【2767】 恋物語どうか、どうか真実を  (柊雅史 2008-10-10 23:21:55)


〜はじめに〜
リリアン女学園七不思議なんて知りませんよ!(えー!)
というわけで、このお話はフ○テレビにて放送されていた「33分探偵」のパロディになっています。ご存知ない方はタダの悪ふざけにしか見えないかもしれませんが、きっと、多分、恐らく知っている人には「あぁ、あのシーンね」とわかってもらえる……といいな、と思っています。
以上、言い訳終わり!


  †    †    †


 事件は放課後の薔薇の館で発生した。
「ごきげんようー」
 いつものように由乃さんと一緒に教室を出て、途中で会った菜々ちゃんとも合流し、のほほんと薔薇の館のビスケット扉を開いた祐巳。
 その祐巳の眼前には、見慣れた薔薇の館の執務室が広がっている――はずだった。
 だがしかし、そこで祐巳を出迎えた光景に、祐巳は思わず足を止める。
「ぅわぷ!」
 由乃さんが奇妙な声を発して祐巳の背中にぶつかった。
「ちょっと、急に立ち止まらないでよ! どうかしたの、祐巳さん?」
 ひょい、と祐巳の脇から顔を覗かせた由乃さんも、室内を見て「あ!」と声を上げた。同様に、由乃さんとは逆の方から顔を覗かせた菜々ちゃんが驚きの声を漏らす。
「……こ、これは……事件ですねっ!」
 なんだかちょっと嬉しそうに聞こえたのは気のせいか。
 薔薇の館の執務室――その床の上に、祐巳愛用のティーカップが割れて転がっていた。


「誰もいない薔薇の館。そこで粉々に割られた祐巳さまのティーカップ。これは事件です、お姉さま!」
「ええ、そうね、菜々! これは事件よ、事件! 怨恨か復讐か、なんかそんな感じのドキワクな匂いがプンプンするもの。各部の所属部員数に応じた補正予算案の書類作りなんてしてらんないくらいの大事件だわ、きっと!」
 菜々ちゃんに促され、由乃さんがちょっぴり本音を漏らしながら室内に足を踏み入れる。わらわらとカップの破片を取り囲み、事件だ事件だと騒ぐ黄薔薇姉妹を見て、祐巳は今日予定されていた仕事が明日以降に後回しになる予感を覚えた。
「このカップは……やはり、祐巳さまのカップで間違いありません」
「学園のアイドル狸のカップを粉砕する……なんて恐ろしい犯行かしら」
「……誰が狸よ、誰が」
 難しい顔で割れたカップを観察し始める黄薔薇姉妹にため息を一つ吐いて、祐巳が鞄をテーブルに置いた時だった。
 パタパタパタ、と足音がして、ビスケット扉が開かれる。
「あれ、瞳子?」
「お、お姉さま! ご、ごきげんよう……」
 瞳子が足音を立てて階段を上ってくるなんて珍しい。ついでに言うと、鞄ではなく箒とちりとりを持って部屋に駆け込んでくると言うのも、非常に珍しい光景だった。
 ――と言うか、これは考えるまでもなく。
「すいません、お姉さま。実はお姉さまのカップを割ってしまいまして」
 カップを囲んでいた黄薔薇姉妹を無視するようにして祐巳の元へ近付いた瞳子が、しょんぼりと頭を下げる。
「お姉さまのお気に入りでしたのに……」
「良いよ良いよ、100均で買った安物だし。それより、瞳子は怪我とかしなかった?」
「はい、大丈夫です」
 頷く瞳子にほっと胸を撫で下ろし、祐巳はカップを囲んで「事件事件」言っていた黄薔薇姉妹を見た。
 瞳子の登場といきなりの自白(?)に、案の定二人は固まっている。
「とりあえず、危ないからカップを片付けようか。ほら由乃さん、どいてどいて。早く片付けて、お仕事しなくちゃね」
 悔しそうにその場を離れる由乃さんを尻目に、祐巳は瞳子と協力してカップの破片を片付ける。祐巳が箒とちりとりで破片を回収し、瞳子が濡れ雑巾を持ってきて、それで床を拭いた。
 かくして、放課後の薔薇の館で発生した事件は、無事解決したのだった。


「――果たして、そうなのでしょうか!?」


 今日のお仕事が予定通りにこなせそうだと祐巳が安心してテーブルに着いた時だった。
 何を思ったか、菜々ちゃんが突然妙なことを口走り始める。
「瞳子さまが祐巳さまのティーカップを不注意で割ってしまった――果たして、そうなのでしょうか?」
「え、そうなのでしょうかも何も、現に私が不注意でお姉さまのカップを……」
「それで良いのですか? それだと、放課後いっぱい時間が潰せませんよ!?」
「な、菜々……!」
 力いっぱい山百合会のメンバーとしてどうかと思われるセリフを口にする菜々ちゃんに、由乃さんの顔がぱぁっと輝く。
 そんな由乃さんに力強く頷きを返して、菜々ちゃんは宣言した。


