【2856】 光と闇の飽くなき戦い勝った気がしない  (篠原 2009-02-28 23:47:50)


 それは光の柱だった。


 『真・マリア転生 リリアン黙示録』【No:2807】から続きます。


 天より降臨した白い光が、魔と混沌の闇を焼き尽くしていく。
 その光景は、見る者によってはある種の神々しさを感じさせるものだった。
 メギド(万能属性)系アレンジ呪文メギド・アーク。志摩子が発動させたその術式による神の炎が、魔王と呼ばれる者を、その仮初の体を、存在そのものを滅していく。
 本来は集団に特大ダメージを与える呪文を単体に集中させたのだ。いかな魔王とて無事に済む道理は無い。ましてや召喚に失敗した不完全で不安定な状態であればなおさらだ。祐巳の魔力砲によって体の一部が消滅していたマーラに、それに耐え切る力は残っていなかった。
 但し、その威力にはそれなりの代償をともなった。
 指先から血をダラダラと流していた志摩子は、脳を直接殴られるような痛みを堪えながら術を制御していた。
 視界を覆う白い光が収束していくのにあわせるように、頭の中が真っ白になっていく。
 目前の全てが消滅したのと同時に、志摩子の体がふらりと揺れた。
「「志摩子さん!」」
 乃梨子と祐巳の声が重なる。
 そばにいた乃梨子がとっさに倒れかかる志摩子の体を受け止めた。
 おろおろする乃梨子(しかも泣きそう)というのは珍しかったが、祐巳も劣らずおろおろしていたし、志摩子のことが心配だった。
「乃梨子ちゃん?」
「大丈夫です!」
 反射的に乃梨子は叫んでいた。大丈夫に決まっている。
 瞳子との一戦以来、乃梨子とてそれなりの修行、というか訓練はしていた。剣技だけではない。魔法の重要性も嫌というほど思い知らされた。治癒、回復系の魔法のそれなりに。
 指先の血はすぐに止まった。だがそれが倒れた原因でないことも明らかだ。ガス欠もあるだろうが、おそらくは無茶な呪文行使による反動が来たのだ。
 ふと、乃梨子は思い出す。
 全ての始まりとなった、大天使『ガブリエル』の降臨。満ちる光と圧倒的な威光。あの時の、ガブリエルの言葉。
 かの大天使は志摩子に対して言った。
 『この世に光を導くもの』であり、『世界に救いをもたらすもの』であると。
 それゆえに、志摩子はメシア教内ではメシアなどとも呼ばれることになったのだ。
 光に包まれ、魔王を滅ぼした今の志摩子の姿はまさしくメシアだと、乃梨子は思った。メシアでなくてなんだと言うのだ。
「乃梨子?」
「志摩子さん!」
 志摩子の声にハッとして、乃梨子は閉じていた目を開く。
 いつの間にか目を開けていた志摩子は、乃梨子と視線を合わせると安心させるように微笑んだ。
「大丈夫よ」
 大丈夫というにはいささかの無理があったかもしれないが、とりあえずはそう言って志摩子は立ち上がった。
 さすがに少し無茶をしたという自覚はある。人の身には余る呪文なのかもしれない。
「志摩子さん?」
 乃梨子の声に、支えてくれる腕に、志摩子は意識を引き戻される。制御に失敗すれば乃梨子を巻き込んだかもしれないという可能性に志摩子はようやく思い至る。
 大きく呼吸すると、自戒と反省を込めてひとつ頷く。血の止まった手を軽く握っては開いてみる。頭の痛みもだいぶ落ち着いたようだ。
「もう、大丈夫」
 あらためてそう言った。
 乃梨子と祐巳が、わかりやすくホッとした表情を浮かべるのを見て、志摩子の顔にも笑みがもれた。
「さてと」
 天を仰いでふう、とひとつ息をつくと、志摩子は祐巳に向き直った。
「祐巳さん」
 そして、天使もかくやという笑顔で言った。
「共闘はここまでね」
「え?」





