【No:2730】からの続きです。
「 取材班カモーン!! 」
そう言って由乃が引き寄せたロープの先には、七三と眼鏡・・・ 新聞部の山口真美と、写真部の武島蔦子が縛られていた……って、これは誘拐と言わないだろうか?
見れば、腰にロープをくくり付けてここまで連れてこられたと思しき二人は、何が起きたのか分からないような驚いた顔をしていた。これは明らかに由乃が強引に連れて来た証拠だろう。
「 取材班? 真美さんと蔦子さんが? 」
志摩子が由乃に確認するように聞くと、由乃は「 そうよ! 」と強く言い切った。
「 …どう見てもロープに縛られて無理矢理連れてこられたようにしか見えないのですが、お二人は本当に取材の話しをお引き受けになったのですか? 」
乃梨子はとりあえず、由乃以外の全員が思っていたことを聞いてみた。
「 由乃さんに“かわら版のネタをあげるから来なさい!”って、半ば無理矢理連れてこられたし、本当なら、卒業式の特集号で今年度の瓦版は終わりだったんだけど… まあ、号外という形でなら、かわら版を出せないことも… 」
「 ………“雪に濡れた美少女たちの姿が撮れるわよ! 蔦子さん、そういう微妙にエロいの好きでしょう!?”とか失礼なこと言われたんだけど… まあ、山百合会の雪合戦なんてレアな写真が撮れるのなら… 」
乃梨子の問いに、不満はあるものの、このテンションの由乃に何を言っても聞きやしないということを身を持って嫌というほど体験したのであろう二人は、不承不承ながらも取材班の話しに同意を示した。
この二人にはもう、天災にでも巻き込まれたと思って諦めてもらうしか無いだろう。
真美と蔦子の同意を(実は今初めて)得て、由乃はニンマリと笑う。
「 公式ルールだと1チーム7人なんだけど、まあ私たちと取材班を合わせて8人になるから、1チーム4人づつでも何とかなるでしょ! 」
『 え!? 私たちもやるの!? 』
由乃のセリフに、驚いた顔で聞き返す取材班の二人。
どうやらこれは初耳だったようだ。
「 ちょっと由乃さん! そんな話しは聞いてないわよ! 」
「 カメラが濡れるかも知れないから、参加は勘弁して欲しいんだけど… 」
当然、由乃に不満をブチまける取材班だったが…
「 真美さん。現場に身を置かないと、臨場感のあるリポートなんか書けないんじゃないの? 」
「 う… 」
「 蔦子さん。遠くからよりも、至近距離からのほうが良い表情を撮れるんじゃないの? 」
「 む… 」
先ほどロープにくくり付けて二人を引っ張ってきた“犯罪じみた強引さ”は何処へいったのか、急に理論的に説得する由乃。
予想外に正論を言われ、取材班二人も黙らざるを得なかった。
「 さあ、人数も揃ったことだし、さっそく外に出て始めるわよ! 」
もはや由乃の中では、戦闘開始のゴングが打ち鳴らされているようだが、実はまだ、山百合会のメンバーは誰も雪合戦を「やる」とは言ってないのだが…
それに、由乃のセリフから、またまた疑問が一つ湧いて出ていた。
その疑問を、乃梨子が由乃に問いただす。
「 由乃さま。先ほど“私たちと取材班を合わせて8人”とおっしゃいましたけど、一人足りないのでは? 」
今この場にいるのは、紅薔薇家が二人、白薔薇家が二人、取材班が二人で、そこに由乃を足すと、7人のはずである。
だが、乃梨子の疑問を聞いた由乃は、何故か嬉しそうだった。
「 実は菜々が来るのよ! 」
「 菜々さんて… 中等部の有馬菜々さんですか? 」
「 そのとーり! 」
無駄にハイテンションで答える由乃。
