【2734】 二条乃梨子の憂鬱藤堂3姉妹ながされて山百合会  (C.TOE 2008-08-23 00:20:48)


「・・・・・・」

乃梨子を見つめる物欲しそうな視線。

「おいで」

乃梨子はあきらめて腕を広げた。

ぽむっ

乃梨子の膝の上に座る小柄な少女。小学生のような外見と反応だが、これでも中等部二年生らしい。

「ごめんなさいね、乃梨子」

志摩子さんが謝る。

「ううん、いいよ。妹の扱いには慣れてるし」

乃梨子はそう言いながら膝の上に座った讃岐子(さきこ)ちゃんの頭を撫でる。
讃岐子ちゃんはくすぐったそうに身をよじった後、乃梨子にもたれかかる。

「ああー、いいなー、私も!」

そう言いながら乃梨子のところにやって来る、こちらは中身は子供っぽいが外見はまんま中等部の三年生。

「二人は無理だから。お姉ちゃんなんだからおとなしくそこの椅子に座りなさい」

「ぶー」

文句を言いながらも、素直に椅子に座る美作子(みさこ)ちゃん。

「えーと、乃梨子ちゃん、その子達は・・・?」

おそるおそるといった感じで祐巳さまが訊いてきた。
いきなり薔薇の館に中等部の生徒が二人来ていたら、誰だって疑問に思うだろう。
乃梨子が返答する前に、志摩子さんが答えた。

「ごめんなさい、私の妹なの」
「え?志摩子さんの?」

驚きの表情で見合う祐巳さま、由乃さま、瞳子。

「でも志摩子さんには乃梨子ちゃんていう立派な妹が・・・」
「お姉さま、妹(プティ・スール)ではなく、本当の妹という意味ですわ」

ナイスボケの祐巳さま&ナイスツッコミの瞳子。
いままでツッコミ役は乃梨子だったので、瞳子が祐巳さまの妹になってくれて助かるよ、いろんな意味で。

「ふーん、志摩子さんの、ねぇ?」

由乃さまが何か言いたげに聞き返してくる。

「ええ、私の妹達よ」

志摩子さんは断言した。

断言したが、乃梨子は一応聞いていた。
正確には志摩子さんの妹ではなく叔母である。
つまり、和尚の娘。
あの和尚ナニを!?!?・・・と乃梨子は思ったが、事情はそう単純ではないらしい。
さすがに部外者の乃梨子には情報はこれだけだった。
この二人が本当に姉妹なのかもわからない。美作子ちゃんと讃岐子ちゃん、姉妹にしては似てないし。
しかし志摩子さんが妹だと言うなら、乃梨子にとっても妹である。

「まあ、それはいいわ・・・
乃梨子ちゃんにもずいぶん懐いているわね。
そんなに志摩子さんのところに遊びに行ってるの?」

由乃さまは事情を察したようで、それ以上の追求はしなかった。

「ええ、まあ、時々」

志摩子さんは一人っ子状態なので妹の扱い方を知らないから、妹の扱い方を心得ている乃梨子に懐いただけである。これは別に志摩子さんが悪いわけではない。
上の美作子ちゃんは相手に反応して欲しいらしいのだが、おっとりした性格の志摩子さんにそんなリアクションを求めるのは無理である。
下の讃岐子ちゃんはただ甘えたいだけのようなのだが、最初に志摩子さん(あらかじめ中等部二年生と知っていた)が「行儀が悪い」とやってしまったため、乃梨子(外見から小学生と思っていたので膝の上に座るのを許した)に懐いたのである。

形こそ違うが、この二人は相手との絆を求めていた。それだけは間違いない。

「そうだ、今日はこれを持ってきたんだったわ」

志摩子さんが鞄から箱を取り出した。

「わーい、おやつ、おやつ」
「こら美作子ちゃん、騒がないの」
「はーい、乃梨子お姉ちゃん」

手を挙げて応える美作子ちゃん。まったく、わかってるんだかわかっていないんだか。
ちなみに二人とも「志摩子お姉ちゃん」「乃梨子お姉ちゃん」と呼ぶ。

「ほら讃岐子、あーん」

ぱくっ

まるで親鳥が雛に餌を与えるように、美作子ちゃんが讃岐子ちゃんに志摩子さんが持ってきたおやつを食べさせた。

乃梨子が最初感心したのは、美作子ちゃんは必ず讃岐子ちゃんに食べさせてから自分も食べるということである。
乃梨子には、この二人が本当の姉妹か否かはどうでもよかった。
この二人は今まで共に生きてきたのだけは確かだ。
ただ、美作子ちゃんの過保護っぷりはそろそろ治さないと、讃岐子ちゃんが甘えん坊のままになってしまうだろう。