「がーん」
「菜々、口でがーんって言うのはどうかと思うわよ」
「だって!」
 菜々は悲痛な表情で言った。
「まだ召喚まで余裕があると思ってたのにもう終わっているなんて! しかも、魔王の召喚に失敗した上に倒されているなんて! ああ、見たかった! 失敗したらしたでどんな様子か見てみたかった! せっかくのお膳立てが全てパアですよ」
「お膳立て?」
「………」
 最後の言葉を聞きとがめた由乃に、悲劇のヒロインを装っていた菜々がついと視線を逸らした。
「あんたか! あんたの仕込みか!」
「仕込みだなんて、人聞きが悪いですよ。私はガイア教の為、ひいてはカオス全体の為に良かれと思って地道に裏方をですね」
「嘘言いなさい! 自分が見たかっただけでしょう」
「それも勿論ありますけど」
「開き直った! 下っ端アクマばっかりで魔王召喚なんておかしいと思ってたのよ」
「でも嘘は言ってませんよ。私は彼らが望んでいたものを実現させられるかもしれないと、その方法を教えただけで」
 まるで悪魔の囁きである。しかも相手がアクマだ。
 ちなみに2人は今、まさに魔王召喚の現場に向かっている途中だった。
「にしても、おかしいよね」
 ブンッと無造作に右腕を振り抜いて、由乃がポツリと呟いた。
「私達、なんでこんなに天使に囲まれてるわけ」
 襲い掛かってきた1体の天使がその一撃で粉砕される。
「それは由乃さまがトラップにひっかかったからでは?」
「そういうことを言ってるんじゃないのよ!」
 由乃は断固として力説する。
「しかも続けざまに」
 ボソリと呟く菜々をきっぱりと無視して由乃は言った。
「問題はなんでこんな罠があるかってことよ!」
「魔王召喚の邪魔をされたくなかったからじゃないですか?」
「魔王を召喚しようとしてるヤツがよ? どうして天使が湧いてくる罠なんかしかけるのよ」
 魔王といえばカオスの象徴といえる種族だ。それを呼び出そうとするものがロウであるはずもない。かなりの確率でカオス、でなければ力を欲するニュートラルだろう。そんなヤツがロウの代名詞とも言える天使ばかりが現れる罠を仕掛ける、というの妙な話だった。
「由乃さまでも気付きましたか」
 さも感心したように菜々は言った。
「でも?」
「私もそう思ってたところですよ!」
「でも? 今でもって言った?」
「気のせいです。そんなことより、そこ危ないですよ」
「え?」
 カチリ、と嫌な音がした。
 由乃は恐る恐る足元を見る。明らかに罠っぽいボタンを踏んでいた。
 離れた位置に光が浮かび、魔方陣が起動する。
「先に言えー!」
「ちょっと反応が遅れました。詰めが甘いんですよね、私」
「わざとでしょ。わざとだよね」
「まさか、そんな」
「ワタシは天使『プリンシパリティ』」
「やかましい!」
 トラップにより新たに召喚され、2人の会話に割って入った天使が一蹴される。ついでに、由乃は腹立ちまぎれに罠と召喚陣を破壊する。
 同時に後方に新たな陣が起動。1つの罠を破壊すると別の罠が起動する仕掛けだったらしい。
「うわー、嫌らしい罠ですね。連動してるんだ」
 棒読みの菜々である。
「この罠も菜々が仕掛けたんじゃないでしょうね?」
「とんでもない」
 さも心外そうに菜々は答えた。
「私は生粋のカオスっこですよ」
「カオスっこって、どんなジャンルよ」
「由乃さまが言った通りですよ。いくらなんでも、天使が沸いてくるようなトラップは仕掛けません」
 それはその通りだろう。ある意味で、むしろ由乃よりもカオスサイドな菜々である。
 そしてそんな菜々をして、ある意味で計り知れないのが由乃でもある。

  −神だろうが魔王だろうが−

 その言葉に、ゾクリとした。あるいはゾクゾクだったかもしれない。
 カオスとしては大問題な発言だ。だが言われてみればいかにも由乃らしい気もする。
 もともとカオスは一枚岩の組織ではない。混沌を旨とするという方向性が同じなだけで、細かい主義主張の異なるもの達の集合体。組織ですらない。ロウとは相反するものという以外、共通項を持たぬ者同士の争いはむしろ当然のことだった。
 一つの組織であるはずのガイア教の中でさえ、諍い争いは珍しいことではなかった。
 厳密に言えば、ロウも秩序を重んじるという方向性が同じなだけで、主義主張の異なるものがいないわけではない。重んじる法と秩序の内容そのものが同じとは限らないからだ。
 唯一絶対なる存在を崇めるメシア教は、さすがに組織としての強固なまとまりがあったが、メシア教=ロウというわけではなく、あくまでロウの中の1勢力に過ぎない。
 そのあたりは面白いところだと菜々は思う。同時に、ロウの中で実際にどう捉えられているのか理解しきれていないところでもある。
 その点、欲望に忠実なカオスはわかり易くはある。欲望に忠実故に、それに反するロウは敵だし、魔王同士の勢力争いなんてものがあったところで別に不思議というわけではない。
 その上で『神だろうが魔王だろうが』と一緒に切って捨てる由乃は、面白かった。

