【2683】 ずっと側にいるから  (さおだけ 2008-07-03 11:49:25)


ポポは祐巳から自立していますので。

祐巳編  【】 弐 【】
蓉子編  【】 弐 【】
祥子編  【No:2680】 弐 【】
乃梨子編 【No:2672】 弐 【】
由乃編  【】

本編 【No:2663】→【No:2664】→【No:2665】→【No:2666】→【No:2668】→【No:2669】→【No:2673】
    →【No:2674】→【No:2675】→(【No:2676】)→【No:2679】→【No:2682】→【】







  ■■ SIDE ポポ



全く、どこで教育を間違えたのかしらね。
走っていく乃梨子を見ながら溜息を吐いた。
【私】の為に職務放棄を承知で走り出してくれたんだし、今日は多めに見ますか。
といっても【私】が祐巳の【中】に入っちゃえば融解して記憶を共有するんだけど。

それにしても祐巳も迂闊よねー。
いくら【私】が【貴女】だからって、同じ選択をするとは限らないのに。
【貴女】が独りで背負おうとしたもの、私が全て【貴女】に委ねると思ってるの?
答えはNoよね。
私は【貴女】みたいに感情的じゃないし、これでも【アウリエル】の顔役だもの。
【貴女】とは対抗して、私は理性的に行くわ。ふふ。

「仕方ないわねぇ」

【暇つぶし】に夢魔狩りでもするとしましょうか。
この縫い包みの姿でなんだけど、まぁ【見えなく】なればいいだけだし。
私は宙を舞う。

「いいわ、時期遅れの青春よね」

ふふ、やっぱり祐巳だって【お子ちゃま】なんだものね。
もぅそろそろ思春期やら反抗期は脱出しないと、後々大変だわ。
そういう私も【私】だけどさ。

でも、さっきの言葉が撤回しなくちゃいけないわよね。
乃梨子はしっかり育ってくれてるもの。
【大切な人】の為にしっかり行動に出られる、その行動力。
前世でどう過ちを犯したなんて知らないけど、やっぱり【人間】はそうでなきゃ。
天使は【臆病】だから。
前世の過ちを背負ったまま世紀単位で存在し続けるし。
さっさと転生すりゃいいのに。全くもぅ。

「でも愚かしいいのに、嫌いじゃないのよね」

だって、【人間】らしいじゃない。
私は微笑んだ。
うふふ、それにしても祐巳ったら傑作だわ。
【お姉さま】を取るために【前向き】を捨てるんだもの。

おわかりかしら?

【私】は【前向き】な精神。
しかも【お姉さま】を一番に見ているわけじゃないから、視野も広いしね。

「悩め悩め若人。そしてそろそろ成長しましょうか」

私は微笑む。
【人】は落ちるところまで落ちないと、【自分】が見えなくなる生き物じゃない?
せっかくここまで落ちたのなから、這い上がって、背長しましょう。

「ねぇ、【私】……?」








「………って、あらら。タイムアップじゃない」


あーあ。
私は手を握りしめた。
これじゃ乃梨子に任せて楽隠居、ってわけにもいかないのね。
どこまで邪魔をするのやら。疲れるわねぇ……




  ■■ SIDE 祥子



お姉さまに距離を感じて暫く。
私はそんな時間に慣れる事なく虚無感を感じていた。
どうしてお姉さまは私を妹にしようだなんて思ってくれたのだろう。
どうしてお姉さまはあんなに壊れたようにワラッテ居られるのだろう。
どうして私はお姉さまの妹なのに、お姉さまを理解できないのだろう。
そんな疑問が沸いて出てくる。
答えられる者なんていないのに。
考えずにはいられない。
だって、お姉さまは私の【大切な人】だから。

「祥子ォォ!!」

「はい!?」

突然、後のビスケットの扉が割れる勢いで開かれた。
それも淑女らしからぬ雄たけびと共に。
慌てて振り返ると、そこには肩で息をする乃梨子の姿が。

「五月蝿いわよ、乃梨子」

「うっさい!そんな状況じゃないっつの!」

「………?」

自然と眉間に皴が寄った。
そりゃまぁそうでしょう。そんな言葉遣いで叫び出すんだもの。
お姉さまが居たら笑うか何かするんでしょうけど、生憎【蓉子さまのお見舞い】に行かれたし。
乃梨子は荒い息で攻め立てられているように喋る。
これが噂に聞く【マシンガントーク】なのかしら?

「なによ」

「何じゃないっ!聞け、いいから聞け」

「聞いてるじゃない」

「祐巳お姉さまが壊れる」

「は?」

今貴女、お姉さまの事をなんて呼んだの?
眉間の皺が深くなる。
だけどどこかで冷静な自分が【祐巳お姉さま】と【壊れる】の言葉の意味を理解した。
お姉さまはもしかしたら乃梨子に姉だという【アウリエル】とかいう人なのかと思ったり。
でもただ混乱して志摩子さまと混ざったんじゃないかと思ったり。
【壊れる】と聞いてお姉さまの不適切に使われる笑顔を思い出したり。
でも実は天然だと思っていたのが壊れていたからなのかと思ったり。

「乃梨子、冷静に慎重に要点をまとめて言いなさい」

「え?…………ってそんな時間ないし!祐巳さまが死んじゃうんだって!」

「どういう事なの!?」

聞き逃せないキーワードで私が混乱した。
大切な説明は真剣にゆっくり話しましょうね。



  ■ ■ ■



乃梨子が言うのは、まずの大前提においてお姉さまが【天使】だという事。
しかも噂に聞く【アウリエル7代目】という凄いお方らしい。
あのタヌキの縫い包みが実はお姉さまの分身で、一心同体だとか。
あの子を連れ帰って一緒にお風呂とか入ったと思ったら赤面して鼻血が出そうになった。
ちょっと!聞いてないわよ!
お姉さまと思いも寄らないところで裸のお付き合いを……って私だけじゃない。
そういう事でもなくて、お姉さまってば!大切な事を黙っていたのね!
怒るわ!というか怒ってるわよ!

