【2709】 もこもこしてたりする柔らかくてびっくりわっか的ビデオ  (MK 2008-07-16 18:57:22)


 作者より:この作品はホラーかも知れません。あと今回「感動だ」ボタンは「怖かった」ボタンの代わりとしてお使い下さい。



「呪いのビデオって本当にあるんですってよ」
「あるんですってね。恐ろしいですわ」
「本当に恐ろしいですわ。でも私たちはマリア様が見ていて下さいますから」
「下さいますから大丈夫ですわ。でも気をつけていないと」
「気をつけていないと、見てしまうこともあるのですわ」
「あるのですわ。天は自ら助ける者を助くですわ」
「それにしても怖いですわね」
「怖いですわ」

「…呪いのビデオ?」
 私は二人のクラスメイトが夕方の教室前で、うわさ話を話して通り過ぎるのを見送ると、そう呟いた。

 ドラマや小説のいわゆる物語の中では、事件が唐突に起こることがままある。
 しかし、気付いていない、または描かれていないだけで、事件の前兆は確かにある。
 その前兆が数秒前、数分前だったりすれば、それはもう前兆ではないかも知れない。
 けれども、数日前、数週間前から前兆が起こっているならば、それに気付かない当事者達が間抜けだったと言えるかも知れない。
 そしてその時、私は確実にその間抜け、だった。



「由乃さまは今日もいらしていないんですか?祐巳さま」
「うん、今日も休みだったよ。インフルエンザかなあ」
「インフルエンザの時期はもう過ぎたと思いますけれど。お姉さま」
「そうなんだよねえ。どうしたんだろ。みんなと同じなのは嫌だから時期外れにひいたとか?」
「お姉さま、真面目に考えて下さい。ただでさえ仕事が進まないのですから」
 薔薇の館で待っていたのは、紅薔薇のつぼみである、祐巳さまとその妹の瞳子の二人だけだった。
 話のタネになっているのは、黄薔薇のつぼみ、由乃さま。
 半年くらい前までは時折休むことがあったが、今ではほとんど休まない。
 その由乃さまが四日前からずっと休んでいる。
 心配した祐巳さまが電話をかけた所、しばらく休むことになりそうだけれど心配しないで、と言われたらしい。

「そう言えば乃梨子ちゃん、志摩子さんは?私、今日は見かけなかったけど」
「それが、教室に行ったところ、今日は休みだそうです」
 そう、私のお姉さまである志摩子さんも今日は休み。
 おかげで今日はやる気が…など言っているとお姉さまに怒られそうだけれど。

「志摩子さんも休みかあ。じゃあ仕事も進みそうにないし、今日は解散にしようか」
「そうですね」
「それでは、お姉さま。お先に失礼します」
「あ、演劇の練習があるんだったっけ」
「はい。ではまた明日」
「またね、瞳子」
 解散、と言われるや否や、そそくさと出て行く瞳子。
 別段、素っ気ないとか仲が悪いと言うわけではなく、次の演劇で良いところをお姉さまに見せたい、といった気持ちがばればれだったりする。
 その証拠に、私がこの部屋に入ってきた時、この部屋の空気ってピンク色だったっけ、と思ったくらいである。



 こうして、今日の帰り道は祐巳さまと二人になった、と思っていたけれど、それは長く続くものでは無かった。

「あ、祐巳さん」
「あ、桂さん。どうしたの、そのダンボール」
「あ、これね。ビデオテープ整理任されて」
 薔薇の館を出て、程なくしてバッタリ会ったのは、祐巳さまのお友達で、お姉さまのクラスメイトである、テニス部の桂さまであった。

「テニス部ってビデオも使ってるの?」
「そりゃ使ってるわよ、試合とか練習のビデオを撮って、フォームの確認とか弱点の研究とかにね」
「それにしても多いんじゃない?一人だと、その量って」
「まあ、今日一日で全部って訳じゃないし。それより祐巳さん、今帰りなの」
「うん、由乃さんも志摩子さんもお休みだと、やれる仕事が少なくて」
「あ、志摩子さん、お休みだったっけ」
 私に教室前で、休みだと伝えて下さったのは、桂さまだったと思いますが。
「重そうだね。手伝うよ」
「あ、いいの?ありがとう」
 さすがにダンボール二箱と機材はどうかと思います。というかいじめ?二年生なのに…。

