しくなるまで3日。
日本でも臨時の国会が開かれて、対策本部というものまで設置された。
見慣れたニュースキャスターが『事実は小説より奇なり』と言っていて、私も頷いた。
【あれ】は報道の筋から、【悪魔】と名づけられていた。



「志ー摩っ子?何を見てるの?」

「……………あら?」

ふと気がつけば登校日。リリアンでも不安そうな顔がよく見られている。
しかしこんな時でもいつも通りの祐巳が隣にいて、やっぱり私は安心する。
祐巳は紅薔薇の蕾で、私の親友の一人だからだ。

「そうだよねぇ、現実に悪魔が居てビックリだよね」

「そうね……」

客観的な感想を述べた祐巳の視線の先には、私が見ていたプリントがある。
新学期始まって早々、私達山百合会はとても物騒な事を考えなければならなかった。
それを纏めたのがこのプリントであり、つまりは【悪魔対策】なのである。

「とりあえずアレでしょ?竹槍」

「悪魔に竹槍で抵抗できるのかしら……」

「でも戦中の日本では習ってたよね」

「あれって銃を持ってる兵士に遭遇したらどうしたのかしらね」

その前に原爆が落ちてきて……っとなんだか暗い話しになりそうだったので切り上げる事にする。
こういうのは志とか心構えが(きっと)問題なのであって、現実的に抵抗できるとは思っていないのだ。
………とか思ったら、ちょっとは慰めになるのかしら?やっぱり駄目よね?困ったわ。
しかし祐巳はそう思いつめたりもせず、のほほんと構えている。

「私としては目先の事を優先させるけど、志摩子、お腹すいた」

「もうそんな時間なのね……そろそろ令も来るのではないかしら」

「う〜、授業でも長引いてるのかなぁ〜」

祐巳は私の机に体重を預け、ここにはいない親友の令を待ちわびる。
お弁当はあっても食べれない。それが祐巳を苦しめているようだ。
しかしここで令を放って先に食べてしまったりすると令が泣いてしまうかもしれない。
令といえば1年生の由乃ちゃんに「もっとムードが欲しかった!」と言われて全力で凹んでいるし。
でも春にあったロザリオの受諾の話しでをここまで引っ張ると、それってノロケよね?
と、思い出しながら考えていると、祐巳の妹がやってきていた。

「お姉さま、少々いいですか?」

「あ、祥子さ……祥子。いらっしゃいませ」

「ここは別に飲食店ではありませんわ、お姉さま」

「うーん、とりあえずお弁当食べる?」

「喉が渇きました」

「ではこのお茶をお飲みくださいませ」

祐巳は2年生の教室にわざわざ遣ってきてくれた祥子ちゃんに自分のお茶を差し出した。
口の開けられていないペットボトルを差し出すと、祥子ちゃんは困った顔で私を見た。

「冗談に決まっていますわ」

「そう?でも水分は取っておいて損はないよ?」

「確かに少し暑いですが、そう問題はありません」

「そうかなぁ。とりあえず飲んでおいて。脱水症状は怖いし」

「仕方ありませんわね」

祥子ちゃんは祐巳の差し出したお茶をコクリコクリと飲む。
とても不思議なのだけど、祐巳は祥子ちゃんのことを【祥子さま】と呼ぶ。
理由を聞くと「祥子さまって感じがしない?」なんてもっともな事を言われた。
祐巳と祥子ちゃんが歩いていれば、殆どの人は祥子ちゃんが姉に見えるわよね。
でも妹は妹。
祥子ちゃんはいつも祐巳に「もうちょっとでいいですから姉らしくしてください」と懇願していた。
力強く頷いた矢先に【さま】付けで呼んで怒られる。立派な悪循環だった。

「………ふぅ。ありがとうございました」

「ううん。そういえばどうしたの?」

「そうでした。お姉さまといると話しが脱線してしまいますわ」

「じゃぁアルバイトの面接では特技に【人を混乱させる事】って言っとくね」

「………お姉さま、私の家でメイドをしませんこと?」

話しが素晴らしく逸れている。
でも祐巳がメイドになったら楽しそうだけど毎日が運動会になりそうだわ。
祥子ちゃんの申し出に真剣に悩むあたり、祐巳の器量が伺える。
でも根本的なところで問題がある。リリアンはバイト禁止。

