ごきげんよう。【No:2861】の続きです。
オリキャラメインです。【No:2831】【No:2833】を先にお読みいただけると2割増ほどお楽しみいただけるかもしれません。
今回は紅薔薇様ジュディフュイオベイユの視点です。
<紅薔薇の蕾、妹を決定す!!>
これはリリアン瓦版最新号の一面を飾った記事だ。
この瓦版が学園中に出回ったのは、紅薔薇の蕾に妹が出来た2日後だ。真理子さんは本当に仕事が早い。
最近の目立った話題としては、もっぱら白薔薇様である小夜子に鼻血を吹きかけた四季潟出雲という転入生だった。
今回のこの話題というのは出雲ちゃんの事件よりずっと話題性がある。なぜなら山百合会の幹部に『妹』が出来たというのはリリアンに通う乙女たちにとっては大事件なのだから。
もちろん『紅薔薇の蕾』を妹に持つ私にとっても大事件である。
「ふー…」
瓦版を読み返して溜息が出る。
瓦版をこんなに読み返したのは美華柚が出雲ちゃんを妹にしようとして振られた時に発行されたもの以来だ。
いや、あの時よりも読み返している。
前回は失敗に終わった『妹』の『姉妹の契り』。
だが今回は成功して契りが交わされてしまった。
いつかは来るとわかっていた。
だけどこんなにすぐだとは思っていなかった。
ものすごい空虚感というかさみしい感じが私の心に渦巻いている。
『妹』を持つものならほぼ必ず訪れる『妹』が『妹』を持つ時。
今までリリアンの庭に通う乙女たちがみな経験してきたことだ。一般生徒であれ山百合会幹部であれ。
山百合会幹部の方が圧倒的にこれを経験してきているはずだ。
私もそのひとり。
本来ならば喜ぶべきはずなのに…
お姉さまもこうだったのだろうか…
数日後…
「ごきげんよ〜、遅れて申し訳ありません」
美華柚の妹になった白壇檸奈ちゃんがビスケット扉を開けて入って来た。
「ごきげんよう、檸奈ちゃん。まだみんな来ていないから大丈夫よ」
「そうですかよかった〜。ここに来る間、瓦版を持った人に何度か捕まってしまって、その度に質問攻めにあっていたんです」
「ふふ、そうなの。みんな噂とか好きだからしばらくの間は我慢だね。私が当時の紅薔薇の蕾の妹になったときもそうだったから」
「へえ〜」
「檸奈ちゃん、言葉遣いに気を付けてね」
「はっはい!申し訳ありません!!」
横で仕事をする檸奈ちゃんをちらっと見てみる。
はっきりいって可愛い娘だ。
ふわふわで柔らかそうな髪を両サイドで留めていて、幼い顔だちを余計に幼くしている。目は大きめでぱっちりしている。はきはきとした声を出す唇は桃色で正に『キスをしたくなる唇』である。
書類を一所懸命に見ている顔もなかなか…
かけている眼鏡は縁無しでちょっとインテリな感じを受ける。実際彼女はテストでトップクラスの点数を取るほど頭がいいそうだ。
その証拠に仕事を覚えるのも速い。今だってほとんど私に質問してこない。
美華柚の好きなタイプ『いろんな服が似合う可愛い娘』にも見事に該当している。
この子は美華柚の妹になるために生まれてきたのではないだろうか…
「どうしましたか?ベイユ様」
「え?」
「さっきから私の事、じっと見てましたよ?」
ちらっとのつもりが見入っていたようだ。
「ごめんね、なんでもないの」
「そうですか」
「………」
「………」
お互い見つめあったまま沈黙してしまう。少し気まずい。
私の方が先輩なのにこんな空気を作ってしまうなんて情けない…
「ねっねえ、檸奈ちゃんはいつ美華柚と知り合ったの?」
あわてて質問をして空気を変える。
「美華柚お姉さまとですか?そうですね…美華柚お姉さまが出雲ちゃんに姉妹を申し込んだ後ですね」
「美華柚が振られた後?」
