【2682】 離れていく心  (さおだけ 2008-07-02 22:44:31)


進んだような進んでないような……けど時間の経過が必要だったんですよね。

祐巳編  【】 弐 【】
蓉子編  【】 弐 【】
祥子編  【No:2680】 弐 【】 
乃梨子編 【No:2672】 弐 【】
由乃編  【】

本編 【No:2663】→【No:2664】→【No:2665】→【No:2666】→【No:2668】→【No:2669】→【No:2673】
    →【No:2674】→【No:2675】→(【No:2676】)→【No:2679】→





  ■■ SIDE 由乃



蓉子さまの意識が回復して、祐巳さまが学校に来るようになった。
泊り込みで蓉子さまの看病に当たっていたから、学校で会うのは久しぶりだ。

どうしてだか分からないけれど、私はどっちかって言うと祥子や乃梨子より2年生の方が仲がいい。
勿論それは私に越したことではなくて、祥子だって祐巳さまの方が仲がいい。
乃梨子だって言わずもがなでしょ?
こう言うと不自然なんだけど、なんだか【馬が合う】って感じなのよね。
祥子も乃梨子もよく理解できないけど、祐巳さまや志摩子さまはちょっと違う。
こうした方がいいって、なんとなく分かってしまう。
ほんと、どうしてだろう?


「あ、祐巳さま」

「………ん、由乃さん」

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

ぼんやりした祐巳さまが、私に返事をする。
マリア様をじぃっと見つめて、祈ることもせずに足を止めていたその人。
私は不思議に思う。
いつもなら志摩子さま同様に長くお祈りする人なのに。
今日は生徒達が校舎に向かって去っていく中、取り残されたようにぼーっとしていた。

「どうかされたんですか?」

「ううん、なんでもないよ」

「祈らないんですか?」

「うん」

祐巳さまは祈らない。
私だって、別に祈ったら救われるだなんて思ってなんかない。
だけど、これは【習慣】であり【儀式】なのだ。
それを無視して【祈らない】?

私が疑問視していると、祐巳さまは困ったように笑って手を伸ばした。
手を握ろう。
心の声が聞こえた気がして、どうすればいいのかは分かった。
だけど突拍子もない行動についていけない。

「行こう」

「……は、はぁ」

「手は握りたくない?」

「いいえ、驚いただけです」

「そっか」

私は祐巳さまの手を握った。
周りから黄色い声が上がったりしたけれど、興味はなかった。
新聞部の人だって、【今】の祐巳さまの事は書かないだろう。
ああ、今日もいい天気だ。



  ■ ■ ■



蓉子さまの退院は文化祭直前辺りになるそうだった。
国に夢魔に襲われた形跡などを報告しなくてはならないらしく、時間がかかる、と。
蓉子さまはその間にアルバムなどを見て記憶探しに専念するそうな。

描写が面倒だから感想から行くけれど、体育祭はまずまずだった。
まぁ事件事故の類が多いし、力が入らないのは当然かとも思う。
薔薇さまは蓉子さまを気にしてぼんやりが多いし。
蕾は祐巳さまが中心になって、令ちゃんが走って志摩子さまが処理して。
私達蕾の妹は雑用の日々。
だけど祐巳さまがあんなに仕事が出来るなんて知らなかった。
いつも蓉子さまの補佐をしていたから気付かなかった。

けど結果的に。
紅薔薇の蓉子さまは居ない、祥子は祐巳さま問題で使えない。
白薔薇はミスが多い、蕾は姉を気にしてミスをして、その妹はパトロールで居ない。
黄薔薇は仕事放棄で使えない。
これでどうしろと!?

はっきり言って祐巳さまが居なかったら機能してないから。
本領発揮ってこういう時に使うものなのね。



  ■ ■ ■



体感温度的に丁度いいくらいの日が続いている。
なのに全くと言っても過言ではないくらい事態は進展していない。
蓉子さまは入院中。
祐巳さまはお仕事に専念中。
祥子は祐巳さまをチラチラ見ながら溜息の連発。
聖さまは最近蓉子さまの病院に入り浸り。
志摩子さまは銀杏を見ながらぼーっとしている。
乃梨子、前にもまして仕事をしてる。
凸、いつも黄昏てんのに最近は酷い。現実に帰れ。
令ちゃんは駄目ね。ビシっとなさいな。みっともない。
私、何ができると?

体育祭は祐巳さまのおかげで何とかなったけどさ、文化祭はどうなるやら。



部費だのクラス会計だのを小計する。
カチカチカチ……
それで合計を出してみる。
カチカチカチ……
合わない。
カチカチカチカチカチ……

「だぁー!合わん!どこで間違えた!?」

「うわっ……どうしたの?由乃」

「五月蝿い!小計の小計を出したのはお前か!?」

「ち、違うけど……」

私は室内を睨む。
いい加減にして欲しい。使えないから帰れ。邪魔だから使えないの帰れ!
……とか口に出せるわけもなく室内を睨むのだけど、どいつもこいつも聞いてない。
あはっははははは。
なんだかイライラしてきた。
進めよ。折角私が語り部してんだから、進めよ。
誰も私の愚痴なんて延々と聞きたかねぇだろ!?

