【2836】 ポカポカとしたある日  (パレスチナ自治区 2009-02-15 02:36:47)


ごきげんよう。【No:2833】の続きで出雲の視点です。

ゆさゆさ…
「出雲ちゃん、朝よ」
誰かが俺の名前を呼んでいる。もう朝なのか。
その人の優しい声は俺を安心させてくれる。もう少しまどろんでいたくなる。
「もう出雲ちゃん、お・き・てw」
んん…声の主は首筋をなでてくる。くすぐったい…
「起きてくれないの?それなら…」

フーッ

ん!耳に息を吹きかけられた!!
『起きる!起きます!!』そう叫んだつもりだったけど…
声が出ない!
「ふふ、出雲ちゃんたらw秘密兵器使っちゃうわよww」

ぺろぺろ

?!耳を…耳を舐められた!くすぐったいし…変な気分に…
まずい。次は何を繰り出してくるのか…意地でも起きなきゃ!!

ファイトー!一発!!

がばっ

ぷにゅw

「はーはー…起きれた…」
「あら出雲ちゃん、おはよう」
「おはようお母さん」
「今日の出雲ちゃん、なかなか大胆ねw」
「どうして?」
「起きてすぐにお母さんにキスwしてくれたからw」
「ええ?!何処に?ねえ何処に?!」
「何処かしらねw」
「はぐらかさないで!」
「もう、そんなに怒らないでよ。大丈夫よ、ほっぺだから。お母さんとしては残念だけどw」
「よかった…それより変な起こし方しないでよ。凄く気分悪い」
「え〜どうして〜」
「どうしてもだよ。まったく、普通息子を起こすのに耳舐めたりしないよ」
「今は娘でしょ」
「そうだけど娘にもしないよ!」
「わかったわよ、明日は普通に起こすから」
「別に目覚ましがあるから起こさなくてもいいよ。そういえば今日鳴らなかったけど、今何時だろ…ってもう家出なきゃいけない時間だ!」
「ごめんね、出雲ちゃんを起こしてあげたくて目覚まし止めちゃったの。それでね、出雲ちゃんの可愛い寝顔とか…起こす時のうめき声とかいろいろ夢中になっちゃって目覚まし止めたの忘れてた」
「………はあ?!もう!余計なことしないでよ!!」
「だからごめん〜ほら着替えるの手伝ってあげるw」
「いいよ自分で出来る!」
「つまんないの〜」

はあ…朝から前途多難だ…

「出雲ちゃん忘れ物ない?」
「え〜と、ハンカチ、体操着」
「ああ…出雲ちゃんの体操着姿…見たいわw(小声で)」
「なんか言った?」
「いえ、なんにもw」
「あとは…あ!お母さんお弁当は?」
「……」
「お弁当は?!!」
「ごめんねw」
そう言ってお母さんは「野口さん」を一枚俺に渡す。
「どういうこと?」
「えっとね、今朝の4時頃から出雲ちゃんの寝顔見てて…作るの忘れちゃったwてへっwだから今日はミルクホールでなんか買ってねw」
その歳で「てへっ」て…てゆうか
「信じらんない!」

「いってきます!」
「いってらっしゃい」
少し乱暴気味にドアを開け家を出る。
俺の寝顔見たさに目覚まし止めるなんて…今夜から部屋の鍵は閉めて寝た方がいいかもしれない…

はあはあ…なんとか間に合った…お嬢様が通うリリアンには今日の俺のように遅刻ギリギリなんていうはしたない子なんていない。
今はそれが幸いだけど…走ってきたからスカートはバサバサ、髪はボサボサだから。

マリア様の前に立ってお祈りする。
転校したての頃は面倒だったけど、最近の災難のせいで祈らずにはいられない。
『マリア様、遅刻ギリギリの私をお許しください。今日も一日がんばりますから。
ですから平和な日々を私にお与えください』

