【2752】 はにかみ加減の笑顔は忘れた頃に復活する  (MK 2008-09-10 23:27:47)


作者より:メインタイトル『もこもこしてたりする柔らかくてびっくりわっか的ビデオ』
       【No:2709】→【No:2712】→【No:2716】→【No:2721】→【No:2733】
      →【No:2736】→【No:2748】の続きです。
      今回もホラーは少ないです…orz



 明くる日。
「ごきげんよう…祐巳さまっ、瞳子っ」
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん」
「ごきげんよう、乃梨子」
 最寄りのバス停で待ち合わせしていた私は、バスから降りてきた二人の顔を見て驚いた。
 二人とも、顎もしくは首の近くに大きなガーゼが貼られており、ガーゼから少しだけはみ出ている部分には、明らかなひっかき傷があった。

「その傷は…」
「え、あ、ああこれ。昨日の帰りに二人揃って、転んじゃって、ね」
 明らかに嘘だと、表情が告げています祐巳さま。
 それを見かねた瞳子がため息を吐きながら、間に入った。

「お姉さま、こんなことで嘘をついても駄目です。それに明らかに無理があります」
「瞳子…」
「乃梨子、察しの通りよ。昨日、由乃さまと令さまに会って、こうなったの」
 やはり。
 そう確信すると共に、背筋がぞくりとなったのを感じた。

 同じ仲間内でも、友達でも、姉妹でも制御がきかない衝動。
 私も変わってしまうのだろうか。
 それも今日中に。
 最初に傷つけてしまいそうな相手が、目の前にいるということに恐怖を感じた。
 祐巳さまを、瞳子を傷つけてしまうかもしれない。
 志摩子さんもこんな気持ちだったのだろうか。

「乃梨子?」
 少しばかり、ぼうっとしてしまった私を気遣うように瞳子が声をかけてくる。
「あ、うん。こっちだから」
 我に返った私は、先頭に立って歩き始めた。
 抗ってみよう。その時は。
 そう決意を固めて。



「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
「はい、いらっしゃいませ」
 顔を見合せて笑いながら、二人を居間に通した。

「それで今、呪いについて分かっていることは…」
「あのビデオを見て五日後に、自分の姿が映るものから出た何かに襲われて、呪いがかかる」
「呪いがかかると体だけではなくて心の中にも変化が起こるようです」
 祐巳さまの言葉に、私と瞳子が答える。

「呪いがかかる時は、どうも一人でいる時って感じもするね」
 と祐巳さま。
 令さまは入浴時、由乃さまは朝起きてすぐだったそう。
「それでは、ずっと一緒にいる…という訳にもいきませんね」
 ため息交じりに瞳子が言う。
 それもそう。普通に生活している限り、ずっと一人にならないという訳にもいかない。

「そしてビデオについては…」
「ビデオには三つの場面が出てきて、それも現在の状況が上書きされる様に映っている」
「三つ目の場面では、なぜか時間が早く進むと同時に操作が利かなくなります」
 再び答える、私と瞳子。
 しかし、その表情は冴えない。

「そして、手がかりがある…みたいだけど消えている後半にあるのか、それとも見落としているのか、少しも見つかっていない、と」
 そう、解決の手がかりがあると書かれているにも関わらず、ヒントの一つも見つかっていないことが、私たちの表情を暗くしていた。

「あ、それと…」
「ん。どうしたの?乃梨子ちゃん」
 二人の言葉を聞きながら、私は昨夜の志摩子さんの言葉を思い出していた。

「志摩子さんが言っていたんですけど、呪いのかかった後にビデオを探してみたところ、どこにも見つからなかったそうです」
「消えた…ってことかな」
「恐らくは…」
 場を更に暗くする情報ではあったけれど、手がかりの一つなのは間違いないと思った。

「何のために…消える必要があったのでしょうか」
 瞳子が、考えながらというか演劇の練習をしている時のような、別の役になっているような表情で話し始めた。
「…呪いをかける側にとっては、呪いが広がる方を望んでいるはずですから呪いのビデオはそのまま残っていた方が都合はいいはずですのに…」
「言われてみれば、そうかも」
 瞳子は相手…つまりは呪いをかけた本人の気持ちで考えているようだった。

「呪いが発動したら用無しになるからじゃないのかな。ほら、ビデオ自体が増えるって話していたじゃない」
「あ…」
 祐巳さまの増えるという発言にひっかかるものがあった。
 えっと、なんだったっけ。
「どうしたの?乃梨子ちゃん」
「あ、増えるって話で思い出したんですけど、今のところ見つかっているビデオはどちらともラベルがなくて、中身が分からないビデオでしたよね」
「そうだね、どっちとも中身が分からないから確認しようとして見つかったんだったね」
「あ、乃梨子…まさか」
 瞳子は気づいたのか、はっとした表情になる。

「うちにも、ラベルのない中身の分からないビデオがあるんですけど、やはり混ざっていても不思議じゃないなあ、と」
「なるほど…」
 そう呟くと、祐巳さまは考えるようにして黙り込んだ。

「祐巳さまや瞳子の家にもあるんでしょうか。そういうビデオ」
「私の家は必ずラベルを貼って整理しているから無い…と思うけど」
 そう自信なさげに答えたのは、考え込んでいる祐巳さまではなくて瞳子。
「一本だけラベルが無かったりしたら不自然だもんね」
「うん」
 と、瞳子は考え込んでいる祐巳さまに心配げに顔を向ける。