「ではなくて!もぅ…令さまから伝言を言付かってますの」

「令から?どうしたの?」

「由乃が令さまを拉致したので、お昼はいけない、と」

「そんな!」

祐巳は悲痛な感じで机を叩いた。
それに驚いたのが、その机とセットの椅子に座っている私と、妹の祥子ちゃん。
表現的には丸い目で突然大声を発した祐巳を見つめる。

「ど、どうなさいましたの?お姉さま」

「だって!令は来ない。私はお腹がすいた。そう、お腹すいた!」

「…………………」

とうとう焼いた魚のように白い目を向けられている祐巳。
どうやらお腹が空き過ぎて脳に栄養が行き渡っていないようだった。
………そういう私もかしら?なんだか黒くなっている気がするわ。直さないと。
祐巳が私と祥子ちゃんを引っ張るので、私達は薔薇の館まで向かった。



  ■■ SIDE 祥子 



お姉さまに握られた手を少し意識しながら、私は薔薇の館まで歩いて向かっている。
そうは言っても、このリリアンで歩く以外の移動手段なんてないわよね。
たまにお姉さまが走ってシスターにお咎め喰らって泣きそうだけど、ないわよね。

薔薇の館では黄薔薇の江利子さま、白薔薇の聖さま、紅薔薇である蓉子さまがいらっしゃった。
それにクラスの違う乃梨子。志摩子さまを待つ為に先に来たのだろう。
薔薇さま3人から綺麗に均等に離れた距離で、私達を出迎えてくれた。

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

皆さま揃ってご挨拶。どんな時でも「ごきげんよう」。
よく分からないけれど決められているっぽい席に着席し、私は紅茶を淹れるために立ち上がる。
乃梨子も立ち上がって私を手伝おうとしてくれる。

「お姉さま方、何をお飲みになります?」

「抹茶シャーベット」

「自分の発言には責任を持ってくださいね?」

とりあえず懐から携帯を取り出す仕草をし、慌てたお姉さまが止めに入った。
ニッコリ笑うと、お姉さまはすごくバツの悪そうな顔をされた。
こんな仕草を可愛らしいと思ってしまう私は、どうなのかしら。ああ、メイド服……

「ごめんなさい。祥子さまの紅茶が飲みたいです」

「お姉さま、また言葉遣いが戻ってます」

「ごめんなさい、直します」

「直ってないわよ」

溜息ひとつ。どこまでも威厳というものが欠落しているお姉さまである。
他の皆さまに尋ねると、「祐巳と同じものを」と言われたので、紅茶を7人分。
乃梨子がカップを用意している間に茶葉を蒸らした。
そんな間に、御ふざけの過ぎた時間は終わってしまったようである。

それにしても、悪魔ってなんなんだろうね?

ピクリ。隣にいた乃梨子の肩が震える。
【悪魔】という単語が出てきた瞬間には既に、集まっている皆さまの表情が変わっている。
いや、例外もいますけど。普通という言葉の大嫌いな天然さんが。
誇らしいような恥ずかしいような分からない。その人の存在は。

それなんだけど、竹槍で対抗できると思う?お姉さま。

祐巳、貴女は黙ってなさい。

分かりました。

一瞬で発言権を剥奪されたお姉さまは、私を見ながら紅茶を待っていた。
それでいいのですか。それより竹槍なんてどこから発想したのですか。
しかしお姉さまの「それなんだけど〜」のくだりは流されてしまった。……別に怒ってないわよ?

「なんだか物騒な事になってきたよねぇ……」

「そうよね……。まだ殆ど解明されてないし、困ったものだわ」

「あ、あのっ」

「ん?」

紅茶を運んでいると、同じく紅茶を持っていた乃梨子が声を出した。
お姉さまはお弁当に向けていた箸を止めると、興味津々に乃梨子を見つめる。
この食欲のなくなる話題の最中、よく食べられるわね、この人。

「その事について、お話したい事があったりなかったり……」

「どのくらいあるの?」

「お姉さま、まずは有無の確認からでしょう?」

「祥子ちゃん、ツッコミは後でね」

今日も愉快にツッコミ合戦だわ。この紅薔薇姉妹。
でも流石、あのお姉さまを手懐けた紅薔薇さまよね。私までボケに分類されました。
切ない気持ちで尊敬していると、意を削がれた乃梨子が肩を竦めた。
真剣に話してた私が馬鹿みたいだ。
そんな視線を送られたので、とりあえず睨んでおいた。

「あーえっとですね、私人間じゃないんですよー」

とってもヤル気のない自己紹介が始まった。
ちなみに、とってもお腹のすいていらしたお姉さまに、とっても甘い玉子焼きをプレゼントしました。
余談の余談ね。きっとヤル気のなさが伝染したんだわ。←責任転嫁。