「ごきげんよう、何をそんなに祈っているのかしら?」
ビクッ
驚いて声のする方を向く。
『白薔薇様だ…』
「呆けているけど、どうしたの?」
「あ!ご、ごきげんよう」
「ふふ、そんなに緊張しないで」
白薔薇様の登場で心臓がバクバクいっている。たぶん顔も赤くなっているはずだ。
「そんなに顔を赤くして…可愛い…髪ボサボサね。走ってきたの?」
白薔薇様は手櫛で俺の髪を梳いてくれる。
「ふぁい…」
あまりにも気持ちいので変な声が出てしまった。
「声も可愛い…でも走っちゃだめよ」
そう言って優しく微笑んでくれて…

チュ…

おでこにキスされた…クラクラする…
「もうすぐ予鈴だから早く教室に行きなさいね」
「……はい…」
そこから教室までどうやって行ったか覚えてない…

「出雲さん今日はどうなさったの?」
隣の席の黒条キセルさんが話しかけてくる。
「寝坊してしまいました」
素直に遅刻ギリギリの理由を話す。
「それは…大変でしたね」
「ええ」
お母さんのせいだ!
「それより、マリア像の前でどんなことをお祈りしてらしたの?白薔薇様とはどんな会話を?あまつさえおでこにキスwどんな感触でしたの?教えてください!」
「き、キセルさん?!」
なんだか新聞部の取材みたいだ。
「ほらほら、キリキリ吐いてください!」
真理子様に似ている。困ったな…どう答えよう…
「その困ってる顔いただき!」
パシャ!ストロボが光った。
「ちょ、キセルさん。今のは…」
「ふふ、ごめんなさい。びっくりしました?」
「はい、心臓に悪かったです」
「ほんとごめんなさい。お姉さまの影響なの」
「お姉さま?」
「ええ、私のお姉さまは真理子様なの」
「ええ?!じゃあキセルさんは新聞部?」
「いいえ、写真部よ」
「じゃあどうして真理子様の妹に?」
「真理子様はね、瓦版をより良い物にしようと尽力なさっているの。暴走気味なのはその表れなの。それでね、瓦版には新聞部の力だけじゃなくて写真部の協力も必要だと考えてらっしゃるの」
「はあ…」
「それで、双方の結束を強めるために写真部の私を妹になさったの」
「それだけの理由で?」
「それだけじゃないです。私は中等部の時から真理子様に憧れていたし真理子様も私の事、ちゃんと愛してくださってます」
「そうなんですか、素敵ですね」
「ありがとうございます。でも、お姉さまの強引な取材で毎日お疲れでしょう?ごめんなさい」
「いいえ、大丈夫です」
確かに真理子様は強引だが、キセルさんのように素敵な人を妹に選んだのだから真理子様も根はいい人なんだろう。
キセルさんとの会話は朝のゴタゴタを忘れさせてくれた。

4時間目、体育だ。いまだに更衣室に入るのに慣れていない。今日も卒倒しそうになった。今日はマラソン(1000メートル走)を測るらしい。
憂鬱な気持ちに浸っていると声をかけられた。
「出雲さん、あなたには負けないわ」
「ええ?」
「よくわかってないみたいね、私は新藤綾菜、陸上部に入っているの」
「はあ…」
「なによ…その気のない返事は。貴女よく放課後にリリアン中を駆け回っているでしょう?だから部の先輩たちが貴女の体力に惚れこんでいるのよ」
「……」
だからこの間陸上部の人に追いかけられたのか…
「それなのに貴女ったら先輩たちから逃げて…」
「でも私体育凄く苦手なんですけど」
「あら、ご謙遜?先輩たちを振り切って逃げかえったくせに」
「……」
もしかしたら俺は元男だから普通の女の子よりは体力があって走るのも速いのかな…
でも毎日鍛えている人たちより…そんなことあるはずがない。
「とにかく私と勝負だからね!」
「ええ!ちょっと!」
「二言は無し!」
「ええ…」
俺の周りには強引な人が多いらしい。

「みんな、だらだら走ってたら全員測り直しだからね」
先生がみんなにげきを飛ばす。測り直しなんていやだからがんばろう。
「よーいどん!」
1000メートル走が始まった。