「 菜々が“由乃さま、今日はせっかく雪が積もっているのですから、雪合戦でもしませんか?”って言うんだもの! 」
どうやら由乃が急に雪合戦をやろうなどと言い出したのは、菜々にそそのかされたからのようだ。
「 え? それは今日言われたんですか? 」
ふと疑問を持った瞳子が由乃にたずねる。
「 そうだけど? さっき掃除の時間にゴミ出しに焼却炉に行った時にね。雪の中を駆け寄ってきた菜々の赤い頬がまた可愛らしくて・・・ 」
「 いえ、そんな聞きたくも無い甘ったるい余計な描写はいりませんが・・・ 」
「 聞きたくもないとは何よ! 」
瞳子の突っ込みに由乃が噛みつくが、瞳子の疑問はまだ解消していない。
「 …菜々さんて確か、中等部の3年生でしたよね? あちらも卒業式は終わっているはずですが、何故リリアンに登校しているのですか? 」
「 いやぁね、そんなの私と雪合戦したかったからに決まってるじゃない! 恥ずかしいこと言わせないでよ! 」
由乃は何故か照れながらそう言うが、肝心なのはそこじゃない。
どうやら有馬菜々嬢、由乃と雪合戦をしたいがためだけに、卒業式を終えた身でありながら、わざわざ自主的に登校してきたらしい。
雪合戦がやりたいなら、自宅ででもすれば良いものを、周りをきっちり巻き込むあたり、姉妹(予定)揃って実にはた迷惑な二人である。
一人で浮かれている由乃を見て、乃梨子は「 そういうことに私たちを巻き込まないで下さい 」とか「 その行動力を普段から発揮してくれていれば、卒業式の準備とかで私や瞳子も少しは楽ができたはずなんですが。いや、恨んでは… いますけど 」などと思ったりしていたが、もちろん顔には出さなかった。
この騒ぎが、由乃が菜々のお願いに応えるためのものだと知り、一同の視線が冷やかなモノになっているのだが、由乃はまるで気付いてないようで、先ほど自分で言っていた「雪合戦のお誘いに来た菜々」の様子でも思い出しているらしく、一人ニヤニヤと緩んだ顔をするばかりだ。
由乃の説明で、山百合会の一同も“8人目”の存在には納得したのだが、“8人目”の名前に、今度は別の不安が出てくる。
紅薔薇家と白薔薇家の視線が、自然と真美と蔦子に集中する。
「 あ… 」
菜々と遊べることに浮かれて、取材班の存在を忘れていた由乃も二人を見る。
“8人目”の有馬菜々嬢は、「由乃の妹候補」だったりするし、何よりも、まだ高等部の生徒では無いので、この雪合戦に参加しても良いのか微妙な存在だったりもするのだ。
「 えっと… 真美さん、蔦子さん、“8人目”のことなんだけど… 」”
気まずそうに切り出す由乃と山百合会全員の視線を受けて、取材班の二人はお互いの顔を見合せた後、こう答えた。
「 …菜々さんのことは知ってるけど、記事にするつもりは無いから 」
「 私の写真は、本人の承諾が無ければ公開しないって知っているでしょう? 」
どうやら有馬菜々嬢の存在については、非公開にしてくれるということのようだ。
取材班二人のセリフに、ほっとする一同。
「 キャー!! 良かった! さすが真美さんと蔦子さん、話しが分かるね! 」
喜びのあまり、隣にいた真美に思わず抱きつく由乃
「 ちょ、ちょっと由乃さん… 」
いきなり抱きつかれ、少し頬の赤くなる真美。
そんな彼女たちの顔を…
『カシャ!』
「 あっ!? つ、蔦子さん、まさか今の撮ったの!? 」
「 え? あ、うん。由乃さんが良い笑顔だったんで思わず・・・ 」
強い調子で真美に問い詰められ、少し腰の引ける蔦子。
由乃に抱きつかれた瞬間を撮られたのが恥ずかしいだけにしては、真美の様子が少しおかしい。
