【2665】 すごい裏切られた気分  (さおだけ 2008-06-29 18:53:42)


本編【No:2663】→【No:2664】の続き。
書ける時に書いてしまう人なので連続になりがちだと…というか現にそう。
でも気にしないでいいよって言ってくれたので甘えます!では、



  ■■ SIDE 由乃



放課後、薔薇の館へと向かうとなんだか殺伐とした空気が漂っていた。
仕事をしている皆を視線だけで殺しそうな目で見ている志摩子さまがいる。
何。一体何が起こったの。
昼に令ちゃんを拉致っていたから昼休みに何が起きたのかは分からない。
クラスに帰ってきた祥子も何も言わなかったじゃないのよ!

「あの……どうかしたんですか?」

「後で話すわ。令、仕事しましょう」

「…あ…うん」

探りを入れた令ちゃんは撃墜。ちょっと!志摩子さまと親友なんじゃなかったの!?
でも聞く相手を志摩子さまにした時点で間違ってるわ令ちゃん。
普通は祐巳さまとかに聞かない?聞きやすいじゃない。
よぉ〜し、なら私が聞いてやろうじゃないの!ヘタ令!見てなさい!

「祐巳さまっ、何があったんですか?」

「なんかね、乃梨子ちゃんをカラスな邪神って言ったら志摩子がキレたの」

聞く相手を間違えたー!
分かってた!心のどこかでは祐巳さまに聞いても無意味だって分かってた!
でも、でも他に聞ける人が居ないのよ!祥子は掃除で来てないし!
薔薇さまに聞くって手もあったけど、やっぱり手身近な子タヌキが一番じゃない!?

「お姉さまを侮辱すると顔にラクガキするわよ?」

「うわ!?ちょっと、背後から現れないでよ!」

「失礼ね。由乃が気付かなかったんでしょう?それに取って食ったりしないわよ」

「食わない草食動物がいても私のようなノミの心臓には辛いのよ!」

いた。救世主っぽい存在が背後にいた。
黒髪の艶のある親友が後ろで呆れていた。どうせ「なにがノミよ」とか思ってるに違いない。
……というか、どうして祐巳さまを侮辱したのがバレたのだろうか。
こいつは人間じゃないわ。

「それより……なんなの、この空気。よどんでるんだけど」

「乃梨子が寝言を言ってたからツッコミをいれたのよ。そしたら志摩子さまが怒ったの」

「あんたに聞いた私が馬鹿だったわ」

なにが救世主よ。やっぱり姉妹って似るものなのね。嫌だわ、ヘタれる前にロザリオ返さなきゃ。
紅薔薇の蕾は駄目。その妹も駄目。ならその姉の姉よね!
蓉子さまならなんとか状況を理解できる程度まで教えてくれるはず!

「蓉子さま……何かご存知ですか?」

「そうね……乃梨子ちゃんの背中に羽が生えたのよ」

「もぅいいです」

もぅ駄目。紅薔薇姉妹・全滅。
だって3人から聞いた話をつなげるとこうなるのよ?
『乃梨子は羽を生やしながら寝言を言って、邪神と祐巳さまが言って志摩子さまがキレた』と。
なにそれ。訳わかんない。なんか疲れたからもぅいいわ。

「令ちゃん、紅茶飲む?」

「うん」

紅茶でも飲みながら少し落ち着こう。



  ■ ■ ■



「話しは昼休みまで戻るけど、結局乃梨子ちゃんは邪神なのかしら?」

「天使です!!」

仕事も大方片付いた頃、ふと紅薔薇さまが尋ねた。
はーいはいはい。ちょー断片的で意味分かんないんだけど、分かる方がおかしいのよね?
なら別にいいからさっさと帰りたいわ。カラスで邪神な乃梨子は無視で。
しかし話しが戻ったと知るや否や、皆の目つきが変わった。
え、本気で乃梨子は邪神なの?

