【2860】 舵取りのいないユーラシア大陸  (bqex 2009-03-03 01:55:11)


 ある日の放課後、乃梨子はいつものように薔薇の館にやってきた。

「ごきげんよう」

「ごきげんよう、乃梨子」

 乃梨子の姉、志摩子さんがいた。他のメンバーはまだ来ていないようである。
 乃梨子が荷物を置くか置かないかという時に志摩子さんが切り出した。

「乃梨子、いい話があるのだけれど」

「いい話?」

「ねえ、タダで仏像見放題の旅に行きたいとは思わない?」

「えっ!?」

 乃梨子の趣味、仏像鑑賞は実はお金のかかる趣味であった。交通費、宿泊費の他に拝観料なども合わせると結構な金額になる。また、実際に拝観する事が出来ない仏像を収めた写真集やDVDなどは意外と高価だ。
 そのための費用を捻出するために普段からセコく節約に励み、友人との付き合いを断りひんしゅくを買った事もある。
 それがタダとは……ついでに志摩子さんと一緒なら……と妄想しながら冷静を装って答える。

「そんなうまい話があるの?」

「あら、乃梨子は何を心配しているの?」

「う〜ん、うまい話には裏があるっていうか、何かあったりとか……」

 うまい話には必ず裏があるか、思わぬ落とし穴がある。乃梨子はその落とし穴にズッポリはまってリリアンに入学した経歴の持ち主であった。

「ふふ、裏という事の程ではないの。ただ、ちょっとお使いに行くついでに仏像を見られるという話よ」

「お使い?」

 お使いとは何だろう?
 乃梨子は考える。花寺に書類でも届けに行く? 志摩子さんの実家の関係者とタクヤくんの伝書鳩? そんなところだろうか。

「ええ。ちょっと西の方に行って取ってきて欲しい物があるのよ」

「西の方?」

「大丈夫、私がサポートするわ」

「志摩子さんと一緒に仏像見放題の旅行? それならいいよ」

 志摩子さんは黙って風呂敷包みを取り出した。中には着物が入っている。
 不思議そうな乃梨子に志摩子が静かに言った。

「これに着替えて」

 突然着換えろと言われてちょっと困惑気味の乃梨子の顔を見て志摩子さんは言った。

「着方がわからないのなら手伝ってあげるわ」

「だ、だ、大丈夫! ひとりで出来るから!!」

 乃梨子は真っ赤になってそう言ってしまった。
 本当は何故着替えなくちゃいけないのか、どこで何をするのかもっとこの時点で聞いておくべきだったのに、『志摩子さんと仏像見放題の旅』の魅力にすっかりのぼせていた。

「……これは」

「まあ、素敵。乃梨子、似合ってるわ」

 志摩子さんは嬉しそうに笑うが、乃梨子は眉間に皺をよせる。
 これは志摩子さんのお父さんが着ているような僧侶の服装だ。

「あの、コスプレして行くんですか?」

「コスプレとはちょっと違うかしら? まあ、いいわ」

 志摩子さんは扉を開いて乃梨子の背中を「よいしょ」と押すと乃梨子を部屋の外に出してしまう。

「え?」

 そこは岩山だった。
 乃梨子は薔薇の館の2階にいたハズだった。そして、ビスケット扉をくぐって外に出されただけのハズなのに。
 岩山って?

「志摩子さん!?」

 辺りを見回すと志摩子さんは消えてしまったようだ。
 どういう事なんだろう? おそるおそる岩を叩く。作り物ではないようだ。
 人の気配がない。
 急にさみしくなってきたが、大がかりなドッキリって事もある。
 とりあえず辺りを調べてみる事にした。