「 ふ、フィルムを出しなさい! 」
「 はい? 」
「 今のを日出美に見られたら… フィルム出せー!! 」
「 ま、真美さん!? ちょっと落ち着いて! 」
いきなりカメラを奪おうと蔦子に襲いかかる真美に驚き、全力で止めに入る山百合会一同。
真美の反応を見るに、どうやら高知日出美嬢、かなりのお姉さま大好きっ娘であるうえに、とても嫉妬深い性格なようだ。
しばらく揉み合って(エロい意味ではなく)いた一同だったが、蔦子が現像したネガを真美に渡すということで話しが落ち着いたらしく、ようやく真美もおとなしくなった。
「 絶対に、絶対に日出美に見せちゃダメだからね!! 絶対だからね!! 」
おとなしくはなったものの、やたらと強く念を押す真美。
…本当に、姉妹には色々な形があるようだ。
真美の不安の種も一応解消したところで、由乃は改めてみんなに宣言する。
「 さあ! 人数も揃ったし、余計なことで騒いでないで、さっそく外へ出るわよ! 菜々も待ってるんだから!!」
一刻も早く菜々に逢いたいのか、「余計な騒ぎ」の元凶のクセに、そう言って一同を急かす由乃。
だが、そう事は上手く運ばないようで…
「 寒いからやだ 」
そう言って、断固拒否の態勢を見せたのは、祐巳だった。
…もしかしたら、先ほどの“アホの子扱い”を根に持ったのかも知れない。
「 わざわざ外に出て寒い思いをするよりも、ここで瞳子の淹れてくれた美味しいカフェオレ飲んでるほうが良いもん! 」
テーブルの上にぺっとりと上半身を横たえ、一歩も動かないといった構えを見せる祐巳。
もちろん、祐巳がそう言うならば、瞳子にも動く気はさらさら無い訳で。
「 し、仕方ありませんね、お姉さまがそこまで言うのなら、カフェオレのおかわりを淹れてあげてもいいですわ 」
などと、ニヤケる口元を隠しきれない表情で応じるのであった。
そして、他のメンバーもどちらかというと祐巳に同意したいらしく、無言で由乃の出かたをうかがっていた。
なかなか席を立たない一同にキレるかと思われた由乃だが、意外にも冷静にニヤリと笑うと、祐巳に語りかけた。
「 ねえ祐巳さん 」
「 ヤなものは、ヤ! 」
幼児化した祐巳のセリフにも、由乃は動じずに説得を続ける。
「 菜々が“雪合戦で冷えた体にはコレですよね”って、缶入りのお汁粉を保温バッグに入れて差し入れてくれたんだけど… 」
その直後、一同は信じられないモノを目にする。
お汁粉という単語を聞いた瞬間、今までへろ〜んとテーブルの上に身を投げ出していたはずの祐巳の目が光ったかと思うと、一瞬(0,1秒)で立ち上がり、壁際に掛けられていたコートと手袋を装着(0,3秒)すると、神速でビスケット扉の前に移動(0,2秒)したのだ。
「 ほらほら! みんな早く準備して! 」
あまりの変わり身の早さに驚く一同を尻目に、俄然テンションの上がる祐巳。
その横では、缶入り汁粉で見事子狸の一本釣りに成功した由乃が、満足そうにふんぞり返っていた。
「 さあ瞳子! お汁粉… じゃない、雪合戦するよ! 」
そう言って自分の手を引く姉の手を、瞳子が振り払えるはずも無く。
こうして由乃は、缶入り汁粉というアイテムを餌に、紅薔薇姉妹を仲間に引き入れたのだった。
恐るべし黄薔薇さま。…いや、本当に恐ろしいのは、中等部にいるにもかかわらず、祐巳が食いついてくる“缶入り汁粉”というアイテムを知っていた、菜々のほうだろうか。
見事黄薔薇姉妹(予定)の策略にハマり、今にもビスケット扉をくぐり抜けそうな紅薔薇姉妹だったが、白薔薇姉妹の方はまだ、相変わらずのローテンションで椅子に座っていた。