「はい。私ずっと前から美華柚お姉さまにファンでよく演劇部の見学に行っていたんです。その日も美華柚お姉さまを観に演劇部に行ったんです。それで…」
「出雲ちゃんに振られた美華柚を見かけたと」
「はい、凄く落ち込んでいました」
「あの子が?」
「はい。それでお話したんです」
「どんな?」
「それはお話しできません」
「なぜ?」
「私と美華柚お姉さまのなれ初めが含まれていますから、いくらベイユ様でもお話しできません」
「………そうなの」
「はい。申し訳ありません」
なんだか面白くない…凄く面白くない……
この子は私の知らない美華柚を知っている。この子が悪いわけではないのに、なんてつまらないんだろう……
「ベイユ様?」
「……」
「ベイユ様?!」
「えっ?ああ、ごめんねちょっと嫌なことを思い出してしまったの。気にしないで」
「……わかりました」
彼女は勘が鋭いのか微妙に納得していないようだ。
また空気が悪くなってしまった。
しばらくして遅れてきた咲と小夜子が入って来た。
「二人とも遅かったじゃない」
「すみません。檸奈ちゃんに関して質問を受けてしまって……」
「私のですか?」
「ええ、どんな子なのかとか。大丈夫よ変なことは言ってないから」
「そうですか、よかった〜」
「「ふふっ」」
「えへへ〜」
咲と小夜子の言うことに一喜一憂する檸奈ちゃん。今は屈託のない笑顔を見せている。
そんな彼女を見て咲も小夜子も楽しそうだ。
「美華柚さん、こんなに可愛い妹ができてうらやましいですね。ねえ小夜子さん?」
「ふふ、そうね私も檸奈ちゃんみたいな子なら妹に欲しいと思うわ」
「お姉さま方、恥ずかしいですよ〜」
「いいじゃないですか、本当の事を言っただけですよ?」
「そうそう」
「う〜」
楽しそうな3人を見ていて、少しつらかった。だから…
「ねえ、檸奈ちゃん。そろそろ美華柚に会いたくない?」
「そうですね」
「じゃあ今日はもういいわよ。頑張ってくれたから、美華柚に会いに行ってあげて」
「はい!」
檸奈ちゃんを帰らせることにした。
檸奈ちゃんは嬉しそうに顔をほころばせている。
実際、彼女は与えた仕事を終わらせていたからもう帰ってもらってもよかった。
だから私はそれを利用した。
今日はもう檸奈ちゃんの笑顔を見るのがつらかったから。
最低だ…
私はこんなにも嫉妬深く、こんなにも醜いのかと思い知らされたような気がした。
「ねえ、二人とも。貴女たちはもうお手伝い探してないの?」
「ええっと、はい……美華柚さんが檸奈ちゃんを連れて来たのでいいかなって」
「小夜子は?」
「私も咲さんと同じで…」
「…まったくいいわけないでしょ。美華柚は部活の方にかかりきりで4人しかいないのよ、そこに檸奈ちゃんが入っても人手不足は解消しないわ」
「そうですよね」
「だから貴女たちも探してくるの。なるべく早い方がいいけど時間がかかってもいいから…檸奈ちゃんにも探してくるよう頼んだけどね」
「そ、それなら…」
「咲?貴女いい加減人見知り少しでも直すよう努力しなさい」
「…はい」
本当は道連れが欲しかった。
咲が妹を作ることによって菜々さんにも同じ気持ちを味わってほしかったのだ。
そして傷の舐め合いをしたかったのだ。
今日の私はなんだか最悪だ……
久しぶりにお姉さまに会いたくてしょうがなかった…
私は今、松平邸つまりお姉さまの家の前にいる。
緊張してインターホンを押す指が震えている。
お姉さまは御在宅だろうか…
ピンポーン
「はい、どちら様でしょうか?」
お姉さまではない別の誰かが出た。少し聞き覚えがある気がするが…
「あの私、ジュディフュイオベイユ・カーティスというものなんですけど、お姉…いや瞳子様は御在宅でしょうか?」
「ベイユちゃん?わかった開けるよ〜」
今のは…?
