【2693】 負けられない気持ち  (若杉奈留美 2008-07-06 11:26:53)


「激闘!マナーの鉄娘」シリーズ。
【No:2644】→【No:2651】→【No:2653】→これ。

(第2戦・白き花びらたちの試練)

「さてここからは、白薔薇チームの戦いとなります!」

山百合会ご一行がやってきたのはとある和風の建物。
もともとは旧華族の別荘だった場所だが、今は結婚式場としても使われている。
隅々まで手入れの行き届いたみごとな日本庭園は、ほぼ東京ドームに匹敵する広さ。
建物も建てられた当時のままに残されており、まさに「古き良き日本」そのものである。

「ここで繰り広げられるのは、日本の伝統文化とお祭りにまつわる戦いです」

白薔薇チームは全員浴衣で正座している。
1人を除いて。

「あの…どうしても正座じゃなきゃだめっすか?足しびれちまって…」

彼女は正座が極めて苦手なのだ。

「すいません、足くずさせてください!もう限界っす!」

我慢できなくなり、とうとうあぐらをかいてしまった。
浴衣なのに。

(…ん?なんか視線が…)

そのかすかな違和感が、のちに涼子を苦しめることになるとは,
まるで予想もしていなかった。

「日本の伝統クイズ!」

多少声の震えた司会者のコールが響き、全員戦闘モードに入る。

「第1問!新潟県のある地域で、実際に行われているお祭りはどれでしょうか?

1番・婿縛り
2番・婿投げ
3番・婿あぶり

さあ、お答えください!」

ピンポーンといち早く押したのは真里菜。

「岡本さん、どうぞ!」
「3番です」

長い沈黙のあと、会場に響いたのはブーッという音。

「違うの!?」

思わず叫ぶ真里菜。
そのとき一瞬乃梨子の視線がきつくなったことに、全然気づかなかった。
次にボタンがこわれんばかりの勢いで押したのは。

「藤堂さん、どうぞ!」

次の瞬間志摩子が笑顔で涼子の方を見た。

(な、なんだ、あの威圧的な笑みは…!)

聖に勝てる自信は大ありだが、相手が志摩子では…。
涼子は心が萎えてくるのを感じた。

「2番です」
「正解!」

ちなみに婿投げとは、前の年に地域の女性と結婚した男性が、雪の中に投げられてしまう行事である。

「第2問!お中元を渡す時期として、正しいものはどれでしょうか?

1番・7月上旬〜8月上旬
2番・7月中旬〜8月中旬
3番・7月下旬〜8月下旬

さあ、お答えください!」

司会者が言い終わる前に、全員ものすごい速さでバンバンとボタンをたたき始めた。
ピンポーンという音とランプは、今度は純子の前で止まった。
しかし。

「えっ?お中元を渡す時期?」

その瞬間純子は頭が真っ白になり、パニックに陥ってしまった。
無情にも鳴り響くブザー音。

「はい時間切れ!次の方!」

(よし!チャンスだ!)

ピンポーン。

「これは…佐藤さんの方がわずかに早かったですね。さあお答えください!」
「1番!」
「正解!」
「ありえねぇ!」

予想もしていなかった展開に、涼子は思わず叫んだ。
聖に対する個人的なわだかまりがあるためか、どうしても負けを受け入れられない。

「小野寺さん、大声を出さないように」
「…すいません」

(礼儀の「れ」の字も知らなさそうな奴が…やっぱ俺、あいつ嫌いだー!)

その感情のせいで怒っている人がいることに、1人を除いて誰も気づかなかった。
もちろん涼子も、聖本人も。

「第3問!七夕飾りで実際に使われる麺類はどれでしょうか?

1番・冷麦
2番・そうめん
3番・春雨

さあ、お答えください!」

(これが最後のチャンス…!)

渾身の力をこめてボタンをたたいた。
ランプが光る。

「小野寺さん、どうぞ!」

涼子は絶叫した。

「2番!!」

一瞬にも永遠にも思える沈黙のあと。

「正解!」

思わずガッツポーズが出た涼子だが、そこに強烈な一撃が加わった。

「いい加減にしろよ!」
「…乃梨子さま…」

今まで沈黙を守っていた乃梨子が涼子の態度を見かねて言葉を発したのだ。
突然の大声に、視線が一斉に集まる。

「涼子ちゃん…さっきから見てたけど、何なの?
勝手にあぐらかいたり、聖さまが正解したときに大声出したり…
みんな正々堂々とルールに従って戦ってるのに、失礼だよ」
「そ、それは…」

思わぬところからの反撃に、涼子はたじろぐ。

「乃梨子、やめなさい」

志摩子が止めるが。

「志摩子さん、もう少しだけ言わせて。足がしびれてるのはみんな同じだよ。
でもみんな口にも顔にも出さずに我慢してた。
それはなんでだと思う?」
「…なんで、って言われても…」

息を吸い込んで、乃梨子は断言した。

「ここは戦いの場だからだよ」

圧倒されて言葉も出ない山百合会の面々。
乃梨子はなおも続けた。

「少なくともマナーやしきたりの知識を武器に戦うのなら、相手を尊重することも覚えなきゃいけない。
なぜならマナーとは『相手に対する尊敬や敬意を表す手段』なんだから。
多少苦しい思いもするかもしれないけど、自分ばかり押し通していたらこの社会では生きていけないよ。
ましてや聖さまへの個人的な恨みを持ち込むなんてもってのほかだ。
涼子ちゃんにとってこの勝負って何?ただの喧嘩?それとも真剣勝負?」

どう答えようか。
今ここで何を言っても言い訳にしか聞こえない。
胃がキリキリと絞られるような感覚を、涼子は味わった。
こんなに怒った乃梨子を、見たことがない。

「お、俺は…俺なりに、真剣、でした…」

ここで泣いたらいけない。
分かっているが、どうしても涙が止まらない。
やっとのことでその一言だけを絞り出した。

「それから真里菜。あんたも叫んでたよね?」
「…申し訳、ありません」
「あとでゆっくり話そうか」

真里菜はもう自力で立てず、その場に座り込んだ。
背中が心なしか震えているように見える。

「涼子ちゃんたちはとてもよく頑張ったと思うわ。
これでもう少し礼儀正しければ、もっと素晴らしい勝負になったかもしれないわね」

聖の顔を見て微笑む志摩子。

「そうだね。私は涼子ちゃんみたいなタイプ、結構好きだけど?」

次世代白薔薇チームにできたのは、その場にがっくりと膝をつくことだけ。
クイズの成績も、出場者としても心構えも、勝てるところは何一つなかった。

「優勝は旧世代チーム!」

司会者のコールと拍手が、むなしく響いた。


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