「お姉さま?」
「ん?あ、ああ、ビデオね。そうだ乃梨子ちゃん」
「はい?」
「とりあえず乃梨子ちゃんの言ってる中身が分からないビデオ見てみない?」
「え」
「事前に見つかったら薫子さんに害が及ぶこともないし」
「それはそうですけど…」
 顔を上げた祐巳さまが唐突に言い出したのは、自分の為とか、まして瞳子の為とかじゃなくて、初めて訪れている後輩の家主のことだった。

「祐巳さまは、あの…呪いとか怖くはないんですか?」
 そんな言葉がつい口に出る。
 令さまや由乃さまに昨日会いに行ったばかりだというのに。
 そこで妹と共に傷を負ってきたというのに。

「まあ、怖いけどね」
 私の疑問に苦笑いをしながら祐巳さまは話し始めた。
「別に死ぬわけじゃないし、瞳子やお姉さま、みんながいるなら、この残りの時間は呪いのビデオをまだ見てない人の為に使うのがいいかなっと思って…駄目かな?」
 そう言いながら小首を傾げる祐巳さま。
 この人は…など思いつつ笑いながら答え…。

「いいえっ、お姉さま。素晴らしい考えですわっ」
 …ようとした私を遮って瞳子が代わりに答えた。
 かくして、うちにある中身が分からないビデオを見ることになった。
 …のだが。



『さあ、乃梨子。ご挨拶なさい』
『うん…じゃなくて、はい。にじょうのりこ、さんさいです』
 …は?
『お久しぶりです、叔母さま』
『かおるこおばさん、はじめまして』
『ふふふっ、可愛いね。だけど薫子さんと呼んで欲しいかな』
『か、かおるこさん、はじめ、まして…』
 …はい?

「ぷっ」
「くくくくく…」
 目が点になっている私の後ろから、二人の笑いを堪えている声が聞こえてくる。
 いや、堪え切れてないから聞こえてくるのだけど。

『このこ、なまえなにー?』
『あ、そんなに近づいちゃ危ないよ』
『バウワウワウワウッ』
『あーーーーーーーん』
『ほらほら、言わんこっちゃない』

「あはははははは」
「お、お姉さま…笑っちゃ…くくくくくく」
 瞳子、お前もな。

 ビデオを見始めた私たちの目に飛び込んできたのは、おかっぱの小さな女の子が挨拶したり、犬に吠えられて泣いたり、ご飯をこぼしていたりしている、ごく普通のホームビデオ…って、これ私だああああっ!
 確か、父が写していたのに肝心のビデオがどこか行ったとか言われていたけれど、薫子さんの所にあったなんて…。
 いや、今はそんなことより…。

「あはははは…乃梨子ちゃんって、この頃からおかっぱだったんだね」
「くすくすくす…すいかで口の周りが真っ赤ですわ」
 あー、分かったから。
 自分で分かるほど顔が熱い。
 顔から火が出るとはこのことか。
 とりあえず止めないと、とリモコンの停止ボタンを押す。

 かちっ。
「あれ?」
「どうしたの?乃梨子ちゃん」

「あ、いえ。電池切れみたいです」
 少しどきっとしたけれど、デッキのランプが点滅しないところを見ると、ただの電池切れのようだった。
「ちょっと取ってきますね」
「はーい」
「ゆっくりでいいわよ…くくくくっ」
 …瞳子。いや、いいけど。



 えーと、確か冷蔵庫に二本入れていたような…。
 がちゃっ。
「…あっ」
 冷蔵庫のドアを開けた私は、短く声を上げた。

「どうしたのー?」
「あ、いえー」
 聞いてくる祐巳さまに、これまた短く答える。

 さて困った。
 呪いのことで頭がいっぱいだったことで買出しを忘れていた。
 平日は主に薫子さんが作っているのだが、週末は主に私の役目だったりする。
 この量では三人分どころか、一人分にも足りないかも知れない。
 まあ、いつまでも冷蔵庫の前で腕組みしている訳にもいかないので、忘れずに電池だけ取り出して部屋に戻ることにした。



『…おとうさん、まってよー』
『のりこー、転ぶなよー』
 テレビからは相変わらず私の昔の映像が流れている。
 なんで、薫子さんがこれ持っているのかな、など考えながら電池を入れ替えた。

「あ、乃梨子ちゃん、さっきはなんだったの?」
「えーと、その、お昼の材料がほとんどないのでどうしようかと」
 隠す必要もないので、素直に答えると…。

「じゃあ、私買ってくるよ」
「えっ」
「ビデオも見ておかないといけないし、留守番も必要でしょ」
「それは、そうですけど…」
 祐巳さまが一人でいくのは…と思っていると、やはり瞳子が名乗り出た。
「お姉さま、それでは私が行きますわ」
「乃梨子ちゃんが一人だと心配だし、瞳子は一緒についていて」
「それを言うなら、お姉さまも…」
「あー、二人で行って来て下さい。お願いします。私は大丈夫ですから」

 このままだと二人が喧嘩でもしそうだったし、時間も勿体ないので家主代理である私が留守番、ということで決着をつけた。
 まあ、この組み合わせが一番自然だと思ったからもあるけれど。
 呪いのビデオを見た時間帯は夕方の大体六時過ぎだと思われるので、まだ時間的余裕があることも理由に加わる。

「じゃあ、お願いしますね」
「はーい、乃梨子ちゃん。待っててね」
「その…乃梨子。…ありがと」(小声)
 素直な祐巳さまと素直じゃない瞳子の後姿を見送ってから、私は部屋に戻った。

「さてと、他のビデオはどうかなー」
 後で、薫子さんに私の小さな頃のビデオについて聞かないと、などと考えながらビデオを取り換える。

 かちゃっ、かちゃかちゃ。
 じー。



 その時の私は甘かった。
 かくして、呪いはふりかかる。


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