【2919】 終末  (cat 2009-04-05 23:39:19)


『福沢祐巳と山百合会』






第一幕『舞台裏』



Scene1 『聖と江利子のわがまま』



「江利子さまふざけないで下さい。」
由乃さまの叫び声が、控室に響き渡った。


山百合会は今年も学園祭で劇をすることになったのだけど、本番当日の今日、劇を“観賞”しに来てくださったはずの聖さまと江利子さまが、“出演”したいとおっしゃって。


今年の劇は、3年生の由乃さま、志摩子さま、そして私のお姉さまである祐巳さまが仕切りをされている。私と、乃梨子、菜々ちゃんが中心に役を演じることになった。


具体的には、脚本は志摩子さま、監督が由乃さま、そして祐巳さまは、というと・・・“癒し係”・・・お姉さま、もっと良いボジションについてください。(泣)


それでもお姉さまの重要性は大きい。あまりにも厳しい由乃さまに傷つけられたメンバーたちの心を癒してくれるのだ。


「出してよ!」
聖さまが笑いながらそう言った。
「そうよ!出しなさいよ、由乃ちゃん。」
聖さまに乗っかる江利子さま。
「もう、二人ともやめなさい!由乃ちゃんを困らせないの。」
さすが。私のひいおばあさまである蓉子さまがお二人をたしなめた。
「ダメって言ったらダメです!!今さら脚本は変えられませんし。ね、志摩子さん?」
「そうですわ、お姉さま。わがままを言わないで下さい。」
由乃さまと志摩子さまが必死に止めている。


「そんなこと言っていいの?志摩子。ノリリンに、あなたの一年生の時の恥ずかしい話をしちゃうよ?」
聖さまはきたない。志摩子さまに脅しをかけてきた。
「ノリリンって呼ばないで下さい!それで、お姉さまの恥ずかしいお話って何ですか?」
少しの怒りはあったものの、乃梨子は志摩子さまのことはすべて知っていたいらしい。目が輝いている。


「由乃ちゃん、菜々ちゃんに由乃ちゃんが1年のときに起こした“不祥事”をばらすわよ?」
「うっ!?」
由乃さまが後ずさりをする。
「えっ!?何かあったんですか?私のお姉さまが、何かおもしろいことを?」
菜々ちゃん・・・目が好奇心にあふれているよ・・・


「・・・わ、わかりりました。志摩子さんは?」
「し、仕方ないわね。シーン6の通行人役で出ていただきましょう。」
「よっしゃ!」
このお二人には、さすがの由乃さま、志摩子さまも敵わないのね・・・


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Scene2 『江利子・菜々シスターズ』



「令も出るわよね?蓉子が出ないんじゃ、2人になるでしょ?人数的におかしいわ。」
「江利子の言う通りね。3人が良い。」
まだ満足じゃないのか。お二人は令さままで巻き込む気だ。
この3人が出るとなったら劇はどうなるのだろう。先々代を知っている3年生、先代を知っている2,3年生は発狂しますわね。
「ダメよ!令ちゃんは。この2人は特別なんだから。」
由乃さまがまた怒りだした。


「ダメじゃないわ。令、お姉さまの言うことが聞けないの?」
「令ちゃん!江利子さまをとるの?私をとるの?」
令さまが一言も発しないうちに、一瞬で令さまは窮地に陥った。
五秒ほどで、令さまは泣きそうな顔になってしまった。


「・・・そんなこと言われても・・・蓉子さま!助けてください!」
ミスター・リリアンは(お姉さま曰く)ミス・リリアンに助けを請うことにしたらしい。
まぁ、このお二人を止めれるのはこの方しかいないか・・・
「江利子、もういいでしょ。出られるだけでいいじゃない?令は私と一緒に観賞よ。私は出ないんだから1人になっちゃうじゃない。」
「ありがとうございます。蓉子さま、ぜひご一緒させてください。」
ふーこれで一見落着か、と思いきや・・・


「令はいつもそう。由乃ちゃん、由乃ちゃんって・・・今回も結局、由乃ちゃんを取るんだわ。」
江利子さまが涙声でしゃがみ込んでしまった。
これはたぶん演技だろう。
すごく上手だから、演劇部の私にしかわからないかもしれないけど。
「そうなんですよ、江利子さま。私のお姉さまも、いつもいつも令ちゃんが令ちゃんが、って・・・私・・・もう耐えられません!!」
菜々ちゃんも泣きそうな顔をして、江利子さまにすがりついた。
菜々ちゃんだけは、江利子さまの演技に気づいたみたい。
二人して、からかうことに決めたみたいだ。まるで双子。
「やっぱり?菜々ちゃん、二人で傷をなめあいましょう。フフッ。」
江利子さま、自分で言って自分で笑っちゃってるよ。


「お姉さま!そんなことはありません。由乃とは小さいころから実の妹のように育ってきてるので、本当に大切な存在です。でも、だからといってお姉さまより由乃の方が大切なんてことは絶対ありません。お姉さまは私にとって何物にも代えがたい、かけがえのない存在なんです。だから・・・そんなこと言わないで下さい。。。」
いやいや。令さまが泣きそうになってどうするのよ・・・
「菜々がそんな風に思ってるなんて・・・私全然知らなかった。ごめんね、だから泣かないで。」
「イヤですっ!許しません。」
「どうしたら許してくれるの?」
「じゃあ、お姉さまが私のことをどう思っているか、教えてください。ロザリオ渡してくれる時もなんか変な感じになっちゃいましたし。」
「ど、どう思ってるって・・・な、菜々のことは大好きよ、令ちゃんにも負けないくらいね。これでいい?」
「大好きって言われてもわかりません。どれくらい好きか教えてください!地球にしたら何個分好きですか?」
まだやるのか・・・菜々ちゃん、可愛い顔して、ドSね。
それにしても由乃さまは、からかわれているのに気付かないのかしら?
「うーん・・・地球・・・100個分、いや100億個分好き!」
「乃梨子さまは、志摩子さまのこと、地球何個分好きですか?」


「100兆個分。」
あっさり超えたよ。
超えちゃったよ。
しかも即答で・・・空気読めよ乃梨子!!
由乃さまは、肩を落としている。
江利子さまと菜々ちゃんは、大満足のよう。顔を見合せて笑っている。


