【2877】 足りないもの  (笑いの神に 2009-03-10 01:17:16)


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『外の世界』



マリア像の前

「もう、聖ったらいつも遅刻してくるんだから。」
「ごめん、ごめん。大学の講義が長引いちゃって・・・江利子は今日学校なかったの?」
「私と容子は、今日は午前中の講義で終わり。」
「それより、誰かに見られなかったでしょうね?」
「注意してたつもりだけど!何なの?おもしろいことって。」
「この前令から電話があったの。令は相談のつもりで、かけてきたみたいだったのだけれど、話を聞いたら私も参加したくなって・・・」
「それで、なんなの?それは。」
江利子が暴走するのを止めるために、私は端的に聞いた。
「私のひ孫のドッキリシリーズよ!」
「「はぁ?!」」
私と聖は声をそろえた。そもそも由乃ちゃんに妹はいないはずだ。
「江利子、一から順を追って説明してちょうだい。」


江利子の説明を一通り聞いて、正直ビックリした。
江利子よりもすごいかもしれない。さすがの江利子も中等部の時に、生徒会幹部にドッキリを仕掛けることはないだろう。でも一番ビックリしたのは、江利子の予知能力。
由乃ちゃんと祐巳ちゃんが、“妹オーディション”を開いた後の大会会場で、江利子は何百人といる観客の中から、一人の少女を選んだ。あの子にするわって。
その子が今、由乃ちゃんの妹候補No.1・・・信じられない・・・


「それで、聖どこに仕掛けてあるの?」
「わからない。彼女にはとにかく薔薇の館の裏に行ってくださいって」
江利子と聖の意味不明な会話。
「彼女って誰よ?」
私も会話に入る。
「夕子ちゃんの娘さんの可南子ちゃんだよ。」
「可南子ちゃんって誰かしら?」
次は、江利子の質問タイム。
「もうどうでもいいよ。早く行こ!」


薔薇の館の裏手、そこにはヘッドフォンのようなものが3セット置いてあった。
それをつけると、二階の音が聞こえてくる。まだスタートまで数分あった。
「それにしてもこれはどういう仕組みで音が拾えているの?」
私は変に気になった。法学部生が盗聴?
「もうそんな細かいことは気にしないってことで。」
聖が慌てる。
「可南子ちゃんって元ストーカーだったりして?」
江利子がとんでもないことをいう。
「まさかぁ?!」
「そうね。ありえないわ!」
「そうだよ!」
聖が意味のわからないことを言い出した。
「だから可南子ちゃんは元ストーカーだよ。」
「ふざけないで、聖。名誉棄損で訴えられるわよ!」
「ほんとだって。『涼風さつさつ』読んだらわかるって。」
「わかったわ。読んでおきましょう。」
「さぁ、お祭りの始まりよ。」
江利子がニヤッと笑って、そう言った。
私たちは、ひとときの間、リリアンの生徒に戻って行った。





「もう始まりましたかね?」
私は、記事の構成を考えるお姉さまに聞いた。
「うん?あぁ、もうちょっとじゃないかしら?ドッキリが終わり次第、打ち合わせ通り、日出実は、瞳子ちゃん・乃梨子ちゃん・菜々ちゃんに質問してちょうだい。残りは私がやるからね。」
お姉さまは、最後の段取りを確認している。
それにしても、お姉さまは大丈夫だろうか?
お姉さまは、卒業式の記事も書かなければならないし、年度末は本当に忙しい。
多分、ここ一週間のお姉さまの平均睡眠時間は2,3時間程度。
「お姉さま、大丈夫ですか?」
私は遠慮がちに、今日5回目になるセリフを言った。
「しつこいわね、日出実。私は大丈夫、今日で仕事は一区切りよ。」
お姉さまは、そう言って立ち上がったかと思ったら、

“バタンッ!!!”