一年生期待のホープらしい綾菜さんは快調に飛ばす。俺も測り直しにならないよう気合いを入れて走る。なんだかいいペースだ。
いつもは後ろから先輩たちが結構怖い顔で追いかけてくるのでいっぱいいっぱいだけど、今は自分との闘い。とても気持ちいい。いつもビリッ尻で半泣きで走っていたけど今日は違う。
日ごろから(リリアンに入ってから)先輩たちに追われているせいで鍛えられたのかもしれない。
今までからは考えられないほど『楽しい』。

綾菜さんとは半周遅れぐらいでゴールした。全体で4着だ。もちろん今までで一番いい成績だ。
「あら、学園中が注目している転入生はさすがね。陸上部に入らない?」
「え〜と、保留で」
「ふふ、ぜひお願いね」
「はは…」
先生は陸上部の顧問らしい。それより、体育で初めて褒められた!うれしい!
「何にやけてるのよ」
「え?あ、綾菜さん」
「まあ、先輩たちが惚れこんでいるのも肯けるわ」
「あ、ありがとう」
「入部の件は保留らしいけど、待ってるわよ!私のライバルとして認めてあげるから!」
「あはは…」
そう言って颯爽と去っていく綾菜さんはかっこよかった。

お昼休み、ミルクホールにやって来た。今までお母さんが朝から忙しい日があったため、何度か利用したことがある。
「カレーライスご飯少なめでお願いします」
いくら先ほど体育で走ったとはいえ昔から少食なのでご飯は少なめ、のはずなのに…
「はいよってあんたかい。あんたちっこいんだからたくさん食べなきゃだめだよ!」
「ええ?!」
小さいから少なめにしてほしいのに…
「はい!カレーライス大盛り!!大盛り分はおばちゃんが奢ってやるよ!!」
「うう…」
おかげで昼休みの半分をカレーライス攻略に費やした。

ミルクホールから帰ると、クラスの子数人が何かを見て歓声を上げている。
「なにをみていらっしゃるの?」
興味が湧いたので声をかけてみる。
「あ!出雲さん。ちょうど貴女の写真を見ていたのよ」
?!俺の写真?
「ええと、どんな写真なのですか?」
「ふふ、どれも愛らしいですわw」
写真を見せてもらうと…放課後逃げ回っている写真、ミルクホールで大盛りにされてしまい苦しみながら食べている写真(半べそ)、そして…
「これはどこで入手されたのですか?!」
「これですか?数日前の事なのですが、帰りにですね出雲さんのお母様に会いましてその時にいただきましたの。ほかにも何枚か持っていらしたようですけど、お母様に愛されてらっしゃるのね、出雲さんはw」
気絶しそうになった。帰ったら問い詰めないと。

だって彼女たちが持っていたのは『自室で眠っている俺』の写真だったから…
でも俺の写真で喜んでいる彼女たちを見ていると、受け入れられているみたいで少し嬉しかった。

放課後、真理子様から逃げるために帰り支度をしていた。
「出雲さんお待ちになって。今日の数学で教えていてだきたいところが…」
キセルさんに呼び止められる。
「キセルさん、私は…」
「大丈夫ですよ。お姉さまは今日は歯医者ですから」
「そうですか、じゃあどこですか?」
「ええっと…」

キセルさんと数学の復習をしていると何人かのクラスメイトが寄ってきて一緒に勉強することになった。
それぞれわからないところをみんなでワイワイ教えあうのはとても楽しくて有意義なひと時になった。時間が経つのも忘れてしまうほど…

今朝はどうなるかと思っていた今日一日は凄く充実したものになった。
「出雲さん、夕焼けが奇麗ですよ」
「ほんとですね…」
大切な友人と見る夕焼けは言葉を失うほど美しくて…

『マリア様今日一日素晴らしい日になりました。そして、素敵な友人と巡り合わせてくださいましてありがとうございます』

今朝とは違う晴れやかな気持ちだった。
この日初めてリリアン入れてよかったと心から思った。



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