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第二幕 『薔薇の系譜』



Scene1 『連絡』



「で、祥子と祐巳ちゃんは?」
聖さまが、志摩子さまにお聞きになった。
「祐巳さんは、背景の絵が少し破れてしまったので、ガムテープを買いに近くのコンビニに行ってくれています。祥子さまは、職員室にあいさつに行くって・・・」
ちょうどその時、祥子さまが帰ってきた。
「あら、噂をすればなんとやらね。」


「祥子、あなたどうしたの?何かあった?」
そう言ったのは蓉子さま。確かに祥子さま・・・顔面蒼白。どうしたんだろう。
「ゆ、祐巳が・・・」
「祐巳ちゃんがどうしたの?あなた顔が真っ青よ。」
江利子さまも心配そうに仰った。
「祐巳が、じ、事故にあったって。今学校に、職員室に病院から連絡があって・・・」
「嘘・・・でしょ?」
誰が言ったのかわからなかった。祥子さまが何を言っているのか、よくわからなかった。
「学校の前の通りで、道に飛び出そうとした幼稚舎の子をかばって・・・その子は祐巳に抱きしめられていて無事だったのだけど、ゆ、祐巳は意識不明の重体だって・・・」
周囲は一瞬にして沈黙した。時がとまったように。


「それで祥子、祐巳ちゃんは、命にかかわるような・・・」
「今、し、手術をしているそうですが、まだ詳しいことはわから・・・」

「イヤ、イヤぁぁぁーーーー!!!!!!!!!!!」

えっ?!一瞬誰が叫んだのかわからなかった。
叫ぶと言ったら由乃さまだけど・・・
全員の目は、志摩子さまに向いていた。
「う、嘘よ・・・祐巳さんが・・・そんな・・・」
志摩子さまが泣き崩れた。
意外だった。
でも、普段感情を表に出さない人ほど、こういうときに感情が爆発することは多い。
逆に、由乃さまみたいにいつも明るい人ほど、こういうときは口数が少ない。
案の定、由乃さまは呆然としている。


普通じゃないと言えば・・・乃梨子・・・
いつもの乃梨子なら、こんな状態の志摩子さまを放っておくことはありえないのに、涙を流して突っ立っている。


「落ち着きなさい。志摩子。ほらっ!こっちへ来なさい。」
そう言って、聖さまが志摩子さまを抱き寄せた。
聖さまのこんな顔、初めて見た。
というか、この2人がこんなに、お姉さまのことを想っていたなんて・・・知らなかった。
けど、私はなぜこんなに冷静でいられるのかしら?
客観的に周囲を見ている。
私が一番取り乱してもおかしくないのに。
なぜだろう・・・まだ信じられないような、何か今までに感じたことのないような・・・


「それで、今日の劇は中止ということで、先ほど先生方がお決めになったようです。ここに帰ってくる途中に、蔦子さんと真美さんに会ったので、一般の生徒に混乱のないよう対処してほしいと頼みました。私は今から病院に向かいます。門の前に車を待たせてあるので、来る人は来てください。先生方から山百合会のメンバーに関しては、行ってもいいと了解を得ています。」
もちろん全員行くことになった。
病院までの車中は、尋常ではないほどの重苦しい空気が漂っていた。
明日この世界が終ってしまうかのように・・・


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Scene2 『依存』



車中では誰もしゃべらなかった。私は祐巳の姉だから、取り乱してはいけない。私が取り乱したら、みんなが困ることになる。
病院に着くと、祐巳のご両親が手術室の前に座っていた。
「おじさま、おばさま。それに祐麒さんも・・・祐巳は?」
「まだ手術中だよ。まだまだ先は長いらしい。いつまで続くかはわからないけど、今夜が峠になるだろうって。成功するかどうかは50%ほどだそうだ。外傷はほとんどないみたいだけど、頭を打っているらしくて・・・」
おじさまが苦しそうに仰った。50%・・・映画で2,3%の成功率で助かる奇跡とかがあるけれど、その方が良かったかも知れない。50%、なんて現実的な数字だろう。二分の一、二回に一回死ぬってこと・・・
「みなさん、来てくれてありがとう。こんなに心配してくれて、祐巳も喜ぶわ。」
「馬鹿なこと言うなよ、母さん!そんな言い方、祐巳がしんだみたいじゃないかよ。」
泣いているおばさまの背中をさすりながら、祐麒さんが言った。


それから6時間、全員が沈黙したまま夜になった。みんなが心の中で祐巳の無事を祈っていたのだろう。
手術はまだ続いていた・・・
「みなさん、今日は本当に申し訳なかったね。劇の練習もたくさんしていたというのに。ここまでありがとう。今日はもう帰りなさい。お家の人が心配するからね。」
おじさまがそうおっしゃった。私は帰る気など毛頭なかった、お母さまは今フランスだし。でも、連絡しておくべきだろう。
「私は手術が終わるまで、変えるつもりはありません。でも家には連絡しておきます。」
みんなも同じ気持ちだったようで、全員でロビーの公衆電話に向かった。


各自が連絡を終えたあと、ロビーの椅子に全員が座っていた。
ロビーには私たちしかおらず、静まり返っていた。
「私たち、どこかで祐巳さんに依存していた。だから、だからこんなに苦しいんだ。」
「確かにそうだわ。祐巳さんは山百合会の精神的支柱だった。」
由乃さんの言葉に、志摩子さんが答えた。
二人とも泣いている。
「祐巳さんは、みんなが悩んでいるときとか、困っているときに、お医者さんになってくれるのよね。」
「だって、祐巳さまってば、冗談でも本気にするし、ささいなことでも真剣になってくれるから。志摩子さん・・・じゃなくてお姉さまのことで私が悩んでいる時も、自分のことのように、自分の体を壊してまで・・・・私を助けてくれました。うっ・・」
乃梨子ちゃんも涙声でそう言った。
「そういう意味では、私がお姉さまにいちばん依存していますわ。私、お姉さまなしじゃ・・・」
瞳子ちゃんは泣いていない。この子が泣かないのは本当に意外だった。
でもなぜだろう・・・この子がいちばん苦しそうに見えるのは・・・
「私もそうです。私はあまり物怖じしない性格なんですけど、やっぱり山百合会に入ったばかりの頃は不安で・・・でも祐巳さまは毎日私に声をかけてくれるんです。4月は毎日、月曜から土曜まで、“菜々ちゃん今日はクラブ?”とか、“今日も、可愛いね”とか言ってくれるんです。祐巳さまのオーラはやわらかくて、すごく歓迎してくれて、だから、だから私、今こんなに山百合会になじめているのに・・・」
菜々ちゃんも泣いている。まだ半年ほどしかたっていないはずだけど・・・祐巳ったらこんな可愛い子まで泣かせて・・・