「で、これ出したのだれ」

「えっと……祐巳じゃないかな?」

「お前もか!」

「ちょっと由乃、」

「シャラップ!」

あああ、祐巳さままで私の敵なのか……。
私の方を困ったように見ている祐巳さまの所まで行き、手元を覗き込む。
………………………ん?
祐巳さまの手元に電卓はない。だって1つしかない電卓を私が使ってるし。
4桁から5桁の計算を、この人は暗算でやってたのか?

「よ、由乃さん……?」

「祐巳さま、もしかして暗算でやってたんですか?」

「う、うん。ノリと勘でなんとか……」

「それで合ったら奇跡だよ!」

最初からヤル気なんて皆無だった。ええい全員帰れっ!
イライライラ……とまぁ暑くもないのに熱くなっていると、祐巳さまが苦笑した。
貴女が原因なのでは?祥子をなんとかしておくれよ。
祐巳さまは私を見て、口を開く。

「あはは、ごめんごめん。でも合ってるはずだから気にしないで」

「そんな勘で出した会計をどう信用しろと……」

「合計が合わないの、きっとどこかで足すのを忘れたからだよ」

「そんな事言われてもなぁ……」

まぁ、この人がそう言うならもう一度くらいやってみてもいいけどさ……。
とりあえずリトライして見るかな。

カチカチカチ……
カチカチカチカチカチ……
カチカチカチカチカチカチカチ……

「……………え、本当だ」

「でしょ?」

不適に笑う祐巳さま。でもなんで?
不思議に思って視線を向けると、苦笑しながら指で私の手元を指す。
そこには束ねられたさっきの書類が。

「数を捲る音が1つ足りなかったんだよね」

「祐巳さますごっ!?」

すげぇ。なんでそんなBGM聞いてるんだ……。
「あはは」なんて笑ってるけど、これってかなりのハイスキルだよね?
あ、あなどりがたしタヌキ面……。
ちょっと離れたところから、祐巳さまを観察していた祥子も驚いている。

「祥子さま、紅茶を淹れて欲しいな」

「あ、はい。お姉さま」

あっさり【尊敬】の流れを変える辺りも凄い。
紅茶を淹れる事に集中しはじめた祥子を見て、やっぱりタヌキの驚異を思う。
異口同音でも胸囲は意識しないよね。……そろそろ私も脱落かな。

「祥子〜、私もプリーズ……」

「分かったからだらけるのは止めなさい」

外来語とか日本語英語が増えたのはその兆候だったのかな。
私は机につっぷした。



  ■■ SIDE 乃梨子



天使だからって四六時中飛び回ってるとか、思ってたりする人はいるだろうか?
そんなわけないのである。そんなわけないのである!
そもそもこの夢魔とかが飛び回ってる中、羽の生えた天使が飛んでたら同一視されるわっ!
前に一回だけ人間に叫ばれたから学んだとかないからなっ!
だから私は歩いていた。
コンクリートに囲まれたこの道を、ただ徘徊していた。

こうして何かを考えながら夢魔の気配を探すのは嫌いではなかった。
考えても考え直しても、一向に答えが出ないのだから。
お姉さまが【どうなった】とか。
志摩子さんまで【どうなった】とか。
分からん。2人とも私姉だというのに分からん。だから困り果てる。
夢魔は禍々しいオーラを放ちながら空から落ちてくるので、ぼーっとしてても大体分かる。
お姉さまが「本体は冬に来るからね」なんて言うけど、本体って何だ。本体って。
それを具体的に聞いても、「忙しくなる」としか言わないし。
今でも忙しいけどね?

「乃梨子、お待ちなさい」

「はい?」

私は声を掛けられたから立ち止まる。
振り向いた向こうには誰も居なかった。幻聴だろうか?
しかし視界の下かたパタパタパタと現れるタヌキ。愛称ゴロリンが現れた。

「え?どうしたんですか?」

「祐巳は【私】を分離させたのよ。乃梨子を観察してって」

「観察て……」

監視の方がましな気がする。
そんな人を地球外生命体みたいに……。
ゴロリンは私を見て溜息を吐く。ゴロリンはお姉さまの力の集合体のくせに溜息が多い。

「乃梨子……1つだけ助言をあげる」

「? はい」

ゴロリンはまた深く溜息を吐いた。
私は「何か間違えたかな?」なんて思いながら言葉を待つ。
タヌーは唐突に真面目な顔(いや縫い包みだけど)になり、言う。

「祐巳は【私】を分離させたの」

「……さっき聞きませんでした?」

「馬鹿ね。意味を考えなさい」

「意味?」

助言をクイズ方式で出しても助言になるのかな?
ポポは言う。私は、認識した。

「【私】は祐巳の【心】の一部。私は種類違いの祐巳の感情なの。
 つまり祐巳が私を切り離したのは、【私】という【心】を制御する事ができなくなったから」

「―――!?」

「壊れるわよ。このまま祐巳が辿るのは、【根本的消滅】、でしょうね」

「…………っ!!」




何が、大丈夫だ。
全く駄目じゃないか、あの【お姉さま】は……!



私は走りだした。
でも、それは【お姉さま】の所へ行くためじゃない。
だってお姉さまには、私が言っても無駄だから。

私は走りだした。
あの、お姉さまの【大切な人】のところへ―――。



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