【No:2731】からの続きです。
…今度こそ後編です。
「 ふ〜んふふ〜んふふ〜♪ 」
全員で移動中、よほど菜々と雪合戦できるのが嬉しいのか、鼻歌など歌いながら、わざと道から外れた新雪の中をザックザックと進む由乃。
そんな由乃を見て、蔦子は妙な既視感を覚える。
( 何だろう? 由乃さんの行動に見覚えがあるような… )
しばらく考えた後に、蔦子は既視感の原因に思い当たる。
( …ああ、初等部の時、同年代の親戚の男の子が雪の中をあんな感じでザクザク突き進んでたっけ )
蔦子の感じたとおり、今の由乃の行動は、正に小学生男子そのものだ。
( あんなハイな感じで調子に乗ってると確か… )
ふと、由乃の行動の先が読めたかのような感覚に蔦子が陥ると…
「 ふ〜んふふ… おわっ?! 」
( そうそう、あんな風に何かにつまづいて転ぶのよね )
予想どおりにコケた由乃に、思わずウンウンとうなずく蔦子。
( でも、あんな感じのテンションの人って… )
「 あっはっはっ! コケちゃったわ! 」
( …ああやって、失敗しても何故かめげないのよね。…って、本当に小さい頃に見た男子の行動そのものじゃない )
あまりにも懐かしさを感じさせる由乃の行動に、さすがに呆れる蔦子だった。
「 ところで由乃さん、何処まで行くのよ? 」
楽しそうに歩き続ける由乃を見て、本当に目的地に向っているのか不安を覚えたらしく、目的地をたずねる真美。
新雪の中を進みながら、質問に答えようと由乃が振り向き…
「 ああ、それは… 」
「 お汁粉のある所だよね! 」
「 シャワールームですよね! 」
答える前に、テンションの上がり過ぎた祐巳と乃梨子に邪魔をされた。
「 …それは雪合戦が終わった後だから。落ち着きなさいよ二人とも 」
由乃に「落ち着きなさい」とか言われるなんて、今の二人がどれ程舞い上がっているのかを如実に表していると言えるだろう。
「 え〜、お汁粉は〜? 」
「 …お汁粉は武道館に置いてあるから。雪合戦が終わったら、好きなだけ飲みなさいよ 」
「 やったー! 武道館だって、乃梨子ちゃん! 」
「 ええ、武道館です祐巳さま! 武道館にたどり着けば、そこで… 」
「 そう、そこで! 」
『 パラダイス! 』
会話の内容は全く噛み合っていないはずのに、何故か声を揃えて喜び合い、期待に胸を膨らませている二人。
「 …大丈夫かな、この二人 」
不審者を見る目つきで、祐巳と乃梨子を見る由乃。
大丈夫かどうかと問われれば、この二人は間違いなくダメなほうに分類されるだろう。人として。
「 それで由乃さん、目的地だけど… 」
「 え? ああ、武道館の脇にグラウンドがあったでしょ? あそこよ 」
再び問う真美に、今度はまともに答えられた由乃。
目的地は、現在地からそれ程遠くはない。
「 ところで由乃さん 」
「 何? 志摩子さん 」
「 今日やるのは「公式ルールにのっとった雪合戦」って言っていたけれど… 」
「 あ、ルールについてはグラウンドに着いてから説明するわ 」
「 いえ、ルールそのものもそうだけど、さっき由乃さんが「シェルターやシャトーという物で雪玉を避けて」とか「フラッグを奪い合う」とか言っていたから、準備が必要なんじゃないかと思ったのだけど 」
「 ああ、そのことか 」
志摩子の心配に、由乃は笑顔で応じる。
「 なんかねー、菜々が「 そういう事は、是非私におまかせ下さい! 」って張り切っててね。私も手伝うって言ったんだけど、どうしても一人でやるって言うから、まかせてあるの 」
『 …え? 』
由乃のセリフを聞いた瞬間、話しを聞いていた志摩子はおろか、先ほどまで浮かれまくっていた祐巳と乃梨子までもが固まった。
雪合戦したさに、卒業した学校までわざわざやって来るような“無駄にヤル気に満ち溢れた人間”に準備をまかせたら、何かとんでもない事まで“準備”するのではないだろうか? 一同の胸中に、そんなどデカい不安が巻き起こった。
これは用心して掛からないと、とんでもないメに合うかも知れないと全員が思う中、瞳子が由乃に探りを入れてみた。