「の〜り〜こ〜ちゃ〜ん」

「うわあっ!!」

 不意に人の声がして悲鳴をあげた。
 そこには岩にうずもれるように聖さまがいた。

「なんでそんな恰好で――あっ! やっぱりドッキリ!?」

 このイタズラ好きの先輩が一枚噛んでる大がかりなドッキリならば納得できる。志摩子さんはおそらくお姉さまに逆らえず自分をハメたのだろう。乃梨子はそう思った。

「聖さま、悪ふざけがすぎますね」

 冷やかに乃梨子は言う。

「乃梨子ちゃん、残念だけど私も被害者なのよ」

「被害者って……じゃあ、誰かにハメられて岩にうずもれてるわけですか?」

「そうそう。そして私を助けられるのは乃梨子ちゃんしかいない」

 乃梨子は無言で歩き出そうとした。

「乃梨子ちゃん一人ではこの世界から出る事は出来ないんだよ」

「それはそれは」

 乃梨子は無視して歩き始める。

「乃梨子ちゃん、自分の格好を見て何か気付かない?」

「何かって……」

 このお坊さんのコスプレがどうしたというのか、乃梨子にはさっぱりわからない。

「ヒントをあげよう。私は今、猿なんだ」

 乃梨子の足が止まる。
 ゆっくりと振り返った乃梨子は梅雨時のようなじっとりとした表情で振り返る。

「まさか……」

「その、まさかなんだよね」

 聖さまはため息をついた。

「ここは『西遊記』の世界で、あなたは三蔵法師、私は孫悟空。そして、あと2人の仲間、おそらくは豚とカッパを集めて天竺にゴールしないと元の世界に戻れないのよ」

「ちょ、ちょっと! それって『西遊記』じゃないですか」

「そう言ってるじゃない」

 聖さまは言った。

「で、乃梨子ちゃんはどうする?」

「……」

 西遊記の世界で孫悟空のいない三蔵法師がどうなるかは容易に想像がつく。
 乃梨子は葛藤の後、しぶしぶ聖さまのうずもれている岩に貼ってあったお札を剥がした。

「それじゃあ、豚とカッパを探して天竺に行きましょう!」

「ドサクサに紛れて胸を揉むのはやめてください!」

 乃梨子は初めて志摩子さんを恨んだ。
 タダで仏像見放題の旅には違いないがヒドすぎる。



 聖さまのセクハラに耐えながら進むと一つの村があった。
 豚とカッパの情報を得るために村人に話を聞いた。

「ごきげんよう。あなた方は一体?」

「こちらにおられるのは偉い法師さまで、天竺に向かって旅をしているのです。ところで、こちらに豚かカッパはいないでしょうか?」

 村人は答える。

「それは豚さまの事でしょうか? この村にふらりと現れた世話好きの豚さまがおられまして、毎日真面目に村人の世話をやいているのですが、お節介がすぎて我々少々うんざりしてきたところでございます。ですが、立派な豚さまには間違いないので法師さまの旅のお供には丁度いいでしょう。あちらの豚の館に豚さまはおられます」

 2人は村人に教えられた豚の館に向かった。

「ああ、あなた。余計な事かもしれないけれど、髪の毛をコロネに巻くならばもう少し髪を伸ばした方が綺麗になると思うわ」

「は、はい」

「でも、私はあなたのような短い髪も好きよ。桂さん」

「ありがとうございます」

「……やっぱり蓉子か」

 聖さまは豚さまと呼ばれていた人と村人とのやり取りを聞いてつぶやいた。

「ごきげんよう。あなたも来てたのね」

 蓉子さまは驚きもせずにそう言った。

「あの、『あなたも』って事は、何か心当たりがあるんですか?」

 乃梨子は尋ねた。

「あるような、ないような」

 蓉子さまはクスリと笑った。

「で、三蔵法師さまが来たという事は私たちは天竺に向かうのね?」

「居座るつもり?」

「まさか」

 蓉子さまは笑って答える。
 良かった、この人はまともな人だ、と乃梨子は思った。

「でも、ここから反乱軍を組織してユーラシアの王になるって選択肢も面白いかもね」

 前言撤回。
 なんだ、この、突拍子もない人は。
 乃梨子はそう思いながらため息をついた。

「多大な期待、しないでね。私だって何でも出来るってわけじゃないんだから」

 そう前置きして蓉子さまはユーラシアの王を諦めてくれた。

 乃梨子は再び志摩子さんを恨んだ。
 タダで仏像見放題の旅には違いないがヒドすぎる。



 聖さまのセクハラに耐え、蓉子さまのお茶目な言動に耐えながら進むと一つの村があった。
 カッパの情報を得るために村人に話を聞いた。

「ごきげんよう。あなた方は一体?」

「こちらにおられるのは偉い法師さまで、天竺に向かって旅をしているのです。ところで、こちらにカッパはいないでしょうか?」

 村人は答える。

「それはカッパさまの事でしょうか? この村にふらりと現れたもの好きのカッパさまがおられまして、毎日面白い事や珍しい事をさがすのですが、そうそう面白い事や珍しい事が起こるはずもなく、我々少々困っていたところでございます。ですが、立派なカッパさまには間違いないので法師さまの旅のお供には丁度いいでしょう。あちらのカッパの館にカッパさまはおられます」

 3人は村人に教えられたカッパの館に向かった。

「ああ、あなた。そうねえ、出番を増やしたいなら苗字も『桂』名前も『桂』と名乗ってみてはいかがかしら」

「は、はい」

「そして、ニックネームは『ロサ・カブル』」

「ひどすぎます! 私は真剣なのに!!」

「そう? 面白いのに残念ね」

「……やっぱり江利子か」

 聖さまと蓉子さまはカッパさまと呼ばれていた人と村人とのやり取りを聞いてつぶやいた。

「ごきげんよう。あら、あなた達も来てたのね」

 江利子さまは嬉しそうにそう言った。

「あの、『あなた達も』って事は、何か心当たりがあるんですか?」

 乃梨子は尋ねた。

「何となくよ」

 江利子さまは呟いた。

「で、三蔵法師さまが来たという事は私たちは天竺に向かうのかしら?」

「あら、居座るの?」

「まさか」

 江利子さまはつまらなさそう答える。
 良かった、この人はまじめな人だ、と乃梨子は思った。

「あなた達のトリオ漫才に勝る娯楽はここにはないもの。この村の人が毎日JOJOのモノマネをし続けてもあなた達の方が面白いと思うわ」

 前言撤回。
 なんて、滅茶苦茶な人だ。
 乃梨子はそう思いながらため息をついた。

 江利子さまは面白そうだからとホイホイついてきてくれた。

 かくして、乃梨子は聖さまのセクハラに耐え、蓉子さまのお茶目な言動に耐え、江利子さまの気まぐれに耐えながら天竺に向かうのであった。

 乃梨子はまた志摩子さんを恨んだ。
 タダで仏像見放題の旅には違いないがヒドすぎる。

 ……って、いうか本当は全て知ってて妹を売ったんじゃないでしょうね?

続く【No:2864】



パラレル西遊記シリーズです

【これ】
 ↓
【No:2864】三蔵パシリ編
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【No:2878】金角銀角編
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【No:2894】聖の嫁変化編
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【No:2910】志摩子と父編
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【No:2915】火焔山編
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【No:2926】大掃除編
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【No:2931】ウサギガンティア編
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【No:2940】カメラ編
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【No:2945】二条一族編
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【No:2949】黄色編
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【No:2952】最終回


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