【275】 白薔薇革命つぼみのきもち  (琴吹 邑 2005-07-30 02:02:42)


がちゃSレイニシリーズ

このお話は篠原さんが書かれた「【No:268】紅白抗争勃発」の続きとして書かれています。


 噂が噂を呼んでいる。

『白薔薇革命勃発?』
『白薔薇姉妹、関係解消か!?』
『新たな白薔薇のつぼみは松平瞳子嬢!?』


 とてもじゃないが、クラスにいる雰囲気ではない。
 クラスの視線は、興味津々といった感じだ。
 さすがに、私と瞳子に直接聞いてくるような強者はいないが、常に観察されているようで息が詰まる。
 ここで、私に話しかけてくるのは、噂の張本人と可南子さんくらいだろう。でも可南子さんは、そんなこと関係ないとばかりにとっとと部活に行ってしまった。

 息が詰まるから早めに薔薇に館に行こうとして、瞳子に捕まった。
「乃梨子さん、お話が」
 瞳子とはあまり話したくなかった。下手にしゃべると演技というのがばれそうだったから。
 実際問題としては瞳子にばれても、何も問題ないのだが、瞳子はプライドが高いから、瞳子のためにこんな事をしているとばれたら、それだけで傷つく可能性がある。それは避けたいと思っていた。それに、ばれなかったときの方が、リベンジの爽快感は大きいだろうし。
 だから、瞳子と話すときは気をつけないといけないのだ。
「私、これから薔薇の館に行くんだけど」
 どうせ、聞かれるのは志摩子さんのことだ。多少はつっけんどんでも問題ないだろう。
「放課後にと言ったのは乃梨子さんですわよ」
「そうだっけ。何? 噂のことなら別に気にしなければいいでしょ。言いたいヤツには言わせておけばいい。むしろ瞳子には都合がいいんじゃない?」
「何を言っているんですか? むしろ乃梨子さんこそ一番気にしてるんじゃありませんか!?」
「気にしてないって言ってるじゃないっ!」
 私のその言葉に、シン、とあたりが静まり返る。
「乃梨子さん?」
「薔薇の館に行くから」
 私は鞄を引っ掴んで逃げるようにその場を離れた。

 まずった。瞳子があまりにしつこいから、つい祥子さまの真似をしたら、ヒステリックな感じになってしまった。祥子さまはしょっちゅうステリックだから、演技としては満点なんだろうけど、あの態度を教室でやるのはまずかった。あれではますます瞳子が孤立してしまう。
 でも、やってしまったことはしょうがない。私は一つため息をついて、薔薇の館へと足を向けた。
 でも、このまま行っても、由乃さまにつるし上げられるだけだし、行っても志摩子さんと話が出来るかどうか………。そう思うと気が乗らなくて、何となく銀杏並木の桜の元に向かった。

 この時期銀杏の葉は落ち、木々は箒のようになっている。当然この時期、桜なんか咲いていない。
 私は銀杏並木の中にある、桜の木にもたれかかった。

 そして、胸元を今は存在しないロザリオを押さえる。あの梅雨の日以来。お風呂にはいるとき以外ははずしたことがなかったロザリオが今は存在しない。


 昨日の晩、志摩子さんが電話を掛けてきて、瞳子のために私に掛けたロザリオを一時返して欲しい。そう言ってきたのだ。
 やるなら、万全を期さないといけないから。この事件で、祐巳さまや瞳子が傷つくとしても、最終的に良い方向に持って行かないといけないから。あの時のマリア祭の恩を祐巳さまや瞳子に返したいから。
 電話の向こうで志摩子さんが私に頭を下げているのがわかったくらい。志摩子さんは真剣だった。
 外部から来た私には、スール制なんか無くても別に問題ない。志摩子さんが、私のことを大事に思ってくれているなら、それで、大丈夫だから。そう言って、志摩子さんにロザリオを返したのだ。
 だけど、胸元にロザリオがない事が、志摩子さんの妹ではなくなるかも知れないという事が、何とも私を不安にさせた。全てが、演技だからとわかっていても。