「お姉さまっ!?!?」
私は倒れたお姉さまの頭を起こし、自分の膝の上に乗せた。
顔がとても熱い。言わんこっちゃないってやつね。
「ハァ・・ハァ・・日出実、大丈夫よ。寝不足で、ちょっと目眩がしただけだから。それにしても冷たい顔ね」
お姉さまは、私の頬に手を当てて、こんなことをおっしゃった。
お姉さまの手は温かいというよりは、熱かった。
「もう今日は帰ってください。インタビューは私がやりますから。」
「ダメよ、日出実。やると言ったらやるわ。あなたがいちばんわかっているはずよ。」
そうだった。お姉さまがやると言ったら、誰も止められない。
じゃあ・・・
「お姉さま、20分でもいいから寝てください。絶対ちょっとは楽になるから。」
「何言ってるのよ、日出実。時間がないのよ。」
お姉さまが起き上がろうとしたので、私は思わず、お姉さまの頬を両手で挟んで押さえつけてしまった。突然顔に触れたから、お姉さまは、頬を軽く染めた。
「ダメです!!これは妹命令です。お願いだから、少し寝てください。私もお姉さまの妹、絶対に寝てもらいますよ」
「・・・もう、わかったわ。じゃあ、ちょっとだけだから・・ね・・・」
そういうと、お姉さまはすぐに眠りこんだ。


なんて幸せな時間なんだろう。
私の膝の上で、お姉さまが可愛い寝顔を見せてくれている。
いつもは新聞部部長として、活発に校内を走り回っている。
他の生徒はそんな姿しか知らないだろう。
でも、こんな可愛い顔をするのだから。私の前でだけは・・・ね。
「・・・日出実・・・・・・・行くわょ・・・・・」
どんな夢を見ているのだろう?
起きたら聞いてみよう。
私の大好きな真美さまに。





「ここにしましょう。薔薇の館の二階がバッチリ見えるわ。」
蔦子さまはカメラを取り出しながら、そう言った。
「そうですね。乃梨子さんがまだ窓を開けてくれてないみたいだから、まだ始まらないですね。」
「台本は持っているわよね、笙子ちゃん。声は拾えないから、祐巳さんの表情で台本を追うしかないわ。彼女の顔が、すべてを表してくれるはずだから。」
蔦子さまは、紅薔薇のつぼみ、祐巳さまの話をするときは、いつも楽しそう。
わかってはいるのだけど、毎回胸が痛くなる。
蔦子さまが、私以外の誰かのことを想ってほほ笑むところなんて見たくない。
わがままだって、子供だって、わかってる。
でもそんな気持ちになっちゃうんだもの。
「ふーん。そうですか。祐巳さまのことはよくわかるんですね。」
私は皮肉のつもりでそう言ったのだが・・・
「もちろんよ、祐巳さんのことは、入学以来ずっと追っているからね。」


裏目に出た。そんな言葉聞きたくないよ。
・・・・・・・・・・・
姉妹は作らないと言っているのは知ってるけど・・・
蔦子さまは、私を妹にはしてくださらないのかな。
妹オーディション以来、私は蔦子さまの影のように、蔦子さまと一緒にいることが多い。
クラスメイトからは、定期的に妹になったのかと聞かれる。
周りにどう思われようが、そんなに気にはしないが、
毎回・・毎回、
「いいえ、私たちはそういう関係ではありませんから」
そう言うときの気持ちは、言葉では言い表すことができないくらい切ない。
そんなことを考えている時、蔦子さまから意外な言葉が出た・・・


「笙子ちゃんはさ・・・・私の妹になりたい?」
「えっ!?」
蔦子さま、私の心を読んだの?
どうしよう、なんて答えよう・・・
「あのね、この前、稽古があったでしょ。あの次の日、由乃さんに薔薇の館に呼び出されたの。祐巳さんと志摩子さんもいたわ。そこで2年生トリオに尋問されるの。」



蔦子さまの話によれば・・・
「蔦子さん、昨日の笙子ちゃん見たでしょ。あれは完ぺきにあなたに惚れてるわ。」
由乃さんは興奮している。
「昨日って、何のこと?」
祐巳さんは、昨日は稽古があったので、昨日のことは知らない。
祐巳さんを薔薇の館に来させないために、桂さんに頼んで、遠ざけておいてもらったのだ。
「いや、たまたま会う機会があったのよ。」
由乃さんは、とっさにごまかす。
 

「それで、蔦子さん、笙子ちゃんを妹にしてあげないの?」
由乃さんは、直球投手。
「いやぁ、笙子ちゃんが私の妹になりたいとは限らないしね。」
「それはないと思うよ!!私、笙子ちゃんが蔦子さんといるときの顔を何回も見てるけど、いつも楽しそうだし、幸せそうだもん。」
祐巳さんが話に入ってくる。
逃げ道がないなー。チラッと志摩子さんをみる。
志摩子さんは、助けてくれるだろう。そう思って・・・
「でも、蔦子さんには蔦子さんの考えがあるから。」
ナイス、志摩子さん。あなたは天使だ。
「だから、その考えとやらを聞かせてもらいましょう。」
えぇー!?志摩子さんはニッコリと私に笑いかける。
怖すぎる。志摩子さんまで、ダークサイドに堕ちてしまったのか。
地獄だ・・・