「 ……雪合戦なんかして、万が一にも風邪なんかひいたら、入学式とか新年度の行事の準備にも影響がでますし… 」
このままでは「 良いから来なさいよ! 」とか、力技で雪合戦に強制参加させられそうだなと思いながらも、とりあえず論理的に参加拒否をしてみる乃梨子。
しかし、今日の由乃は一味違っていた。
「 ねえ乃梨子ちゃん 」
「 なんですか? 」
「 今日はね、剣道部がお休みなのよ。雪が積もってて、交通機関にも影響が出るかも知れないから… 」
「 だったら尚のこと早く帰りましょうよ 」
交通機関の乱れという話題を元に、何とか雪合戦を中止のほうへと話しを持ってゆきたい乃梨子。
普段の由乃ならば、この辺りでキレそうなものだが、何故か今日の由乃は余裕綽々だった。
「 まあ話しは最後まで聞きなさいって。剣道部に限らず、ほとんどの部活動は今日、お休みみたいなのよ 」
「 …それが何か? 」
相手の話しの要点が見えず、乃梨子が問い返すと、由乃はここで切り札を切った。
「 部活動が無いってことは、武道館も空いてるってことよ。…で、私は雪合戦でみんなが風邪でもひいたらいけないからと、武道館のシャワーを使う許可ももらってきたのよ 」
そう言って、武道館の扉の鍵をしゃらりと見せる由乃。
「 ……シャワー 」
その単語に、激しく反応する乃梨子。
そして由乃はトドメの一言。
「 みんなで浴びるシャワーは気持ち良いでしょうね〜 」
「 みんなで浴びるシャワー… 」
この瞬間、乃梨子の脳裏に浮かんでいたのは当然、最愛の姉の姿。
しかも全裸(想像図)
「 さあ!外に出ようか志摩子さん!! 」
白薔薇のつぼみ、「みんなでシャワー」のお誘いに陥落。
この時、乃梨子の脳内は「志摩子さんのぱんつは何色だろう?」という疑問でいっぱいだった。
「 え? の、乃梨子は雪合戦がやりたいの? 」
先ほどまで参加を渋っていたはずの乃梨子が急に張り切りだしたので、困惑する志摩子。
「 何事も経験だよ! やってみないとその物の良さは分からないよ! 」
「 そ、そうかしら… それはそうと乃梨子、鼻血が出てるわよ? 」
「 大丈夫!! 」
「 いえ、何が大丈夫なのか分からないのだけど… 」
「 さあ志摩子さん! 一緒にシャ… 雪合戦をしよう!! 」
意味不明な自信と勢いに満ち溢れた乃梨子に、志摩子はしばらくどうしたものかと考えていたが…
「 ええと… 乃梨子がそこまで言うのなら、やりましょうか 」
なんだかんだ言っても妹が可愛い白薔薇さまは、雪合戦への参加を決意したのだった。
だが、見事に紅薔薇さまと白薔薇のつぼみを一本釣りに成功したはずの由乃は、何故か少し不満そうな顔をしていて…
「 ……ここまで菜々の言うとおりに事が運ぶと、なんか逆につまんないわね 」
「 何か言いましたか? 由乃さま 」
「 ううん、何でもない。 …乃梨子ちゃん、鼻血拭いたら? 」
どうやら白薔薇のつぼみ一本釣り計画も、有馬菜々嬢の策略だったようである。
隣で由乃のつぶやきを聞いていた取材班の二人は、山百合会全員の参加が決まり、成り行きで自分たちも雪合戦に参加せざるを得ないことになったのに加え、来年度の黄薔薇姉妹の巻き起こす騒動が目に浮かぶようで、盛大なため息を吐くのだった。
「 さて、それじゃあ外へ移動しましょうか! 」
『 おー!』
テンションの高いのは由乃と祐巳と乃梨子だけだったが、とりあえず一同は雪合戦をするべく、外への移動を開始したのだった。