【2760】 パワーアップしてる私達  (篠原 2008-09-28 07:36:20)


「特訓って、ここでするの?」
 祐巳の疑問ももっともなことだろう。そこは薔薇の館の1階の、物置と化している部屋だった。


 『真・マリア転生 リリアン黙示録』【No:2724】から続きます。


「こっちです」
 奥まで入った瞳子が床に置いてあった荷物をどかすと、床にうっすらと引き戸らしきものが見えた。
「知らなかった。こんなのあったんだ。っていうか瞳子、よく知ってたね」
「発見したのは偶然です」
 瞳子は引き戸の脇の部分を何やら操作してそれを開けた。
 祐巳がおそるおそる覗きこむと、なんだかその中が澱んでいた。何かの収納スペースかと思いきや、よく見れば下へと続く階段が見える。
「ここに入るの? っていうか、薔薇の館に地下とかあったんだ」
 厳密にいえばこれは別の空間に繋がっている通路、の入口に過ぎない。空間の歪みによって別の場所へと繋がる、俗にターミナルと呼ばれているものを、瞳子の結界によって安定させたものだった。
 うながされるままに階段を降りると、そこは不自然な程に整然としていながらも複雑に入り組んだ通路に続いていた。
 だんじょん?
「ああそうだ、お姉さま。ここは一種の異界ですから、お気を付けください」
「異界って? 何に気を付ければいいの?」
「いろいろと勝手が違うこともあるかも知れません。時間の流れとかも若干違ったりするかもしれません」
「ええっ! 何それ!?」
「よくありますでしょう? 竜宮城とか金剛神界とか……みたいな?」
「最後だけ軽く言ってもダメだから! それって戻ったら何十年もたってたりとかしない!?」
「そこまで極端なことはありませんよ。……たぶん」
 あさっての方向を向いてそう答える瞳子。
「たぶん!? 今たぶんって言ったよねっ?」
「気のせいです。そんなことより、ここにはいろいろな悪魔がいますから修行には最適ですよ」
「え゛」
「はい、これは餞別です」
 そう言って瞳子は1本の杖を渡す。それは全体的に捩れた木でできていて、先端部に大きな赤い石が埋め込まれていた。
「ドヴェルガーが世界樹から削りだしたと言われる一品ですよ」
「どべるがあ?」
 地霊『ドヴェルガー』。
 北欧の小人の妖精だ。特に鍛治の能力に優れる種族であり、神々の為に数々の武具や宝物を製造したと言われている。ドワーフの語源とも言われるといった方がイメージし易いだろうか。
 あいかわらずの瞳子のうんちくに、ほへぇと感心する祐巳であるが、それはさておき。
「その名も魔杖『紅蓮 螺旋八極式』です」
「まじょ……?」
「ただのノリですので。お気になさらず」
「ノリって、いいの? そんなので」
 その杖を受け取りながらも祐巳は不安げな顔で聞き返す。
「元々は『紅蓮の魔杖』と呼ばれていたらしいですが、いろいろと手を加えられているようで、面倒ならただの紅蓮でもよいと思います」
「面倒って、ホントにいいの? そんなので」
「紅蓮はその赤い宝玉の名でもありますし」
「紅蓮?」
 祐巳がそう呟くと、赤い宝玉が瞬いたような気がした。
「ほら、さっそく悪魔が来ましたよ」
「ええっ、ちょ、まだ心の準備がっ」
 瞳子が指差す先を見れば、何やらわさわさと人よりでっかい蜘蛛のような悪魔が蠢いていた。
「ひぃっ!」
「集中!」
「はい!」
 杖をかまえて意識を集中。
 ぼうっと杖の先に炎が浮かぶ。
「うわ!? なんか凄く簡単に炎が出たよ?」
「その杖には魔法の発動や魔力の制御そのものを補助する機能がありますから」
「へえ」
 感心しながらも祐巳が杖をふるうと、炎の玉がカタパルトから打ち出されるような勢いで目標に向かって飛んでいく。
 ごおん、と鈍い音を立てて火の玉が命中し、悪魔が爆散する。
「おぉー」
「その調子です。ではお姉さま、頑張ってくださいね」
「え、瞳子は?」
「今の私では足手まといになるだけですから。まだ回復していませんし、それに、いろいろ調べることもあって忙しいんです。最近悪魔の動きが活発になっているでしょう?」
「そうだけど」
「お姉さまなら大丈夫です」
 不安そうな顔の祐巳に笑顔と共にそう言って、瞳子は手にしたファイルを渡す。
「発動時間の短縮と魔力のコントロールを重点的に考えて修行してください」
「これは?」
「訓練メニューです。とりあえずはこれをクリアしてください」
 瞳子は祐巳の魔法の先生だった。しかもすっごい厳しい先生だった。
 自ら魔法系というだけあって特に火炎系に特化したその能力は祐巳の目から見ても凄まじいものだった。祐巳も先生の影響で火炎系の魔法が得意になったのだ。
 ちなみに直接戦闘に関しては可南子が先生役を務めた。人には向き不向きがありますからとの言葉がちょっと痛かったのもいい思い出だ。たぶん。
「クリアしたら自動的に結界が解除されて戻ってこれますから」
「ク、クリアできなかったら?」
 祐巳がおそるおそる聞いてみると、瞳子はただにっこりと微笑んだ。
 死ねと?
「大丈夫ですよ。お姉さまならできます。瞳子、信じてますから」
「あ、ありがとう」
「どのみち、これくらいクリアできなければこの先私達に未来はありません」
 ハッとしたように、祐巳は瞳子の顔を見た。そして、一つ頷く。
「うん。わかったよ」



