【2857】 交わす視線  (沙耶 2009-03-02 00:40:01)


続いてるかも?【No:2850】【No:2855】


〜リリアン女学園高等部

桜の花びらが舞い散る爽やかな朝。
真新しい制服に身を包み、1人の少女が入学式に臨んでいた。
顔は強張り、歯を食いしばりながら立ってはいるが、今にも倒れそうなほど顔色は悪かった。
少女の名前は福沢祐巳。
そんな状態だからだろうか、祐巳をみて、驚きや安堵、そして嬉しさの籠もる複数の視線に全く気がついて居なかった。



【人】が怖かった。何故だかは自分でも解らない。ただ、物心がついた頃には家族以外〜時には家族でさえ〜目を合わせる事すら困難になっていた。両親は心配しカウンセリングにも通ったりはしたのだが、自分でも原因が解らないうえ、ほんの幼少期からもうこの状態なのでトラウマなどあるはずもなく、医者もお手上げ状態だった。
両親は心配し、悩み、幼い祐巳を山梨の実家に預ける事にした。あちらの方が人口は少ないし、無闇に【人】と出会う事も少ない。
それに、祐巳の事を考えるとあちらの環境の方が体にいいと思ったのだ。
最終的には病院が決めてになった。その道の権威とも呼ばれる医者が近くの病院にいたのだ。


そんな環境で育った祐巳にも1つ、楽しみにしている事があった。
それは空を見上げること。
太陽は祐巳を包み込んでくれる。
そっと見守るような、時には背中を押してくれるような。
だから祐巳は昼の間は夜ほど【人】に会うことを恐がらずにすんだ。………それでも恐い事にかわりはなかったけれど………


家族に支えられ成長した祐巳に一つの問題が浮かび上がった。
【高校】だ。小学校や中学校と違い、いくら田舎だとはいえ高校ともなると生徒数は大幅に増える。
両親や祖父母は体の事を考え、無理はしないでいいと言ってくれた。
だが、このままで良いのだろうか?
このまま家族に守られながら生きていく事が?
心の奥で自分ではない誰かが言う。
そんな事【私】は許せない。祐巳はみんなに守られているけれど、【本当は私がみんなを護りたい】

…そんな時、あの少女が現れた。
薄く涙を浮かべながらそれでもなお、燃えるような瞳で睨みつけてくる少女に…………



腹が立った。
目の前の、自分と目を合わせようともせず、ただただ震えているだけの彼女に。
【彼女達】が集めてきた情報に、いてもたっても居られず山梨まで来てみた。
彼女が自分を覚えているとは微塵も思っていなかったけれど。 ……けれど。
『これが貴方の望んだことですの?』
自分で望んでいた筈なのに、彼女の怯えた目からは恐怖しか感じる事が出来なくて。思わず涙が滲みそうになる。
それでも。私が望んだことは感傷に浸る事ではないから。瞳に力をいれてこらえる。
『福沢祐巳さん。あなたはずっとここで逃げて暮らして行くの?』
【貴方】は逃げるのが大嫌いだったでしょう?
彼女が震える声で言葉を紡ぐのを聞いて居られず、遮るように言葉をつなげる。
『リリアン女学園にいらっしゃいな。そこにはあなたを待っている人たちがいる』
【貴方】を守ろうとし、そして【貴方】が護ろうとした人たちが。
それだけを言うと足早に立ち去った。

………これ以上一緒にいると気持ちが溢れ出してしまいそうだったから。


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