「 由乃さま、確か菜々さんて、アドベンチャー好きを公言してはばからない人物だとか聞いたのですが? 」
「 そうだけど? 」
「 やっぱり… 」
由乃が肯定した事により、ますます不安が膨らむ一同。
「 由乃さま、その“アドベンチャー好き”な菜々さんに準備を任せるということは、雪合戦の会場にも“アドベンチャー的要素”を含ませられている可能性が… 」
「 あ、菜々だ! 菜々―!! 」
瞳子の発しようとした警告は、目的地に着いて菜々の姿を確認した由乃によって、さえぎられてしまった。
ご主人さまを見つけた忠犬よろしく、一直線に菜々の所へと駆けてゆく由乃の後姿を見て、もう警告も対策もするヒマが無いと悟った一同は、もはや菜々謹製の「アドベンチャー的要素入り」と思しき公式雪合戦会場へと歩いてゆくしか無かったのだった。
「 菜々―! 」
ブンブンと手を振る由乃の視線の先を見てみれば、どうやら雪合戦会場らしき場所の前に立つ菜々の姿があった。
会場には、雪の壁などが見え、どうやら準備は万端なようだ。
にこやかに手を振る菜々に向い、笑顔で駆け寄る由乃。
由乃の笑顔が本当に嬉しそうだったので、蔦子は思わずカメラを構える。
そして、菜々まであと5メートルほどの距離まで近づいた時、由乃は走るのをやめ、深呼吸を一つすると、姉らしく振舞おうとでも思ったようで、静かに菜々との距離を詰める。
「 菜々… 」
近づく二人の距離。
「 由乃さま 」
うっすらと赤く上気した顔で、応える菜々。
ファインダーの中の二人に、蔦子は焦点を合わせた。
二人の間は、あと3メートルほどになり…
す ぼ っ ! !
突然、由乃が腰まで雪に埋まった。
「 ……え? 」
本人にも何が起こったのか分からないらしく、呆然とした表情の由乃。
そんな由乃の顔を見て菜々は…
「 ふっふっふっ。油断しましたね? 由乃さま! 」
なんだか勝ち誇った顔で、由乃を見下ろしていた。
恐らく… いや、確実に、由乃が腰まで埋まったのは、菜々の落とし穴にハマったせいだった。
『 ああ、やっぱり何か仕掛けてあったのね… 』
後ろで見ていた一同は、むしろ当然の成り行きとでもいうように、二人の姿を遠巻きに眺めていた。
「 油断大敵。常在戦場。そんなことでは、武士道を極めることなどできませんよ、由乃さま! 」
自分で罠にハメといて、そんな無茶な事を言い出す菜々。
だいたい、彼女は由乃に武士道を極めさせてどうしようと言うのだろうか?
そもそも、由乃が武士道を極めようなどと思っているのかどうかすら…
「 ふ…ふふふふふ 。確かに油断していたわ。武士としてはまだまだね 」
…思ってたのかよ。
まあ、由乃には好きなように生きてもらうとして。
さすがに落とし穴にハマったままでは恰好がつかないと思ったのか、由乃はズリズリと穴から這い上がった。
そして、この程度では怒らないという寛容さでも見せつけようというのか、再び微笑みながら菜々に近づく。
それにしても、雪は50cmくらいしか積もってないのに、由乃の腰までの落とし穴を掘ってあるということは、雪を超えて土の部分まで掘ったということだ。
しかも、這い上がってきた由乃が泥で汚れていないあたりを見るに、どうやら汚れ&ケガ対策のために、穴の中を雪でコーティングしてあるらしい。
やはり、菜々は無駄にヤル気に満ち溢れているようだ。
「 でも菜々、こんなことで私に勝ったなんて思わないほうが… 」
ず ぼ っ ! !
菜々まで残り1メートルという所で、今度は胸まで穴にハマった由乃。
「 …人間は、一度罠にかかると、何故かそこにはもう罠は無いと思い込むそうです 」
何故か残念そうな顔で、穴に落ちた由乃に語りかける菜々。
そして、由乃にビシっと指を突き付けると、真剣な顔でこう叫んだ。
「 由乃さま! そんなことでは現代の冒険家にはなれませんよ! 」
……え? 武士道は?
「 罠の張り巡らされた地下遺跡を探索する時は、一瞬の油断が命取りです! 」
いやだから… それ武士と関係無いよね?
