【2763】 賞味期限はありませんイージカムイージゴー  (気分屋 2008-09-30 21:49:01)




※このSSは著しく祐巳と由乃のイメージを崩します。苦手な方は避けてお進みください。








「しかしなんだね。とっても暇だね」

「そうね、なにかいい遊びないかなー」

誰もいない薔薇の館で普段人には見せないような不真面目さをテーブルに突っ伏して表現している生徒が二人いた。
そんな時机に体を張り付けたまま窓の外をボーっと眺めていた生徒がつぶやいた。

「ん…?さっきあそこの茂み光らなかった?」

そういって机から頬をへりはがしたのは福沢祐巳。

「ああ、多分蔦子さんじゃない?」

そういって机から額をへりはがしたのは島津由乃。

「納得。ま、でも大丈夫かな。カーテンしてるしフラッシュ使わない限り鮮明に室内までは写せないね」
「フラッシュは使わないでしょ。盗撮してますよって言ってるもんだし…」
「蔦子さんも可哀想だよねー、せっかくの放課後をあんな無駄に過ごしてさー」
「ま、いいんじゃない?そのあたりは人それぞれの嗜好によるものでしょ」

話が一段落してお互いに深いため息を再び吐く。

「蔦子、可愛いよ蔦子」

突然祐巳の言った言葉に室内は一瞬静寂に包まれる。

「…ぷ…あっははははははははは!」

そして空気漏れのような音の後盛大に由乃は笑いだす。

「なにそれ!祐巳さん、蔦子さんのこと好きなの?!」
「え〜、普通だよ」
「じゃあ、なによそれ!」
「前下駄箱の中に入ってたラブレターに書いてあったのよ。『祐巳、可愛いよ祐巳』ってさ」
「はは、あってあげたの?」
「えーっと、どうだったっけなー。二年生の人だった気がするんだけどな。名前とか憶えてないなー」
「でもさ―――名前覚えられてもらえないほうが悪いんじゃないの?」
「うん、正論だね」
「それ以前に祐巳さんに名前を覚えてもらうには二階から自分の名前叫びながら飛び降るぐらいのインパクト与えないとね」
「ああ、それそれ、それなら覚えられる気がするわ…………あれ?」
「ん?どうかしたの?」
「……えーっとォ…………あなたって名前何だった?」

「「……………」」

「うわああああああああああああああん!!!!」

突然由乃は泣き出した。無理もない、数か月一緒にいたのに名前すら覚えてくれていないという衝撃の事実にかなりとり乱していた。
そもそも今思えば由乃はこれまで祐巳から名前で呼ばれたこと自体なかったのだ。

いきなり席を立って壁側に走って行き由乃は会議室の窓際に足をかけて祐巳を振り返った。
そして親指を立ててこういうのだった。

「…I can fly!」

そして由乃はなにの戸惑いもなく踏み切った。

「由乃さああああああああああああああああああああん!!!!」
「私の名前は島津由…て、えええええええええええええええええ!!!!!!?」

言い切ると同時に下から「え?!由乃さ…?!」という何処か聞いたことのある声の後べちゃっという雨にぬれた布団が落ちたような効果音がなる。
それは間違いなく尊い何かがこの世から消えた瞬間だった。

「うぅ、由乃さん…」

ガサ、ガサガサ。
何かが動く音がした後数秒もしないうちにすごい勢いで階段を上ってくる音がした。

ドン!という音と共に真っ青な表情の由乃さんが部屋に入ってきた。

「…由手さん!無事だったのね?!」

涙を流しながら由乃に祐巳は抱きつく。

「由『乃』よ!ていうか祐巳さん。今明らかに私が名前言う前に私の名前言ってたでしょ!」
「違うよ、きっと命を賭しての由乃さんが行ったボディランゲージが私の奥に深く眠る記憶を呼び覚ます呼び水になったんだよ。」

「というより、そんなこと言ってる場合じゃないのよ。私…」
「ん?どうかしたの?」
「私…人殺しちゃったみたいなの…!」
「大丈夫よ、私も毎年夏ごろに蚊を何十匹とマチ針で壁に刺して殺してるから」
「規模が違うでしょ!規模が!」
「由乃さん!」
「な…なに?やっと聞いてくれるつもりになった?」
「蚊を馬鹿にしちゃダメだよ!確かに寝るときに部屋に入ってきたらまだ不審者のほうがましだっていうぐらいにまとわりついてくるし、トイレの花瓶の水の中に蚊達の子供のボウフラが大量に発生していたりするけど、それでも必死に生きてるんだよ、蚊も!そんなに必死に生きている命と人間の命とどれほどの大差があるというの?!きっと今の由乃さんの言葉はきっとマリア様も深く傷つけたし第一に由乃さん自身さえも汚す一言だよ!!!!」
「な、なんだってぇえええええええええええ?!」
「さ、マリア様にお祈りしましょう?きっと今ならまだ間に合うわ」
「えっ?あ、うん。じゃあ…」