「この簡単な事件……私が放課後いっぱい持たせてみせます!」


 普通に書けばたった5分で終わる超簡単な事件を、
 仕事をサボリたいお姉さまのため放課後いっぱいまでなんとかもたせる名探偵
 その名も、放課後探偵有馬菜々
 次々に繰り出される推理にガンガン増える一方の容疑者
 その果てに真犯人は見付かるのか見付からないのか?
 ただいま……放課後、16時です。



 Case.01 割れたティーカップ



 しばらくしてやって来た白薔薇姉妹を加え、薔薇の館には山百合会のメンバー6人が揃い踏みとなった。
「えっと、話が見えないのだけど……?」
「事件の概要はこうです。放課後、私とお姉さまと祐巳さまが薔薇の館にやってくると、祐巳さまのティーカップが無残にも割られて床に転がっていました」
 首を傾げた志摩子さんに、菜々ちゃんがそう言って床に貼られた赤テープの円を指し示す。菜々ちゃんの宣言を受けて、由乃さんが嬉々として貼り付けたテープである。山百合会の書類仕事もこのくらい熱心にしてくれれば良いのに。由乃さんも菜々ちゃんも。
「まぁ、そうなの?」
「ええ、私が不注意で落としてしまいまして」
 目を丸くする志摩子さんに、瞳子が説明をする。
「瞳子って時々ドジするよね」
「瞳子が他にいつ、ドジをしたのですか」
 茶化すように言った乃梨子ちゃんを、瞳子がじろりと睨みつける。相変わらず仲の良い二人だ。
「そこです! そこが私も引っかかったのです! あの瞳子さまが不注意で祐巳さまのカップを割るなんてことが、あるのでしょうか? 祐巳さまが先代の紅薔薇さまのカップを割ると言うのならともかくとして!」
「それってどういう……」
 祐巳としては聞き流せない菜々ちゃんの主張に抗議の声を上げかけるが、菜々ちゃんは祐巳を無視して自説を展開し始める。
「志摩子さま――あなたは最近、祐巳さまを恨んでいましたね?」
「えぇ!? そうなの、志摩子さん!?」
「そ、そんなことないわ、祐巳さん。そんな、どうして私が祐巳さんのことを……」
「去年、一昨年と白薔薇姉妹は紅薔薇姉妹に次ぐ露出を誇っていました。それは言うまでもなく、乃梨子さまや先代の白薔薇さまの活躍によるものでした。しかし、今年になって白薔薇姉妹の露出が激減した。理由は言うまでもなく、姉妹問題が解決したことではっきりと差が出始めたのです! そう、お姉さまと志摩子さまがそれぞれ、主役たる祐巳さまと絡む機会の差が!」
「そ、それは……!」
 主役とか露出とか意味不明なことを言う菜々ちゃんに、何故か志摩子さんが「ガビーン」とショックを受ける。
「激減した出番に、あなたはお姉さまばかり構う祐巳さまを恨んだはずです! そしてついつい、その悪意が溢れ出てしまい、祐巳さま愛用のカップを叩き割ると言う暴挙に出てしまったのです!」
「そんな……私……私、違う……違うわ。確かにちょっと由乃さんに比べて落ち着きすぎで縁側の老猫っぽいかもしれないと思ったりもしたけれど、そんな、祐巳さんを恨むなんて、ちょっとしか……!」
「ちょっとはあったの!?」
 聖女のような志摩子さんの衝撃的なカミングアウトに反応したのは、何故か祐巳一人だった。
「でも。確かにお姉さまは志摩子さまより由乃さまと一緒に行動してますけど。確かに志摩子さまには動機があったのかもしれませんけど。繰り返しますが、お姉さまのカップを割ってしまったのは、間違いなく私ですわ」
 狼狽する志摩子さんをフォローするように、瞳子が小さく手を上げて言う。
 そうだ、そうだった。志摩子さんの心の闇も気になったけど、そもそも犯人(?)は既に自首しているのだ。つまり無駄に志摩子さんの不満を暴露した菜々ちゃんの推理(?)は、意味がないのではないだろうか。
「いいえ、確かにカップを割ったのは瞳子さまだったかもしれません。――しかし、それが仕組まれた罠だったら?」
