【2925】 まだまだ続くぞ!気持ちだけ  (街 2009-04-20 17:11:24)


東京の郊外。

緑溢れるこの街に、小学校から大学まで一貫のリリアン学園があった。

学園に近接して建っている寮は、遠くから通う生徒、または家庭の事情などで親と離れて暮らす生徒、社会勉強のため集団生活を学ぶ生徒、そんな生徒のためにあった。



学園からポツリと一つだけ離れた場所にある一軒の家というには大きく、アパートというには小さい建物。

それは山百合寮という名の学生寮だった。

そこに住むのは眉目秀麗、成績優秀、ある分野に秀でた学生が住んでいた。
つまり、山百合寮に住むのはステータスである、そう生徒の間では言われていた。


しかしその裏で、山百合寮は訳ありの生徒が住む場所である、という噂があるのを私は知らなかった。





「きょ、今日からお世話になります。福沢裕巳です。よろしくお願いします」

ガバっと頭を下げる。

今は夕飯前。山百合寮で暮らすみなさまに入寮の挨拶をしているところだった。



急に親が外国に転勤となり、私は学校の寮に入ることになった。

しかし、生憎ながら普通の寮がいっぱいで空き室がなく、私は山百合寮に入ることになった。


ここで一つ断っておくが、私はまったくの一般人。
特に成績もよくなく、運動神経もよくなく、秀でた才能もない。そんな私が山百合寮に入るなんて・・・。



顔をあげると、眩しくなるほど顔立ちの整った人たちが、私を見ていた。
思わず、手で庇を作りたくなる。


うわぁー、有名人ばかり。


「簡単に私たちも自己紹介しましょう。では、私から。水野蓉子、高校3年です。よろしくね」

いかにもしっかり者という感じの蓉子さま。
成績優秀、優等生、非の打ち所がない生粋のリリアン生だと生徒の間でも噂になっている。


「じゃあ、私ね。佐藤聖でーす、同じく3年。よろしく☆」

親指を立てながら、ウィンクをするその人は聖さま。
リリアンいちのプレイガール。確かに他の人がやると浮きそうな仕草も様になっている。


「鳥居江利子。3年。よろしく」

三つの単語を言って座ったのは江利子さま。
淡々とした口調とは相反して、目はキラキラしている。ついでにおでこも。
私を下から上まで嘗め回すようにみている。

ちょっと怖い。


「小笠原祥子。高校二年生です。よろしくお願いします」
優雅に挨拶をしたのは祥子さま。
生まれも育ちも完全なお嬢様。
艶やかな黒髪が美しい。


「支倉令です。よろしくね」
爽やかな笑顔を見せるのは令さま。ミスターリリアンと呼ばれるほどの綺麗な顔立ち。

「裕巳さんと同じ1年生の藤堂志摩子です。よろしくお願いします」
「同じく1年生の島津由乃です。よろしくお願いします」

同級生2人が挨拶をする。

2人とも同じクラスにはなったことはないけれど、名前と顔は知っている。
可愛くて、成績もよくて、同じ学年だけれど、一目置かれた存在だ。


「あと中学生もいるんだけど、今は研修旅行中でいないの。いろいろと最初は戸惑うことも多いだろうから何でも聞いてね。じゃあ食事にしましょう。みんなグラス持って」

それぞれ目の前にあるグラスを持つ。

「裕巳ちゃんとの出会いに。乾杯」

「乾杯」

グラスを合わせる音が響き、夕飯が始まった。

私は緊張して、全く料理の味がわからなかった。
気を遣って、みなさんが話を振ってくださったが、緊張でうまく話せなかった。


食事も終わり、簡単に施設を案内してくれると由乃さんが言ってくれた。
由乃さんと言えば身体が弱く、よく体育を見学している姿を見たが、最近手術をしてだいぶ体調がよくなったという噂を聞いていた。
妹にしたいナンバーワンに今年選ばれているほど、守りたくなる雰囲気がある。


「お風呂は21時までに入ってね。共同風呂のほかにシャワー室もあるけど、そこも21時まで。夕飯はみんな一緒だけど、朝は別々なの。一緒にしていたら、いろいろ問題があって」

「問題?」

「それはおいおいわかるわ。あとは談話室と管理人室。あそこが、ランドリー。裕巳さんの部屋は私の隣よ」

そう言って案内されたのは、ベッドと机、あとは小さなテーブルがある部屋で、ダンボールに入った私の荷物が置いてあった。


「最初は寂しいかもしれないけど、すぐに慣れるわ。私も隣にいるから、何かあったら呼んでね」

にこっと笑う由乃さんは下手なアイドルよりも可愛くって、今、私がカメラを持っていたら迷わずシャッターを押していたと思う。


「ありがとう」

「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」


自分の部屋に入り、ベッドに寝転がる。


みんないい人たちそうでよかった。
学園の有名人ばかりで、始めは緊張しそうだけど、少しずつでも仲良くなれたらいいなぁ。

そんなことを考えていたら、いつの間にかうつらうつらしていたみたいだ。


「ドン!ガッ!ドン!」

「え?何事?!!」

凄い音がして、目が覚める。
隣の由乃さんの部屋だ!