「乃梨子ちゃんはたまに鬼が降臨するよね」

「黙っていただけますか?」

「えー」

乃梨子に発言権を奪わせるのは、ちょっと難しかったようだった。



  ■ ■ ■



乃梨子の話しを聞く前に、他の話しをしましょうか。
誰かの説明を聞く前には私という今の【語り部】自身を紹介しなければね。

私は小笠原祥子。小笠原財閥の令嬢、箱入りという事は自覚しているわ。
いくつか習い事もしていたのだけど、今のお姉さまに捕まってからは殆ど辞めました。
勿論、土日のデートの為ではなくってよ。いいかしら。
お姉さまに姉妹制度の申し込みを貰ったのは、春の半ば。
入学式から何日か経った頃、寝ぼけたお姉さまに抱き枕にされたのよ。
それが切っ掛け……なのよね?
初めて出会ったはずなのに、とても会いたかった、なんて思ったのだけど……。
理性が必死に止める中、私はお姉さまの申し込みをお受けしました。
【祥子さま】やら、たまに【お姉さま】なんて言い間違えられますが、ただいま矯正中。
私のお姉さまなのだから、きちんと姉らしくしてもらいたいものだわ。

「私は、天使なんです」

「馬鹿も休み休みになさい」

「………祥子、喧嘩売ってる?」

まだお姉さまについて語りたい事があったのに、乃梨子ったらセッカチなのだから。
私は自分で淹れた紅茶を吟味しながら、寝言を言う乃梨子に突っ込んだ。

「駄目ですよ祥子さ……ん。ちゃんと乃梨子ちゃんの自白を聞かなきゃ」

「分かりましたわ、お姉さま」

半分だけ口調の直ったお姉さまに従う。
こうやってお姉さまらしく注意したりする事が非常に珍しいので、聞ける時は素直に聞くのよ。
お姉さまと同様に私の発言権がなくなったので、とりあえず見ている事にした。

「……こほん。いいわ、続けて」

蓉子さまが乃梨子に続きを促した。
覚醒しながらも寝言を言う乃梨子の姉、つまり志摩子さまを見る。
…………表情は読めなかった。なんとも言えないような……というか乃梨子を見ていない。
視線は乃梨子なのに焦点が合っていないというか…何を考えているのやら。
ちなみにお姉さまは乃梨子を観察していた。その目は江利子さまと同類の眼だった。

「なんか説明しても信じてもらえそうもないので……証拠からお見せしますね」

「【天使認定書証】とか?」

「祐巳、乃梨子の話しに釘を刺すのは止めてもらえる?」

「ごめんなさい」

ぷ……くくく……っ。聖さまがお姉さまを指差しながらお腹を押さえていた。
さっきから台詞どころか名前しか出ていないと思ったら、どうやら意図的に無視していたようである。
お姉さまの天然を笑うだなんて。しかも怒ったのは志摩子さまだったから尚更笑っている。
ついでだから江利子さまも描写しておくけれど、乃梨子の話しに興味がないらしい。
ウケ狙いにしては真正面からだからか?
窓の外を見ながら煙草でも吹かす勢いでぼーっとしていた。

「………お見せします」

とっても投げやりである。
乃梨子はちょっと離れた所に立つと、その背後に突然黒い羽を出現させた。
びっくりである。
お?っと江利子さまが振り向いた。
おー、と聖さまが関心している。
あら?と蓉子さまが頬に手を添えて乃梨子を見つめている。
ほえーっと声を出しているお姉さま。よく見れば既にお弁当は空になっていた。

「信じていただけましたか?」

乃梨子はとても自信を持って回りを見渡した。
得意げなのはいいけれど、この山百合会というものを甘く見ているわ、乃梨子。

「うん。とっても邪神的で綺麗だよ、乃梨子ちゃん」

「そうね、まるで烏のようで素敵だわ、乃梨子ちゃん」

「黒天使か〜、天使より堕天使って感じかな?」

「聖、どっちかって言うとこれは悪魔じゃない?」

「乃梨子ってば、こんな捨て身でウケを取らなくてもいいと思うわよ?」

乃梨子は志摩子さまに抱きついた。
志摩子さまがなんだか恐ろしい笑顔でこちらを見るので、必死で眼を逸らした。
羽を生やしたまま親の仇を見るような目で睨む乃梨子の頭を撫でる。
お姉さまに、「邪神的ってどういう意味ですの?」と聞き、「邪神みたいな?」といわれる。
褒めているようで全く褒めていないお姉さまだった。

「皆さま、もっと真剣に話しを聞いてあげてくださいませんか?」

「ど、努力するね」

「善処するわ」

「検討しておくわ」

「じゃあ私も獅子奮迅の勢いで考える〜」

「江利子も聖も、聞く気はないのね」

蛇足として上からお姉さま・蓉子さま・江利子さま・聖さま、また蓉子さま。
志摩子さまの下級生としては逆らえる雰囲気ではない。
より一層凄みのある笑顔をされた志摩子さまを見て、とりあえず聞く体勢に入った。
が、遠くの校舎から予鈴の音が鳴ったので、はっきり言って無意味だった。



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