「……罠?」
「そうです! 紅薔薇姉妹の真の大黒柱、あの祐巳さまがまっとーな薔薇さまっぽく見えちゃうくらいに強固な縁の下の力持ち! そんな瞳子さまがドジ踏んでカップを割ることよりも、志摩子さまの仕掛けた罠にかかってしまったと考える方が自然ではないでしょうか!?」
 力強く断言する菜々ちゃん。
 えっと、私ってそんなに頼りないかな、紅薔薇一家の大黒柱って瞳子なのかな――と横からみんなに尋ねようかと思った祐巳だったが、多分悲惨な未来しか待っていない気がしたので黙っておいた。
「良いですか、想像してみて下さい。まず、瞳子さまが一足先に薔薇の館へやって来ます」
 菜々ちゃんのセリフに、一同がなんとなく上を見上げてその光景を思い浮かべる。
「いつものようにごきげんよう、と言ってビスケット扉を開ける瞳子さま。すると、そこには一面の銀杏が!」
「銀杏!? 一面の銀杏!?」
 早くも祐巳の想像を超越しつつあるが、とりあえず床を埋め尽くす銀杏を思い浮かべる。なんかもう、凄い臭そうだ。
「そんな罠の張り巡らされた室内に足を踏み入れる瞳子さま。もちろん、周到に敷き詰められた銀杏には気付かない」
「なんで!? なんで気付かないの!?」
「奇跡的に銀杏を避けて給湯室に向かい、早速お茶の準備を開始して祐巳さまのカップを取り出す瞳子さま。しかし、一歩足を出したその先には、十分に熟して滑りやすくなっている銀杏が! 当然、滑って転ぶ瞳子さま。割れるティーカップ」
「今度は踏むんだ……?」
「その後、私やお姉さま、祐巳さまが薔薇の館へ。もちろん銀杏には気付かず、祐巳さまと瞳子さまはカップを片付けます」
「さすがに気付くんじゃないかなぁ……」
「その際、カップの破片と一緒に銀杏も片付けられてしまう。被害者にトリックを片付けさせるという周到な罠。もはや痕跡は残らぬくらいに、瞳子さまは濡れ雑巾で銀杏を掃除してしまった、と言うわけです」
「だから気付くってさすがに」
 とことんツッコミどころ満載で、祐巳も色々とツッコミを入れたものの、菜々ちゃんの心には全く届いていない様子だった。菜々ちゃんは自信満々の表情で志摩子さんに向き直る。
「床一面の銀杏を準備し、気付かれることなく床に撒くと言う重労働は、普通の人には出来ません! しかし、銀杏好きで有名であり普段から銀杏を持ち歩いている志摩子さまなら、なんら不自然なことではありません!」
「た、確かに私が銀杏を持ち歩いていても誰も不思議に思わないかもしれないけど……」
 菜々ちゃんの推理(?)に志摩子さんが果敢に反論する。って言うか、そこ、認めちゃうんだ、志摩子さん!?
「でも、その推理には一つだけ穴があるわ、菜々ちゃん」
「一つだけ!? ねぇ、志摩子さん、一つだけなの!?」
 祐巳の問いに志摩子さんが力強く頷く。いやあの、そんな「任せて祐巳さん!」みたいな顔で頷かれても。だってどう考えても、穴は1つだけじゃないと思うのだ。
「菜々ちゃんの推理の穴……それは今が春と言うことよ! 銀杏の収穫時期は秋だわ!」
「!!!」
 志摩子さんのどうでも良い指摘に、何故か菜々ちゃんは「しまった!」とばかりに顔を歪ませた。
「……確かに銀杏の収穫は秋よね」
 うんうん、と頷く由乃さんに、菜々ちゃんがちょっぴり泣きそうな顔になる。
「となると、やっぱり瞳子ちゃんが犯人ということに……」
「いえ、お姉さま。結論を出すのはまだ少し早すぎます。まだまだ放課後は十分ありますよ」
 むしろ祐巳としては、まだ結論が出てないのが信じられない気分なのだが。
「と、なると……聞き込みね、菜々!?」
「ええ、聞き込みです、お姉さま!」
 力強く頷きあい、揃って薔薇の館を飛び出していく黄薔薇姉妹。
 残された紅白の薔薇姉妹は呆然とその背中を見送って……軽くため息を吐いて、壁にかけられた時計を見上げた。
 