ゴゴゴゴゴ…
立派な門が厳かな感じで開いていく。
いつ来ても立派な家だ。空気がピリピリしている気がする。
門から玄関が遠い…
やっと着いた…
「ごきげんよう」
「ごきげんよ〜、なんだか懐かしいな〜」
「祐巳様ご無沙汰しておりました」
「そうだね、久しぶりベイユちゃん」
出迎えてくれたのはお姉さまではなく『おばあ様』の祐巳様だった。
大学生なのに相変わらずツインテールをしている。
何度会っても子供っぽい人だと思う。
「祐巳様、お姉さまは…」
「いるよ、どうしてって聞くまでもないか」
「はい…」
「この部屋だよ」
ドアを開けて中に入る。
「ごきげんよう、お姉さま!…と祥子様」
「こらベイユ、ついでみたいに言ってはいけませんわ」
「申し訳ございません!」
「ふふ、いいのよ」
何度か会ったがやっぱり美しく笑う人だ、祥子様は。
お姉さまも相変わらず縦ロールだ。
「ごめんなさいベイユ。祐巳様がどうしてもというから…びっくりしたでしょう?」
「はい。ですがどうして私だとわかったのですか?連絡はいれていませんし」
「えっとねえ、勘って言いたいんだけど、携帯電話」
「携帯ですか?」
「ベイユは私と一緒に買いに行ったでしょう。その時にお揃いのGPS付のにしたじゃない」
「そうでしたね、失念していました」
私の携帯電話はお姉さまに半径100メートルほど近付くとお姉さまの携帯電話に空メールが送られるようになっている。
そのことをすっかり忘れていた。
「ひどいですわね…まったく」
「ごめんなさい…」
「ふふっ冗談ですわ。それで今日はどうしたの?」
「急にお姉さまに会いたくなりまして…その…」
「誰でもそういう時あるよね」
「そうね、だから私たちもこうして瞳子ちゃんに会いに来たのよ」
「そうだったんですか」
モテモテなお姉さま。ちょっと面白くない…
「ベイユ、そんな顔してはいけませんわ。瞳子もちょうど貴女に会いたかったので来てくださって嬉しいですわ」
「…お姉さま」
抱きしめてもらって嬉しかった。
「ねえねえ、ベイユちゃん。最近の高等部はどうなの?」
「そうね気になるわね」
「最近ですか…」
「あの出雲ちゃんって子どうなりましたの?」
「誰かの妹になった?咲ちゃんとか小夜子ちゃんとか美華柚ちゃんとか…」
「出雲ちゃんは誰の妹にもなっていませんよ」
「そうなんだ、じゃあさ、誰か妹持った?」
嫌な質問が来た…正直答えたくない…
妹を持ったのが咲か小夜子だったら気が楽なのに…
「…ベイユ?」
「…あの、美華柚に妹が…」
「美華柚ちゃんに?!」
「はい…この間の日曜日です」
「姉妹になりたてほやほやだね」
新婚ほやほやみたいな言い方が嫌だ。
「由乃様が変な条件を付けたりしたので、美華柚、頑張っちゃったみたいです」
「由乃さん?!生きてたの?!」
「祐巳?何その生きてたのって?」
「そうですわ」
由乃様はリリアンを出てから何をしていたんだろう…
祐巳様はどう答えたらいいのか考えあぐねて百面相をしている。
「うーん…ええと…えっとねリリアン出てから由乃さんとは連絡してないというか、連絡しようとしてもつながらなくて…」
「だからといって死んだことにすること無いでしょう?」
「そうですね…」
浮き沈みが激しい人だ。
「ですが、由乃様はよく薔薇の館に遊びにいらっしゃいますよ?」
「そうなの?!!」
「はい」
「それなら私も今度遊びに行くね。由乃さんに会いたいし」
「はい是非いらしてください」
「じゃあ志摩子たちも誘ってみましょう」
「そうですね」
話が大幅に脱線した。
脱線しても走り続ける暴走機関車と言われた由乃様。そうとう破天荒な人だ。