「 ふ…ふふふふふ。こ、この程度で怒るほど、私は大人げなくないわよ… 」
ブツブツと呪文のようにつぶやき、自分に言い聞かせる由乃。
さすがにやりたい放題な菜々の行動に、少しカチンときたらしい。
「 そうよ、私は大人、私は大人、私は… 」
必至で自分に言い聞かせているあたり、あまり大人な反応とも言えないような気もするが。
「 落とし穴と言えば、地下遺跡の罠としては初歩にして王道。そんな初歩的な罠にかかるなんて、油断し過ぎです 」
「 ふふ…ふふふふ… そ、そうね。ちょっと油断してたかもね 」
ヒクヒクと引きつる頬で、無理矢理笑って見せる由乃。
どうやらここは、あくまでも「大人な対応」でいく気らしい。そこは「お姉さま候補」の意地なのだろう。
「 ま、まあ、雪の中で遊ぶのに、多少のイタズラくらいは付きものだし… 」
自分を納得させつつ、由乃は再びズリズリと穴から這い出ようとして…
「 だいたい、体に凹凸が無い由乃さまが落とし穴とかに落ちたら、引っ掛かりが無いのだから致命傷ですよ? 致命傷! 抵抗が無いから底まで一気ですよ一気! 」
「 誰がまっ平らだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
さすがに「凹凸が無い」は許容しきれなかったらしい。
菜々のセリフを聞いた瞬間、由乃は一気に穴を飛び出すと、菜々へと襲いかかった。
「 今の脚力は素晴らしかったですよ、由乃さま 」
「 うるさい! そこへ直れ!! 」
由乃の襲撃を軽々とかわしながら、偉そうに言う菜々。それを鬼の形相で追う由乃。
菜々は楽しそうに笑いながら、雪合戦の陣地の中を飛ぶように走る。
「 待ちなさい菜々! 今こそ天誅を… 」
ず ぼ し ゃ っ ! !
どうやら菜々が飛ぶように走っていたのは、落とし穴を避ける意味があったらしい。
陣地の中にまで仕掛けられた落とし穴に、由乃は走りながら突っ込んでしまったようだ。
三度落とし穴にハマり、しかも今度は走っていた勢いで顔面から雪に突っ込んでしまい、頭まで雪まみれになった由乃。
「 ……ぶっ殺す 」
雪まみれで起き上がりながら、ピキピキと引きつった笑いを浮かべる由乃を見て、嬉しそうに微笑みながら雪の障壁…「シェルター」の影に駆け込む菜々。
その笑顔からは、明らかに「罠に掛かる獲物を見る恍惚感」が見て取れた。
「 待てコラァ!! 」
そのまま追いかけっこが始まり、ちびくろサンボと虎よろしく、シェルターの周りをバターになりそうな勢いでグルグルと回り出す二人。
「 ……どうする? 」
「 …どうするって……どうしよう? 」
唐突に始まった黄薔薇家(予定)の追いかけっこを見ていた真美と蔦子が、途方に暮れた感じでたずね合う。
実際、あんな罠だらけな陣地の上で雪合戦を始めようとは、誰も思えなかった。
途方に暮れる一同の中で、突然、決意に満ちた声が上がる。
「 …よし、行こう! 」
「 え? 祐巳さん、参加する気!? 」
決意に満ちた顔の祐巳に向い、驚いて問う真美。
祐巳のつぶやきに、一同の間に動揺が走る。
「 うん、私はもう行くよ 」
「 ちょっと待って下さいお姉さま。いくらなんでも、あんな罠満載な所に… 」
姉の身を心配する瞳子が横目で見ると、ちょうど菜々が由乃と反対側から「 鉄山靠!! 」などと叫びながらシェルターに体当たりをしているところだった。
ど ざ ざ ざ ざ ざ っ ! !
「 うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 」
菜々の体当たりで崩れてきたシェルターに、悲鳴と共に埋まる由乃。
よほど上手い具合に積み上げてあったのか、シェルターは綺麗に崩れながら由乃を埋め尽くしていた。
「 身を守るはずの壁に襲われるなんて…… ほらお姉さま、あんな罠が待ち受けている所に行くなんて、自殺行為ですよ? 」
祐巳の身を案じ、真剣に止める瞳子。
……今まさに死にかけてそうな由乃を助ける気は、さらさら無さそうだが。
しかし、そんな妹の言葉でも、祐巳を止めることはできそうに無かった。
「 私はもう、行かなくちゃならないの 」
「 お姉さま、お願いですから私の言うことを聞いて下さい! 」
瞳子の言葉を無視し、雪の中をザクザクと歩き出す祐巳。
「 あんな所に自分から飛び込むなんて…って、え? 」
心配げな瞳子を置き去りに少し歩くと、祐巳は立ち止まり、足元に落ちていた何かをヒョイと拾い上げた。
「 お汁粉が私を待っているから 」
無駄に毅然とした顔で、祐巳はまわれ右をすると、武道館のほうへと歩いてゆく。