 
 ただいま、16時30分です。
 
 
「祐巳さん、菜々! 面白い証言が見付かったわよ!」
 とりあえずお茶でも飲もうかと、祐巳たちが準備を開始した頃になって、由乃さんが嬉々として薔薇の館に戻ってきた。
「お姉さま、ナイスです! 早速証言を聞きましょう!」
 由乃さんとは違い、薔薇の館を飛び出ていった1分後には戻って来て、「あ、私もお茶もらえますか?」とのたまった菜々ちゃんが、再び放課後探偵モードに切り替わる。
「証言者は二人。なんだかどっちが喋っているか良く分からないふわふわした感じの2年生コンビよ」
「どっちが喋っているか分からない、ふわふわした感じの2年生コンビですか」
「かしらかしら」
「そんなことないかしら」
「私が美幸で」
「私が敦子かしら」
「かしらかしら〜」
「本当にどっちが喋っているか分からない、ふわふわした感じの2年生コンビだね……」
 由乃さんが連れてきた二人に、思わず祐巳は感心するが、その隣で瞳子が「何をやってるのですか、美幸さん方は……」と頭を抱えている。
「それで、お姉さま。面白い証言と言うのは?」
「そうね。さぁ、あなたたち、どっちが喋っているか分からない感じでふわふわと証言しなさい!」
「かしらかしら、目撃かしら」
「何をかしら?」
「敦子さんと先日お出掛けしたかしら」
「そうだったかしら」
「その時見たかしら」
「ええ、目撃したかしら。小物店で目撃したかしら」
「買ってたかしら」
「購入かしら」
「うわー、本当にどっちが喋ってるか分かんなくなってくるなぁ……」
 なんかふわふわと揺れながら証言する2年生コンビに、祐巳は瞳子と並んで頭を抱えたくなってきた。
「なるほど。何かを目撃したのですね。何を目撃なさったのですか?」
「あなたたち、何を目撃したの? もっともっとどっちが喋っているか分からない感じでふわふわと証言しなさい!」
「かしらかしら」
「誰かは曖昧かしら」
「駅前かしら」
「カップかしら」
「一組かしら」
「背格好でなんとなくかしら」
「遠目だったかしら」
「知っている人だったかしら」
「かしらかしら」
「そんな感じかしら?」
「全然、どっちが喋っているのか分かんないよ!」
 完全に頭を抱えた祐巳に、瞳子が「大丈夫です、友人の私でも区別つきませんから!」と慰めてくれる。でも瞳子、それは友人としてどうなんだろう。
「なるほど……どちらが喋っているか良く分かりませんでしたけど、あの方たちは駅前の小物店で知り合いらしき人物を目撃した、と。そういうわけですね、お姉さま?」
「ええ、そうよ。でもそれが誰だったか、については遠目だったこともあって曖昧みたいね。知り合いらしいことは、間違いないようだけど」
 退場した美幸ちゃんと敦子ちゃんの証言を、菜々ちゃんと由乃さんが吟味している。よく理解できたなぁと、祐巳は感心した。
「やはり、私の睨んだ通りこの事件は一筋縄ではいかないようです。むしろ今日中に解決できるかどうか、不安になって参りました」
「どうするつもり、菜々?」
「ここはまず、あそこでもう少し詳しい状況を聞きましょう」
 菜々ちゃんがそう言って、祐巳たちの方を向く。これはきっと「ついて来い!」と言うことなのだろう。
 祐巳たちはお茶の準備を中断して、菜々ちゃんに先導されて薔薇の館を出た。


『写真部』
 そんな張り紙のある扉の前で、菜々ちゃんは足を止めた。どうやら菜々ちゃんの目当ては写真部だったようだ。
 ……なんで写真部が関係してくるのだろう、今回の事件で。
「――蔦子さま、これって何か分かりますか?」
「何よ、笙子ちゃん? 牛乳か何か?」
「違いますよ。これは水に小麦粉を溶かしたものなんですけど。指を入れて掴むと、水が掴めるんですよ?」
「へぇ、そうなの?」
 菜々ちゃんが身振りで「お静かに!」と指示して扉に耳をつける。
 祐巳たちもそれに習うと、なにやらそんな感じの怪しげな会話(主に笙子ちゃんの口調が)が聞こえてくる。
「そうなんですよ。さ、蔦子さま。指を入れてみて下さい」
「え、なんでよ?」
「これは重大な化学実験なんです! ほら、ここににゅいーんって。にゅいーんて手を入れて下さい!」
「こ、こう?」
「そしてにゅいーんて水を掴んで引っ張って下さい!」
「……うわ、なにこれ!?」
「す、凄いですよね、ぬるぬるですよね、不思議ですよね! それでですね、この液体をこう、蔦子さまの太ももとかにかけて勢い良く手の平とかを滑らせたら素敵だと思いませんか!?」
「え、イヤよそんなの」
「でもこれは大切な実験なんです! ですから蔦子さま、そこの机の上に横になって――」
「――失礼します、ごきげんよう!」
 笙子ちゃんの口調がなんかもうヤバイ感じになったところで、菜々ちゃんが勢い良く扉を開けた。
 ガタガタガタ、と音を立てて笙子ちゃんが蔦子さんから離れ、後ろ手に何か(多分、白い液体)を隠している。
「あら、祐巳さんじゃない。どうしたのよ、何か用?」
 眼鏡を直しながらこちらに近付いてくる蔦子さんの背後で、笙子ちゃんが「ちっ」と舌打ちをしていた。
「そうそう、この写真。中々上手く撮れたからプレゼントするわ。祐巳さんの着替え写真」
「な、なんでこんな犯罪チックな写真を!?」
「祐巳さんのために頑張って撮ったのよ」
 ……頑張らないで欲しい、そんなこと。
「蔦子さま、ありがとうございます。それで、笙子さん、頼んでいたものの分析の方は……?」
 何故か菜々ちゃんが蔦子さんから写真を受け取って、背後で拗ねている笙子ちゃんに声を掛ける。
「あ、はい、終わってますよ。回収したカップは確かに100均などにある安物の陶器でした。それと、特に何か液体が――お茶などは入っていなかったようです」
「……なるほど、やはりそうでしたか」
 果たして笙子ちゃんがなんでそんな分析結果とか知っているのか、など気になる点は多々あるものの、なんだかもうツッコミを入れる気にもならない。
「ありがとうございました。それでは、私たちはこれで」
「え、もう行っちゃうの? 祐巳さん、それじゃあまた明日ね」
 蔦子さんがなんとなくいつもと違うキャラで手を振ってくる。
 なんて言うか……ここはミスキャストもいいところじゃないかな、菜々ちゃん……。



