【2930】 深淵の闇より目をそらした  (街 2009-04-24 00:28:45)


【No:2925】の続きです。



東京の郊外。

緑溢れるこの街に、小学校から大学まで一貫のリリアン学園があった。

学園に近接して建っている寮は、遠くから通う生徒、または家庭の事情などで親と離れて暮らす生徒、社会勉強のため集団生活を学ぶ生徒、そんな生徒のためにあった。



学園からポツリと一つだけ離れた場所にある一軒の家というには大きく、アパートというには小さい建物。

それは山百合寮という名の学生寮だった。

そこに住むのは眉目秀麗、成績優秀、ある分野に秀でた学生が住んでいた。
つまり、山百合寮に住むのはステータスである、そう生徒の間では言われていた。


しかしその裏で、山百合寮は訳ありの生徒が住む場所である、という噂があるのを私は知らなかった。




ジリリという目覚ましの音よりも早く目が覚めた。

昨日早々と就寝したからだろうか、いつもよりも随分と早く起きていた。

んーっと伸びをすると、少しだけ身体に違和感。


由乃さんの筋トレのせいだ。
あの日以来どうにかこうにか理由をつけて夜のトレーニングは断っている。



制服に着替えて、髪をセットする。
ごわごわとしたくせ毛をどうにか落ち着かせ、二つに結ぶ。


今日はゆっくりと朝食を楽しむことにしようと食堂へ向かう。


まだ誰もいないだろうと思っていたら、先客がいた。

「志摩子さんと聖さま」

「祐巳ちゃん、早いね」
「聖さまと志摩子さんこそ」

「私はいつも起きたいときに起きる人だからさ、今日はたまたま早かっただけ。志摩子はいつもこれぐらいだよね」

「はい。私は朝の支度に時間がかかってしまうほうなので、できるだけ余裕を持って起きてるんです」

おっとりとした志摩子さんらしいなぁ。


朝食は日本食のときと洋食のときがあり、今日は日本食だった。
おかずは準備してあるので、ご飯とお味噌汁は自分でよそう。

まだ入寮してから三日だけど、少しだけ寮の生活にも慣れてきた。


ご飯を食べていると、階段を誰かが降りる音がしてきた。


顔を出したのは蓉子さまだった。


「おはようございます」

お箸を置き、立ち上がって挨拶をする。

「おひゃよぉ」

いつもの凛とした声と正反対の腑抜けた声。

ほんとに蓉子さま?


よくよく姿を見ると、蓉子さまの姿は信じられないことになっていた。



まず、靴下の片方が丸まって足首あたりまでしかない。

次に、スカートのチャックが半分開いている。

いつもびしっとして乱れることのないタイが、制服ではなく首にかかっている。仮面ライダーのスカーフみたいに。

そして、いつも真ん中から分けられたつやつやとした髪が、綺麗な7・3分けになっていた。7・3って祥子さまの特権なのに!


あまりの変貌振り。
何かが蓉子さまに起きたに違いない!


「聖さま!蓉子さまが!!」

言葉にならず、口をパクパクとさせるしかない。
志摩子さんも聖さまもよほど驚いているだろうと思いきや・・・

志摩子さんは困ったように天使の微笑を浮かべ、聖さまはにやにやと笑っている。

驚いている様子はない。


「祐巳ちゃんは見るの初めてだもんね。朝の蓉子を」

「え?」


「蓉子はね、朝すっごく弱いの」

いつもしっかりしていて、理想のお姉さまで、成績優秀、眉目秀麗な蓉子さま。
非の打ち所がないと思っていた。


蓉子さまはふらふらとしながら、ご飯をよそっている。

しゃもじでよそっているのは味噌汁。

・・・・味噌汁?


「今日は調子が悪くてうまくつげないわ」

いえいえ、調子の問題じゃありませんから!

しゃもじでじゃぶじゃぶと味噌汁をかき混ぜている。
手熱くないのかな。


「蓉子ー。あんたはちょっと座っておいて」


聖さまが慣れた様子で蓉子さまを椅子へと誘導し、隣に座る。


志摩子さんがお味噌汁とご飯の準備をして蓉子さまの前に置く。


私は衝撃のあまり、立ちっぱなしだったことにようやく気づいた。


席に着き、とりあえず食事を再開する。


「まずは蓉子。そのタイをどうにかしようか」

聖さまが蓉子さまのタイを結びなおしてあげている。

いつもは、蓉子さまが聖さまの世話を焼いていると思っていたけれど、朝は立場が逆らしい。
聖さま優しいなぁ。


「よし、これでいいね」

うん、綺麗に頭に巻かれている。
ねじり鉢巻で。


て、えー!!!

