詳細は省こう。
要するに私は過去に戻ってしまった訳だ。
時期は私が1年生の春。ちょうど入学式とマリア祭の中間といった頃で。
そして今のところ、過去の記憶を持っているのは、私を含め計3人。
「大体こんなところ?」
「うん。そんなところ」
桂さんが笑顔で頷く。そう、桂さんこそが全ての原因だった。
卒業されるお姉さまを前に、桂さんは願ってしまったらしい。
『お姉さまと離れたくない、もう一度リリアンでお姉さまとすごしたい』
そして、あろうことか、
『どうせ過去に戻るなら、友達も一緒なら寂しくないな。そうね、祐巳さんとか』
問題なのは桂さんが超能力を持っていた事で…
「せめて、お姉さまも連れてきて欲しかったよ」
知らず溜息がでる。もしかしたら祥子さまも?と、朝登校されるのを待ち伏せして、横を通りすぎてみた私を、お姉さまは華麗にスルーしてみせたのだった。
「ごめんごめん」
手を合わせ謝る桂さんだが、相変わらず笑顔だ。まぁそりゃそうか。桂さんと私では状況が違う。だって桂さんには
「桂ーお待たせー」
「あ、お姉さまっ!」
ほらね。
「じゃ、ごめん祐巳さん。がんばってね」
「がんばるって言ってもさ・・・」
「大丈夫。今の祐巳さんなら祥子さまだってイチコロよ」
「今朝、スルーされたばかりなんだけど・・・」
私の呟きを背中に受けつつ、桂さんは大好きなお姉さまの方へ。そう、過去の記憶を持ったお姉さまの方へと駆けて行く。そして仲睦まじく手なんか繋いで帰っていった。
「ずるい、桂さんばっかり」
誰も居なくなった教室で私は伸びをしながら考える。
「さーて、どうしよっかなぁ」
考える時間はたっぷりある。というか暇なんだな。
私は基本的に、放課後になれば薔薇の館に行っていたし、仕事のないときでも、薔薇の館で時間をつぶしていた。けれど、現在の私は祥子さまの妹でもなければ、山百合会の人間でもない。その他大勢に含まれる一般庶民な訳だ。そして一般庶民たる私にとって、薔薇の館は気軽に入っていける場所では無い。
「そこを変えたかったんだけどなぁ」
薔薇の館を、大勢の生徒の笑顔で満たす。
蓉子さまから受け継がれてきた想いは、祥子さまを経て、現在、祐巳の目標でもある。その為にも、まずは薔薇の館に生徒たちが入りやすくする事こそを3年次の課題にしようとしていたのだ。まぁ、これはいずれ薔薇の館に復帰出来た時に考えるとして、まずはお姉さまだ。大きく考えて3通りの道が在る様に思う。
1 以前の様に学園祭まで待って、そこで行動を起こす。でもこれって、なんか計画的でやだなぁ。
2 何も考えないで、あるがままに過ごす。どっちかと言うと、前の案よりは良いと思う。でもはたして、祥子さまの妹になれるだろうか?
3 積極的に自分から動く。うん、やっぱりコレしかない様に思う。過去を知ってる事で失敗も少なくなると思うし、祥子さまの事も昔よりずっと解るはずだ。ただ問題なのは・・・
「私って、この時期の事何も知らないんだよなぁ」
学園祭まで一般庶民であった私は、この頃の山百合会の動きを知らない。志摩子さんが聖さまと姉妹になったのは夏休みが開けてからだし、祥子さまの事だってリリアン瓦版の記事を読むくらいのものだ。
「あ、そうか。志摩子さんにくっついて山百合会のお手伝いをすればいいのか」
以前、志摩子さんに聞いたことがある。聖さまと姉妹になる前に、お手伝いとして薔薇の館に行っていた、と。お手伝いならば、私がついていっても問題無いんじゃないかなと思う。
うん、まずは明日。明日になったら志摩子さんに聞いてみよう。そして出来れば、以前よりもずっと早く志摩子さんの『親友』に復帰できればいいな。
「えっと…何の話かしら?」
「へ?」
翌日。放課後を待って、教室で志摩子さんを捕まえたのだが『私もお手伝いがしたいの』との私の問いに、志摩子さんは小首を傾げる。
「ああ、委員会の事ね。祐巳さんも温室の整備を手伝ってくれるの?」
愛くるしい笑顔で返す志摩子さん。
「えっと、ごめん。そっちじゃなくて山百合会の方」
「山百合会?」
再び小首を傾げる志摩子さん。あれ、この反応は…。
「祐巳さんは、山百合会を手伝いたいの?」
「うん」
「でも。どうしてそれを私に聞くの?」
しまった。どうやら志摩子さんは、まだ山百合会にスカウトされていないらしい。ひょっとすると、聖さまとも、まだ会っていない可能性だって出てくる。もうちょっと待つべきだったか。
「どうしてって…」
どう切り抜けようか考えていると、教室がザワザワと騒がしくなっているのに気付いた。なんだろうと視線をさまよわせた自分の目に、信じられないモノが飛び込んでくる。
「紅薔薇さま!」
教室の入り口に立ち、中を覗き込んでいる蓉子さまがそこには居た。