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Scene3 『紅薔薇』



「わ、私、祐巳さんに、祐巳さんにありがとうって言ってない。いつも横にいて、当たり前だと思っていたから。こんなことになるなら、もっとありがとうって・・・好きだよって・・・言っておきたかった!!」
由乃ちゃんはそう言って、病院の外に出て行った。
「行くわよ。」
江利子さまは、颯爽と、令と菜々ちゃんを連れて由乃ちゃんを追いかけて行った。


「私はトイレ!志摩子とノリリンは私に連いてきてね。夜の病院、幽霊と友達になれるかも。」
「ぐすんっ。お姉さま、不謹慎です。」
そう言って、白薔薇のみんなはお手洗いに立った。


残された紅薔薇の3人は、5分ほど黙り込んでいた。
「祥子、あなたよく頑張ったわね。偉かったわ。」
お姉さまが私の頭をなでてくれる。
「えっ?」
「あなたが取り乱したら、みんなが不安になるもんね。もう泣いてもいいわよ。」
私が必死にためていた涙が、ダムが決壊した。
「瞳子ちゃんも辛かったね。大丈夫よ。あんな天使みたいな子死ぬわけないでしょ。今泣いておきなさい。祐巳ちゃんが助かった時に見たいのは、たぶん瞳子ちゃんの笑顔だと思うから。」
お姉さまの言葉に、瞳子ちゃんのダムも決壊したようだ。
私たちは、お姉さまのひざで、数年分の涙を流した。


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Scene4 『黄薔薇』



「由乃、大丈夫だよ。祐巳ちゃんは助かるよ。」
そうは言ったが、私はかける言葉が見つからなかった。
「そんなのわからないじゃない!祐巳さんが死んだら・・・私どうしたらいいの。」
「絶対大丈夫だって。大丈夫よ。大丈夫。」
“大丈夫”こんなときに私は、こんなありきたりな言葉しか言えないの?
祐巳ちゃんはすごく苦しんでいるのに。私は何もできないんだ。
由乃をなぐさめることも。祐巳ちゃんを助けることも・・・
「じゃあ、じゃあなんで・・・・なんで令ちゃんが泣いているのよ!!!!????」
由乃が叫んだ。私は固まってしまった。
泣いている?私が?
ウソ・・・私泣いているの?
そっと頬に手をあててみた。私の指先は確かに濡れている。
私は他のみんなほど、祐巳ちゃんと濃い関係にあったわけじゃない。
でも私は泣いている。
知らなかった。祐巳ちゃんは、私の心の中に、知らず知らずのうちに、大きな部屋を作っていたんだ。


「由乃ちゃん、こっちへ来なさい。」
お姉さまが由乃を近くに引き寄せた。
「ほら、顔をあげて。」
由乃の涙で潤んだ大きな目が、お姉さまの瞳をとらえた。
お姉さまは、そのまま由乃を抱きしめた。
「由乃ちゃん、祐巳ちゃんは助かるわ。なぜって、私が助かってほしいと心の底から願っているからよ。由乃ちゃんは知っているでしょ?わたくしが願ったことは何でも叶うのよ。今までも、これからも・・・・だから泣かないの。そんな由乃ちゃんじゃ、私面白くないわ。」
「・・・・・はい、江利子さま」
由乃は泣きやんだ後も、しばらくお姉さまの胸の中にいた。


「あらっ。この子眠ってしまったわ。フフッ、泣き疲れて寝ちゃうなんて、赤ちゃんみたいね。」
お姉さまが笑っている。私は少し複雑な気持ちになった。
私は姉らしいことなんて何もできなかった。
「令、由乃ちゃんをロビーに運んであげて。」
「はい・・・でも、お姉さま、私・・・」
「何もできなかったって?」
「えっ?」
お姉さまはいつもそう。私の心を読めるただ1人の人・・・
「今日はあなたも当事者の1人なのよ。普通ではいられないわ。あなたは強い子よ。それに由乃ちゃんはあなたを1番信頼しているわ。今まで立派にお姉さましてきたし、これからも“大丈夫”よ。忘れないで。あなたは私の妹なのよ。」
ありきたりなはずなのに、同じ言葉なのに、“大丈夫”・・・
お姉さまが言うと、なぜこんなに癒されるのだろう。


「私も何もできませんでした。」
今まで沈黙を続けていた菜々ちゃんが口を開いた。
「菜々ちゃん、私の目を見て。ほらっ、ジーって。あなたはまだ由乃ちゃんの妹になって半年ほどでしょ。この子は私の1番の遊び相手になるような子だから、妹のあなたは大変だと思うわ。でも、あなたなら由乃ちゃんの支えになってあげられるわ。」
そう言うとお姉さまは、菜々ちゃんの目元の涙を、親指でそっとぬぐった。
「・・・なぜそう思うんですか?」
「んーそうねぇ・・・それは、あなたが私にそっくりだから。そうだ、じゃあひとつ菜々ちゃんにアドバイスというか、指令をあげる。由乃ちゃんが、明日の朝目を覚ましたら、ずっとそばにいてあげなさい。一週間は離れちゃダメよ。」
そう言って、江利子さまは笑った。



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Scene5 『白薔薇』



江利子たちが、ロビーに帰ってきたときには、私の膝の上で、祥子と瞳子ちゃんが眠っていた。
「あら、由乃ちゃんは眠っちゃったの?」
私が江利子に言う。
「そうなの。私の孫はまだ赤ちゃんみたい。」
「孫が赤ちゃんなのはわかるけど、じゃあうちはどうなるの?妹が赤ちゃんなんだけど・・・」
そう、志摩子はお手洗いから帰ってくるやいなや、泣き疲れたのか聖の膝の上でおねんねしてしまったのだ。聖はそう言いながらも志摩子の髪で遊んでいる。
「妹って・・・あなたがさっさと作らなかったからそうなっただけでしょ!由乃ちゃんも志摩子も同じ学年じゃない。」
江利子は手厳しい。
「そうでした。申し訳ない。」
聖は、争わないことを選んだようだ。


