【2672】 真紅の天使と君がため  (さおだけ 2008-07-01 16:37:45)


そろそろ答え合わせが必要なので、乃梨子編です!
ちなみに過去話しが〜編という形で続けられる予定ですので。では。

本編 【No:2663】→【No:2664】→【No:2665】→【No:2666】→【No:2668】→【No:2669】




私は罪を犯しました。
天使という罪を持った身の上でありながら、私は罪を重ねたのです。

私の力という罪をその身体に封印しようとして、私はその不快感から抵抗してしまいました。
手元の狂った中級天使の独りが、魂を破壊されて虚無に戻ったのです。
なまじ力の強い私には、委員会の方から存在を否定されました。
罪を滅ぼすこともおこがましい。
そう、言われました。

私が公開処刑を前にして、自分の存在の罪の重さを実感していると。
処刑を中止するようにとの声が張り上げられました。
3対の大きな純白の羽を持ち、セミロングの茶色かかった髪をもつ天使が独り、アウリエル7代目様。
厳しい表情で私の前まで来ると、私の中で渦巻く力を見て微笑みました。

「大丈夫」

たったそれだけの一言に、私は涙が溢れだしました。
むき出しにされた肌をそのままに、アウリエル7代目様は私を抱きしめて下さいました。
抱きしめられるのなんて、どれくらいぶりだったでしょうか。
生前だって、私は他人を否定してきて、触れられなかったのに。

「この子は私の妹にします」

その場に集まっていた野次馬が、大きく波のように動揺した声を広げていきました。
姉妹。それは罪を償うために修業を重ねるためのパートナー。
妹の責任は姉が持ち、妹が一人前にまるまで傍を離れてはいけない存在。

「この子についての責任の一切を私が引き受けます」

そういい捨てて、私はアウリエル7代目に抱かれながらその場を後にしました。



  ■ ■ ■



「大丈夫だった?酷い事されてない?」

アウリエル7代目様は、自分に与えられていた部屋に私を連れてってくださいました。
下級天使とは比べ物にならないくらいの広い部屋で、私は服をお借りしました。
白いシーツのような服。
それを胸に抱いたまま、私は尋ねました。
どうして、私という罪深い存在なんかを妹にしようとしたのですか?、と。
アウリエル7代目様は、きょとん、として私を見つめました。

「うん、なんとなく」

私は呆然として見つめました。
照れたように笑い、それからアウリエル7代目様は私に胸元のロザリオをくざさいました。
それはとても綺麗なものとは言えないけれど、とても年季の入った、大切なロザリオ。

「こ、こんな簡単に……それに、同情ならいりません!」

「どうして?」

「どうして?どうしてと聞いたのですか!?」

私は怒っていました。嬉しかった。嬉しかったけど、私でなくともこの方は助けたのでしょう!?
嫉妬です。そんなことは分かっていました。けれど嬉しかったぶん、悲しかった。
零れそうな涙を必死で抑えて、私は睨みつけました。
そしたら、アウリエル7代目様はなんともなさげに私を見ました。

「貴女は、生きていたいんでしょ?」

「………え?」

「あの舞台で、最初私だって助ける気なんてなかったんだよ?」

指摘されたことを頭で反響させているうちに、私の首にはロザリオが掛けられていました。
それを見て嬉しそうに笑われたアウリエル7代目様は、言葉を足しました。
私の頭を愛しそうになでながら。

「貴女は、大切なことを知っているって思ったの。だから、妹にしたかった」

「大切な……こと……?」

「そう。生きたいって、悲しいって気持ち」

身長は同じくらい、私よりも少し大きいくらいなのに、この方はとても大きく見えました。
他の四大天使様達が次々に代替わりする中で、なぜこのお方だけはずっとその地位についているのか。
なんとなく、分かった気がしました。

「生きたいって、死ぬことの怖さが分からないと、強くはなれないんだよ。
 天使とは自らを殺めた人間の魂が罪を償うために与えられた【機会】でしかない。
 でも、私を含めても天使の殆どは命を軽くみてるよね。
 自分の命を捨てた経緯を持ってるから。どれだけ大切なものを捨てたのか気付かない」

私は聞き入っていた。
真剣に話されるその凛々しいお顔を見て、不思議と涙が溢れ出した。
そう。怖かったのだ。ずっとずっと怖かった。死ぬことが、消えるということが、とても。
私が抱きつくと、頭をなででくれた。腕を回してくれた。
嬉しかった。怖いというのが罪ではないと教えてくれたから、赦してくれたから。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「うん……いいんだよ、悪気がないって事は知ってるもの」

「はい、はい……アウリエル7だい、めさま………ありがと、うございます……!」

「お姉さまって呼ぶんだよ。ねぇ、乃梨子?」

泣きじゃくる私が疲れて眠ってしまうまで、アウリ…お姉さまは抱きしめてくれた。
お姉さま。お姉さま。そう連呼していた時に、嬉しそうに笑っていてくれたことは忘れられません。
この日私は、存在を認められた。
そして、自分の罪の重さに気がついた。