「確かに黒ですけど、それは力が封印されているだけです」

「だから、邪悪な力は封印されたんでしょ?」

「天使として天使に封印されたんです!」

聖さまに力一杯突っ込む乃梨子。
ツッコミに使う力は封印されていないようである。まる。
乃梨子はヤケクソ気味に背中に羽を展開させ(いやいやいやいや!)、捲くし立てた。
いや、カラスだった。邪神はどうかと思ったけど、確かにカラス。羽黒いよ天使。

「もともとは白1対、または3対の羽を持っていて、新米は黒1対なんですっ」

「へー、新米堕天使乃梨子ちゃんかぁー」

「人の話しを聞いてください!」

怒る乃梨子。関心する私。いやだって、言ってる事は正しかったしね。
なまじ嘘だと決め付けてた分、ちょっと大きめの感動があるんだけど。
人を信じるって大切なことよね。儲かるし。

「ええい!【悪魔】について説明しようとしてんだから、ちゃっとは黙ってください!」

ぴくり。
キーワードのお陰で、和やかっぽい雰囲気は一掃された。
【悪魔】。そう称する事しか出来ないような存在を、私達はひしひしと実感している。
乃梨子が息を切らしながら突っ込まれる前にと言葉を紡ぐ。なんだか応援したくなった。
………がんばれ乃梨子。ツッコミは任せて。

「【悪魔】を退治するために、私達天使が派遣されてきたんです」

派遣だって。

「人間の言う【悪魔】を私達は【夢魔】と呼んでいます」

だから?

「天使は世界各地に点在し、【夢魔】の人間惨殺を止めるためにいます」

惨殺か。

「皆さんには【夢魔】退治の協力をしてもらいたいと思っています」

天使と人間の共同戦線?

「………祥子も由乃も、私が嫌いなんですね」

やべ、声が漏れてた。
大切な友好関係に少しずつヒビが入っている今日この頃。
というか祥子もって……そういえば「寝言を〜」とか言っていたわよね。
そりゃ怒るわ。

「では改めて、協力、していただけますか?」

話しが全く見えなくなってしまっているけれど、まぁ親友の頼みならいいわよ。
私は乃梨子を見て頷いた。ちょっと格好よさげに。

「……いいわ、この剣士令ちゃんを貸してあげる」

「由乃ー!?」

だって、私なんて戦力外じゃない?
人並みに運動できるだけだし。でしょ?



  ■■ SIDE 蓉子



…………いつまでジャレているつもりなのかしら、この子達。
祥子ちゃんも由乃ちゃんも、話しが世界規模だって分かってるのかしらね。
私は溜息を吐いた。
乃梨子ちゃんの話しを聞くに、【悪魔】=【夢魔】は人間を殺そうとしているのよね。
なのに令を貸すだの運動苦手だの、大物と言えばいいのかしら。来年も安泰よね、ここ。

祥子ちゃんがものすごい胡散臭いという顔をしていた。現実主義なのね。
由乃ちゃんがものすごく期待している目をしている。江利子の孫だものね。
聖は「え〜めんど〜」という態度で欠伸をしている。少しは世界に貢献しなさい。
江利子は「肉体労働は嫌なのよ」とあまり乗り気ではなかった。自己中よね、あんた。

志摩子は乃梨子ちゃんに「よくできたわ」と言っている。つまり最初から知っていたのね。
乃梨子ちゃんは志摩子に「なんか…疲れた」とカミングアウトしている。……お疲れ様。
で、私の妹はどうかと言うと……

「……う〜?」

状況を把握していなかった。何やら考え込んでいる。
いいの。この子は頭脳派じゃないって事はよぉく理解しているから。
今、別に明日の授業の時間割とかを考えていて聞いていなかったって言っても諦めないわ。

「祐巳、どうしたの?」

「うーん?ねぇお姉さま、根本的なところで【夢魔】って何かな?」

「あら?」

予想外だわ!こんなにまともな解答が来るだなんて!
ごめんなさい、私は妹の貴女を信じていなかった。赦して頂戴。
そういえばそうなのよね。
協力と言っても規模がなまじ大きい分、安易に返答は阻まれる。
妹に気付かされて、私は乃梨子ちゃんに聞いてみる。