「それはそれとして、蓉子の“それ”良いわね。じゃあ、私がここに座って、令は私の左ひざね。それで、菜々ちゃんと由乃ちゃんは右ひざ。さぁ、寝て!」
ルンルンした目の江利子を、2人は拒絶することはできるわけもなく・・・
令は由乃ちゃんを、江利子の右ひざにのせて、自分は江利子の左ひざにおさまった。
「あのー、江利子さまはこんなにも足が細くいらっしゃるのに、片ひざに二つも頭を乗せて大丈夫ですか?」
「No Problem、問題ないわ。二人とも顔が小さいし・・・でも確かに顔が近づきすぎちゃうかもね。寝ている間に、キスさせちゃおうかしら?」
「もう!ふざけないで下さい。」
菜々ちゃんの顔が真っ赤になった。菜々ちゃんは渋々、江利子の右ひざにおさまった。


「じゃあ私も。もう1本足が残っているから、ノリリン、どうぞ。」
「嫌です。それに私の名前は乃梨子です!」
「もう、そんなこと言わないでさぁーおーねーがーい。私だけ片足じゃ、さーみーしーいー。」
聖が駄々をこねる。
「だから嫌ですってば!」
「ふーん。じゃあ志摩子を確実に喜ばすことができる秘策、教えてあげない。せっかく教えてあげようと思ったのに。」
サッ!!
乃梨子ちゃんの頭が一瞬で聖のお膝におさまった。
「それで、秘策とは何でしょうか?・・・今日、私は何もできなくて、なんかすごく悲しくって周りが見えなかったっていうか。。。」
「うーそっ。そんな秘策あるわけないじゃない。」
「えっ!?だましたんですかぁ!?」
乃梨子ちゃんが頭を上げようとすると、聖がその頭をおさえつけて、自分の膝に戻した。
「やっぱり、聖さまのこと好きになれません。今日のことで少し見直していたのに・・・」
乃梨子ちゃんは頬を膨らませて怒っている。


「あーら、失望させちゃたかぁ。ざんねん!」
聖は楽しそうに笑ったが、次の瞬間、真面目な顔になった。
その雰囲気を感じ取ったのか、乃梨子ちゃんも体を強張らせた。
「あのね、乃梨子ちゃん、私は祐巳ちゃんが助かるって信じているわ。でもね、この世の中に“絶対”ってことはないと思うの。だから、そういう結果が出たとしても、次はあなたが志摩子を支えてあげなさい。わたしじゃなくて、あなたがね。悲しさや辛さを比べることなんておかしいと思う。でもね、志摩子は乃梨子ちゃんより1年も長く祐巳ちゃんと一緒にいるの。それに、多分・・・この子はあなたが祐巳ちゃんのことを好きな以上に、祐巳ちゃんのことを想っているのよ。だからあなたも悲しいだろうけど、心を、気持ちを強く持って、志摩子を支えてあげてちょうだい。そばにいてあげて。」
あら、珍しくおばあちゃんらしいことを。
私は江利子と顔を見合わせて笑った。
「約束します。」



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Scene6 『三薔薇』



「みんな寝ちゃったね。」
聖が言う。
「みんな祐巳ちゃんのこと心配しすぎて、疲れちゃったのよ。」
江利子が応答した。
「寝た方が良いわ。手術は一晩中続くかもしれないし、起きていたらずっと心配してて、おかしくなっちゃうわ。」
私が言う。
「それにしても、祐巳ちゃんの存在がこんなにも大きくなっていたなんて・・・ね」
聖が言った。
「あら、私たちがいた頃から、あの子の存在は大きかったわ。おかげ、聖はずいぶん丸くなったわ。あなた、祐巳ちゃんに散々お世話になって、良くそんなことが言えるわね。」
江利子がかみついた。
「もちろん、私の中では大きな存在だったよ。あの子は私の価値観って言うか、人生観を変えてくれた。それに蓉子が開けた祥子の心の扉をどんどん開けてくれた。けど、山百合会全体ではそこまで大きな存在になっていたかなぁ。江利子は、そんなに祐巳ちゃんと絡んでなかった気がしたけど・・・」


「確かに、そこまでかかわりを持っていたわけではないわ。でも、あの子がいるときの会議はすごく楽しいのよ。蓉子の長いお説教を聞いている時はね、ずっとあの子の顔を見ているの。そうしたら、おもしろくって一瞬で時間が流れるの。あの子は私を幸せな気持ちにさせてくれるのよ。」
「長い説教ですって?私はそんなことはしていません。したとしても、それはどうせあなた達が悪ふざけでもしたからでしょう。」
「怒らないでよ、蓉子。まるで、昔の祥子さながらの・・・」
「「ヒステリー!」」
江利子と聖が声を合わせた。
「そういう風にからかうのはやめてちょうだい!」


「で、蓉子は祐巳ちゃんのことどう思っているの?」
「そうねー。祐巳ちゃんは、私の後継者かしら。山百合会を開かれた生徒会にするためのね。たとえて言うなら、私が創設した会社を、あの子が成功に導いてくれるの。あの親しみやすい人柄でね。2人とも知っている?祥子に聞いたんだけど、祐巳ちゃんったら選挙の時に私の名前を出してくれたんですって。私、嬉しくって、涙が出そうだった。私の夢はね・・・あの子が叶えてくれた。今はね、一般生徒とのお茶会を、定期的に開いているらしいわ。」
「ふーん。選挙で名前をね・・・私はそんな話聞いてないわ。」
2人は悔しかったのか。自分の名前を出さなかった妹たちの寝顔を睨んで、ほっぺたをつねっている。
「祐巳ちゃんは、“調和者(バランサー)”だと思うのよ。由乃ちゃんが暴走した時は、ブレーキをかける。志摩子が消極的な時は、背中をそっとおしてあげる。彼女なしに、今の山百合会はないのよ。これは悪い意味の依存ではなくて、良い意味での役割分担ってかんじなのかな。」
「そうね。楽しそうだわ。」
2人はうなずいた。


「それにしても、江利子のところは子供が多くて大変ね。膝の上に三人も。」
聖が笑いながら言う。
「あら、何を言うの?天使は何人いても可愛いものよ。」
そういって、江利子は三人の天使の頭を優しくなでた。


