はぁ〜、書いてると気分が悲しくなってきますよね〜。
書いてるのは私なのに!書いてるのが辛い!どういう事でしょうか!?
乃梨子編 【No:2672】
本編 【No:2663】→【No:2664】→【No:2665】→【No:2666】→【No:2668】→【No:2669】→【No:2673】
■■ SIDE 蓉子
あの子と出会って、もぅ1年と少しになる。
マリア像の前で私が一目惚れして、申し込んで、断られた。
そんな大変だった事が起きてからもぅ1年が経っていた。
哀愁漂うあの子が【私】に笑ってくれて、私は毎日が嬉しかった。
泣きそうだった日々が終わって、進級して……あの子は祥子に出会った。
祐巳も……祥子に一目惚れだったのだろうか。
スールの申し込みを実際に見ていたけれど、祐巳のパニックったらなかった。
自分が姉になるなんて信じられない様子で。祥子が妹になる事が信じられない様子で。
でも、今でもたまに思うのだ。
あの【私】は、本当に私だったのだろうか?
「あら?」
薔薇の館へ戻って来るが、祐巳が居なかった。
居なさい、と言った以上は帰ったりしていないと思うけれど、如何せん見当たらない。
居ないのだから仕方がない。探しに行かなければならない。
私は階段を降り、しかし降りたところで誰かに呼び止められた。
「蓉子さま?」
「え?」
振り返った先には倉庫の扉が。そしてそこから由乃ちゃんが覗いていた。
どうしてそんなところに?
そう思って足を向けて、私は心底納得した。
由乃ちゃん胸に抱かれて、祐巳が寝息を立てていたのだ。
「あらあら……」
「祐巳さま、泣きながら戻ってきて、それで会議室は人がいましたので…」
「由乃ちゃんが一緒に隠れてくれたのね。ありがとう」
「いいえ」
ズレないようにしっかり支えて眠らせてあげる由乃ちゃんに、私は感謝する。
こうして抱いてあげて、安心して眠る事が出来たのだから上々だ。
私は小柄な祐巳をおんぶした。
流石にお姫様抱っこでは無理がある。…ちょっと格好はつかないけれど。
「悪いけど、祐巳の家まで鞄を持ってきてくれないかしら?」
「いいですけど…送っていくんですか?」
「ええ。私の家じゃちょっと遠いし、祐巳のマンションの方が近いから」
「マンション?」
「知らない?祐巳はマンションで独り暮らししてるのよ」
「えーっ?」
小さな声だったけど、由乃ちゃんはとっても驚いた。
確かに、この生活力のなさそうな子が独り暮らしなんてやっているなんて心配の極みだけど。
私も最初知った時は「私の家で下宿しない?」なんて言い出してしまったものだ。
「あの……ご両親の方は?」
「……分からないわ。聞いてもはぐらかすし」
「…………」
とりあえず、帰りましょ。
私は由乃ちゃんにバスなどで手伝ってもらいながら祐巳の家へ向かった。
ちょっと恥ずかしかったけれど、まぁ仕方ない事だ。
前に一度来た、このマンション。
けれど無理に約束をこぎつけて来てからは、祐巳はあまり来させないようにしていた。
どうしてだか、あまりこのマンションには来て欲しくないらしい。
一度来て満足した私は、それからあまり触れないようにしてきたけれど、ちょっと罪悪感。
家が近かったからといって勝手に入っていいものか。
由乃ちゃんが祐巳の鞄から鍵を取り出し、自然な流れで開けてくれた。
相変わらず生活感のない部屋が、ただ広がっていた。
「うわ〜、こんなとこで独り暮らしなんだぁ〜」
「由乃ちゃん、そっちの寝室のドアを開けてくれる?」
「はーい」
いい加減疲れてきた。
しかし、意識のない人だというのに、思ったよりも随分軽い。
だから私でもここまで運んで来れたのだけど……なんだか不自然。
祐巳の寝室には、白いシーツのベットが1つ。
そして小さなテーブルに、所々に物が置いてあるだけの備え付けの本棚。
もっと少女趣味な何かとかが有ってもおかしくないのに、学校の教科書程度しかない。
これには由乃ちゃんも驚いたようだ。
「なんか……不思議な感じですね……」
「ええ…昔から何も変わってないのも、ちょっと驚きだわ」
転校生だったからだと思っていたけれど、これは徹底してるわよね。
私物という私物を置いていない。
私は祐巳をベットに寝かせると、蒲団を被せた。
これでいいはず。とりあえずは起きるまでここに居るつもりだけど。
「勝手で悪いけど、由乃ちゃん、お茶にしましょうか」
「いいですね」
由乃ちゃんは肝が据わっているから樂だ。
もしも令だったりしたら物を触っただけで怒られそうだし。
でも江利子みたいに傍若無人でもないから監視する必要もないし。
私は勝ってしったるなんとやら、キッチンで紅茶を入れる。
……………食器とか、ほとんど無いのだけど……。
起きたら聞いてみましょう。
「どうぞ」
「ありがとうございまーす。……ん、アールグレイ」
「当たり。」
由乃ちゃんは満足げに紅茶を飲む。
それから暫くは祐巳が起きるまでどう時間を潰そうかを考えた。
このまま由乃ちゃんと話していてもいいけれど、流石に帰らないといけないし。
私は電話でもしておけばいい。それに今日は家に誰もいない。好都合だ。
午後6時を回ったところで、とりあえず由乃ちゃんだけでも帰す事にした。
まだ残る、というか残りたい!という由乃ちゃんを帰し、私は祐巳の寝室へと向かった。
「………」
まだ目は覚めていない。
連れて来た時のまま寝息を立てていた。