…どうやら、由乃が菜々へ駆け寄ろうとした時に落とした鍵を発見し、雪合戦など見向きもせずにお汁粉の在りかへ向かうことにしたようだ。
「 ……お姉さま。相変わらず行動が読めませんわ 」
心配して損をした瞳子は、疲れ果てた顔でガックリと肩を落とした。
「 そうよ、武道館に行かなくちゃ 」
「 …乃梨子? 」
肩を落とす瞳子の脇を、頭の中はエロい事でいっぱいなはずなのに、無駄に凛々しい顔をした乃梨子がすり抜けてゆく。
「 さあ、行こうよ志摩子さん。熱いシャワーが待ってるよ 」
頭の中はエロいことでいっぱいなはずなのに、無駄に爽やかな笑顔で姉を誘う乃梨子。
志摩子も寒いことは寒かったので、素直に「 そうね 」とそれに従い、武道館へと歩き出した。
……シャワールームで乃梨子が失血死しなければ良いけど。
「 あ〜… もうどうでも良いですわ 」
はなから雪合戦にはあまり参加したくなかった瞳子も、3人に続いて武道館へと歩き出す。
それを見ていた取材班二人も当然…
「 行きましょうか蔦子さん 」
「 …そうね、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきたものね 」
こうして、黄薔薇家(予定)以外の全員が雪合戦会場を後にし、武道館へと向かったのだった。
武道館へ向かいながら、蔦子がふとカメラを構えて振り向くと、ちょうど由乃がシェルターを挟んで菜々と対峙しているところだった。
菜々の仕掛けた「崩れ落ちるシェルター」を逆に利用しようと、由乃は快心の笑みを浮かべながら、シェルターに体当たりを喰らわすべく身構えた。
「 自分の罠に沈め! 喰らえ! 超鉄山靠ぉぉぉぉぉ!!! 」
す ぼ っ ! !
…今度のシェルターは、先ほどのモノよりもかなり柔らかく積み上げてあったようである。
自らの体当たりの勢いで、あっけ無くシェルターの中まで突っ込んでしまう由乃。
しかも、突っ込んだ後にシェルターが崩れてきて、見事に由乃の全身が雪の中に埋まるというオマケ付きだ。
「 うわ… えげつない罠仕掛けるわね、あの子 」
罠を逆に利用されることまで見越して、別の罠まで仕掛けていた菜々の手練手管に、蔦子は空恐ろしいものを感じて身震いする。
何となく目を離せなくなった蔦子が見続けていると、由乃が雪に埋もれたまま動かない。
「 …おや? とうとう体力が尽きたかな? 」
助けたほうが良いだろうか? でもあんな罠だらけな所へ入って行くのは嫌だなぁ。
そんな事を考えながら、蔦子がどうしたものかと逡巡していると、さすがに動かなくなった由乃を心配したらしい菜々が、由乃の元へ駆け寄って行った。
あの子が助けるのなら大丈夫ね。そんな風に思いながら蔦子が無意識にカメラを構えていると、突然雪の中から由乃の手が飛び出し、菜々の足首をつかんだ。
「 油断したわね!? 菜々!! 」
どうやら死んだふりだったらしい。
だが、見事菜々を捕らえたはずの由乃が、そのまま再び動かなくなった。
そして、捕えられて焦っても良いはずの菜々までも動きを止める。
「 あれ? どうしたんだろ? 」
不審に思った蔦子は、何気なくレンズを操作し倍率を上げて見る。
「 ……ああ、あれは角度的に見えてるっぽいわね 」
どうも、倒れた由乃が菜々の足首をつかんだ拍子に、見えてしまったらしい。
菜々のぱんつが。
「 由乃さまのエッチ!! 」
ど が す っ ! ! 『カシャッ!』
菜々の繰り出した打ち降ろしの蹴りと、蔦子がカメラのシャッターを切るのは同時だった。
「 …面白いモノが撮れちゃったかも 」
カメラを構えたまま蔦子がつぶやくと、由乃の手が菜々の足首を離れ、ぱったりと雪の上に落ちた。
「 由乃さま!? 」
自分で蹴ったクセに、驚いて由乃を助け起こそうとする菜々。
さすがに顔面に打ち降ろしの蹴りは効いたらしい。由乃が再び動かなくなったが、今度は死んだふりでは無さそうだ。
蔦子が再びレンズを操作すると、唇を紫色にして鼻血を垂らしながらも幸せそうな顔で気絶している由乃と、泣きそうな顔で由乃の頭を膝枕に乗せてうろたえる菜々にピントが合った。
「 フフフフ。あの子、よっぽど由乃さんが好きなのねぇ 」
つぶやきながら、再びシャッターを切る蔦子。
「 この写真にタイトルを付けるとしたらそうね… 『捕獲』ってトコかしら? 」
はたして、捕まえられたのはどちらなのだろうか?
答えはきっと、あの二人が出すのだろう。そんな事を思いながら、蔦子も雪合戦会場を後にするのだった。
……結局、誰も雪合戦せずに終わっちゃったけど……… まあ、みんな幸せそうだから良いよね?