「あ、讃岐子ちゃん、付いてるわよ」

ほっぺにも食べさせようとしている讃岐子ちゃんに乃梨子は注意した。
讃岐子ちゃんは乃梨子を見る。見るだけで自分で取ろうとしない。

「讃岐子ちゃん、そろそろそれくらい自分でできるようにならないと」

乃梨子が注意すると、讃岐子ちゃんはごそごそとポケットからハンカチを取り出すと頬を拭き拭きした。

「よくできたわね」

褒めながら讃岐子の頭を撫でてやる乃梨子。嬉しそうに目を細める讃岐子ちゃん。
こういう事は普段からの積み重ねが肝要だ。

「あー、私も!」

そう言うと何も付いてない頬をハンカチで擦り頭を差し出す美作子ちゃん。

「あんたは付いてなかったでしょ?」
「まあまあ、乃梨子。
よくできたわね、美作子ちゃん」

そう言って頭を撫でてあげる志摩子さん。素直に喜ぶ美作子ちゃん。
これわかっててやってるんだよね・・・

「乃梨子ちゃん、本当に扱い慣れてるって感じだね」

祐巳さまが感心したように言う。

「そういえば、この中で本当に妹がいるのは乃梨子ちゃんだけ?」

由乃さまが確認する。

「令さまがいらしてませんから、そうなりますわね」

瞳子が答える。

「令ちゃんと私はいとこであって本当の姉妹じゃないけど。
祐巳さんには弟さんがいたわよね」
「うん、でも乃梨子ちゃんの様子見てると、弟と妹はぜんぜん違うと思う。いろんな意味で」

「ねえ乃梨子」
「なに志摩子さん」
「乃梨子さえよければの話だけど・・・」
「ん?」
「またうちに遊びに来てくれないかしら」

他人の手前、志摩子さんは目的等を全て省いたが、乃梨子にはその意味は理解できた。
志摩子さんもこの二人ともっと仲良くなりたいのだが、どうしたらいいのかわからない状態なんだ。
まあ、高校生になっていきなり中学生、それもわけあり二人が妹ですと言われても、困るだけだよね。

「もちろんいいよ」

乃梨子は志摩子さんの家に行く大義名分を得た。もはや和尚にも遠慮することはない。

「まぁ、こういうのは慣れだからね」

乃梨子はさりげなく付け加えて、志摩子さんが本当に言いたいことが乃梨子にきちんと伝わっているということを伝えておいた。

「ありがとう、乃梨子」

志摩子さんの笑顔。乃梨子には天使よりもありがたい存在だ。

「・・・・・・」

乃梨子を見つめる視線が二組。美作子ちゃんと讃岐子ちゃんだ。

「どうしたの?」

山百合会メンバーで会話していたので、放置して機嫌を損ねたのだろうかと思ったが・・・

「・・・・・・」
「・・・?どうしたの、美作子ちゃん。言いたいことがあるなら、はっきり言っていいのよ?」
「・・・・・・」

美作子ちゃんが何か言いたげだった。
言いたいことははっきり言う美作子ちゃん。
しかし志摩子さんと乃梨子を交互に見るだけで、しかし決して口を開こうとはしなかった。

「美作子ちゃん・・・?」
「・・・怒らない?」

そう言いながら志摩子さんを見た。志摩子さんが怒ることはめったにないと思うが・・・
乃梨子は志摩子さんに視線を送ると、頷いた。
乃梨子はそれを確認してから、美作子ちゃんに優しく話しかけた。