由乃は祐巳のただならぬ迫力に負け膝を折り両手を合わせて祈りだした。

「ああ、マリア様、命を粗末にした私をお許しくださ「カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!!!!!!!!!!」…!!!?」
「あははははははははは九枚連続撮影で『黄薔薇の蕾の妹蚊に懺悔するポーズ』ゲットォ!」
「な??!!」
「ああ、マリア様、命を粗末にした私をお許しくださ(由乃の物真似)「きゃああああああああああああああああ」あははははははっははっははは!」

由乃の物真似を再現する祐巳に由乃は悲鳴に徹底交戦をするが、祐巳はそれさえも面白がる。

「あ!すごいよこれ!」
「今度は何よ!」

祐巳は携帯画面を由乃に見せる。

「こうやって九枚を順番に素早くプレビューすると…」
「すると?」
「動画に見える!」
「どうでもいい!!」
「あ〜、満足満足。大丈夫だって今消したし」

由乃は携帯を取り上げて中身を見てみたが確かにデータは消えていた。

「あ〜、よかった〜」

祐巳はとても満足げな顔をしながら流しまで紅茶をいれに行く。

「そうだ、お姉さまのたっか〜いブランド物ティーカップ使ってやろっと〜」
「あ、じゃあ私は志摩子さんのティーカップを…って臭ッ!銀杏臭ッ!やっぱり却下!もう江利子さまと聖さまと蓉子さまのカップ全部使っちゃおう!」

そういって一旦志摩子のカップを地べたに置いて三薔薇のカップを取り出してそれも地べたに置く。

「あー、でも江利子さまと間接キスなんてなんだか嫌だな」
「ん?由乃さんと江利子さまがキス……なんかすごく興奮する構図だね。第三者は」
「やっぱり令ちゃんでいいや」
「なんだ、普通のカップリングか…つまんないね」
「もう!横からいちいちうるさいわね!じゃあ祥子さまでいいわよ!それ寄こしなさいよ!」
「ちょっと!危ないって…あぁ!」

無理やりとろうとしていたら祐巳の手から祥子のカップが滑り落ち…ちょうど三薔薇と志摩子さんのカップの上に落ちきれいにすべて割れ去ったのだった。
白いガラス粉が一瞬舞ったあとそこに置いてあった四つのカップは一つのティーカップによりすべて壊された。

「「……………」」

「……なんというストライク…!」
「令ちゃんの……」

ゴクッと唾をのどに押し込んだ後で祐巳が口に出した言葉がそれだった。
その言葉を札切りに由乃が手に持っていた令のティーカップを高々にあげた。

「馬鹿ァーーーーーー!!!!!!!!」
「関係ないよぉーー?!」

祐巳の突っ込みも虚しく由乃は令のティーカップを地面に対して垂直に投げた。
パリーンという小気味のいい音でそれは完全破壊される。

「…死なばもろともか、武士ならば潔く…!」
「だから関係ないって!」

祐巳は悪乗りしようとする由乃を止める。

「自分のカップ割っても何の証拠隠滅にならないよ!」

その言葉に由乃の動きがピタっと止まる。

「どさくさにまぎれて自分のカップを割れば自分も被害者になれると思ってるんでしょう?でもだめよ。逃がさない」

由乃は完全に思考を支配されていたのだ。それもはじめから…!

「そもそも発想がいけないよ?自分が疑われなければそれでいいっていうのは間違っていないけどその場合は単独の場合じゃないといけない。もちろんわかるよね?別にそれを割って自分は無実だと言いたければそれでもいいわ。でも私も疑われたくないの、わかる?」
「え、ええ」
「だからね?さっき携帯から家のパソコンに送った画像を今日この場にいた証拠品として提示させてもらうね?」
「…そ、そんな…」
「ふふ。いい?発想を逆転させるの」
「逆転…?」
「そう、逆転…つまり、『自分が疑われなければいい』じゃなくて、『誰かが疑われればいい』人のせいにするの。ネズミの気持ちではチーズしか得られない、より確実なものを手に入れるにはオオカミの気持ちにならなきゃ、ね?」
「そうね…でも、そんなに都合よく…あ」
「そうよ、いるじゃない。さっきあなたが帰ってきたときに言っていたじゃない」
「そうだ、私蔦子さんを思いっきり踏んじゃって…」
「どうせ死んでいないんでしょ?」
「うん、気絶してただけだから放っておいても大丈夫かなって」
「彼女は盗撮という自分の欲望のためだけに動いてしまったわ。だからその罪を私たちが清めましょう?友人をかばえるなんてとてもうらやましいと思わない?」