「ますます複雑になる事件。情報を求めて私は、ついにあの方を頼ることにした……」
 ついに菜々ちゃんが自分でナレーションを入れながら、リリアン女学園の中庭を疾駆する。スケートをしているみたいな変な動作で突き進むのは、なんだろう。仕様だろうか。
「……お姉さま、私達はいつまで付き合えば良いのでしょうか?」
「我慢だよ、瞳子。もうすぐ下校時間だし、そろそろ解決するはずだから」
 自分のミスからこんな事態に発展したことを悔やんでだろうか、瞳子はちょっと元気がない。
 瞳子を励ましながら、祐巳は菜々ちゃんに連れられてリリアン女学園の高等部の敷地を抜け、大学部へと向かった。
「はーい、いらっさいいらっさい。ロシア土産の大バーゲンだよー」
 何故か大学部の敷地で露天を開いている人物がいる。
 どこかの民族衣装のようなものを羽織っている、美しい額の持ち主――
「うげ、江利子さまじゃないの!」
 真っ先にその正体に気付いた由乃さんが、嫌そうにその名前を口にする。
 やっぱり祐巳の見間違いではなかったようだ。民族衣装を着込んでロシア土産を売っているのは、間違いなく先々代の黄薔薇さま、鳥居江利子さまだった。
 ……まぁ、なんていうか。こんな面白げなイベントに、江利子さまが登場しないわけないんだよね、と祐巳は納得することにした。
「――情報が欲しいのですが」
「は〜い、マトリョーシカだよ、いくらでも小さいの出てくるよー」
 ひそひそと声を掛けた菜々ちゃんを江利子さまは無視して、どうでも良い土産を売りつけようとする。
 菜々ちゃんは周囲を警戒しつつ、懐から一枚の紙――さっき蔦子さんから受け取った写真――を取り出し、江利子さまに渡した。
 江利子さまは同じく周囲を警戒し、そっと写真を懐にしまう。
 というか、勝手に他人の写真で取引しないで欲しい。
「――例の祐巳ちゃんのカップ破壊事件の情報ね?」
「はい」
「確かに、事件の直前に薔薇の館に入ったのは瞳子ちゃんしかいないことは間違いないわね。それに瞳子ちゃんは先週の日曜日に駅前でも目撃されているわ。それと、一部の友人に最近色々と愚痴を零していたそうよ」
「愚痴、ですか? それは一体……?」
「ピロシキいかがですか〜。美味しいピロシキいかがですか〜?」
 菜々ちゃんが今度は由乃さんの着替え写真を江利子さまに渡す。
 なんでそんな写真常備しているんだろう、菜々ちゃん……。
「どうやら祐巳ちゃんのことみたいね。最近、ちょっとラブが足りないとかなんとか」
「……そうなの、瞳子?」
「し、知りません! ではなく、そんなこと言ってません!」
 ぷい、とそっぽを向く瞳子に、祐巳はちょっと反省した。もう少しコミュニケーションが必要だったのだろうか。
「――ありがとうございました。これで情報は揃いました」
「毛皮のフードいかがですか〜?」
 再び露天商に戻った江利子さまを置いて、菜々ちゃんはゆっくりと薔薇の館に戻って行った。
 どうやら……解決の時が近付いてきたらしい。
 