「それで、美華柚ちゃんに妹が出来てさみしくなって瞳子に会いに来たのですね?」
「はい…美華柚は部活であまり薔薇の館に来ないんです。菜々さんや咲みたいにスキンシップと言いますか…あまりしないままあの子に妹が出来てしまって…」
「それは…」
「だから急にさみしくなってしまって…」
ぽろぽろと涙が出てくる。凄く情けない…
「ベイユ、今までのリリアン生がみんな味わってきた思いですのよ。貴女だけではありませんわ」
「わかっていますけど…」
お姉さまがいつの間にか私を抱きしめてくれている。
顔に当たるお姉さまの縦ロールのくすぐったい感じが私を安心させてくれる。
お姉さまの柔らかい感触や鼻をくすぐるいい匂いが私のすべてを包んでくれる。
幸せだ…
これならまだ立っていられる…まだ頑張れる…
「でもいいんですよ、これで」
「え?」
「こんな風に支えあったりできるのが『姉妹制度』のいいところですし、何より私が過去に決めた事が間違いではなかったと再確認できますから」
「お姉さま…」
「今日こうしてあげれば貴女はまた頑張れるでしょう?」
「はい…」
「なら今日は思いっきり甘えていきなさい」
「はい…お姉さま…」
いつの間にか祐巳様と祥子様は帰っていた。気を利かせてくれたのだろう。
先輩に気を遣わせるなんて申し訳ないが、今回は甘えさせてもらおう。
「今日は泊っていきなさい」
とお姉さまに言われたので甘えさせてもらう。
「私も今日は貴女と一緒にいたいのです」
「お姉さま…」
夕飯の後少し話をしてからお風呂に入った。
そして今は学校の宿題をやっている。
「いいお湯でしたわ」
お姉さまが部屋の戻ってきた。
いつもの縦ロールは今は解かれている。
ストレートのお姉さまも素敵だ。どっかの国のお姫様みたいに綺麗だ。
普段は縦ロールのせいなのか少し幼い感じだが、今のお姉さまはなんというか…とてもいい…
『一粒で二度おいしい』ってこの事なんじゃないだろうか…
「そんなに見つめないでくださいまし…恥ずかしいですわ」
「ご、ごめんなさい」
「ふふ」
お姉さまにわからないところを教えてもらったりしていい気分だ。
就寝時間になった。
今日はお姉さまと同衾することになった。
綺麗なお姉さまの顔がすぐそこにある。女の子同士なのにドキドキしてしまう。
「ベイユと同衾なんてドキドキしますわ」
「私もです」
「うふふ」
お姉さまと同じ気持ちなのが今日感じた幸せの中でも一番だった。
「さみしくなったらいつでも会いに来てくださいね…」
「はい…」
お姉さまは私の頭を撫でながらおでこにキスしてくれた。
今日感じたさみしさが一掃されていく。
私にとってお姉さまは『幸せの魔法使い』でもあるのだ。
「おやすみなさい」
お姉さまに元気をもらった次の日はすべてが綺麗に見えた。
さらに次の日、檸奈ちゃんが出雲ちゃんをお手伝いとして連れて来た。
出雲ちゃんは緊張した面持ちで部屋の中を見回している。
早くこの子の不安を取り除いてあげなければ…
「ごきげんよう、出雲ちゃん。来てくれてありがとう。歓迎するわ」
私は紅薔薇様。まだまだ頑張らなくては!
泣き言
今回は前半ベイユ、後半出雲の視点で書こうと思ったんですが、紅薔薇ファミリーを出そうと思いたってベイユ視点のみにしました。
ただ………祥子も祐巳も瞳子も誰かわからないような気がします……
原作のキャラクターを動かすのは難しいです。
さらに主人公であるはずの出雲が2作連続で出てきませんでした。由々しき問題です。
たぶん…
次には出てくると思います。
最後にここまで読んでくださった方々ありがとうございます。
またよろしくお願いします。