「乃梨子ちゃん、協力といっても具体的にはどうするの?」

「はい。勿論皆さんに戦ってもらうわけではなくて、山百合会として手伝って欲しいんです」

「山百合会として、というと?」

「全校生徒の安全確保、その他全般です。退治自体は天使の役割ですので」

「えー、肉弾戦は?」

「由乃、将来は立派な淑女になってね」

分かる、分かるわその気持ち。由乃ちゃんには立派な淑女になってもらいたいわ。
それは置いといて、隣の祐巳は真剣な顔で乃梨子ちゃんに尋ねる。

「天使も【夢魔】も、そもそも意味が分からないよ。結局は何がしたいの?」

「それは……」

鋭い質問。乃梨子ちゃんは少し黙り込む。
天使は【夢魔】を退治しにやってきた。なら、天使と【夢魔】の関係は?
どうして天使に人間の敵である【夢魔】を退治するメリットがあるのか。
私達からして、天使は人間に感知されていなかった、関係だってなかったはずのもの。
なら、なぜなのか。

「……【天使】も【夢魔】も、もともとは人間から生まれたものだからです……」

観念したように、そして様子を伺うように祐巳の顔を見る。
祐巳は真剣な顔のまま、ただ乃梨子ちゃんを凝視していた。



  ■ ■ ■



天使というものは、人間と同じものだった。
いや、正確には【人間】と【天使】は=で結ばれるものである。

魂というものを、皆さまはご存知だろうか。
肉体に宿るといわれる神秘的なもの。私はそれしか言えない。
天使とは、人間と同質である魂だけがその【空間】に留まったものなのだ。
人間の生きる【世界】は【輪廻】。その【輪廻】に取り残されたのが、【天使】。

【輪廻】に取り残された【天使】は、成長する事も老いることもしない。

なぜ、この度【天使】が地上を救済しに来たのか、理由はお分かりになっただろうか。
理由を上乗せするのなら、【天使】には人間だった頃の、【前世】の記憶がある。
自らの育った世界を、誰が捨て置けるというのだ?

生まれた故郷を、大切な人の居る世界を、守る。

それが【この世界】に来た理由であり、夢魔退治に何千、何億もの天使が派遣された理由なのだ。



  ■ ■ ■



「………そうなの」

私は溜息を吐いた。何故なのかは分からない。ただ、吐いてしまった。
天使と人間が同質である事を知っても、まだなんとも思えない。
なぜだろう。
私はどこかで知っている気がする。
そんな【世界】が【空間】があった事を、私は知っていた気がする。
私は乃梨子ちゃんに【何か】を言おうとして、妹に阻まれた。

「まだだよ、乃梨子ちゃん」

「え?」

祐巳は少し苛立ちを隠せないような表情をしていた。
どうして?分からない。こんな表情を見たのは、初めてだった。

「夢魔は何?人間と、同質のものなの?」

「…………」

「ねぇ、どうして黙るの?」

乃梨子ちゃんは言葉を飲み込み、ただ、黙る。
祐巳は祐巳で助け舟を出すつもりすら毛頭無いようだった。

「……そうです。夢魔は人間から生まれ、私達の兄弟のようなものです」

誰かが息を呑んだ。
信じられないと目をむいた。
それでも祐巳は、乃梨子ちゃんから目を反らさなかった。

「夢魔とは、憎悪の塊なのです。
 神話でもあるように、私達から生まれ、なのに自ら否定され追い出された、感情の塊」

「……………」

「それが地上でも天使のいる空間でもない処に溜まり、この度あふれ出した」

「……………」

誰かの茶化す言動はなくなった。
祐巳に感化されたように乃梨子ちゃんを見て真剣に聞いていた。
でも……無償に悲しく思ったのは私だけだろうか?

「【夢魔】は世界が嫌いだから、この【輪廻】を破壊したい」

乃梨子ちゃんは、たんたんと言うと決めたらしい。
突然普段のように戻った乃梨子ちゃんに、躊躇する気配はなかった。

「人間は全知、天使は懺悔、夢魔は憎悪の塊なんです」

そう聞いた時に見せた祐巳の表情が、私にはとても印象に残った。
泣きそうで、悲しそうで、でも諦めたような表情。
その表情が何を意味したのか、姉である私にすら分からなかった。



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