「あら、もういいの?」
 薔薇の館の2階に上がってきた瞳子は、そこに意外な、でもないか? 顔を見つけて少し驚いたような表情を見せた。
「いつまでも寝てられないでしょう」
 ボロ雑巾を返上したらしい可南子は不機嫌そうに言った。
「さすがに頑丈ですわね」
「その言い方はちょっと……」
「よいですけれど、本来ならまだ安静にしていなければならない状態なんですから、しばらくは戦闘禁止ですよ」
「あなたは?」
「私も軽い戦闘くらいは可能ですが、しばらくは全力での戦闘は無理ですね」
 そう言いながら、瞳子は薔薇の館に持ち込んだノートパソコンを立ち上げる。
「祐巳さまは?」
 瞳子は指を下に向けた。ゴートゥーヘル、という意味ではもちろんなく。
「地下に」
「ああ、精神と時の部屋ね。祐巳さまも、ご愁傷様」
「……勝手にヘンな名前を付けないでください。それにこの先、今のままではとても生き残れませんよ」
 その言葉に可南子は一瞬憮然とした表情になったが、すぐに肩を落とした。
「……まだまだね、私達」
 ふ、と瞳子はため息とも苦笑ともつかない息をはいた。
「こと魔法戦に限定すれば、薔薇さまともそれなりに戦えるつもり、だったんですけどね」
 不意を突かれたというのはある。白薔薇さまの横合いからの突然の吹雪に、凍りつきはしなかったけれども動きが鈍って次の反応が遅れたのが直接的な敗因ではあった。
 とはいえ、である。では最初から正面きって戦えていたら勝てたかといえば、次元が違ったというのも自分でもわかっていた。少なくとも、今の瞳子ではまだまともな勝負にならなかったろう。
「私はつぼみにやられたけれどね」
 へこんだ様子の可南子だが、つぼみと相打ち近くまで持っていったこと自体、実は相当に凄いことなのだ。そうも言っていられないのが紅薔薇ファミリーの実情だが。
「ひょっとして、今何かあったとしても私達って全く動きがとれない?」
「そうですね。祐巳さまが出てくるまでは直接的な動きが無いことを祈りますわ。その他大勢程度の戦力なら多少は揃えられますが……」
 パソコンでなにやらチェックしていたらしい瞳子がハッとしたように動きは止めた。
「……何かあったの?」
「という程に確かなことはまだ。ですが、少々良くない動きが見えますね」
 そう言ったきり何やら考え込んでしまう瞳子。
「まあ、考えるのはあなたに任せるけれど」
「ええ、可南子さんに肉体労働以外は期待しませんから」
「あなたくらい小賢しい悪知恵がはたらく人はいないものね」
 うふふふふ、となごやかな笑顔でギスギスした空気をふりまく2人だった。