「お、今度のはちょっと偉そう」
 新たに現れた天使を見て、由乃が楽しそうに呟いた。
 由乃さまが言いますかー、と呟く菜々はスルーだ。
「私は天使『ドミニオン』。
 相容れぬ者よ。飢(かつ)える魂よ。今こそ断罪の刻。汝の魂を捧げ、来るべき千年王国の礎となるがよい」
 絵に描いたような問答無用っぷりだった。
「何様だ」
 だから由乃さまが言いますかー、と呟く菜々をやはりスルーして天使に向き直る、心に棚を持つ少女。由乃。

 中級一位第四階層の天使『ドミニオン』。
 地上における天使達の務めを統御する、神の意思の代行者ともいえる存在だ。
 一般的に、上級天使の務めは地上におけるものではない。特別な任務で(あるいは単に趣味で?)降りてくるものは別とすれば、その役割上、上級天使は地上には降りてこない。
 それゆえに、中級一位のドミニオンが地上における最上位の天使となる。大天使がほいほいと人前に現れるというのは、あくまで特殊な事例だ。

 ドミニオンの登場がキーになっていたのかこれまで以上に大量の天使が湧いて出る。同時にドミニオンの指示か、バラバラだったまわりの天使が呼応するように襲ってくる。
「菜々、少しの間まわりの雑魚の相手をお願いね」
「はい」
 多くは言わない。菜々も心得たように一言で返す。
 しかしどうしてこう、天使というやつは偉そうに語りたがるのだろう。
 かなりどうでもいいこと思いつつ、両側から襲いくる天使を薙ぎ払い、降り注ぐ魔法の中を由乃はドミニオンに突進する。
 背後から追う天使の前に菜々が割り込み、横殴りの一撃で1体を叩き落す。ついで、軸足を中心にそのまま回転、遠心力をのせてもう1体に叩きつける。
 だがその一撃は、天使の盾に受け止められた。はじかれそうになるのを強引に、回転の勢いを殺さず力任せに振り抜く菜々。逆に盾をはじかれ、体勢を崩した天使に、さらに振り抜いた勢いのまま一回転して追撃の一撃を叩き込む。
 手応えと同時にサイドステップ。魔法による攻撃が、菜々のいた場所に着弾し、味方のはずの天使を巻き込んで爆発する。
 いいのかそれ。冷や汗と共に次の目標に移りつつ、意識の片隅で由乃の様子を捉える。
 一息でドミニオンとの距離を詰めた由乃は、突き出された腕を掻い潜るように左下から右上に斬り上げていた。
 後ろにさがりつつ魔法を展開しかけていたのだろう。何も無いはずの空間に抵抗を生む魔力を切り裂きながら、その一撃はドミニオンの肩を薙いだ。
 浅いか。
 直後に魔力の波動が爆発(より正確には暴発だろう)、由乃に正面から叩き付けられた。
 反射的に片手をかざして多少なりとも直撃の威力を減衰させたが効果は微々たるものだった。由乃は凄残な笑みを浮かべる。
 周りでは菜々が得意の高速機動戦に持ち込んで雑魚を叩いているのがわかる。無様な戦いなどしていられない。肩をおさえてよろめくドミニオンに目をやりつつ得物を左手に持ち変える。
 腰を落としながら、右手を突き出すと同時に左手を引く。限界まで溜め込まれた力を直後に開放。間に割って入ろうとする天使もまとめて全てを蹴散らし、渾身の刺突をドミニオンに叩き込んだ。
 うっわー。あいかわらずだ由乃さま。本当に少しの間で倒しちゃったよ。
 菜々はもうすっかりおなじみになってしまった感慨、呆れと感嘆を同時に感じながら苦笑した。

「あらあら」

 突如割って入った緊張感のない声に、2人が振り向く。
「騒がしいと思ったら」
 蠢く天使達の輪の外側。
「ごきげんよう、ロサ・フェティダ」
「ロサ・ギガンティア」
 由乃は苦々しげに呟いた。
「やっぱり、志摩子さんか」


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