私は車を呼んで蓉子さまのいる病院まで飛んでいく。比喩だけど。
さっさと行かないと取替えしがつかなくなってしまうから。
移動時間、私は考える。
もしかして「ずっと一緒にはいられない」発言は【人間ではない】からなのか、とか。
あのお人よしの事だし、もしかして隠していた事への罪悪感があるんじゃないかとか。

「………ほんと、お人よしも大概にして欲しいわ」

お姉さまがどっかに【帰って】しまうと言うのなら、余計に時間を大切にしなければ。
こんな瑣末な事で時間を浪費するわけにはいかないのよ。

それにしても信号がうざったい。
今度学校から病院までの専用高速道路でも作ろうかしら。
学園の病人がすぐに搬送されるし、いいかもしれないわね。



  ■ ■ ■



「もしもし亀さん、お待ちなさい」

病院へ入ろうと駆け出した瞬間、制服の襟首をつかまれた。
一瞬首が絞まったものの、大事にはいたらない。
振り返った先にはあのタヌキの縫い包みが浮遊していた。

「あ、貴女ね……」

「駆け込み寺じゃないんだから落ち着きなさい」

「本望ですわっ」

「………、まぁいいけど、ここに祐巳はいないわよ?」

「なんですって!?」

私はタヌキに掴みかかる。
心底驚いた風な顔をしているタヌキは、私のありあまる握力で形を変えた。
しかも揺さぶりつきという拷問みたいな事をしながら。

「ちょ、落ち着きなさいって……、っ」

「説明なさい。どうして、お姉さまはいないの」

「どうしてって言われても、【仕事】が入ったからでしょう?」

「仕事?」

タヌキが私の手を振り払った。さりげなく辛かったようである。
私とはちょっと距離をあけた状態で見詰め合う。ボタンの眼だけど。

「予定が変わってきてるのよ。本体が来るから祐巳は出勤」

「意味分かりませんわよ?」

「まぁ分かるように言えば、祐巳は遠くに旅立ったから祥子は別の事をなさい、と」

「別って……今はお姉さまに会う事が先決でしょう?」

「どうかしら?」

「え?」

こら、もったいぶるなこのタヌキ。
お姉さまの分身だからってそろそろ精神的に疲れてきてるから殴るわよ。
タヌキは野生の本能でそれを感じ取ったらしい。
距離が開いた。

「会っても何を話すつもりなの?下手に祐巳を揺らすと壊れるわよ」

「それは………」

「なら先に蓉子さまをなんとかして」

「蓉子さま??」

話しが飛んだわ。
でもこのタヌキでも一応【さま】はつけるのね。

「記憶が戻らないと話しにならないもの。貴女もね」

「記憶って……」

「さて、私は祐巳が呼んでるからいかないと」

「行くって、お姉さまのところへ?」

「そりゃそうでしょ。祐巳は【私】だもの」

タヌキはニコリと笑うと、そのまま宙に浮かんで…消えた。
お姉さまよりさらに純粋そうなあの笑みが、私の背中を押す。
やっぱり、お姉さまはお姉さま。
困っているのなら、妹として、支えてあげなければ。

「…………でも、記憶なんて人為的に戻せるかしら?」

いきなり躓いた。



  ■■ SIDE ポポ



さて、祥子の方の助け舟は上々かしらね。

私は祐巳の呼んでいる方へ飛んでいく。
一度祥子には祐巳を大いに揺さぶって欲しかったのに、時間もないし。
事を急がせすぎたかしらね?
まぁ進まないで由乃の愚痴を聞いてるよりはマシよね。

私は飛ぶ。宙を舞う。
空にはどんよりした雲がやけに多く集まっている。
視界の端には天使がたまにうろうろしているし、本体は日本に落ちるようね。
よりによって日本。アウリエルがいるからラッキーと言えばラッキーだけど。

「………はぁ、果たして幾つが生き残れるやら」

さっさと祐巳と融合してしまおう。
どうせ私の記憶に目を通すほど余裕はないでしょうし。
さほど問題でもないでしょう。多分ね。

「疲れるわー。どれだけ自分に罪を科すのかしら、あの子」

疲れ果てたわー。
冬だし聖夜にでも来てくれればロマンチック、なんて思ってた分拍子抜け。
もっと空気読みなさいよ。ドラマチックに進展したいじゃない。

「ポポ」

「あら祐巳。迎えに来てくれたの?」

「まぁ半分くらいは」

「そう。じゃぁ行きましょうか」

「うん」

【私】のいない祐巳は子供のようだった。
手を繋いだところから、だんだん祐巳に吸収されるのが分かる。
私、客観的に見ても祐巳の事が好きだわ。
ナルシストじゃなくて、だって、こんなに無邪気な人間って珍しいじゃない。
無邪気ってより【馬鹿正直】か。

「じゃ、せいぜい頑張りなさいな」

「うん」

私は、消える。
祐巳と1つになるという、嫌いじゃない消え方で。



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