【2801】 目の前に貴女が現れてリアクションしにくい  (朝生行幸 2008-12-22 01:01:45)


〜リリアンダブルクロスオーバー〜


◆Opening 01◆ 出会い  Scene Player──小笠原祥子

 朝。
 微かに白んだ空気の中、リリアン女学園高等部内の並木道を、ゆっくりとした足取りで歩く、長い髪の女生徒。
 小笠原祥子。
 リリアンの生徒会、通称山百合会の一員で、将来薔薇さま──生徒会長・副会長・書記・会計を兼任する三人の幹部──になることがほぼ約束されている、容姿端麗、頭脳明晰な二年生。
 朝が苦手な彼女は、端正な顔立ちとは裏腹に、爽やかな雰囲気を台無しにする様な渋い表情をしていた。
「む〜……」
 歪んだ口元から、力のない声が漏れる。
 しかし、数歩進んだところで、その表情が一瞬にして引き締まる。
 感じたのだ。
 彼女のような、特別な存在にしか分からない、特殊な感覚を。
 視線の先、マリア像の分かれ道に、二つの人影。
 一人は人間。
 だが、もう一人は異形の姿。
 獣のような姿のソレは、今にももう一人に襲いかかろうとしていた。
「いけない!?」
 慌てて駆け出した祥子は、自らが持つ能力を発動させた。
 周りの景色が、まるで写真のネガのように反転する。
 ワーディング・エフェクト。
 祥子のような特別な存在、オーヴァード──レネゲイドと呼ばれるウィルスに侵食され、人知を越えた力を得た人間──が用いることが出来る、一種の結界。
 この結界の中では、一般人は無力化される。
 襲われていた生徒は、力なくその場に崩れ、異形の怪物は、ワーディングを張った祥子に顔を向けた。
 異形の怪物、ジャーム──レネゲイドが齎す力に理性を失い、化け物と化した人間──と呼ばれるソレは、叫び声と共に、爪と牙を剥き出して、邪魔をした祥子に襲い掛かった。
 ジャームもオーヴァードと同様、ワーディングの中で動ける存在である。
 非常に素早い動きで、ジャームの鋭い爪が祥子に振り下ろされる。
 しかし、祥子が立っていた石畳の地面を抉り取っただけ。
 祥子は、相手を上回る速さで回避すると、ジャームに冷たい笑みを浮かべ、得意とする二つの特殊能力──症候群(シンドローム)と呼ばれる、超常の力──の一つ、“領域”を展開した。
 オルクス・シンドロームによって齎される領域の中では、無敵に等しい。
 ジャームの動きが躊躇ったように止まり、驚愕の表情を浮かべた……様に見えた。
「くたばりなさい!!」
 祥子の長く美しい髪が広がり、無数の針となって、ジャームに降り注ぐ。
 もう一つの特殊能力、エグザイル・シンドローム。
 身体の一部を、軟体化、或いは液状化させ、縦横無尽に伸縮させる力。
 一瞬にして全身を貫かれたジャームは、血煙となって消滅した。

「ふぅ」
 軽く溜息を吐く祥子。
 まさか、この朝っぱらから、ジャームと戦うハメになろうとは。
 髪をかき上げ、歩みを進めようとしたその時。
「あのぅ……」
 背後から、申し訳無さそうに掛けられた声に、慌てて振り向いた祥子。
 視線の先には、ジャームに襲われかけていた少女が立っていた。
 祥子が驚くのも無理はない。
 何故なら、まだワーディングを解除していなかったのだから。
 ワーディングの中では、一般人は無力化される。
 にも関わらず、その少女──髪を二つ分けに結った、タヌキ顔の生徒──は、ワーディングの中で動いている。
 それは即ち、彼女がオーヴァード、或いはジャームである証。
 だが、どう見ても彼女の目は理性を宿し、ジャームには見えない。
 学園に通う生徒の中にもオーヴァードは存在し、その全てを把握してはいるが、少なくとも彼女は祥子の記憶にはない。
 となれば、最近レネゲイドに侵食されたか、あるいは余程巧妙に隠されていたかのどちらかだ。
 しかし、不用意に彼女を扱えば、世界的に隠匿されているオーヴァードの存在を明るみにしてしまう恐れがある。
 祥子は、然るべき筋に報告することにして、とりあえず今は煙に巻くことに決めた。
「持って」
 カバンを差し出すと、彼女は素直に手に取った。
「タイが曲がっていてよ。身だしなみはいつもきちんとね。マリア様がみていらっしゃるわよ」
 祥子は、困惑しているらしい彼女のタイを手早く直しつつワーディングを解き、ごきげんようと一言残し、呆然とした女生徒はそのままに、足早にその場を立ち去った。
「……まさか、まだこの学園内に、私の知らないオーヴァードが居たとはね」
 祥子の小さな呟きは、風に掻き消されて霧散した。

 祥子と、例の女生徒が去ったマリア様の分かれ道。
 茂みに潜んでいた別の女生徒が、眼鏡とカメラのレンズをキラリと光らせながら姿を現した。
「……ふふ、彼女もそうだったのね」
 一人ごちた彼女の姿は、朝日に溶け込むように消えうせた。

Opening 01 End.



※後書き
 ご存知とは思いますが、これは掲示板上で一時話題になった“ダブルクロス”と言うTRPGとのクロスオーバー作品です。
 一応無印の時間枠に沿って展開していく予定ですが、予定は未定。
 ちなみに祥子のシンドロームは『オルクス/エグザイル』で、“威厳”という領域を展開し、髪を自在に操るという設定です。
 祥子のアホ毛は、無意識に発動しているエグザイルの能力なんですねぇ(笑)。


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