 その頃祐巳は、意外なようだがかなり本気で特訓に臨んでいた。
 二人に甘え過ぎていた。
 その結果がどうなったかといえば。
 脳裏に浮かぶのは、ボロ雑巾のようになった可南子。
 そして凍りついた瞳子。
 目にした瞬間、心が凍りついた。恐怖で。
 もう二度と。あんなシーンは見たくない。
 だから。その為にも。強く。
 強くならなきゃ。
 ありったけの魔力を搾り出しながら
 念じる。強く。魔力を
 頭の中が真っ白になっていく
 魔力の収束、開放、その繰り返し
 鬼が、妖魔が、妖精が、魔獣が、神族が、魔族が
 杖の先に収束する魔力
 巻き上がる紅蓮の炎
 解き放たれる力
 消し飛ぶ悪魔
 白熱するイメージ
 念じる
 強く
 もっと強く!
 強くならなきゃ!
 もっと強く! 強く! 強く!強く!強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く



「な、何事?」
 深くこもったような音と激しい振動に、瞳子は思わず腰を浮かせた。
 立っていた可南子がとっさに壁に手をつくほどに、それは激しい揺れだった。
「祐巳さま?」
「まさか! あそこは異界よ。どんな激しい爆発を起こしたところで、こちらに影響が出るはずは……」
「でも、今のは下からだったみたいだけど?」
「とにかく行ってみましょう」
 自分で否定しておいて慌てて見に行こうとする瞳子である。無論可南子も見に行くことに異存はなく、揃って1階に向かった2人はそこで異様な光景を目にする。
 入り口が歪んでいた。
 扉が歪んでいるということではない。瞳子の張った結界そのものに、歪みが生じていた。あるいは空間そのものを歪めるような何かがあったということか。
 瞳子はあわてて封印を解除し、その扉を開けてさらに中の階段を降りる。
「うっ」
 一歩踏み込んで、瞳子は思わず呻いた。
 そこには異常なほどに濃密な、むせかえるような魔力の残滓が漂っていた。
 これは、まほう? 魔力の暴走? それにしてたってこの異常な破壊力は………
 まるで台風でも通り過ぎたような有様だった。
 練り込まれ、練り上げられた魔力の開放の跡、その余剰魔力。残り滓といってもいいそれがこれほどの濃度を保っているということ。使用された魔力量の膨大さがうかがわれる一方で、酷く効率が悪い使われ方だということでもある。逆に、うまく制御できればその威力はおそろしいものなるということでもあった。
 やはり薔薇さまなのだ。瞳子は今更ながらに思い知らされる。
 すぐに2人は、倒れている人影を見つけた。
「お姉さま!」
「祐巳さまっ!」
 駆け寄った二人が見たのものは。
「……………きゅう」
 目をぐるぐる状態にした祐巳だった。


「どんな特訓をしたらあんなことになるんですか」
 気が付いた祐巳が最初に聞いたのが瞳子のその言葉だった。
「いやあ、なんかいっぱいいっぱいだったというか」
 何故か照れたように笑う祐巳に、瞳子は呆れた表情を見せる。
「魔力の制御をもっと重点的にやらないとダメですね。間違っても暴発、暴走などさせないように」
「うぅ、はい」
 特訓はまだまだ続きそうだった。
「そういえば、悪魔の動きが活発になってるとかいう話ってどうなったの?」
「……それが、少々気になる動きが見えまして」
 祐巳としてはとりあえず特訓から話をそらしたかっただけだったのだが、何かにヒットしてしまったらしかった。





「カオスに動き?」
 小首を傾げるようにして、志摩子は乃梨子に振り返った。
「と言われても、カオスは動きっぱなしのような気がするのだけれど」
「いや、そうなんだけど」
 苦笑して、乃梨子は言葉を続ける。
「ちょっと大きな動きが」
「大きな動き?」
 もう一度小首を傾げて問い返す志摩子。
 ああ、もう! いちいちカワイイなあ、志摩子さんは!
 などと、乃梨子が思っていたりすることなど思いもよらぬだろう志摩子はそのままの姿勢で先を促す。
「魔王召喚?」
 その言葉に志摩子の顔がひきしまる。
 凛々しいなあ、などと乃梨子が以下略。
「まだ確定じゃないけど、可能性は高いと思う」
「それは、ほおっておくわけにはいかないわね」
 志摩子は厳しい表情でそう言った。


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