【2837】 ただ春の夢の如し熱く熱く心燃やす無敵の祐巳  (かや 2009-02-15 04:27:24)


 題名の入れ方がよくわからないので、適当です。とりあえず祐巳逆行ssということで。 


 いつかは出会うとは思っていたけれど。
 それでも、心の準備はまだ出来ていなかった。
 ざわざわ
 ざわざわ
 囁きあう皆の輪の中心に、その人はいた。発作。そうか、この頃は由乃さんはまだ心臓の病気が治っていなかったから。
「由乃さん?」
 つぶやいて、そして、すぐに体は動いていた。
 由乃さんとは、この頃は、まだ友達ではなかった。だから、親しく話しかけることなんで出来ないと頭ではわかっていた。
 でも、倒れて、胸を押さえて苦しんでいる親友をほっておけなかった。
「大丈夫? 由乃さん」
 祐巳は、そっと背中を擦るようにして由乃さんの前に座り込んだ。
「…いいの。すぐ直るから、ほっておいて」
 差し伸べた私のもう片方の手を、由乃さんの心臓を抑えていない右腕が必死に押しのける。
 多分、そのか弱い反応が、この頃の由乃さんの精一杯。
 そうだった。この頃の由乃さんは病弱でおとなしい。
 だけど、それでもやっぱり祐巳の知っている意地っ張りの由乃さんなのだ。
「えっと、でもね、由乃さん。ここにいたらその、目立つから、ね」
 祐巳が差し出した手を由乃さんはじっと見て、それから祐巳の顔を見て、うーん、とたっぷり10秒ほど考え込んで、それからしぶしぶと手を差し出してきてくれた。
「…わぁ」
 ちょっとそんな新鮮な由乃さんの仕草に感動。いや、それよりも、なんだ、この可愛さは。
「…何?」
「あ、いえいえ、何も」
 何かに感づいたように険を増した由乃さんを宥めるように、由乃さんの手を取って立つのを手伝い、それから道脇の芝生の方へ誘導する。
「ありがとう。ええと」
 ええと、と言いつつ、祐巳の顔を真剣に見つめる由乃さん。
 にらめっこだろうか、そう考えつつでも笑わせたら勝ちじゃないよね、と思うし、どんな顔をすれば良いのかわからない。
「ええと、その」
「うん、もう大丈夫だね、由乃さん」
「あ、うん、ありがとう」
 もう大丈夫みたいだ、そう判断して、祐巳は立ち上がった。
「あ、ちょっと」
「あとは令さまに任せるから、それじゃ」
 ちょうど校舎側から走ってくる影が見えた。令さまだ。なら、もう祐巳がついていなくても大丈夫だろう。

 それじゃあね、と眩しい笑顔を残して校舎の方へ歩いていってしまったその子と入れ違いに、令ちゃんが息を切らして私の前に現れた。
「由乃、大丈夫? 痛くない? 辛くない?」
 令ちゃんがいつものように由乃を心配して声をかけてくれている。
 だけど、そんな言葉が、由乃にとっては一番嫌いな言葉。そして一番大好きな令ちゃんがその言葉を使うのが由乃には我慢できない。
「いつもの発作。こんなの心配なんかしなくていいから」
 だから、由乃は心にもない憎まれ口を叩いてしまう。
 心配してくれるのはありがたい。でも、少し重い。そんな気持ちを持つのは罰当たりだとわかっているから、あんまり怒るわけにもいけない。
「そう、良かった」
 だけど令ちゃんはバカだから、私が憎まれ口を叩く元気があることを喜んでいた。
「そういえば、さっき由乃を介抱してくれた子がいたみたいだけど、由乃の知り合い? 私は会ったこと無いと思うんだけど」
 あ、そういえば。
「そうよ、そうなのよ。令ちゃんのバカ!」
 もう少しで名前が思い出せそうだったのだ、多分。
 こう、喉の奥からぐっと、迫り出してきていた彼女の名前が、駆け込んでくる令ちゃんの姿に気を取られてまた引っ込んでしまった。
「え、ええ? 私何か悪いことした?」
「した」
 即答。令ちゃんの顔が面白いように歪んで、落ち込む。きっと尻尾があればしおしおにしおれているに違いない。
「ええと、多分一年生かな。私は見覚えないけど、何て名前の子?」
 一言、お礼を言いたいのだろう、生真面目な令ちゃんらしい。
「…そう、一年生、だよね、多分」
 うーん、と腕を組んで考える。
「もしかして、由乃。知らない子だったりするの?」
 令ちゃんの目が鋭くなる。同じ一年生の子の名前くらいまさか忘れていないよね、と視線が語っていた。さすがは体育会系剣道部次期主将。いつもこうなら貫禄たっぷりで、次期ロサ・フェティダとしても恥ずかしくはないのだけど。
「知ってると思うんだけど。うん、顔は間違いなく覚えているんだけど」
 ダメだ。名前が出てこない。何でだろう。
「あ、もしかして外部生かも。うん、きっと」
「違いますよ」
 とりあえず、と、私が一つの結論を出したところに、横からダメ出しの発言が割り込んできた。
「あら、確か写真部の、武嶋さん」
 令ちゃんが振り向くと、そこには一年生にして既にリリアンの有名人として名を馳せる人物が立っていた。
「ごきげんよう、黄薔薇の蕾。そして黄薔薇の蕾の妹」
 如才なく挨拶を交わしあう。ちなみに、私自身も、この武嶋蔦子さんとは中々に縁がある。写真部所属という肩書きを持つ彼女は、入学早々にこの学校の生徒会にして聖域どころか神域とも崇められている薔薇の館の突撃を敢行したという伝説を持っているのだ。
 私自身、その場に居合わせたし、何より、山百合会の一員であるからには、彼女の被写体としてのターゲットの一人として、散々写真を撮られている仲でもある。
「武嶋さんは知っているかな、その子の名前」
「はい、知っていますよ。私のクラスの子ですから」
 あ、やっぱり同級生なんだ。でも、中等部から編入ということもありえるし。
 これで、幼稚舎からの生粋のリリアンっ子だったりしたら、さすがに自分自身記憶に無いのはどうかと思う。
「名前は福沢祐巳さん。幼稚舎からずっとリリアンに在学。生粋のリリアンっ子ですね」
 ………
「よしのぉ」
 令ちゃんの心底情けない、というため息を聞きながら、何となく思った。
 おのれ、福沢祐巳。よくもこの私に恥をかかせてくれたものだな、と。
「いや、由乃さん、それ、逆恨みだから」
 そして、何故か心を読んだ蔦子さんに突っ込みを入れられたのだった。

                                          志摩子編に続く?


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