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第三章 『お見舞い』



Scene1 『女の子』



あれ、ここはどこだろう。病院?
そっか。あの車にはねられたんだ。あの子助かったかなぁ?
道路に出て、あの子を抱きとめたところまでしか覚えてないや。


「祐巳、祐巳、お母さんよ。わかる?祐麒、お医者さん呼んできなさい!」
「わかった!」
ユウキが病室から飛び出して行った。
「今、何時?」
私は時間の感覚がなかった。
「日曜日の夕方の4時半よ。昨日病院に運ばれて、今日の朝の4時くらいまで手術をしていたのよ。手術は成功したの。祐巳ちゃん、お母さんのことわかる?お母さんのこと・・・」
「何で同じことを何度も聞くのよ?わかるわ。お母さんも、お父さんも。」
「それはね、お医者様が、頭を強く打っているから、記憶障害とか何らかの意識障害が残るおそれがあるっておっしゃったからだよ。でも骨折とか外傷はほとんどないみたいだから、脳に異常さえなければ、5日ほど検査入院をしたら、来週末には退院できるそうだ。」
お父さんが、そう言った。よく見たら、二人とも目の下にくまができている。
「ごめんね。2人とも心配かけたね。」
「私たちはあなたの親だから、気にすることはないわ。でも学園祭の劇が中止になって、山百合会のみなさんが、とても心配してくださって、朝まで泊りがけで待っていてくださったのよ。朝早く、蓉子さんと江利子さんと聖さんがいらして、さっきの説明をしたら安心していたわ。いつ目を覚ますかわからないから、みなさんには帰っていただいたけど、明日から順番にお見舞いに来るって。祐巳が話していた通り、本当に優しい方たちね。」
「嘘?中止になったの?しかも泊まってくれたの?うわぁ、悪いことしちゃった・・・」


「それで、さっきから気になっていたのだけれど、なんで個室なの?」
私はつまらないことを聞いたと思ったが、ずっと気になっていた。
「これはね、今日の朝、フランスから帰ってきた祥子さんのお母さんのおかげなんだ。空国から、直接いらしてくださったんだよ。血相を変えてね。」
お父さんはそう言うと、ポケットからメモ帳を出して、話を再開した。
「祐巳ちゃんは私にとっても娘同然。祐巳ちゃんは可愛い。祐巳ちゃんと出会ってから祥子は家でも笑顔が増えて、本当に感謝している。でも、まだそのお礼を言ってない。だから本当に無事でよかった。また家に遊びにきて。ミルフィーユを焼いて待っているわ。祐巳ちゃんをあんなすばらしい子に育ててくださってありがとうございますだって。」
「なんか照れくさくなるくらい祐巳のことを褒めていたよ。マシンガンのようにお話になって、聞き取るのも大変でね。それで、この病院は小笠原の系列の病院らしくて、一番良い部屋を用意させるって言って、遠慮する間もなく、院長室に走って行かれた。」
「嵐みたいだったわ。」
お父さんとお母さんが顔を見合せて笑っている。
清子小母さまったら。フフっ。
「2人も本当にありがとう。私は大丈夫だから、今日は帰って寝てちょうだい。寝ていないんでしょ?」
「そのつもり。お母さんもうクタクタよ。だから手術が成功した後、祐麒に帰って寝てもらったの。今日はあの子が付き添いをしてくれることになっているから。」
お母さんがそう言った時・・・


ガラガラガラ!
祐麒が帰ってきたと思ったら・・・
そこには4つか5つぐらいの、見覚えのある可愛い女の子が花束を持って、元気な姿で立っていた。



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Scene2 『月曜日』



その後、意識障害や、後遺症もないだろうということで、今週の土曜日の朝に退院できることになった。日曜日は完全休養で、来週の月曜日から学校へ行っていいということらしい。今日、月曜日から、金曜日までは入院生活。あー早く学校に行きたいな。


コンコン!
誰だろう?
「はーい。どうぞ。」
「ごきげんよう、お姉さま。」
「瞳子!?お見舞いに来てくれたの?」
「もちろんですわ。妹として当然の義務ですから。」
「そっか・・・義務だから来たんだね。行かなきゃいけないから来ただけなんだね・・・」
「い、いえ、そんなことありませんわ!私が、き、来たいから来ただけで・・・」
あ〜可愛いわぁ。顔を真っ赤にして。
一日会わなかっただけなのに、なんだか久しぶりに会った気がする。
「このDVDは、私からです。それでこのタヌキのぬいぐるみは聖さまと江利子さまが持っていけって。ベットの近くに置いておけって言ってましたけど?」
「このDVDは?」
私は、ぬいぐるみを枕のそばにおいて、話を続けた。
「私の好きな映画をいくつか持ってきました。プレイヤーが病室にあるって、祥子さまがおっしゃっていたので。入院生活はお暇でしょ?って・・・それにしてもこの花畑は何ですの?」
「あーそれはリリアンのみんなが送ってきてくれたのよ。たくさんでおしかけると、私の負担になるから、山百合会のメンバーしか言っちゃダメって学園長からお達しが出たんでしょ?お手紙に書いてあったわ。すごいのよ。花束一つ一つにお手紙がついていて、何十通も来てたわ。私って案外人気あるみたい、知らなかったでしょ?」
私はいたずらっぽく笑ってそう言った。
「はぁ・・・知らなかったのはお姉さまだけですよ」
そう言って瞳子は、溜息をついた。


「でもね、すごく嬉しかったわ。みんなとても私のことを心配してくれていて。退院したら、ハグをして回ろうかな?ふふっ。」
「フンッ!」
「あれ、どうしたの?瞳子、何怒ってるの?」
「べ・つ・に!怒ってなんかいませんわ。」
あら、怒らしちゃったみたいね。まさか、妬いてる?
・・・よしよし、可愛い可愛い。
「でも、瞳子が1番に来てくれて本当にうれしいわ。昨日からずっと、瞳子の顔が見たくてたまらなかった。すごく会いたかったんだからね。来てくれて、ありがと。」
あれ・・・瞳子の目に涙がたまっていく。
いつもなら顔を真っ赤にして怒るところなのに・・・
「お姉さまぁぁぁ〜本当に心配したんですよ。もう会えなくなるんじゃないかって。あんなこととか、こんなこととか、もっと言っておけば良かったって。すごい後悔して、苦しくって・・・」
「痛いよ、瞳子。胸をたたかないで。私は太鼓じゃないんだよ。ほら、顔を見せて。私は瞳子の泣き顔も好きだけど、瞳子の笑顔が1番好きなの。ほら、笑って。」
私が瞳子の頬を優しく触りながらそう言うと、
「お、お姉さまにだけですよ・・・」
そう言うと、瞳子は目に涙を浮かべながら、天使のような笑顔を見せてくれた。