 
 夕暮れに薔薇の館は赤く染まっていた。
 下校時間まで――残り、30分――


「さて、それでは今回の事件の真犯人をお話しましょう」
 薔薇の館の執務室で、菜々ちゃんが名探偵よろしく語り始めた。
 ただ、間違いなく迷う方の迷探偵だと思う。
「まずは――二条乃梨子さま」
「ふぇ!? 私!?」
「あなたは祐巳さまに恨みを抱いていましたね?」
 ……前半に志摩子さん、そして今回が乃梨子ちゃん。祐巳はなんだか恨まれてばかりである。
「ど、どうして私が祐巳さまを……?」
「あなたは瞳子さまの親友を自認しています。ですが、最近は朝の挨拶もそこそこに瞳子さまの話は祐巳さま一色。お昼休みも祐巳さまのお話、掃除の時間も祐巳さまのお話、放課後もそうですしお風呂の途中にも電話がかかってきては祐巳さま祐巳さまの毎日……」
「いや、いくらなんでもそこまでは……」
「そんな日々に徐々に芽生えたのは、ガチ印の嫉妬の炎。祐巳さまに嫉妬を感じた乃梨子さまは、ついに瞳子さまと祐巳さまの仲たがいを画策した、というわけです」
「誰がガチ印なのよ! 第一、私が薔薇の館に来たのは、事件よりずっと後よ。それまでは志摩子さんの教室で志摩子さんを待ってたんだから」
 マイペースに持論を展開する菜々ちゃんに、乃梨子ちゃんが反論する。まるでストーカーチックな主張だけど、そこは指摘しないのが華だ。今更でもあることだし。
「しかし、それを言っているのは乃梨子さまだけです! 瞳子さまと教室で別れたフリをした乃梨子さまは、ダッシュで薔薇の館へ。瞳子さまが来る前に部屋の中央に荒縄を張り、息を潜めます」
「銀杏よりマシだけど、気付くんじゃないかな……?」
 祐巳の率直な感想は無視された。
「そして瞳子さまは薔薇の館に到着。潜んでいる乃梨子さまにも荒縄にも気付かず、お茶の準備を始めたところでぐいっと縄を引き、瞳子さまは倒れカップは粉々に。その後、私やお姉さま、祐巳さまが到着した混乱に乗じて、乃梨子さまは部屋を出ます。入口は通れなかったので、窓から飛び降りるなどしたのでしょう」
「とんだアクロバットだね」
 祐巳の率直な感想は無視された。
「そうして志摩子さまの教室に戻った乃梨子さまは、何食わぬ顔で薔薇の館に戻ったというわけです」
「な、なるほど……乃梨子ちゃん、あなたが犯人だったのね!」
 由乃さんが勢い込んで乃梨子ちゃんの手を取ったところで。
 なんかいつの間にか部屋にいた桂さんが「あの〜」と手を上げた。
「でも、私、自分の席から廊下が見えるんだけど。乃梨子ちゃんはずっとそこにいたわよ?」
「!!!」
 桂さんの目撃証言に、菜々ちゃんが「なんてこったい!」という表情になる。
「……コホン。そうよね、志摩子さん萌えの乃梨子ちゃんが犯人なわけないわよね」
「誰が志摩子さん萌えですか、誰が」
 乃梨子ちゃんを拘束しようとしていたのを誤魔化すように咳払いしつつ、由乃さんが元の位置に戻る。
「どうやら乃梨子ちゃんには犯行は不可能みたいよ、菜々?」
「いいえ、これは――そう、周到に練られた遠隔操作です!」
「遠隔操作?」
「そうです。乃梨子さまは事前に薔薇の館に荒縄のトラップを仕掛け、一方の端に細い紐を結びます。その紐は窓から外に出て雨どいへ。雨どいを通って中庭へ。そこから校舎裏、科学準備室、通気孔、なんかよく分からない部屋、職員室から志摩子さまの教室の前まで伸ばします」
「なんかよく分からない部屋ってどこ!?」
 祐巳の率直な感想は無視された。
「そして乃梨子さまは瞳子さまが薔薇の館に到着した頃合を見て紐を引き、瞳子さまを転ばせる。その拍子にカップが割れたというわけです」
「でも、そんなロープとか紐なんて見なかったわよ、菜々?」
「そこも乃梨子さまにはぬかりはありませんでした。リリアン女学園に住み着いている、猫さん。この猫さんの習性を見事に利用し、運動部のランニングや茶道部のミーティングなどを計算に入れ――なんやかんやで、見事に紐もロープも回収に成功したわけです。桂さまには一切気付かれることなく!」
「その、なんやかんやってのはなんなのよ?」
 乃梨子ちゃんのもっともな質問に、菜々ちゃんが不敵な笑みを浮かべる。
「なんやかんやとは――」
「なんやかんやとは!?」
「なんやかんやですよ!!」
 ガビーン。
 言い切った菜々ちゃんに、そんな擬音が室内を満たす。
「……ダメじゃん」
 由乃さんが全員の意見を代弁した。
「菜々、ダメよ。やはり乃梨子ちゃんが犯人というのには、無理があるわよ」
「……そのようですね。しかし――これで今度こそ、この事件の真相が見えてきたようです」
 ちらり、と時計を見て菜々ちゃんが言う。時刻は既に17時15分――あと15分で、下校時刻になる。
「古今東西、あらゆる名探偵が言っています。様々な可能性を一つずつ検討し、潰していき――結果、残ったものが一つであるならば、どんなに信じがたい可能性でも、それが唯一の真実なのだ、と……」
 菜々ちゃんがその場にいた全員の顔を順に見回す。
 祐巳、瞳子、志摩子さん、乃梨子ちゃん――それぞれが、菜々ちゃんの最後の言葉を待つ。
「今回の事件――祐巳さまのティーカップを壊した犯人――それは……」
「それは?」
「それは――松平瞳子さま! あなたです!」


