祐巳の章 【No:2692】(再会編) 【ここ】(過去編)
蓉子の章 【No:2687】(始り編) 【】
祥子の章 【No:2680】(再会編) 【No:2684】(過去編)
乃梨子の章 【No:2672】(始り編) 【】
由乃の章 【】
本編 【No:2663】→【No:2664】→【No:2665】→【No:2666】→【No:2668】→【No:2669】→【No:2673】
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【No:2686】
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
世界が紅に染まり、まるで感染するように私の心を染め上げていった。
どうしてこんな事になったのだろうか。
目の前には大切で大切で、とても大好きだった人転がっている。
血という液体をばら撒きながら、大切な人は自らの紅を誇張している。
「う、あ……」
声とも呼べないような、しゃがれた音が私の喉から発せられた。
何を言いたかったのか分からない。何を思ったのか分からない。
その時の私はただ、肉塊を眼に焼き付けた。
これは罪。
私が犯した間違いの、成れの果て。
私は無言で自分の首に手を掛けた。
血のついた手は、絞め様とした首を滑らせたけど、気にしない。
ただただ、私は死にたかった。
大切な人を殺してしまって、自分が生きているたなんて赦せなかった。
「く、ぅ………っ」
顔が鬱血してきた。
私はだんだん力の入らなくなってくる手を無理に動かし、自らを殺めた。
周りでは誰かが叫んでいる。何?聞こえない?
「やめて、■■■■!」
誰かの声。泣きそうな、悲痛な声。
私が最後に聞いたその声は、とても温かく私の心に、耳に浸透していった。
それから意識が途切れ、私の肉体は終焉を迎えた。
■■■■■ ■■■■■
ここは何処だろう。
白い世界で、私はまた眼を覚ました。
ここが何処なのか、皆目検討もつかなかったけれど、私は自分の犯した罪を憶えている。
青い信号機。悲鳴を上げる車。私を押す切羽詰った愛しい声。そして、終焉。
血でどす黒く染まっていた身体も手も、今では綺麗になっている。
そう。汚いのは、私自身。
「目が覚めたのね」
誰。私は声がした方へと目を向けた。
そこには3対の羽を持つ、黒髪を切りそろえた天使が微笑んでいた。
ああ、私は死んだのか。
天使を見て思いいたったのは、ただそれだけ。
ということは、この白い世界はあの世なのだろうか。
「天使……? 私のお迎えは、悪魔だと思ってたのに……」
「管轄というものがあるのよ、天使には」
「かんかつ……」
天使は私の前へ来てしゃがむと、私の身体に布を被せた。
羞恥心というものを欠落させてしまっていたけれど、私は裸だったのだった。
隠すものを隠すと、天使は私を見て微笑んだ。
「貴女の犯した罪は、3つ」
「みっつ……」
天使は私にむかって3本の指を立てた。
私はぼんやりと見ながら、オウムのように繰る返した。
「1つ目は、友人を自らの意思をもって殺したこと」
「ころした……」
そうだ。私は殺した。大切な人を。大切な存在を。
大切な人の血で染まった身体を思い浮かべた。鮮明に浮かび上がる光景。
「2つ目は、友人の声に耳を傾けなかったこと」
「こえ……」
ああ、そういえば何か聞こえた気がする。
誰だっただろう。思い出すだけで涙の出そうな、悲しい叫び。
「最後、これが一番重い罪。自分を殺めたこと」
「…………」
天使は真剣な顔で、私を見つめた。
ぼんやりとしていて、話しを聞いていないとでも思われたのだろうか。
けれど本気で理解しているかといえば、YESとは答えられない。
寝起きのような、まだまどろみに浮かされている感覚が拭えないのだ。
「貴女は、これから罪を償わなければならない」
天使はここからが本題だと、私の肩に手を添えた。
殺すなら殺せ。罰ならいくつでも甘んじよう。それであの人が救われるのなら。
私は眼を閉じた。だが、
「私の妹になりなさい。そうしたら、罪の償い方を教えてあげる」
私は驚き。私は躊躇い。そして、―――頷いた。
天使は優しく微笑んで、私を抱きしめた。
それから私は、罪を償うために、この世界へ貢献する存在になった。
■ ■ ■
いつの間にやら、私の背中には黒い1対の羽がついていた。
お姉さまがなにやら呪文のようなものを唱えると、その直後にはついていた。
自分の意思で動く、黒い悪魔のような羽。
「悪魔……」
私なんて、悪魔で十分だったのに。
あのお姉さまのように白い翼を身につける時が来るのだろうか。
【お姉さま】
私のお姉さまは祥子さまだけだったはずなのに。
私が殺してしまった。私が、この身体で。
頭が痛い。
ああ、このまま割れてしまえばいいのに。
どうして私がここに【存在】していて、祥子さまがいないのだろう。
死にたい。消えたい。生まれてきてごめんなさい。
私の頭の中では同じ言葉がずっと巡っていた。
「祐巳」
声が、聞こえた。
私がベッドにうつ伏せになっている所に、あのお姉さまが来たのだろう。
何か【あうりえる】とか、そんな称号を持つ偉い人だった。
本当は手伝わなければならない。
でも、身体が動かない。
お姉さまは優しく微笑んで、私の隣に座った。
「紅茶でも飲む?」
「…………いりません」
「そう?実際に飲むわけじゃないけど、美味しいわよ」
「……………………なにも、いらない」
放っておいて。
お姉さまは溜息を吐くと、私の顔を覗きこむ。
枕に顔を埋めていたけれど、なんとなく分かった。
「貴女は私の妹だもの。放っておけるわけないでしょ」
「―――っ ……私は、祥子さまの妹です……っ」
「そう」
お姉さまは反論しない。
ただ頷いて、私の頭を撫でてくれた。
本当に物体があるわけじゃないのに、その手は温かくて。
だんだん目に涙が溜まってくるのが分かった。
けど、このまま泣いてしまうのは、【紅薔薇】として情けなくて。
私は顔を上げた。
「ん?」
「………貴女は、」
「なぁに?」
天使が、今の私のお姉さまは私の頬を伝う涙を手で拭ってくれる。
その優しさが、今の私にはとても辛かった。
「私の、………【お姉さま】、なんですか……?」
滑稽な事を聞いたと思った。
質問した意図も意味も分からないような、そんな馬鹿げた質問。
だけどこの天使は、とても【嬉しそう】に微笑んだのだ。
「当然でしょう?前世は前世。そして今、貴女は私の妹なのよ」
私は泣き喚く。
ごめんなさい。ごめんなさい。謝罪を繰り返しながら。
お姉さまはただ優しく抱いていてくれた。
慰めなんていらない。だって私が祥子お姉さまを殺したのは真実なのだから。
無言の優しさが私の中に浸透していって、私は雨を降らせる。
ありがとう。
貴女の不出来な妹は、まだ生きていようと思います。
殺してしまってごめんなさい。
でも、罪を償う間だけ、ほんの少しの間だけ、私に生をお許しください。