 私も時間が空いている、ということで三人でダンボールを運ぶこととなった。
 先程の私の疑問は、行く途中で桂さまの話で答えが明らかとなった。
「普段はマネージャーの仕事なんだけどね。今日は、というか最近休んでいる人が多くて人手不足なのよ。これらは最近の試合記録とかが多いから、自分が買って出たって訳。まあ、最近ちょっと調子悪くてねえ。えへへへ」
「へえ、桂さん試合出てたんだ」
「突っ込むところはそこ〜?」

 などと話している間に、着いた先は視聴覚教室。
 大きなスクリーンを見る教室みたいな所の他に、ビデオデッキとテレビが三台ずつ置いてある部屋がある。今回使うのは後者の方だった。
「あ、それはそっちに置いてね。ありがとう祐巳さん、乃梨子ちゃん」
「あ、いいっていいって。それより、少しだけ見てっていい?」
「いいよ。というか、内容確認だけ少し手伝って」
「はーい」
 桂さまの話によると、ラベルが剥がれたり、付け忘れでいくつか内容が分からないものが混じっているとか。今日はそれらの整理を先にやるらしい。

『○○年○月○日。対N高校。シングルス2。加藤静 対 谷澤春菜』
 ビデオの試合前のナレーションは、その試合の対戦内容だった。
 試合内容は早送りで飛ばし、試合前のナレーションをノートにとっていく桂さま。
 私たちもそれに習って、他の二台での記録を手伝い始めた。
 そんな中…。

「あれ、これ何だろう。猫?」
 唐突に疑問の声が上がった。
 声の聞こえた方を見ると、祐巳さまが見ていたテレビに猫が映っていた。
「祐巳さん、そのビデオって、この中にあったの?」
「そうだよ。ラベル無かったから見始めたら猫の映像が出てきたの」
「おかしいなあ、試合以外で部員以外を撮ってるなんて」
 映っているのは、どこかの林の中だろうか。
 落ち葉が積もっており、その上にもこもこしている白い子猫の姿があった。
「部員の私用ビデオかな」
「もこもこしてて可愛いね」
「どこの林なんでしょうか」
 そう言いながら、私は、普通一度は整理してあるはずのテニス部のビデオにこんなものが混ざるものかな、と少しばかり気になっていた。

「あ、場面変わった」
「どこかの道路脇みたいだね」
 今度は場面が変わり、アスファルトの地面とコンクリートの壁の様なものの前に、やはり白い子猫がごろ寝している映像が映った。
「可愛いのはいいんだけど、テニス部のじゃなさそうだし、他のも見ないといけないから、これは別にしておくね」
 そう言って祐巳さまはリモコンの停止ボタンを押した。

 ピッ。
「…あれ?」
 ピッ。ピッ。
「あれ?あれ?」
 しかし、ボタンを何度か押してもビデオは流れ続けていた。
「リモコンの電池切れたかな?」
 そう言って今度は桂さまが横から、デッキの停止ボタンに手を伸ばした。

 カチッ。
「…あれ?」
 カチッ。カチッ。
「あ、あれ?」
 何度ボタンを押しても流れ続ける映像。
 またもや場面が変わり、今度は古く長い木造の校舎の廊下のような場所が映し出された。
 しかし、今度は猫の姿は無く、視点は低く撮られているようだった。

「な、何これ」
 今度はテレビのスイッチを押す桂さま。
 消えるテレビの映像、と思いきや変わらずテレビには木造の廊下が映っている。
 いや、変わらずではなく、廊下を進んでいる映像だった。

「な、何で消えないのっ」
 祐巳さまは半ばパニックになりながら、コンセントを探し出し、プラグを引き抜いた。

 ブゥゥゥン。
 音を立てて消える二台の映像。
 そう、消えたのは、先程まで桂さまと私の見ていたテレビだけだった。

「「な、なんで…」」

 私は、というとテレビの映像から目が離せずにいた。顔や手のひらに汗をかいているのが自分でも分かる。
 私は先程のクラスメイトの会話を思い出していた。確かに、最近はどのクラスでも三名から多いクラスでは八名くらい休んでいた。
 それがまさかソレのせいだとは思いつきもしなかった。

『呪いのビデオって本当にあるんですってよ』
 次の瞬間、テレビの中の視点が変わり、天井を映し出していた。

「「「………!!」」」
 人は本当に悲しい時、涙が出てこないと言う。
 ああ、本当に怖い時は悲鳴すら出てこないんだなあ、と私は頭の片隅で考えていた。

 そこには赤い文字で、こう、書かれていた。

『五日後に呪いが降り掛かる 解くカギはビデオの中に』



 あと五日。


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