「うん、みんな知ってた……っていうか、最初からそう言ってた……」


 祐巳の力ないツッコミを聞き流し、菜々ちゃんは瞳子の前に歩み寄った。
「瞳子さま――祐巳さまのカップを壊したのは、あなたですね?」
「ですから、最初から言っていたではありませんか。私が不注意で割ってしまった、と」
 不機嫌そうに言う瞳子に、菜々ちゃんが首を振る。
「いいえ、違います。違うんです、瞳子さま。それだと一つ、説明がつかない点が出てくるのです」
「――どういうことかしら?」
 最初に瞳子が自首したとおり、瞳子が犯人で事件は無駄な展開を乗り越えて一件落着――と思いきや、菜々ちゃんの推理ショーはまだ終わらない様子だった。
「そもそも――何故私が、この事件を放置できなかったのか。お分かりでしょうか?」
「……仕事したくなかったからじゃないの?」
 祐巳の素直な回答に、菜々ちゃんは首を振った。
「違います、祐巳さま。そんな、お姉さまじゃあるまいし」
「どーゆう意味よ!」
 多分、そのままの意味だと思うよ、由乃さん……。
「良いですか、そもそもカップが割れていた場所が問題なのです。カップがしまわれていたのは給湯室の棚。当然、瞳子さまはそこから祐巳さまのカップを取り出したのでしょう。そのまま、もしお茶の準備をしたら、どうなりますか?」
 菜々ちゃんが、先ほど写真部に行くために中断していたお茶の準備を指し示して言った。
「見ての通り――給湯室でお茶をいれ、それから執務室に持ってくることになります。いつもそうやってお茶を淹れていたはずです。だとすると、祐巳さまのカップが執務室に入る時には、当然、その中にお茶が入っていたはずなのです」
「そういえば……笙子ちゃんが言ってたよね。お茶とかは入っていなかったって」
 怪しげな雰囲気を醸し出していた写真部のやり取りを思い出して、祐巳は頷いた。
 無駄足以外の何物でもないと思っていた写真部訪問にも、実はそんな理由があったとは。
「その通りです、祐巳さま。そもそも、祐巳さまがまだ来ていないのにカップを取り出して何をしようとしていたのか? 瞳子さまが犯人だとすると、その説明が必要です。ですから、もしかしたら瞳子さまは犯人ではないという可能性も、なきにしもあらずではないか、と思ったわけです」
「へぇ……そうだったんだ」
 祐巳はちょっと感心した。てっきり、仕事をサボるためだと思っていたのに、菜々ちゃんには菜々ちゃんなりの考えがあったのだ。
 ただ、その考えが銀杏だったりなんやかんやだったり、と言うのはどうなんだろう。正直なところ。
「――それで、あなたは何が言いたいのかしら、菜々ちゃん?」
 菜々ちゃんの説明に、瞳子が笑みを浮かべて問いかける。瞳子の雰囲気も、どこか挑戦的なものに変わっていた。なんだろう、どーでも良い黄薔薇姉妹の暴走が一転、このシリアスっぷりは。
「答えは一つです。――瞳子さまは何か目的があって祐巳さまのカップを持ち出した。では、その目的は――?」
「なんやかんや、とは言わないわよね?」
「もちろんです」
 瞳子の問いに菜々ちゃんが笑みで返す。
「瞳子さまの目的――それは言うまでもなく。祐巳さまのカップを割ることだったのです」


 夕暮れに染まるリリアン女学園に、間もなく下校時刻だと告げる放送が流れる。
 放送が終わり、再び静寂を取り戻すまでの間――瞳子と菜々ちゃんは、互いに目を逸らすことなく対峙していた。
 下校時刻まで、残り10分――