もしや泥棒?そんな嫌な予感がして部屋を飛び出し、ドアを叩く。

「由乃さん?由乃さん?大丈夫?」

しばらくすると、がちゃっとドアが開き、由乃さんが顔を出す。


「裕巳さん?どうしたの?」

私はポカンと開いた口が閉じられなかった。

由乃さんの顔は汗だくで、その格好は白のタンクトップに下はジャージ。頭には白いタオルが巻かれていた。
まるで工事現場のおじさん。


「よ、よしのさんの部屋から凄い音がして・・・」

「あぁーごめんごめん。ダンベル落としちゃって」


由乃さんが指差した先には5キロはあろうかというダンベルが転がっていた。
え?何でダンベル?


よく部屋を見渡すと、ダンベルに限らず、部屋中筋トレの機械だらけだった。


通販でよく見る機械がごろごろと転がっていて、並んでいる雑誌もマッチョがポーズを決めている表紙が嫌でも目に付く。


「由乃さん。これって・・・」

「あぁ、私の趣味。心臓治ってから身体鍛えるのにはまっちゃってさ」

きらりと汗を光らせる。

「ほら、けっこう筋肉ついてきたの」

そう言って上腕二頭筋を見せる由乃さん。細腕ながら、ぼこっと筋肉が盛り上がり、由乃さんはいとおしそうに撫でている。

「んー、いい感じ」
うっとりしている。


ぞわーっと寒気がしたのは、私が薄着だからという理由だけではないと思う。


「どう?裕巳さんも一緒にやる?」

「私は、いいや」

「そんなこと言わずにさ、やろうよ」


ガシっと腕を掴まれ、筋トレの成果か全く腕を振り払えなかった。
それからみっちりと筋トレにつきあわされる悪夢の時間が始まった。





「もう無理」
「無理と言ってからが勝負よ!自分との勝負なの!」
「ひぃ」

「じゃあ次はあれね」
「ほんとに無理」

「無理って言葉は私の辞書にはないのよ」
「私にはあるの!」

「今はリリアン生も自分の身は自分で守らないと」
「そんなに危険なの」

「甘いわ!戦国時代を思い出してみて」
「今は、平成よ?」

「じゃあ、今やったのをもう1セットずついきましょう」
「・・・・(疲れ果てて声が出ない)」

「裕巳さんったら、無言でするなんでストイックね。私たち気が合うわ」


「ちがーう!疲れて声も出ないの。私はもう本当にできないよ」
「大丈夫!裕巳さんを見たときから素質ありそうだって思ったんだから」

「何の?」
「裕巳さんMでしょ?Mの人は筋トレに向いてるのよ」

「何?その理屈は!!」

そんな心の叫びは完全に無視されて、私は体中で痛いところがなくなるほど筋トレをして、夜が更けていった。




朝、身体の痛みで階段をおかしな動きで降りる私を令さまが同情した目で見ていた。

「もしや、昨日?」
「はい」

話すだけで腹筋が痛い。


「私たちうるさくありませんでした?」

由乃さんのハイテンションな掛け声や、私の苦痛に満ちた声が建物中に聞こえていたら、恥ずかしくて生きていけない。


「うん。前の寮は壁が薄くてよく苦情が来たんだけど、この建物は壁が厚いから全然大丈夫だよ」

令さまの言葉に安心する。
安心するけど、今夜のことを考えると気が重い。


「お大事にね。ほんと・・由乃をこっちの寮にしてもらってよかった」

ぼそりと最後に令さまが言った言葉が耳に残る。



もしかして、由乃さんがこの寮にいる理由ってそういうことなの?

もしかして、他にも一般寮にいれないから山百合寮にいる人がいるってこと?

そんな嫌な予感がした入寮して初めての朝。






<case1 島津由乃>


理由  
筋トレ時の騒音、または無理に筋トレに引き込まれた人からの苦情により。

由乃さんより一言  
「今まで運動できなかった分の反動よ。健康になったと喜んで欲しいわね。騒音?それなら一緒に汗を流せばいいじゃない。私は誰でも歓迎するわ」







***

続きそうな感じですが、続くかは作者の気合と時間によりけりです。
すみません。


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