「ちょっと聖さま!」

聖さまは手を叩いて爆笑。

「あははは!だってこんなにいじりがいのある蓉子って朝しか見られないんだもん」


蓉子さまは気にする様子もなく、食事をしている。

もぐもぐとご飯粒をほっぺにつけながら口を動かしている姿は、いつもより幼く見えて可愛い。

なんだか幸せな気持ちになりながら見ていた。


「チャックは締めとこうね、祐巳ちゃんには蓉子のセクシーなブラックパンティは刺激的だからね」


ぶっ。

口に含んでいた味噌汁を噴出すところだった。


あくまで優しくチャックを締めてあげながら、しっかりとパンツをチェックしているなんて、恐ろしい。



「聖」

「何?」


急に蓉子さまが真面目な口調になる。
もしかして、ちゃんと目が覚めたのかな?


「味噌汁はお味噌汁って丁寧に呼ばれるじゃない?」

「うんそうだね」

にやにやしながら聖さまは頷いている。

「ご飯はどうなの?ご飯のごは、丁寧語なの?おをつけてお飯じゃないの?」

何やらわかるような、わからないような話をしだした。
言いながらテンションがだんだんあがってきたらしい。


「わからない!私にはわからないわ!!」

大げさなアクションをし、頭を抱え出す。



確かに丁寧語なのか謎だけれど、私に今わかるのは、どうしようもなくくだらない話題であるということだ。


「まったく、蓉子は悩み症なんだから」

よしよしと頭を撫でる聖さま。
もちろん蓉子さまの頭はねじり鉢巻されたまま。




「聖って本当に優しいわね。大好き」


聖さまに抱きつく蓉子さま。

聖さまはにんまりと蓉子さまの抱き心地を楽しんでいるようだ。


蓉子さま、騙されています。
全然優しくなんかありません、遊ばれているだけです。


「蓉子、ずっとこうしていたいのは山々なんだけど、そろそろ学校に行く準備しないと」


時計をちらりと見て、名残惜しそうに聖さまが身体を離す。


「志摩子、あとは任せた」

先ほどまでのノリノリな様子とは打って変わり、聖さまはそそくさと食堂を出て行く。

そのとき携帯電話の音が鳴り出した。


蓉子さまのようだ。


「蓉子さま。電話ですよ」

志摩子さんが優しく教える。


ゆっくりとした動作で携帯電話に出る。


「ふぁい」

相手の声は聞き取れない。

最初は不明瞭な相槌しかしなかったけれど、相手と会話をするにつれて、だんだんと普段の蓉子さまになっていった。

電話を切った頃には、完全にいつも通りの蓉子さま。



「おはよう、祐巳ちゃん」

きりっとした笑顔を見せる蓉子さま。


「蓉子さま、おはようございます」

「じゃあ、私は部屋に戻るわね」


「あの・・・」


未だに鉢巻も、髪も、靴下もそのままで行ってしまった。
まぁ、部屋に鏡はあるだろうからいいか。



朝からどっと疲れた気がした。


肩にそっと手を置かれる。
志摩子さんだ。



「祐巳さん。すぐに慣れるわ」

涼やかな笑顔を見せる志摩子さん。


志摩子さんが何事にも動じず、同年代よりも大人びて見えるのはもしかして、このせいじゃないだろうかと思った。

私は当分慣れそうにない。



私は、早起きしても絶対に早く食堂に来ないようにしようと心に誓った。






<case2 水野蓉子>

理由
朝の弱さにより、本人のイメージを著しく損なうため。また、見た人のダメージも著しいため。


蓉子さまより一言


「朝は駄目なのよね、まったく記憶がないわ。電話の相手?ここだけの話お母さんよ。お母さんの声じゃないと起きれないの。朝変な格好になっていたら大体聖か江利子のせいだから、そりゃあお礼はするわよ・・・ふふふ」









***

続いてみました。
蓉子さまファンの方すみません。

前回同様続くかは、作者のやる気と時間によりけりです。
できれば書きたいですが。。。



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