瞳子が出て行って、5分後。
コンコン!
「はーい、どうぞ。」
「ごきげんよう、祐巳」
「お姉さま!?わざわざ来てくれたのですか?さっきまで瞳子が・・・」
「知っているわ。スケジュール表を作っているのよ。あなたに負担をかけないように、1日2人。1人10分以内ってね。木曜の人たちは、ルールなんてお構いなしみたいだけれど。」
「木曜の人たちって?」
「それは秘密よ。知らない方が楽しみが増えるもの。」
祥子さまはニッコリと笑ってくれた。
「でも、本当に無事で良かったわ。お母さまがすごく心配なさってね。」
「清子小母さまが?またお伺いしますってお伝えください。私も早く会いたいです。でも・・・お姉さまは心配してくれなかったんですか?」
「もう、あなたったら、なんでそんな見当違いなことを言うのかしら?お母さま“も”心配していたと言ったでしょ。私も心配していたに決まっているじゃない。」
「いや、お姉さまは、お母さま“が”っておっしゃいましたよ。」
「口答えはやめなさい!」
「ごめんなさい・・・」
・・・・・・・・・・・・


「あなたはたった1人の妹。本当に心配で死にそうだったわ。」
お姉さまはそういうと、私ギューッと抱きしめてくれた。
「まぁ、祐巳が死んだら、天国ごと買い取るつもりだったけど。」
「・・・もう、お姉さまったらー!」



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Scene3 『火曜日』



夕方。
今日は誰かなぁ?
コンコン!
「はーい、どうぞ。」
「ごきげんよう。祐巳ちゃん。」
「令さまぁー!?大学は大丈夫なんですか?すみません、お忙しいのに。」
「そんな他人行儀なあいさつやめてよ。今日は講義が昼までだったから。・・・そうそう!祐巳ちゃんは甘いもの好きでしょ?だから食べやすくて、体に良いお菓子作ってきたんだ。そろそろ病院食じゃなくて甘いものもほしいんじゃないかと思って・・・」
「ありがとうございます、令さま。本当にうれしいです。私、令さまのお菓子大好きなんです。令さまは私のこと、本当に理解してくれていますね。」
「い、イヤ、別にそんな・・・まぁ、私も今回のことで、祐巳ちゃんの大切さがわかったっていうか・・・」
令さまは顔を赤くして、早口でおっしゃたのだけど、最後の方は消え入りそうな声だったから、聞き取れなかった。
「えっ!?今何ておっしゃいました?すみません、少し最後の方が聞きづらくって。」
「何でもない。今日はここまで。早く交代しなきゃ怒られちゃう。」


あの令さまの慌てよう・・・
次に来るのはあの人に決定ね。
「ヤッホー祐巳さん!」
ノックなしかい?!
「いやぁー会いたかったよー。お見舞いのスケジュール決めるとき、志摩子さんとモメちゃって大変だったのよ。月曜日は、当然紅薔薇でしょ。火曜日か水曜日かって話になって、もちろん私は早く会いたいから、火曜日が良かったの。それで、いつもみたいに押し切ったら火曜日におさまれるって思っていたの。そしたら、志摩子さんが猛反発よ。“ダメよ!由乃さん、火曜日は譲れないわ”って・・・何よ、そのキャッチフレーズみたいなセリフ。火曜日は譲れないって・・・おかしくない?“そうだ、京都に行こう”みたいな、“絶対負けられない戦いがそこにはある”みたいな。同じにおいがするわ。老猫だと思っていたら大間違い。ネコはネコでも、ライオンよ!まぁ、結局クジで私が勝ったんだけどね。ホーホッホ!!」
由乃さんが、マシンガンのように話すので、ほとんど聞き取れなかった。


「ってさっきからうっとうしいのよ!離しなさい、菜々!今からハグするのに、腕に絡まれてたらできないでしょ。」
そう、ずっと気になっていった。病室に入ってきたときから、菜々ちゃんが由乃さんにピッタリくっついている。
「どうしたの?菜々ちゃん。」
「祐巳さま。本当に無事でよかった。ウコイセイダー!!」
「何それ?何かの呪文?」
「アフリカの先住民族の言語です。おめでとうっていう意味の。」
「さすが。菜々ちゃんは博識だね。それで、腕は?」
「これは江利子さまからの指令です。」
「江利子さま?どういうこと?」
「秘密です。」
菜々ちゃんはそれ以上は教えてくれなかった。


「ほらね、こうやって、詳しいことは教えてくれないのよ。日曜の朝からずっとね。最初は可愛いと思っていたけど、ここまでしつこくされたらね・・・意味もわからないし!」
「秘密です。」
「それに、今日は菜々が剣道の練習で来れないって言っていたのに、1日2人っていうルール忘れたの?菜々は来ちゃダメだったの!令ちゃんと私で2人でしょ?」
「2個1だから。2人で1人だから。」
「も〜う〜意味のわからないこと言わないの!本当に怒るわよ。」
「・・・そんな・・・私はただ、お姉さまのそばにいたかった。ただそれだけなのに。」
菜々ちゃんがうつむいてしまった。
「そ、そ、それならいいわ。まぁ、今回は許してあげる。さぁ、時間よ。行くわよ、菜々!」
そう言って、顔を真っ赤にした由乃さんは、私にごきげんようも言わずに出て行ってしまった。
うつむいていたはずの菜々ちゃんはいつの間にか、笑顔でこちらを向いていた。
「今のはウソですよ。祐巳さまの顔が見たくて、無理やり来ちゃいました。本当に良かった・・・」
「ありがとう・・・菜々ちゃん。でも今のは100%ウソだった?」
「いいえ、正直に言うと、半分は本当です。でもお姉さまには内緒ですよ。」



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Scene4 『水曜日』



コンコン!
「はーい、どうぞ。」
「ごきげんよう。祐巳さま。」
「乃梨子ちゃん、来てくれたんだね。」
「もちろん。お元気そうでなによりです。これ、私のお気に入りの仏像です。すぐ良くなりますよ。」
「あ、ありがとう・・・」
ダメ、全く嬉しくない。でも笑いなさい、祐巳!
「来てくれたことは、素直にうれしいわ。」


「今回のことでわかりました。3年生のお二人は私の敵だって。」
「えっ!?敵って?」
「まず、由乃さま。あの方は論外です。お見舞いのスケジュールでお姉さまを泣かせて・・・前からそうですけど、人気のあるお姉さまに嫉妬してるんですよ!あの三つ編みは。」
「乃梨子ちゃん、それは言いすぎだよ。」