「それで、大変だったんだから。何とかごまかして逃げ出したわ。」
蔦子さんはそう言いながらも、なぜか嬉しそうだった。
三人が自分のことをそんなに心配していることが嬉しいのかなぁ。
蔦子さまは、次期三薔薇さまが大好きだから。
「でもね、笙子ちゃん・・・私はね、あなたを妹にする気はないわ。」
「えっ!?」
蔦子さまの言葉に、わかってはいたのにやっぱりショックを受けてしまう。


「私は思うの。姉妹制度は、フィルムのラベリングに似ているって。例えば、祐巳さんと瞳子ちゃんを撮ったフィルムに、祐×瞳っていうラベルを貼るとするでしょう?でもそのラベルを貼らなくても、フィルムの中身の祐巳さんと瞳子ちゃんの写真には変わりはないよね。姉妹も同じ。上級生が包み込んで、下級生が支えて、二人がお互いを必要としていたら、それで十分だと思わない?それに姉妹っていう肩書きっていうか、飾りがつくだけよ。そんな飾り、私には必要ないの。これが私の気持ちよ。」
蔦子さまの言葉は、すごく説得力があるように思えた。
私は、蔦子さまを支えることができているとは思わないが、包み込まれていると感じているし、蔦子さまがいない生活なんて考えられない。
「でも蔦子さまは・・・」
わたしが口を開いたそのとき、
「私は、あなたを包みこめているとは思えないけど、あなたに支えられているし、笙子ちゃんが必要だと思っているわ!」
蔦子さまは、毅然と、はっきりとおっしゃった。
「ぃぇ・・・」
「笙子ちゃん、まさか泣いているの?」
泣いてる。嬉しくて・・・
私は蔦子さまの妹になりたいって、ずっと思っていた。
でも違っていた。蔦子さまに、こんな言葉をかけてほしかった。
私たちが一緒に過ごした数ヶ月間が幻じゃないって・・・確信がほしかった。
「私も同じです。姉妹なんていう飾りなんていりません。」


「良かった。姉妹にならないと困ることなんて何もないでしょ?」
・・・・・いや、そんなことはない。
私にはあるのだ。
「困りはしないけど・・・」
「何?何かあるっけ?」
「・・方・・」
「えっ!?聞こえないんだけど。」
「だから呼び方です!!」
私はつい、大きい声を出してしまった。
「あぁ、呼び方は変わるわね。祐巳さんも祥子さまのことお姉さまって呼べなくて、困っていたわ。」
「こんな時に祐巳さまの話しないでください!!」
「ごめん。ごめん。それで、笙子ちゃんは私のことお姉さまって呼びたいの?」
鈍い。私は別にお姉さまと呼びたいわけではない。
いや、呼びたくなくはないが、そんなことより・・・
「・・・って呼んでほしいだけで・・・」
「えっ?何て呼べばいいの?聞こえなかった。」
もう、大事な時に声が出ない。
なんでなの?
「だ、だだから、笙子って呼び捨てにしてください!!」
蔦子さまは、私の他に親しい後輩はいない。
同級生にしても、一番親しい、真美さま、祐巳さまたちでさえ“さん”付けである。
つまり、誰も呼び捨てにはしていないのだ。
私は蔦子さまの、Only One になりたい。


少しの沈黙があった。
蔦子さまは何かを決意したような顔をしている。
でも顔が真っ赤だ。こんな顔みたことがない。
まさか、怒ってる?
どうしよう・・・調子に乗りすぎちゃった?
すると、蔦子さの口が開いた、

「し、し、笙子」
ズキュン!!胸が痛い。キューピットが私の胸を射抜いて行った。
ダメ、ニヤニヤしてしまう。頬が熱い。幸せだ。
「えっ?蔦子さま、今何か仰いましたか?風で聞こえなくて・・・」
マリア様もこれくらいの嘘は許してくれるはず・・・
どうしても、今もう一度聞きたい。
「だから・・・笙子、も、もうドッキリが始まるわよ。準備なさい。」
「はいっ!!」
私の人生最良の日は、たぶん今日だと、そう思った。





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