  ■ ■ ■



私がお姉さまの妹として傍に居始めてから、地上時間では10年がたった。
過去も未来も、いろんな時間がいりまじる天界では、地上時間で長さを測るものなのだ。
どれだけ存在していても、私達は肉体を持たないので死ぬことはない。

「お姉さまー、ガブリエル13代目様から書類が来てますよー?」

「んむ……乃梨子、もぅちょっとだけ寝かせて……」

「至急持ってくるように言われてるんですよ。起きてください」

「い、意地悪……」

お姉さまの妹というのは、他の天使の妹のように修業ばかりではない。
はっきり言って雑用の日々である。だから四大天使には妹が数人いるはずなのだが…私しかいない。
お姉さまを独占できて嬉しいけれど、修業が少ないと思う。
お姉さま自らが封印をしてくれたので、そんなに心配はいらないのだけど。

「ふぁ〜ぁ。」

「お姉さま、最近は居眠りが多くないですか?どうかしかしたか?」

「ん〜、ちょっと計画を立てててね、ちょっと寝不足……」

「計画?」

欠伸をかみ殺して、お綺麗な顔を可愛らしく歪めた。
そんな仕草を隠さずに晒してくれることが嬉しかった。

「うん。本格的に乃梨子に修業させようって思って」

「え!?」

持っていた書類を落っことした。修業をさせる?つまり、お姉さまから離れるという事!?
私の頭は大変混雑して、お姉さまがまた欠伸をしたのにも気付かなかった。
え、え?やだよ。お姉さまから離れるなんて!

「修業なんて出来なくてもいいですから、おそばにいさせてください!」

「ふえ!?もぅ予定たてちゃったんだけど……」

「お姉さまぁ!!」

肩をつかんで揺さぶる。他の人にばれたら怒られるけど、他には誰もいないから大丈夫。
それにお姉さまはこういうスキンシップが嫌いではないから。

「ち、地上に行こうと思ってる、んだよ……」

「私と?誰がですか!」

「え?私とだけど……あれ?嫌だった?」

「は!?」

手を離した。お姉さまはしっかりと目を覚まして私を見ていた。
というかどういう事だ?私とお姉さまであるアウリエル7代目が地上にいく?
この忙しい中どういうつもりなのだ!?
人間の憎悪の感情が獄界から溢れだして地上に向かっているという最中に!

「は、話しを聞いて……ね?」

「分かりました。この忙しい中どういうつもりなのかお聞きします」

「うん。もうすぐ獄界からあふれ出した憎悪の塊が、地上を襲うんだ。知ってるよね?
 それで天使の半分くらいが実習訓練の一環、またはつきそいとして降りることになってるんだよ」

「知ってますよ?でも四大天使のお独りが降りるつもりなんですか?」

「うん。ミカエル17代目も妹と一緒に行くって」

「は!?ミカエル17代目様、ですか?」

ミカエル17代目様もお姉さまと同じで、妹を独りしか作っていない。
ガブリエル13代目様は3人、ラファエル12代目様は4人の妹がいたりするけど。
歴代の四大天使さまから見たら随分少ないという事はつけたしておこう。

「そう。ミカエル17代目も妹の修業を兼ねて、地上で【夢魔狩り】をするの」

「夢魔狩り?」

「憎悪の塊を狩ること。まぁ中級天使で駄目そうな夢魔を私達が狩るって条件つきでね」

つまり、妹の修業に夢魔退治も兼ねて一緒に地上に降りるということらしい。
それでアウリエルの分の仕事はラファエル12代目に任せるための引継ぎに忙しいと、そういうこと。

「ついでに試験とかもかねるから」

「そうですか。試験試験……って試験!?進級試験の?」

「うん。適当に試験して、中級か上級に位上げするつもり」

「つもりって、具体的には?」

「まぁ適当に考えてるよ。ちなみに、いちおう落第も考えてるから」

「だ、堕天使落ちですか!?」

「うん」

堕天使。通称雑用専門天使……それは嫌すぎる……。
お姉さまは楽しそうに落ち込む私を見ている。そして、ふと思った。

「お姉さま、もし進級したらどうなります?」

「………ん〜、どうなるかなぁ……」

歯切れの悪い返事。もしも良い点をとってしまったら、妹を卒業?
いや、そこまで過信しているわけではない。妹期間だって、5年がいれば100年もいる。
まぁ妹期間といっても、姉妹であることには変わらない。ただお姉さまが新しい妹をつくるかもしれないけど…

「妹は、もぅ暫く卒業したくありません」

「……………まぁ、独り立ちするか補佐を続けるかは任せるよ」

「はい!」

よかったぁ。これなら、全力で試験に挑むことが出来る。
私は嬉しくなって、降りた書類を拾い上げてお姉さまに渡した。
それからとても過酷な試験内容になるというのは、全く知らなかったころのお話だ。





一つ戻る   一つ進む