【2826】 幸せになれますように  (篠原 2009-01-31 23:51:56)


 『ハロー グッバイ』より。


 カシャ
 卒業生に花を付ける仕事が無事に終わり、戻ってきた祐巳を最初に出迎えたのはそのシャッター音だった。
「お疲れさま」
 挨拶よりシャッター音が先というのはどうなんだろう。
「やっぱり蔦子さんも来れば良かったのに。祐巳さんが祥子さまに花を付けるところは一見の価値あり、だったわよ」
「そうね、聞きたければ詳しく説明するわ」
 やっぱりみんな注目してたんだね。
「今はやめておくわ。聞くと悔しくなるから」
 何故がっかりする、由乃さん。
 それにしても、蔦子さんにとっては写真を撮れないことは相当に悔しいことらしい。
「そりゃそうよ。去年のあの送辞とか、撮りたくても撮れないあの苦しみっ!」
 ……血涙? そこまでっ!?
「今年はどんなドラマが待っているのかしらね」
「何もないから。縁起でもないこと言わないで」
 祐巳の言葉に由乃さんも力強く請け負ってくれる。
「御期待に添えなくて申し訳ないけれど、今年は何事もなく粛々と行われますから」
「別に私は期待してるわけじゃないけどね。どうせ写真は撮れないんだし。真美さんならともかく」
「ええ、それはそれで印象深い卒業式になるじゃない。去年の卒業式はそれはそれは感動的に盛り上がったでしょう」
「もう去年のことはいいから」
 祐巳だって去年の送辞は感動的だと思ったけれど、当のお姉さまにとっては嬉しいことではないだろう。祐巳自身、今年同じことになったらと思うと、あまりいい気はしない。ならないけれど。
「まあ、本番はこれからってことよね」
 そう言って、蔦子さんはニヤリと笑った。確かに、祐巳にとってもお姉さまにとっても、これからが本番なのだ。祐巳はぐっと拳を握って力を込める。
「祐巳さん」
「はい?」
 振り向いた瞬間、カシャッとシャッター音。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまって、何?」
「あいかわらず、おいしい写真を撮らせてくれるなあと」
 っていうか今撮らなくても。
「卒業式の最中は撮れないからね。さて、出陣といきますか」
 卒業式当日でもあいかわらずの蔦子さんだった。
 でもなんだか、ガンバレって言われているような気がして、祐巳は大きく頷いた。
「うん」
 ガンバルよ。
 カシャ
「今のは凄くいい顔だったわ」
 ガンバレって言われたような……気のせいだったかも?



 卒業式は恙無く終了した。したったらした。
 終わった直後は蜂が蜂がとしきりに悔しがっていた蔦子さんだが、たぶん蔦子さんの本番はこれからだ。
 これから本番なのは、蔦子さんだけではなかったけれど。


 嬉しそうな菜々ちゃんの顔を離れた位置から蔦子さんが捉えていた。
「そういえば」
 かなり特殊な事情だけど、これも卒業式当日に姉妹になった例なわけだ。と、祐巳は朝のことを思い出す。細かい伏線だなあ。
「でもまさか、お姉さまが三年生なんてことは……、あってもいいのか」
「あるわよ」
「え?」
 蔦子さんはこともなげに言った。
「写真を撮った私が言うのだから間違いないわ。しかも、妹は1年だった」
「ええ!」
 それはまた。しかしいつの間に? さすがは蔦子さんというべきか。

「実は、某外伝で最後に私が絡むパターンとかもあったのよ」
 でも基本的に原作キャラの名前は出さないという制約から泣く泣く切ったエピソードなのでした。
「そんな制約があったんだ」
 でも某シリーズ読んでない人には意味不明だよ。蔦子さん。わからない人はここスルーしてくださいね。

 ていうか。
「撮ったんだ」
「喜んでくれてたみたいだし、いい写真が撮れたと思うわ」
 蔦子さんがそう言うのならそうなのだろう。
 この先余程特殊な事情でも無い限り、姉妹として、制服でのツーショット写真なんて撮る機会は無いだろうし。
「そうなんですかぁ」
 後ろから聞こえた声に蔦子さんはびくっとする。
 蔦子さんの妹ではない、ということですっかり子分が定着してしまった笙子ちゃんだ。
 祐巳は別に後輩でいいんじゃないかと思ったのだけれど。
「でも、ただの後輩より子分の方がちょっと特別な感じがしませんか」
 などとにこにこしながら言うのである。あーもう早く妹にしてやれよ蔦子さん。そう言ったのは由乃さんだったが、祐巳もちょっとそう思う。
「でもどうしてわざわざ今日なんでしょうね。3年だったのなら、少しでも早く姉妹になって一緒の時間を過ごしたいとか思わなかったんでしょうか」
「それは、いろいろ事情があったんじゃないかな」
「ふうん、なんだかロマンチックですね」
「そ、そうね」
 うわあ。
 笑顔で蔦子さんにプレッシャーをかけている笙子ちゃん凄い。本人は意識していないのかもしれないけれど。そんなことができる人、いや、「できそうな人」まで範囲を広げてみても、先代と現役の薔薇さまくらいしか祐巳には思い当たる人がいなかった。少なくとも次世代(祐巳)には無理だと思う。
「姉妹にならなくても一緒にいることはできるし、卒業したからって縁が切れるわけでもないでしょう」
 なんて蔦子さんはごにょごにょ言ってるけれど、堂々と言ってくれれば確かにその通りだと感心したかもしれないけど。あ、笙子ちゃんは納得してる?
「そんなわけだから心置きなく撮らせてもらうわよ」
 途端に復活する蔦子さん。そんなわけってどんなわけだ?
「思いがけなくも、先代の薔薇さま方も、次世代の薔薇ファミリーも揃っているわけだし」
 ああでも、確かにそうなのかもしれない。祐巳は蓉子さまをはじめ先代薔薇さま方を見て、お姉さまである祥子さまに視線を移す。一瞬合った視線に微笑みあう。卒業したからって、縁が切れるわけじゃないのだ。そして今度は妹である瞳子に。続けて志摩子さん、乃梨子ちゃん、令さま、由乃さんと、新たな仲間に加わった菜々ちゃん。
 こうして、繋がっていくのだろう。蔦子さんも、ホントに繋げてあげなよ? なんて思った祐巳の心の声が聞こえたのかどうか。
「それじゃ、そろそろ写真撮りまーす」
 マリア様が見守る青空の下、蔦子さんの声が響いた。



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