「すみません。でも、由乃さまったらひどいんですよ。圧力のかけ方が半端なくって・・・まぁ良いです。やっかいなのは祐巳さまです。今回のお姉さまの取り乱しようったらなかったです。あんなに祐巳さまのこと想ってらしたなんて・・・知らなかったです。不謹慎だけど、ちょっと妬いちゃいました。」
「大丈夫、乃梨子ちゃん。志摩子さんは、あなたが私と同じ状態になったら、同じようにあなたを心配するよ。」
「本当にそう思いますか?私、志摩子さんのことが、だ、大好きだから、つい不安になっちゃって。」
「近くに来なさい。ほら、私の目を見て。嘘をついてる目?」
「いいえ。いつも・・・祐巳さまの、綺麗でまっすぐな目です。」
「良かった。私はウソはつかないの。」
「あれ?ウソはつかない(don’t)んじゃなくて、つけない(can’t)んじゃないんですか?フフッ。」
「コラっ、乃梨子!」


コンコン!
「はーい、どうぞ。」
シーン・・・
あれ?流れ的に志摩子さんのはずだけど・・・
私は気になって、病室のドアを開けた。
すると、目を真っ赤に充血させた志摩子さんがうつむいて立っていた。
「志摩子さん、来てくれて・・・」
「・・・祐巳!!!」
志摩子さんはいきなり私に抱きついてきた。
「志摩子さんどうしたの?」
「良かった。本当に良かった。」
「・・・ありがとう。志摩子さん。心配かけてごめんね。3日会えないだけですごくさみしかったよ。」
「・・・・私も・・・」
そのあと五分間、私たちは抱き合っていた。



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Scene5 『木曜日』



「ストップ、聖!ノックしなさいよ。なんて非常識なの。」
江利子さまの声がした。
でもあなたの孫はノックしませんでしたよ。
「そうよ。江利子の言う通り。本当に子供みたい。今年で二十歳なのにね。」
蓉子さまの声だ。
「はいはい、ノックすればいいんでしょ。」
コンコン!
「だ〜れだ?」
聖さまの声がした。
「もう、声が丸聞こえですよ。」


「ほら、江利子が大きい声出すから!」
「私のせいにしないでよ。違うわよね?祐巳ちゃん。」
「もう、二人とも静かにしなさい。」


「本当に無事でよかったわ。」
蓉子さまが私の手を握ってくれた。
「ありがとうございます。」


「この人形だけど、返してもらうわよ。」
「えっ!?」
聖さまが、たぬきのぬいぐるみを持っている。
江利子さまはそれを見て嬉しそうに聖さまと顔を見合わせていた。
「今日はもう帰るわ。」
「帰るって、今来たばかりじゃないですか?」
「いいの!今週の日曜日にまた会えるから。」
「日曜日?」
「そう。祐巳ちゃんの退院祝いを薔薇の館でやるのよ。」
三人はにっこりと笑いながら、そう言って、帰って行った。



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Scene6 『金曜日』



コンコン!
「はーい、どうぞ。」
あれ?昨日で山百合会のメンバーは全員来たはずだけど・・・
「ごきげんよう、祐巳さん。」
「ごきげんよう、祐巳さん。」
「ごきげんよう、祐巳さま。」
「ごきげんよう、祐巳さま。」
そこには、蔦子さん、真美さん、笙子ちゃん、日出実ちゃんが立っていた。


「うわぁーみんな来てくれたの?すごく嬉しい。」
パシャ!パシャ!
「良いわ、祐巳さん。素晴らしい。病室のベットに座る、純白のパジャマ姿の紅薔薇さま。」
「蔦子さんやめてよ。こんな格好・・・恥ずかしいよ。」
「あら?そんなことないわよ、祐巳さん。来週号の記事にさせてもらうわ。“少女を救った紅薔薇さまの帰還”なんてね。何百部刷っても足りないでしょうね。こんなドラマティックな記事ないもの。伝説的な記事になるわ。」
「・・・真美さん・・・冗談よね?」
「そうですよ、お姉さま!紅薔薇さまに悪いですわ。それに、お見舞いには山百合会のメンバーしか来れないっていうルールなのに・・・」
日出実ちゃんが、守ってくれる。
「それを言っちゃぁーおしまいよ!それに、1日2人っていうルール、あなたと笙子ちゃんは無視してるじゃない?今日は私と蔦子さんで行くつもりだったのに。ね、蔦子さん?」
「そうねー。笙子ちゃんには、今日のことは黙ってたつもりだったのに、病院の前で日出実ちゃんと待っていたわ。どこから漏れたのかしら?」
「蔦子さま、それは真美さまが“うっかり”日出実さんに漏らしたのを、私が聞いて・・・・それに、私も祐巳さまのことがすごく心配で。」
「ほらね、いつも真美さんよ。そもそも、このお花畑も真美さんがリリアンかわら版で情報を流したからよ。悪いわね、祐巳さん。」
「ううん。そんなことないよ。お手紙とお花、すごく嬉しかったし。こうやって4人が来てくれたこともすごく嬉しいよ。ほら、蔦子さん、真美さん、ハグして!」
二人は、私をギュっと抱きしめてくれた。
「すごく心配したわ。私の専属モデルが無事で・・・本当に良かった。」
「私もよ。私の一番の記事の素材に天国に行かれたらたまらない。」



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第四幕 『薔薇の館・たぬきのぬいぐるみ・・・・そして日常』




「では、祐巳ちゃんの退院を祝して、かんぱ〜い!!」
「かんぱ〜い!!!!!!」
「えーっと、今日は私のためにこんな会を開いていただいてありがとうございます。また、本当にご心配や、ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。この会を企画してくれた、蓉子さま、聖さま、江利子さま、ありがとうございました。大学が忙しいのに、来てくださった、令さま、そしてお姉さま、ありがとうございます。何より、劇を台無しにしてしまって、志摩子さん、由乃さん、乃梨子ちゃん、菜々ちゃん、そして瞳子、本当にごめんね。でも、この埋め合わせは必ずするから!」
「そんなこと気にしないでいいのよ。祐巳さん。」
「そうよ。穴埋めなんて・・・とんでもないわ。また機会がある時に、放課後にでも劇を開けばいいわ。」
「由乃さん・・・志摩子さん・・・」


