【2880】 お察し下さい自分でニヤニヤした蓉子ちゃんのえっち  (柊雅史 2009-03-10 02:57:22)


「……つまんないから、私帰るわ」

 三人の薔薇さまと、その妹である三人のつぼみ。更にはその妹である二人のつぼみの妹。総勢八人の山百合会のメンバーが、てんてこ舞いで仕事に没頭している最中、唐突にそんなことを言い出した人物がいた。
 否、少々訂正しなくてはならない。
 確かに薔薇の館には、現在の構成員である八名が揃ってはいたけれど、仕事をしているのは三人の薔薇さま、紅薔薇のつぼみである蓉子と妹の祥子、黄薔薇のつぼみである江利子と妹の令だけで、白薔薇のつぼみであるはずの聖は、一人机にも向かわずに窓の外をぼんやりと眺めていただけだった。
 付け加えるならば、七人の内の一人である江利子も、仕事に没頭していたとは言い難い姿勢ではあったけれど、一応机に向かっていたことだけは間違いない。

「……あんたねぇ、何を言い出すのよ?」

 聖の呟きを宣言を聞いても、三人の薔薇さまが何の反応も示さないのはいつものこと。つぼみの妹では上級生である聖に何か言えるようなはずもなく、江利子は江利子で極力聖とは関わらないスタンスを貫いているので、結局いつものように蓉子が聖の相手をすることになった。

「何って、言葉通りだけど? お姉さまも忙しいみたいだし、ぼんやりしてても仕方ないでしょ。家に帰って寝てた方がマシ」
「この状況で、よくそんなことが言えるわね……」

 宣言通り鞄を手に立ち上がる聖を、蓉子は睨みつける。山百合会は来る学園祭を前に、文字通り猫の手も借りたいくらいの忙しさだ。一年生である祥子や令にも、容赦なく仕事が回されているし、あの江利子でさえ渋々書類仕事に向き合っている。
 この状況で、つぼみの妹どころか白薔薇のつぼみである聖が帰ると言うのは、蓉子としては信じられない暴挙である。聖が山百合会の仕事に興味のないことも承知しているけれど、いくらなんでも状況と言う物を考えて欲しい。

「別に、つぼみには生徒会としての仕事をする義務はないと思うけど?」
「それは……そうかもしれないけれど」
「そうかもしれないなら、良いじゃない。私の勝手でしょ? 蓉子に指図される謂れはないと思うけど?」

 実情はどうであれ、理屈は聖の言うとおり、山百合会の中でいわゆる『生徒会』の役員に当たるのは三人の薔薇さまだけである。薔薇のつぼみは、その妹に過ぎないから、仕事をしなくてはいけない義務はない。
 けれど、伝統的に薔薇さまのお手伝いをするのがつぼみの役目だった。あの江利子でさえ、渋々とそれに従っているくらいである。
 それなのに、聖はあっさりとつぼみの役目を放棄して、「それでは、ごきげんよう」という挨拶を残し、素早く扉を出て行ってしまった。

「ちょっと……聖!」

 慌てて立ち上がり、呼び止めた蓉子のことも完全無視。バタン、と閉められた扉をしばし睨みつけてから、蓉子は歯噛みしつつ、再び椅子に腰を下ろした。

「全く、もう……! 明日、絶対にお仕置きしてやるんだから……!」

 リリアンでは浮いた存在の聖ではあるけれど、蓉子は中等部からの付き合いだ。他の子に比べれば、まだ聖に強く意見できる立場にある。放任主義の白薔薇さまには期待できない以上、聖を叱り付けるのは、大抵蓉子の役目になる。

「明日もここに来るかどうか、微妙な気もするけど?」

 蓉子の呟きに呆れたような口調で反応したのは江利子だ。未だに顔も上げずに書類に取り掛かっている薔薇さまと違い、江利子もかなり集中力が切れている様子だった。もっとも江利子が集中力を発揮することなど、めったにないことなのだけど。

「蓉子はその剣幕だし、白薔薇さまも忙しくて聖のことは構っていられないだろうし。明日は来ない可能性の方が高いんじゃないの?」
「首輪をつけて、引きずってでも連れて来るわよ! 大体、聖にはつぼみとしての自覚が足りないのよ!」

 憤然と言い返した蓉子に、江利子が「ふーん」と口元に笑みを浮かべた。

「首輪つけて引きずって来て……お仕置きするんだ? どんなお仕置きするつもりなのよ、蓉子ってば」
「どんなって……」
「首輪をつけた、聖に? どんなお仕置きを?」

 にやにやと笑って、首輪を強調する江利子に――何を言わんとしているかを察して想像し、蓉子の頬が思わず緩む。

「そ、それは……普通に! お説教して溜まりに溜まったこの仕事を! 時間一杯までやらせるに決まってるじゃないの!!」
「……なるほど」

 ドン、と机を叩いて主張した蓉子に頷いた江利子の脇から。

「「「蓉子ちゃんのえっち」」」

 書類に視線を向けたまま、三薔薇さまが見事なユニゾンで呟いてくれた。




 なんでこんな時だけ反応するんですか、お姉さま方は――


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