それは祐巳と瞳子姉妹になった直後のこと。
「瞳子、と呼び捨てにしてください」
あいかわらず瞳子ちゃんと呼びかけた祐巳に対する瞳子ちゃんの言葉だった。
でもほら、急に呼び方を直せと言われても、今までずっと瞳子ちゃんと呼び続けた歴史があるわけで。
「わかりました」
そんな祐巳の様子を見て、瞳子ちゃんは仕方ないとばかりにため息を付いて言った。
「では今後、瞳子はお姉さまから瞳子ちゃんと呼ばれても返事をしないことにしましたから」
「えー!」
なんか逆。すっごい逆。
「お、お姉さまからなにか聞いたの?」
「なんのことでしょう?」
つーんとそっぽを向く瞳子ちゃん。
祐巳的にはお姉さまのように瞳子ちゃんにお姉さまと呼ばせ……………もう呼ばれてる!
「……ずるい」
「何が、ずるいんです?」
わかってるくせに。
「なんでもない。とにかく、行くよ。と、瞳子!」
「はい」
「……」
振り返ったその表情に、祐巳はちょっと言葉が出なかった。
こんな風に穏やかに微笑む瞳子ちゃん……もとい、瞳子を見るのはいつ以来だろうか。ひょっとすると初めてかも? これは姉の特権? いや待て。落ち着こう。うん。なんだろう。ちょっと幸せかも。こんな顔を見せてくれるならいくらだって瞳子って呼ぶよ。
「……お姉さま? どうしたんですか?」
怪訝そうな顔で瞳子が問いかけてくる。
「ううん、なんでもないよ」
祐巳はあらためて笑いかけながら妹の名を呼んだ。
「瞳子」
「はい」
「瞳子」
「はい」
「瞳子」
「はい、って、だから何なのですか!?」
「瞳子って呼べって言ったの瞳子でしょ」
「そんなに連呼しろなんて言ってませんよ」
こそばゆいけれど、なんだか嬉しい。妹を持つってこういうことなんだ。
今なら、妹を作りなさいと言ったお姉さまの気持ちがわかる気がする。
こんなにも、幸せな気持ちになれるんだってこと。伝えたかったんだと思う。
「てな感じじゃないかと思ったんだけど、どうよ?」
「……どうよと言われても。いくらなんでもそこまでは」
何故か得意げな由乃さんと、にこにこと微笑む志摩子さんに、祐巳は困った様に言葉を濁した。
微妙に近い気がするのがなんだかとっても嫌だ。
祝福してくれるのは嬉しいけれども、勝手に瞳子とのやりとりを想像して楽しまないで欲しいと思う祐巳だった。