「まぁまぁ、そんな話はどうでもいいよ。今日はビッグイベンドがあるのよ。」
「聖ったらせっかちすぎるわよ・・・もうやるの?蓉子、どうする?」
「別にいいんじゃない。そこまでためることでもないでしょ。」
「じゃあ、菜々ちゃんよろしく。」
「はい、江利子さま。」
そういうと、菜々ちゃんは、レコーダーのようなものを、スピーカーにつなぎ始めた。
「これは何なんですか?」
祥子さまが三薔薇さまにお聞きになった。
「録音してたのよ。たぬきのぬいぐるみにレコーダーを入れてね。みんながどんなこと話すのか、知りたくって、一日目の月曜日に瞳子ちゃんに頼んだんだよ。」
「「「「「えーーーーーーーーーーーー!!??」」」」」
「菜々ちゃんは知ってたってこと?」
令さまがお聞きになる。
「ええ。スケジュールを決めたりする上で、内部にスパイがいた方が円滑に進むでしょ?まぁ、スパイを使うような問題は起こらなかったけどね。」
江利子さまが嬉しそうにおっしゃった。


「じゃあ、まず一日目ね。瞳子ちゃんから。」
聖さまが進める。
「嫌です。プライバシーの侵害ですわ!!」
妹は、カンカンだ!というか、三薔薇さま以外のメンバーはみんな怒っている。
「まぁまぁ、始めましょう。」
(再生中・・・・再生中・・・・)
レコーダーが再生されている間、瞳子の顔は真っ赤だった。
「ダメ!笑いが止まらない。ハハハハハッ!!瞳子、祐巳さまにしか見せない笑顔、私にも見せてよ。どんな笑顔だったの?」
乃梨子ちゃんが瞳子をからかっている。
みんな自分のことじゃないからって、安心して笑っている。
みんながみんなニヤニヤしている。
私は、妹を守るべきなんだろうけど、でも真っ赤になっている瞳子は可愛い。
「だ、だ、だ、黙りなさい!!乃梨子!聖さま、次に行きましょう。」


(祥子さま・・・・再生中・・・・再生中・・・・)
「これは、いいわ。本当に面白い。天国を、天国を買うですって。」
蓉子さまが笑いながら、必死にしゃべっている。
「祥子らしいわ。」
江利子さま。
「でも・・・祥子ならやりかねないわね。」
令さまのとどめをうけて、祥子さまは床に滑り落ちた。


「じゃあ、次は令ね。」
聖さまが次にいく。
(再生中・・・・再生中・・・・)
「何よ、これ!?令ちゃん説明してくれない?祐巳さんの大切さがわかったって何よ。ねー!説明しなさいよ。」
由乃さんは、浮気を追及する彼女さながらの追い込みを見せた。
もちろん令さまは、涙目で・・・


「由乃ちゃんも、そうは言ってられないわよ!」
(再生中・・・・再生中・・・・)
「にゃぁお・・・」
「・・・・志・摩・子・さ・ん?じ、冗談よ。ろ、ろ、老猫なんて・・・」
由乃さんは尋常じゃないほどの汗をかいている。
「にゃぁお・・・」
怖すぎるよ。志摩子さん・・・ライオンじゃないところが怖すぎる。
「はめたわね、菜々!あなたたが、志摩子さんのこの話を祐巳さんにしたら、受けるっていうからしたのに。あなた知ってたって・・・本当に許さないわよ!!」
「あら、由乃ちゃん、だまされる方が悪いのよ。ヒントはあったはずだけど。」
江利子さまがおっしゃる。
「そうです、お姉さま。“ウコイセイダー!!”ですよ。後ろから読んだら、“だ・い・せ・い・こ・う=大成功”です。こんな簡単なことに気付かないなんて。フフッ。」
「はぁー、もういいわ。菜々ったらそんな嬉しそうな顔して・・・さぁ、次に行きましょう。」
「由乃さん、まだ話が終わってにゃいわよ?」
・・・・・・・・


(乃梨子ちゃん・・・・再生中・・・・再生中・・・・)
「何よこれ?私のグチなんて、乃梨子ちゃんも偉くなったものね。」
由乃さんは復活したようだ。
「いや、まぁ確かに言いすぎました。すみません。でも私、由乃さまのこと大好きですよ。」
あっさり言う乃梨子ちゃん。
「の、乃梨子ちゃんったら何言っているのよ?ま、まぁ今回は許すわ。」
菜々ちゃんに由乃さんの操縦方法を聞いているのだろう。
でも今回は由乃さんにとっても、乃梨子ちゃんにとっても裏目に出たようだ。
「あら、乃梨子は由乃さんが大好きなの?」
・・・・・・・


また凍ってしまった空気を、三薔薇さまが解凍することにした
(志摩子・・・・再生中・・・・再生中・・・・)
「って、ほとんどしゃべってないじゃない?」
蓉子さまがおっしゃった。
「何これ?志摩子何していたの?」
聖さまがニヤニヤしながら志摩子さんに聞いている。
「うーん、本当に何も聞こえないわ。」
江利子さまも必死に推理している。
「祐巳!何をしていたの?言いなさい!」
「祥子、何怒っているのよ?」
「令には関係ないわ!」
「関係なくはないでしょ!」
・・・・・
祥子さまと令さまが小競り合いを始めた。


「お姉さまは何をされていると思いますか?」
「うーん・・・わからないわ。菜々はどう思う?」
「私は・・・たぶんですけど、わかりましたよ。」
「えっ!?なになに?教えてよ!」
「じゃあ、抱きしめてください。そしたら教えてあげます。」
「わ、わ、わかったわ。」
ギューっ!!
「お姉さま、これですよ。」


「お姉さま、まさか志摩子さまと何かなされたのですか?」
瞳子が私につめよってきた。
「志摩子さん、何してたの?」
乃梨子ちゃんは敬語を忘れてしまうほど動転している。
妹たちに、詰め寄られた私と志摩子さんは、背中合わせの状態になっていた。
「瞳子は、浮気は許しませんわ!!」
「私だって、祐巳さまといえども、許さない。」
「乃梨子、馬鹿言わないで!手を出したのは、志摩子さまのほうでしょ?」
「瞳子、何言ってんのよ?志摩子さんの悪口なんて許さないよ!」
「悪口ではありません。真実です。まぁ、愛くるしすぎる私のお姉さまにも問題がないとは言いませんが・・・」
「自惚れもいいところね。こっちはミス・プリンセスよ」
「シンデレラの方が上ですわ!!」
ガヤガヤ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ガヤガヤ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


みんなが好き勝手しゃべっている。
薔薇の館に日常が戻ってきた。
私はここにいる。
山百合会にいる。
こんな何でもない、ひとときに永遠の幸せを感じる・・・
「みんな、大好き!!!!」
私は大声で叫んだ・・・・



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