 そもそも、この計画は、由乃さまが私の考えた計画を吹っ飛ばすような暴走をしたときのための安全装置のような計画として、志摩子さんが、隠しシナリオとして考えたのだが、昼休みにして発動しているのはどういう事なんだろう………。
 私は小さくため息をついた。丁度その時だった。声を掛けられたのは。

「ごきげん、麗しくないようだけど、大丈夫?」
 その人は、志摩子さんのクラスの人で、志摩子さんの友人だった。
 だから、私とは面識があったし、それなりに目を掛けてもらっていた。
「桂さま」
「聞きたいことがあるの。あなたからロザリオを返したの?」
「ええ、そうです。事を大きくしたくないのでこれ以上は何も言えませんが」
 電話で志摩子さんと話して、瞳子と志摩子さんの抱き合ってるシーンを見て、私が逆上してロザリオを突っ返したことにしようと言うことになっていた。
「もう十分大きくなっているみたいだけどね」
 まあ、たしかにそれは否定しない。
「姉妹の問題だから、あまり他人が口挟む事じゃないんだけどね。ロザリオをあなたが返したというのなら、一言だけ言わせてくれないかな?」
 わたしは、こくりと頷いて、桂さまの言葉に耳を傾ける。
「あなたは、白薔薇さまのこと、ううん。志摩子さんのこと好き?」
「はい」
「だったら、謝ってロザリオ返してもらいなさい。好きだったら、スールの解消なんてしちゃ駄目。志摩子さん。気丈に振る舞ってるけど、きっと、すごく悲しんでいるはずだから。志摩子さんだから、全然そんなそぶり見せないけど」
「なんで、私がロザリオを返したら、桂さまが口を挟むんですか?」
「黄薔薇革命って知ってるかな」
「黄薔薇革命ですか? 確か由乃さまが令さまにロザリオを返して、大騒ぎになったとか」
 以前祐巳さまがそんな話をしていたのを頭の片隅から引っ張り出す。
「ええ、去年のことなんだけどね、当時病弱だった由乃さんが、黄薔薇のつぼみである令さまのためを思って身を引いた。令さまに頼り切ってる自分が情けなくて。そんな風にかわら版に掲載されたのよ」
 うそくさー。あの由乃さまが令さまのためを思って身を引いた? ありえねーとか思わず思ってしまう。
「その記事を読んだ生徒の中には、自分もお姉さまにはふさわしくないんじゃないか。お姉さまのために身を引いた方が良いのではないかって考えて人が結構いたのよ。その後由乃さんと令さまが復縁して、そうやって別れた姉妹もほとんどが復縁したんだけどね。
それでも、ロザリオを返されたお姉さま方はやっぱりかなりショックだったみたい。妹からロザリオを返された時は目の前が真っ暗になったって言ってたから」
「それはそうでしょうね」
「そういう想いを志摩子さんがしてるなら助けてあげたいと思ったから。妹からロザリオ返されるってすごくショックなことだから、だから、一時の勢いで思わず返してしまったのなら、すぐに謝って復縁して欲しいの。志摩子さんのこと好きなら、難しい事じゃないでしょ?」
 私は思わず目を伏せた。
 気まずい。桂さまは本気で私たちの仲を心配してくれている。桂さまは薔薇の館の住人じゃないから、演技ですなんて言えないし………。
「桂さま。心配してくださってありがとうございます。姉妹のことに関してはもう一度よく考えてみます」
 だから、私は深々と桂さまに対してお辞儀をした。心配してくれているお礼と騙している謝罪の意味を込めて。
「間違いはどうしても起こしてしまう物だから、元に戻る気があるなら早めにね。頑張ってね」
 桂さまはそう言って私の頭を数回撫でると、部活があるからといって去って行った。
 私は桂さまが見えなくなるまで、ずっとその背中を見つめていた。

【No:277】へ続く


一つ戻る   一つ進む