【2761】 変なテンションで本命現る  (朝生行幸 2008-09-29 01:50:42)


「ミス・ありまックスの、ハイパー・イリュージョンショー!!」
 三年生を送る会を無事終わらせ、薔薇の館にて一年生たちの『しょーたいむ』なるもので踊り疲れた山百合会関係者一同が、心地よい疲労感に包まれながら、お茶を飲んで一息吐いていたその時。
 唐突にビスケット扉をバタンと開けて、一人の少女が叫びながら飛び込んできた。
 中等部の制服を身に纏った、少しおでこが広い小柄なその少女は、正体を知られたくないのか、鼻眼鏡を装備している。
「……突然どうしたのよ菜」
「おっとストップ!! 私はミス・ありまックス。きっと誰も知らないに違いありません!!」
 あっさりと正体を見抜いた黄薔薇のつぼみ島津由乃が問い掛けようとしたが、きっぱりと遮られた。
「いや、そんなこと言われても菜」
「(黙れ)ミス・ありまックスの、ハイパー・イリュージョンショー!!」
 ボソリと小さく呟いた後、改めて大声で名乗るミス・ありまックスとやら。
 険悪な目付きで睨みつける由乃を物ともせず、肩にぶら下げたバッグを下ろし、中から何かを取り出し始めた。
 彼女を見やる一同(由乃は除く)は、何が起こっているのか分かっていないようで、茫然自失の体たらく。
「取り出しましたるは、この炭酸飲料!!」
 持ち上げられたその手には、黒っぽい液体が入った2リットルサイズのペットボトル。
「これを一気飲みして、ゲップが出ない内に『芝山鉄道』の全駅名を言います!!」
 ぷしーと蓋を開け、ボトルからダイレクトにこきゅこきゅ飲み始めるありまックス。
 行儀が悪いのが気になったか、紅薔薇さま小笠原祥子が眉を顰めている。
「ふぅ〜、では行きます!」
 1/10も減っていないペットボトルを床に置き、紙──恐らく駅名が書かれているのだろう──を広げて、開始を宣言した次の瞬間。
「げぷぅ」
『いきなりかよ!?』
 一駅も言えない内にゲップが出てしまったありまックスに、一同揃ってツッコミ。
 特に大きな声で突っ込んだのは、由乃と何故だか白薔薇のつぼみ二条乃梨子。
「一気飲みなんて言うから、全部飲むのかと思いきや!」
「しかも芝山鉄道って、駅が二つしか無い日本一短い私鉄じゃなかったけ?」
 千葉県出身の乃梨子は知っていたようで、地元の芝山鉄道は、東成田駅と芝山千代田駅の二駅しか存在しない。
「くぅ、流石は昔、常習性がある怪しい植物のエキス入りと言われたことがある某炭酸飲料、恐ろしい相手でした!」
 紙を畳んで、ペットボトルをしまうありまックス。
「それはともかく、結局一駅も言えなかったね」
「ですが次は大丈夫! ミス・ありまックスの、ハイパー・イリュージョンショー!! 今度はコレ!」
 紅薔薇のつぼみ福沢祐巳の呟きは無視して、再びバッグから何かを取り出した。
「ジャーン! これは、島田さまからいただいた薬用ハンドクリーム! これを手の平に塗って」
 チューブからクリームを出して、「誰が島田だ!」と騒ぐ由乃を尻目に、両手の平に満遍なく塗るありまックス。
「これを開けます!!」
 掲げたのは、『アレ!』と言う名の海苔佃煮の瓶。
「この、冷蔵庫の奥に5年以上放置されていた開封済みの海苔佃煮の蓋を、今ここで開」
『開けるなぁ!?』
 再び、一斉に突っ込む一同。
「そんなもの、ここで開けないで下さいまし!!」
「いいえ開けます。開けて見せます! 開けさせて下さい!!」
 紅薔薇のつぼみの妹、松平瞳子のお願いも空しく、ありまックスは蓋に手をかけ、力を入れて捻った。
 のだが、ツルツル滑るだけで、なかなか開こうとはしない。
 それも当然、ただでさえ滑る手の平では開け難いのに、ハンドクリームなんて塗った日には、更に開け難くなるのは必定。
 しかも、塗った量は標準よりも少なめだったにも関わらずだ。
「開きません! 黄薔薇さま!!」
 暢気に推移を見ていた黄薔薇さま支倉令に向かって、瓶を差し出すありまックス。
「島田さまが言うところの、『令ちゃんのバカ』チカラで開けて下さい!!」
 何か釈然としないような面持ちで、顔を背ける由乃を見ながら瓶を受け取った令は、
「仕方が無いなぁ」
 と言いつつ、蓋にぐっと力を入れた。
「だから開けるなってゆーとるでしょーがぁ!?」
「がはぁ!?」
 椅子を振り上げて、物理的に阻止する由乃。
 普通、5年も冷蔵庫内にあったのなら、低温乾燥で無臭のパサパサになっているハズだが、そんなことは彼女らが知るわけもなく。
「だからバカって言われるのよ」
 一番、そして唯一令をバカ呼ばわりしているのは、当の由乃本人だったりするのだが、あまりにも日常的なことなので、感覚が麻痺している様なのはまぁ無理からぬところか。
 動かなくなった令の手の平から、コロコロと零れ落ちた瓶を拾い上げ、バッグに戻したありまックスは、懲りずに三度何かを取り出した。
「ミス・ありまックスの、ハイパー・イリュージョンショー!! お次はコレ、生卵です!」
 どっから見ても、ごく普通の白い卵。
 テーブルの上で、ありまックスが卵を回すのを見ても、すぐに回転が止まるので、明らかに生卵。
「この生卵を床の上に立てて」
 小さなエッグスタンドに卵を乗せて、床に置くありまックス。
「この上に乗」
『乗れるかぁ!?』
 いい加減疲れているだろうにも関わらず、律儀に突っ込み続ける一同。
 だがしかし。
「……れたら良かったんですけどねぇ?」
『願望かよ!?』
 肩透かしを食らって、力なくテーブルに突っ伏す山百合会の面々。
 常識で考えれば、例え縦置きとはいえ、一個の生卵が人の体重を支えきれるはずがない。
「とまぁそんなワケで、楽しんでいただけたでしょうか?」
「無駄に疲れただけだわよ」
 ぐったりしたまま答える由乃。
「えー、何時でもどんな手段でもいいから、今後のために顔出しとけって言ったの、島田さまじゃないですか」
「わーわーわー! はいありがとうミス・ありまックス、ごきげんようさようなら!」
 口を尖らせたありまックスの腕を掴んで、強引に部屋から連れ出した由乃。
 なにやら階下から言い争うような声が聞こえてくるが、今尚動かない令以外は、お互いの顔を見て苦笑い。
 ご機嫌取りと言うと言葉は悪いが、早めに自己をアピールするため、由乃が炊き付けただろうことは、既に誰の目にも明らかで。
 ただ、まさかこのタイミングで、しかもこんな形で姿を現すとは、予想もしていなかった模様。
「お茶を淹れ直しますね」
 白薔薇さま藤堂志摩子が、脱力した一同はそのままでシンクに立った。

「……ったく、何よあの娘は」
 ブツブツと呟きながら部屋に戻って来た由乃は、妙に生温かい視線で迎えられたのだが、多少の哀れみや若干の呆れが混ざっていることには、残念ながら気付くことはなかった……。


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