【2868】 元気出していこうね  (沙耶 2009-03-06 10:04:05)


お先にどうぞ【No:2850】【No:2855】【No:2857】


何故あの少女の言葉に従ったのだろうか。

「祐巳さん」
考え込んでいると不意に言葉をかけられた。
一瞬思考が停止する。手が震えそうになり、ギュッと歯を食いしばった。
恐怖に押しつぶされそうになる心を必死でなだめ、平静を装って聞き返す。
「なに?」
周りにはいつの間にか数人のクラスメイト達が祐巳を囲むように立っていた。
「祐巳さんってどちらからいらしたの?」
「やっぱり外の学校って…」
お嬢様達といえど、編入生に対する関心は余所の学校と変わりはないようだった。
ただ、祐巳の方はそれ所ではない。
自分を囲む【人】【人】【人】。今すぐにここから逃げ出したかった。
助けを求めるようにせわしなく動かした視線の先、1人の少女と目が合った。
……そう、【目が合った】のだ。
幼い頃から、意図的に視線が合うのを逸らしてきた祐巳にとって、〜たとえ偶然にしろ〜とても珍しい事だった。
それに自分でも驚いた事に、その目を逸らせなかった。
安堵したのだ。心配そうにこちらを見つめている瞳に。
引き込まれていた。
少女がこちらに近づいてくる。
「皆さん祐巳さ…んが困っていらっしゃるわ」
「志摩子さん」
「それに、なんだか顔色が悪いみたい。私保健室に案内してくるわ」
「あら…本当だわ。」
「ごめんなさい、祐巳さん」
また震えそうになる手を握り、顔に笑顔を張り付け〜うまく笑えているかは別として〜応える
「少し気分が悪いだけだから大丈夫。こちらこそ、ごめんなさい」
「さあ、行きましょう祐巳さん」
「志摩子さんよろしくお願いしますね」
「ええ」


保健室に行く間、目の前の少女〜志摩子と呼ばれていた〜は口を開かなかった。
ただ、そっと肩に触れる手が微かに震えていた。

「失礼します」
「あら、藤堂さん。聞いたわよ高等部に上がって早々白薔薇の蕾の妹になったって?」
「先生、それより…」
「あら…そっちの子は福沢さんね。顔色が悪いわ」
「保科先生、祐巳さんをご存知なんですか?」
「ええ、ちょっとね。」
保科先生が祐巳の方に手を伸ばしてくる。
その手が怖くて思わず志摩子の背に隠れてしまった。
幼い頃、弟の背にそうしたように。
「………いいわ。そこのベットに横になっていて。藤堂さん悪いんだけれど少し席を外すから、福沢さんに着いていてあげてくれる?」
「解りました。」
「直ぐに戻るけれど何かあったら…そうね、学園長室に居るから、そこの内線で呼んでもらえる?」
「はい」

保科先生が出て行き、ベットに横になると少し気分が楽になった。
志摩子にお礼を言おうと顔を向けた祐巳は驚いた。
志摩子が泣いている。
「あ…え…藤堂さん?」
「志摩子です。私は…」
そう言うといきなり祐巳に抱きついてきた。
体がビクリとしたが、恐れからではなかった。驚いただけだ。
「…お会いしたかった。姫様、私を覚えていらっしゃいませんか?」
「姫…?なにを言って……。あなたに会った事は無いと思うんだけど…」
確かに祐巳にも不思議だった。
志摩子に触れられても少しも恐怖感は感じない。
だが、記憶を探ってもやっぱり目の前の少女に覚えがなかった。
「記憶がお戻りでは無いのですね?」
「何の事?」
「…これに見覚えはありませんか?」
志摩子がポケットから出した小さなポーチに入っていたのは不思議な紋様が刻まれたピアスだった。
「こ…れは……」
知っている。そう思った。
そう思った瞬間祐巳の体は震えだしていた。頭が痛い。(あぁ、また始まった…)
その思考を最後に祐巳の意識は落ちていった。



いきなり震えだした祐巳に驚き、志摩子は声をかけようとした。
その直後祐巳が頭を抱え暴れ出す。
「あ……ああ…」
苦しそうな祐巳に近づく事も出来ず、保科先生を呼ぼうと内線に駆け寄ろうとした瞬間、腕を掴まれた。
驚いて振り向くと、先程とは全く違った様子の祐巳がいた。
『シマ』
祐巳の口から【祐巳ではない誰か】が喋り出す。
だが、この呼び方は。私を【シマ】と呼ぶのはただ1人だけ。
「姫様…」
『思い出させてはだめ』
「どうしてです?やっと…やっとお会い出来たのに!」
『跳ね返ってしまう…』
「なにがです?」
祐巳は志摩子の問いには応えず、ただ微笑むだけだった。
『とにかく駄目よ。これは私が望んだ事だから…』
「ユミ様っ」
いきなり祐巳の体から力が抜けた。
気を失ったようだ。


しばらく呆然としていた志摩子だったが、内線で保科を呼び戻し、祐巳の側で祈るように目を閉じた。


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