私は枕元に膝をつけて、祐巳の寝顔を見つめる。
普段から仕草なんかは可愛らしいけれど、よく大人びた表情をする妹。
どれだけ満面の笑みを浮かべても、この子はいつもどこかで諦めている。
「……ねぇ、祐巳」
額を撫でると、薄っすらと汗を掻いていた。
辛いのか。けれどその寝顔はとてもあどけないものだった。
この子は考えている事がよく顔に出る。だけど思った事は絶対に顔に出さない。
百面相の裏には、どれだけの顔を隠しているのだろう。
「何を、そんなに怯えているの?」
祐巳は答えない。寝ているのだから仕方ないし、それは蓉子も知っている。
答えが無い事は分かっていても、どうしても、尋ねたくなるのである。
「私じゃ駄目かしら」
「……」
「私は、貴女を支えられないのかしらね」
「……」
祐巳は答えない。でもそれは寝ているからだけでなく、きっと、答えられない質問だから。
そんな事まで分かっているのに、どうしてこの子の悩みを理解してあげられないのか。
久しぶりにジレンマに陥った。
また暫くして、祐巳がゆっくりと目を開けた。
ここはどこ。そんな置いていかれたような表情をして、すぐに私を見つけた。
そして直ぐに状況の把握をする。咄嗟の事だからか、素直に表情にでた。
「お、お姉さま……?」
「勝手に入ってごめんなさいね」
「い、いえ、という事はやっぱりここ」
「貴女の家よ」
身体を起した祐巳は、自分の手を握ったり解いたりして、何かを確かめる。
時計を見たらもぅ19時になっていた。そろそろ晩御飯を作ったほうがよかったか。
そう聞くと、「いえ、私はお腹が空いてませんので」と答えた。
精神的にダメージを受けたからなのか、祐巳に食欲はないらしい。
しかしだからといって食べさせないなんて事が出来る筈もなく、私は料理に取り掛かる。
「え、あの、お姉さま、この家見たとおり何もないのですが……」
「フライパンくらいはあるでしょう?」
「………フライパン…あったかな……」
「ないの!?じゃぁどうして自炊できて……ないわよね、当然」
「あ、あはははは」
笑い事じゃなかった。
食器が少ないんじゃなくて調理道具自体が壊滅的だった。
というか炊飯器すらない。あるものと言えば、ポットと冷蔵庫だけ。
戸棚を開けてびっくりした。
「祐巳、貴女どうやった暮らしてきたの……?」
「あははははははは……」
キッチンに立つ私の後で、祐巳がまたしても乾いた笑い声をあげた。
冷蔵庫にはミネラルウォーターとジュース。………うん、飲み物くらいしか入ってない。
なんだか頭が痛くなってきた。
「それで、祐巳はご飯ってものをどうしてたの?」
「えー、あー、そのー」
「いつも持ってきてるお弁当。あれは手作りよね?」
「そうでしたっけー?」
「祐巳」
そこまで言いたくないのか、この子。
祐巳は私が少し怒った声を出すとすぐに正直になった。
素直なのは良いことだけど、私はそこまで怖いのかしらと不安になった。
「食事はですね……外で食べたり、買ってきたり……」
「電子レンジのない家で?」
「あ、温めてから持って帰って来る、かなぁ?」
「疑問系なのね」
まだ素直ではない。
ニッコリと力をいれて微笑むと、祐巳は強張らせて直立した。
……やっぱり、私って怖いのかしら。優しく接してきたつもりなのに。
祐巳は怒られる!という覚悟をした表情で捲くし立てた。
「朝は食べず、昼はお弁当を貰い、夜も食べてませんっ すみませんっ!」
「食べてない!?すみませんじゃないわよ!どういう事なの!?」
「しょ、食欲が如何せん無いのであります!」
「真面目に答えなさい!」
「すみません!これでも真面目なんです!」
祐巳は精一杯に私に訴えた。
けれど「食欲が無い」のくだりに嘘は見られなかったので、どうやら本当らしかった。
でもこれだけ必需品がないという事は、もはや【食べない】事が定着しているという事。
私は深い深い溜息を吐いた。
「もぅ……じゃぁ外に食べに行く?それとも出前でも取る?」
「いえ、私の事はお気になさらずに」
「するわよ」
これでよく毎日走り回ったりできているものだ。
と、祐巳の表情が変わった。真っ青な顔になって私の後を凝視している。
「?」
私が振り向こうとして、祐巳の両手で顔を固定。う、動けない。
い、一体後に何があるというの?
どこにそんな力があるのか…私は祐巳の手を握って、力を入れた。
「っ!」 「……」 無言の戦争。なんだか嫌に激しかった。
「あ、あのー、アウリエル7代目さま……?」
「ちょっと黙ってくれるかな?」
「は、はいっ!」
背後から声がした。しかし祐巳に言われて一瞬で黙った。
というか……なに?今アウリエルとかって言わなかったかしら、背後の子。
私は祐巳の手を力ずくで外す事に成功すると、後を振り返った。
「!」
背後には3対の羽を持った天使が、どことなく怯えたように立っていた。
そして私は理解した。
この子、祐巳が人間ではないという事を。
しかもアウリエルって言ったらあの四大天使の1人であり、乃梨子ちゃんの【お姉さま】じゃなかったかと。
様々な感情の入り混じった私が特別な笑みを作ると、祐巳がさがっていった。
「お、おね、お姉さま、えエ、笑顔がとても素敵なことに……」
「そう?それは良かったわ」
「ひぃぃ!」
とりあえず、説教から始めましょうか。
私がそう言うのと祐巳が泣きそうになるのはほぼ同時だった。
また私の中で、カチリ、という音がした。