「美作子ちゃん、言いたいことがあるなら言って良いんだよ?
志摩子さん、怒ったりしないから」
「ほんとに?」
「大丈夫だから」

美作子ちゃんが讃岐子ちゃんを見てから、おもむろに口を開いた。

「志摩子お姉ちゃん、乃梨子って呼んでる」
「・・・(こくっ)」
「え?」

美作子ちゃん(&讃岐子ちゃんのうなずき)の意味が、乃梨子だけでなく誰にもわからなかった。

「志摩子お姉ちゃん、乃梨子お姉ちゃんだけ乃梨子って呼んでる」

しばらく言ってる意味がわからなかったが、ようやくわかった。
志摩子さんの呼び方が一人だけ違うのは乃梨子が特別な存在だからであり、部外者であるはずの乃梨子の方が重要な存在である、と二人は思ったようだ。
志摩子さんは乃梨子と仲が良く、自分達の相手はたまに遊びに来る乃梨子の方がメインである。
つまり、二人は志摩子さんに心の壁を感じていたと。

今までどんな人生を歩んできたのかはわからないが、両親と妹に囲まれて平和な人生(除く高校受験)を送ってきた乃梨子には、想像もつかないような経験をしてきたのかもしれない。そんな二人だからこそ、些細な事(この場合は志摩子さんの呼び方)にも過剰反応するのかもしれない。

「志摩子さん・・・」

乃梨子が視線をおくると、志摩子さんも理解していた。
そういう意味では志摩子さんもまったくの無関係というわけではないから。
志摩子さんはおもむろに立ち上がると、二人のほうを向いて話し始めた。

「美作子ちゃん、讃岐子ちゃん、ごめんなさいね、今まで気づかなくて。
また知らないうちに壁をつくってしまったようね・・・
でも決して二人のことが嫌いだからではなく、しかしどうしたら二人ともっと仲良くなれるかわからなかっただけ。
たしかに私にとって乃梨子は大切な存在だけど、二人もとても大切な存在よ。
だから、言いたいことがあったら遠慮なく言って。
私も改めるから」

うながされた美作子ちゃんは讃岐子ちゃんを見た後、言った。

「名前を、呼んで」

志摩子さんは頷くと、腕を広げておもむろに言った。

「おいで、
美作子、
讃岐子」

志摩子さんに抱きつく美作子ちゃんと讃岐子ちゃん。

聖母マリアと迷える子羊。

心の壁がひとつ消えた。


ふと、二人が乃梨子の方を見る。

「え?なに?」

二人が手招きをする。

「え?私も?」
「うん、だって乃梨子お姉ちゃんも同じでしょ?」
「・・・(こくっ)」

たしかに志摩子さんに呼び捨てにされるという意味では同じだ。
それに、志摩子さんの妹だし。

乃梨子も輪に加わった。







「そうだ」

美作子ちゃんが唐突に口を開いた。

「志摩子お姉ちゃんは乃梨子お姉ちゃんの喜ぶ顔が一番なんだよね」
「・・・(こくっ)」

いきなり何を言い出すんだ?

「じゃあ、乃梨子お姉ちゃんを喜ばせれば、志摩子お姉ちゃんも喜ぶんだよね」
「・・・(こくっ)」

あのー、美作子ちゃん、なぜ本人にではなく讃岐子ちゃんに確認するですか。
讃岐子ちゃんが人の心にとても敏感だと知ったのは後のことだった。

「乃梨子お姉ちゃん、志摩子お姉ちゃんは白だよ」

しろ?
城?白?何が白なんだ?

「あれ?乃梨子お姉ちゃん喜ばないや」
「・・・(こくっ)」
「志摩子お姉ちゃん、向こうを向いて」
「え?ええ、いいわよ」

乃梨子が白の意味に気づいた時は手遅れだった。

「こら!待て・・・!!!」
「そーれっ!」

やりやがったこのガキ!?
たしかに志摩子さんは白だった。







志摩子さんと二人は仲良くなった。
それこそ、乃梨子が遊びに行く必要が無いくらい。

志摩子さんは、あの程度で二人と仲良く成れたのなら、と思っているようで特に何も言わない。

山百合会のメンバーは、あの二人がゆくゆく白薔薇家になるのが決定事項だと思っているようで、「乃梨子(ちゃん)があれで喜ぶというのなら仕方ないけど、でもその時は・・・」と思いっきり釘を刺されてしまった。

乃梨子は一人悩むこととなった。
後にも先にも薔薇の館内でスカートめくりなんぞしたのはあのガキだけだろう。
しかし迎え入れなければ志摩子さんとの間にヒビを入れかねない。
それに拝ませてもらった恩人でもある。
しかし本当に迎え入れなければならないのか・・・?
そこまでする義理があるのか?

私の志摩子さんの白を祐巳さま、由乃さま、瞳子にまで見せる必要は無かったのだから。


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