「――それはつまり、私がお姉さまのカップを割ったのが、故意だとでも?」
「そうとしか考えられません。瞳子さまは乃梨子さまと教室で別れると、真っ直ぐに薔薇の館へ向かった……」
 菜々ちゃんがゆっくりと室内を歩きながら、考えをまとめるようにして推理を披露する。
「瞳子さまが薔薇の館に到着すると、そこには誰もいなかった。瞳子さまは思ったはずです――これはマリア様が与えたもうた、千載一遇のチャンスだと」
「千載一遇のチャンス……?」
 志摩子さんの問いに、菜々ちゃんはちょっと物悲しげな表情で頷く。
「そうです。最近、瞳子さまは祐巳さまとの愛のスキンシップに飢えていました。その極限状態で――瞳子さまは普段なら耳を貸さないような、悪魔の囁きに魅入られてしまったのです! そう……それは祐巳さまとの間接キス! 瞳子さまは急いで棚から祐巳さまのティーカップを取り出すと、狂喜のコサックダンスを踊りながら、テーブルの上によじ登ります」
「いや、意味わかんないんだけど……?」
 乃梨子ちゃんの感想ももっともだった。
「まるでオリンピックで優勝したメダリストの如く、祐巳さまのティーカップを頭上に掲げ、その縁を齧って笑顔のVサインをする瞳子さま。口の中に広がる甘酸っぱい祐巳さまエキスに、瞳子さまはもうメロメロです」
「……エキスって」
 祐巳の呟きも当然スルーだ。菜々ちゃんの推理は止まらない。
「しかし、その時神の悪戯が再び瞳子さまを襲ったのです! 突然吹いた突風に、瞳子さまはバランスを崩します」
「いや、ここ室内だし」
 ついに由乃さんまでツッコミに回る。
「瞳子さまはテーブルの上でバランスを崩し、だんだんだん、とステップ。ターン。フィニッシュ。聴衆の歓声に応え、ついつい花束の如く手にしていたカップを投げてしまったのです!」
 菜々ちゃんは力強く断言し、ふっと遠くを見るような目になる。
「行き過ぎたお姉さま愛……これが、事件の真相です……」
 菜々ちゃんの締めの言葉に、一同の目は瞳子に注がれた。なんていうか、瞳子が怒って菜々ちゃんに襲い掛かったら、みんなで止めないとマズイよね、と目と目で会話しながら。大体、今の推理(?)のどこが、瞳子の故意なのだろうか。
「……どうやら……誤魔化すことは出来そうにありませんわね……」
「――っえぇええぇえぇえぇえ!?」
 一同の視線を浴び、ため息混じりに呟いた瞳子の台詞に、祐巳も由乃さんも乃梨子ちゃんも志摩子さんも菜々ちゃんも、驚きの声を上げた。
「って、なんで菜々まで驚いてるのよ!?」
「あ、いえ! 別に驚いてなどいませんにょ!? す、全ては私の推理通りですから!」
「まぁ、経緯は全く、これっぽっちも、当たってはいないんですけども」
「……ま、まぁ、そういうこともあるんじゃないでしょうか?」
 菜々ちゃんは胸を張ったり誤魔化したりと大変だ。
「――お姉さま」
 そんな菜々ちゃんを尻目に、瞳子が祐巳に向き直った。
「瞳子……?」
「申し訳ありません……確かに、お姉さまのカップを割ったのは、ただの事故ではありませんでした……。ほんの少し……ほんの少しですけれど、故意だったのかもしれません……」
「……どういうこと?」
 祐巳の問いに、瞳子はちょっとだけ悲しそうな顔をして、自分の鞄を手に取り――可愛らしい箱を取り出す。
「先日、駅前の小物店で見付けたのです。薔薇模様のペアのティーカップです」
 瞳子が開けた箱の中には、手頃なサイズのティーカップが二つ、納まっていた。
「お姉さま用に、と思って買ったのですけど、中々言い出せなくて。そんな時、ふと思ったのです。お姉さまのティーカップがなくなれば、自然にこれをお渡しできるかも、って」
「瞳子……」
「でも、悪いことは出来ませんわね。急いでお姉さまのカップを鞄にしまおうとして――手を滑らせてしまったのです。このティーカップで今日だけでも一緒にお茶を飲んで。明日にはお姉さまのティーカップをお返ししようと、思ったのですけど」
「そうだったんだ……」
 菜々ちゃんの言葉が思い起こされる。行き過ぎたお姉さま愛――内容はともかくとして、その言葉は決して、100%の間違いなんかではなかったのだ。
 祐巳は微笑んで、箱を持つ瞳子の手を、そっと両手で包み込んだ。
「瞳子……私、嬉しいよ。カップは1つ割れちゃったけど……でも、もっともっと素敵なものを、もらえたんだから……」
「お姉さま……」
 見詰め合う祐巳と瞳子を、他のメンバーが優しげな目で見守ってくれる。
 そして――
「――どうにか、放課後いっぱいまでもちましたね」
 菜々ちゃんが呟くと同時に、下校時刻を告げるチャイムが、ゆっくりと響き渡った……。


「それにしても、たかが100円のティーカップが割れただけの事件で、放課後いっぱいもたせるなんて、さすが菜々ね! こんなにもお姉さま思いの妹を持って、私は幸せだわ!」
 見事に退屈な予算案作りという仕事を回避した由乃さんが、上機嫌に言う。でも由乃さん、その仕事は普通に明日に回されるだけなんだよ、現実は。
「……そんなんじゃありませんよ、お姉さま」
 そんな由乃さんに、菜々ちゃんがちょっと苦笑する。
「私はただ――あのままでは、少し寂しいと思っただけです」
「寂しい?」
「そうです。瞳子さまが祐巳さまを思って購入して、どうやって渡そうか悩みに悩んだティーカップが、ただの事故の後始末として渡されてしまうなんて、寂しいじゃないですか。どんな思いを瞳子さまが抱えていたのか、祐巳さまに伝わらないなんて、寂しいじゃないですか」
「菜々……」
 菜々ちゃんの台詞に、由乃さんが感動している。
「そっか……そうよね。あぁ、やっぱり私は幸せだわ! こんなに出来た妹を持てて!」
「ちょ……お姉さま、あまりくっつかないでください!」
 ぞろぞろと6人で固まって帰路に着く中、じゃれ付いている黄薔薇姉妹を見て、祐巳は瞳子と一緒に笑みを浮かべる。
 多分菜々ちゃんの今の台詞は、適当な口からでまかせなのだろうけれど――
 それでも、祐巳は今回の黄薔薇姉妹の暴走に、感謝するのにやぶさかではなかった。
「――ねぇ、瞳子。明日は一緒にお茶しようね。あのティーカップで」
「はい、お姉さま……」
 そっと瞳子の手を握った祐巳の手を、瞳子が握り返してくる。
 夕暮れに染まるリリアン女学園の敷地の中を、祐巳はいつまでも瞳子と手を握り合ったまま、歩いていった――




 放課後探偵有馬菜々
   Case.01 割れたティーカップ 〜完〜


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