その時、由乃はあることわざを思い出していた。

失敗しても笑っている人間は誰のせいにするかを思いついた人間である…




そしてその翌日…




「ん…んん…」

今日のベッドはずいぶん硬いなと蔦子は思った。
今何時だろ…。ついいつものくせで蔦子は腕にしているはずのない時計を見てしまう。

「…あれ?」

なんだ、時計つけたままねちゃったのかな。そんな考えをよそに声が降ってきた。

「…ようやくお目覚めかしら?」
「…え!?」

ずれた眼鏡を手で直しながら起きあがる。
私が床で寝てたのにもびっくりしたし、ここは薔薇の館だって言うのにもびっくりした。
けど何より蔦子が一番びっくりしたのは自分を山百合メンバーが囲っていることだった。

「な、なんですかこれ?!」
「それはこちらのセリフなのだけど…」
「…え?」

蓉子が代表といった感じに一歩前に出て話をする。

「蓉子〜かばんの中に由乃ちゃんと祐巳ちゃんのコップがあったよ〜」

聖は蔦子の鞄の中からコップを取り出して蓉子に見せた。

「これで完璧ね。言い訳はとりあえず後で聞くわ、令!」

無言でうなずいて蔦子を部屋から連れ去る。

「え?なに?!私なにもしてない!なんで?!」
「いや〜まさかカメラちゃんにピッキングなんて言うスキルがあったなんてね〜。あとで教えてね〜」
「え?え?!えええええ?!!」
「蓉子さま、蔦子さんを許してあげれませんか?」
「私からもおねがいします!きっとまがさしただけなんです!コップ代なら私が出しますから!」
「なら私もお金を払います!」

祐巳と由乃が必死に蔦子をフォローする。
しかし、それを祥子がせいする。

「よしなさい、そもそもあなたたちが払える額じゃないわ」

「「アルバイトしてでも弁償します!」」

二人の声は完全にダブった。
それに祥子は苦笑いして「もういいわ」とだけ言った。

「もういいわよ。そうね、きっと蔦子さんもわざと割ったわけじゃないんだし、特に学園内に広げる気は全くないわ」

「あ、ありがとうございます!」

祐巳は頭を下げて礼をいった。

「そうね、なら割れたコップを掃除してくれたら今回のことは忘れましょう」
「はい!任せてください!」

山百合のメンバーは由乃と祐巳を残して薔薇の館から出て行った。
祐巳たちはぱっと見た感じで大きそうな破片を授業でもらったプリントで包んでゴミ袋の中に入れる。
そして分かりにくい破片は親切にも誰も踏まないように隅に足で寄せるのだった。
この間約一分。そしてその後はいつものようにテーブルの上に体をべたーと引っ付けて退屈なことをアピールする。

「祐巳さんが弁償するなんていうかびっくりしちゃったじゃないの。一応乗っかったけど」
「ん〜、だってやってもないのに弁償させられたら可哀想でしょう?」
「ところで祥子さまのティーカップって何円だったの?」
「さあ、時価だからよくわからないけど数百万円らしいよ〜。ま、装飾の宝石類はちゃんともらったから今じゃせいぜい数十万円だろうね」
「じゃあさ、帰りに質屋よらない?」
「あ、いいね。さえてるさえてる」
「でしょ?」
「にしても暇だね〜、まだ7時だよ」
「蔦子さんいったん家に帰らされるみたいだよ。今日は途中から登校だってさ」
「ふ〜ん」
「あと一時間以上暇だよ〜」

ぼんやり窓から外を見ていた祐巳がつぶやいた。

「あ、今なんか茂みで光った」

頬を机からはがして顔を由乃に向けて言う。

「蔦子さんじゃないなら、真美さんじゃない?」

額を机からはがして祐巳の目を見て言う。

「……………あれ?」

「どうかした?」

「……えーっと……あなた――――――





―――――――――名前何だった?」














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